第三曲 少女とバースと天使の脅威
「統括局直轄、人類存亡敵性体迎撃室クワイアに請願! こちら新任楽士606号ボドウ・アカネ。居住区画07002で天使の出現を確認。形状は──」
墓場から、見通しがいい場所へ全力で走りながら。
アカネは波動端末を通じて、自ら所属する対〝天使〟迎撃部隊へと報告を続けていた。
「形状は大天使級! 繰り返す、大天使級! 通常戦力での迎撃は難しいと判断します。
バース。
サンドゥン号が有する、最大の対天使兵器。
彼女の請願に対して、数秒のタイムラグがあった。
しかし、すぐに、
『こちらクワイア。請願を受諾。繰り返す、受諾する。アームドゴーレム・バースの使用を許可。資源リソースとともに、波動楽譜を転送する』
(さすが、上層部は話が分かる!)
アカネは小躍りしたい気分で、端末がデータを受信するのを待った。
数日前、彼女は小型天使を倒した。だが、それをばらまく大本を取り逃がしていた。
こんなにも短いスパンで天使が襲い掛かってくるというのは、過去類を見ないことだが、アカネにしてみれば復讐のチャンスが早く回ってきた、ということに他ならない。
たとえ相手が、普段相手にする小型天使ではなく、それよりもはるかに強大な大天使級でも。
(天使は殺す、あまねく滅ぼす。私からあいつを奪った災厄どもめ、これ以上なにも奪わせてなるものか……!)
狂気にも近い信念を、その両目に渦巻かせながら彼女は走る。
この7年間、彼女を突き動かしてきたのは、純粋な天使への憎悪だった。
復讐。
ボドウ・アカネの原動力がそれであり、赤服に志願した理由もそれなのだ。
ほどなくして、端末がデータの着信を告げる。
アカネは、即座に演奏する。
訓練生時代から叩き込まれたメロディーは、もはや意識しなくても奏でられるほど脳裏に焼き付いていた。
鳴り響く旋律。
音波が発せられるのと同時に、アカネの全身を輝く殻が包み込む。
彼女の全身を包み込んだ殻は、卵のようになって肥大化していく。
それは粒子帯を閉じ込める力場だった。
六次元超弦出力装置が、端末からの波動を受信し、資源量子に干渉。
量子は帯の性質をまとい、量子帯となって次元を貫通。その帯の端と端が、因果──資材を望んだ形につなぎ、編み上げる。
それは、彼女の制服を分解し、新たに戦うために最適な姿へと編みかえる。
ぴっちりとしたパイロットスーツ。
両手と両足には、
脊髄から首元、後頭部を守るようにヘッドギアが構築される。
干渉と出力は続く。
ガタン、ゴトンと音を立てながら、新たな装いとなった彼女を中心にして、巨大な質量が織り上げる。
やがて──巨大な〝
ガラスが砕けるような音を立て、卵の殻が割れた時。
そこには全長7メートルの兵器の姿があった。
半透明の鎧をまとった、
アカネが知る知識のなかでは、その動物が最も近い。
装甲に用いられている超々高純度ウルツァイト窒化ホウ素は、ダイヤモンドに近似した構造と硬度を持ちながら、打撃にも強い。
腕部が際立って長く太い造形は、まさにゴリラであり、要所には分厚い装甲が飾られている。その腕は、あるいは十二単の袖にも似るのだが、アカネは知らない。
背面には
また、臀部から伸びる緑色のしっぽ──残存エネルギーを示す量子帯は、本物のゴリラよりもよほど長かった。
量子帯の先端がじりじりとほどけていくことを確認したアカネは──帯がすべてなくなったとき、バースはエネルギーを使い果たし半強制的にシャットダウンする──意識を巨人に集中させる。
彼女が、その操縦席である〝コア〟の内部で一歩を踏み出すと、ゴリラ──対天使討滅兵器バースもまた、一歩を踏み出す。
彼女の動きが、完全に連動しているのだ。
それは一種のロボットであり、人型の巨大兵器という旧時代の発想に対する、人類が出した最終的なアンサーでもあった。
自分と似た姿のものでなければ、結局人間は、安心して扱えなかったのである。
(形なんて、どうでもいい。天使は──そこか!)
視線をあちこちに巡らせると、すぐに破壊の痕跡を見つけることができた。
彼女の視界に、いくつものデータが表示される。
バースの操縦席内部は、衝撃緩衝素材などで満たされているが、その一部がディスプレイの代わりをしているのだ。
距離、400メートル先。
そこに、彼女が求める化け物の姿はあった。
四枚のかぎづめに似た翼をもち、全身を鉱物に似た外殻で覆った虹色の怪物。
その胸郭の内部では毒々しい色合いの〝コア〟がひとつ、暗く燃え盛っている。
「こちらボドウ・アカネ。速やかに天使と交戦します」
『こちらクワイア。サクライ・アキラ
「待てません! そのあいだに被害が広がります! やつが、ひとを殺してしまう!」
『独断専行は許されない。待機だ』
(前言撤回。上層部はあたしの心がわからない!)
「しかし、クワイア本部! エネルギーの損耗が──」
『待たせたね、新人!』
苛立つアカネと統括局の通信に、割り込んでくるものがあった。
サクライ・アキラ。
アカネと同じ形のバースに乗り込み駆け付けた彼は、同僚ともども天使へと突撃を開始する。
『武功は配給の量に直結する……! ここは僕らに譲ってもらうよ、新人! 君は新人らしく、僕の超一流の戦いぶりを、そこで学ぶといい……!』
嫌味たっぷりにそう言い放ち、彼──彼らはアカネが反論するよりも先に、天使へと躍りかかった。
だが──
『ぐ、うわあああああ!?』
天使の4枚の翼が鞭のようにしなり、とびかかったバース全てを撃墜する。
それはまるで自動的な行為で、天使は振り向きさえしない。
バケモノは依然、建造物を破壊し、逃げ惑う住人達を追いかけている。
『見向きもされないとは……なんたる恥辱! いや……これまで戦ってきた大天使よりも、はるかに強いというのかね……!? ……ならば各機、フォーメーション・デルタだ! やつを包囲しろ、リーダーである僕が、これでとどめを刺す……!』
そういってアキラが──アキラの乗ったバースが右腕を掲げる。
その巨大な腕の先端、袖の部分から、音を立てて何かが射出。
鋭い杭が、先端をのぞかせる。
パイルバンカー。
理論上、天使の外殻を貫通できるとされるバースの主力兵器である。
『了解!』
『任せてくださいアキラさん!』
『後で新人におごらせましょう!』
アキラの提案を受け入れた3名は、次々にバースを跳躍させ、天使を包囲するような形をとった。
それはアカネの目から見ても、洗練された動きだった。
エネルギーの無駄遣いもなく、効率的に敵を倒すための形。
住民へと襲い掛かる天使の周囲を、バースが包囲、周回しながら間合いを詰める。
アカネの同僚たちは、即座に波動端末を使用し、その右腕に荷電粒子投射装置を出力する。
亜音速で射出される中性粒子のビームが、雨あられと天使へ降り注ぐ。
だが、それはあくまで牽制の役にしかたたず、天使の強固な外殻を貫くほどの威力を得られない。また、すさまじい勢いで3機の尻尾──予備のエネルギーが消費されていた。
『GRU──?』
それでも、天使が一時的に、その動きを止めた。
天使を足止めしたバース3機は、エネルギーをバカ食いする荷電粒子投射装置を投げ捨てると、そのまま分厚い装甲を利用して体当たりを敢行。
重量を活かし、天使の動きを拘束する。
三角形の形で包囲され、完全に身動きできなくなった天使の真上に、アキラ機が跳躍。
落下の速度を加えた右腕のパイルバンカーを、裂帛の気勢とともに叩きつける。
『うらあああああああああああああああ! これで、フィニッシュだとも!!』
アキラの勝利を確信した雄たけび。
響き渡るなにかが砕ける音。
アカネは、コックピットのなかで、そのつぶやきを聞いた。
『うそ……だろ……? なんで、パイルバンカーのほうが、砕けて……こいつ、これまでの天使と──強さが違いすぎる!?』
ベぎり、べぎりという音を立てて、必殺の兵器が。
そして、それが収納されていたバースの右腕が、砕け散る。
(大天使級……普段戦う天使級──いや、これまでの大天使級と比べても、あまりに段違いの強さだ。先輩殿の想定を超えている。だから通常のパイルバンカーでは通らなくて……この推論の果てにある結論は──)
アカネが愕然としながらも結論に至った時、天使が身震いをした。
それまで天使を押さえつけていたはずのバースが、たやすく吹き飛ばされた。
「な──やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
叫び、バースの手を伸ばすアカネ。
だが──
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
その悲鳴が誰のものだったのか、アカネにはわからなかった。
これまで完全にバースを無視していた天使が、ゆっくりと振り向き、その背中に生えた翼が、鎌首をもたげて。
そして、三体のバースを、貫いた。
〝コア〟──〝コックピット〟が、無残にも破壊される。
耐衝撃素材も、ダイヤモンドよりも丈夫な装甲も、なんの役にも立っていなかった。
滴る血液をまき散らしながら、びゅるりと翼が抜き取られる。
生命反応が3つ、消えていた。
形勢が、一気に不利へと、傾く──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます