第四曲 少女と大天使と黒ずくめの再来
グジャリ。
再び振り下ろされた天使の翼が、完全にバースのコックピットを破壊する。
バースの全身が、無数の糸になって、ほどけて消える。
それは、楽士の死を意味していた。
(むごい。名前も覚えていなかったけれど、こんなにも簡単にひとを殺すなんて……天使が、やはり天使はッ!)
『ひっ』
悲鳴を上げたものが今度は誰か、アカネにも分かった。
4つの翼が、アキラの乗るバースへと向いたからだ。
「や、やめたまえ! く、来るな……来るんじゃあない! 僕は、僕は死にたくない、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
絶叫し、逃げ出すアキラ。
しかし、無慈悲にもその背後から、かぎづめの翼が襲い掛かり──
『────?』
超々高純度ウルツァイト窒化ホウ素が砕け散る、鈴にも似た音色が響き渡る。
アキラは、驚きに両目を見開いた。
傍観を命じたはずの
『なん、で」
(いや──なんでといわれると、それはよくわからないのだけど)
アカネはバースの太い腕の面積を利用して、必死に天使の翼を押さえつけながら考える。
(確かにこの先輩はいけ好かないやつで、死んでいったやつにもざまぁみろとかしか思わないのだけど。でもそれは別として……あー、違う。別とかじゃなくて、やっぱりあたしは)
「あたしは、天使が人間を殺すってのが、許せないわけで……! どんな人間でも、守りたいわけで……! 殺すべきは、天使だから!」
目の前で〝それ〟をされて、彼女は黙っていられなかったのだ。
だから、こうして立っている。
こうして、
(こいつを倒そうとしている……!)
「逃げてください、先輩殿。こいつは、あたしが殺します……!」
『わ──わかったとも! すぐに応援を連れてくるから、そうだ、これは戦略的撤退なんだ、僕は──悪くない! 万が一の時は〝常套手段〟で対処するんだぞ……! もし生き延びたら、その時は僕がなにかおごるとも! あり、ありが、ありがとう……うわああああああああああ!!』
まくしたてるように弁明を口にして、何度も蹴躓きながら、アキラはその場から離脱する。
(助け甲斐がない先輩殿だ……さて、格好をつけたのはいいけれど、実際、どうやってこいつを殺す?)
天使は意思があるのかないのかわからない4つの眼球で、アカネのことを観察している。
バースの両腕には、4枚の翼が突き刺さったままで、身動きはろくに取れない。
必殺兵器であるパイルバンカーも、射出機構が壊れている。
再構築する方法もあるが、それには統括局から新たな譜面を転送してもらい、それを演奏する必要があった。
つまり、こうも逼迫した状況では、そのタイミングが存在しない。
(となれば、方法は一つしかない)
それは〝常套手段〟と呼ばれていた。
バースには
6Dプリンターによって最初に供給されたエネルギーが、そのまま機体を動かすのだ。その量は厳密に決まっており、行動ごとに減っていく。
尻尾の量子帯がその指標で、アカネの機体はほとんど活動していないためわずかにしか削れていない。
彼女の同僚たちが決着を急いだのも、エネルギーの衰退を嫌ってのことだ。
なぜなら、残存エネルギーが大きいほど、支給される資源の量は増えるからである。
(それに、エネルギーが十分なら……
彼女の胸中で、もやもやと漂っていたものに火が付く。
燃え上がるそれは、殺意となってアカネに行動を促した。
バースが一歩、踏み出す。
天使が翼を脈打たせ、その腕を砕きにかかる。だがアカネはうまく衝撃を逃がし、翼を引き抜かせない。
「近づいて」
一歩、前へ。
「近づいて」
さらに前へ。
「近づいて!」
距離が、ゼロになる。
天使が、強靭な前足に生えたツメを、振りかざす。
(この瞬間を、待っていた……!)
全重量をかけて、すさまじい勢いで振り下ろされる天使の裂爪!
そのタイミングで、アカネはバースの最大出力を引き出した。
半透明の機体が、赤く燃え上がるように色づく。
エネルギーの塊である尻尾が、瞬く間に短くなり、高速でエネルギーが燃焼される。
残存するエネルギーを無理やり総身に供給することで、通常の数百倍の力を発生させる常套手段。
それは、ほんのわずかな時間であったが、バースに天使の力を凌駕させた。
アカネが左腕を、大きく後方に引くと、天使の身体が引っ張られ、その巨体がバランスを崩す。
過給状態では、パイロットの生命維持など考慮されない。ただただ荒れ狂うエネルギーに翻弄されるだけなのだ。
乱れる呼吸を、奥歯をかみしめることで耐え、アカネは行動する。
総身を守るパイロットスーツに、いくつもの裂傷が走る。
(アーカイブの知識に頼るなら、これは〝自爆技〟ってやつよ。それでも……!)
「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!」
渾身の力で繰り出された右腕が、突き刺さった翼によって砕けながらも、パイルバンカーの先端を天使のコアへ叩きつけることに成功する。
クロスカウンター。
現状持てる最大威力の攻撃が、大天使へと炸裂した。
だが──
(──砕けていない! コアを、砕けなかった!?)
バースの全エネルギーとアカネの一命を賭しても、大天使のコアを砕くには──その外殻を貫通するには、足りなかった。
通常の大天使ならば、勝っていたはずの一撃だった。
だが外殻は、わずかに表面にひびが入っただけで、天使は健在だったのだ。
(やはり、この大天使は何かが違う!? つまり、この推論──いや、現実の果てにある結論は──)
衝撃が、彼女の思考を停止させる。
天使の前足が、決まっていた運命のように、バースの頭部をあっさりと粉砕。
そのままコックピットへと迫り──
(──まだだ! こんなところで、まだ! あたしはまだ、まだ……あいつの仇を取っていないのだから……!)
絶体絶命の窮地のなか。
死を間近に感じ、絶望しながらも。
それでも彼女は、諦めなかった。
「うっ、ご、けええええええええええええええええええ!!!」
響き渡るアカネの雄たけび。
バースが応え、天使の攻撃を左手で受け止めようとするが、嘲るように天使の爪はそれすら砕き。
彼女の視界は、次の瞬間真っ白に染まっていた。
──純白の光に、包まれて。
「え?」
彼女はそこで、信じられないものを見た。ありえない光景を目にした。
天使の爪牙。
この世のあらゆるものを引き裂く暴力の具現。
それを──わずか片手で受け止める、人間の姿を。
その人物は。
黒ずくめの男は、天使の致命的な一撃を、左手に持った端末で受け止め続けながら。
マフラーを暴風に激しく揺らしつつ──振り返って濃い緑色の瞳で、アカネを見つめた。
ニカッと、男が快活に笑う。
「ぎりぎりでも、よく生き延びてくれた。よく、生きる道を選んでくれた! ここからは──俺が戦う番だ!」
刹那、そのメロディーが鳴り響く。
水が湖面に作る波紋のような、澄み渡ったメロディーが!
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