幕間 虹色の悪意

「────」


 ぱちりと、エイジは目をひらいた。

 サンドゥンで子どもが生まれた日から、二日が過ぎた夜のことであった。

 彼はソファーで横になったまま、しばらく虚空を睨んでいたが、やがてむくりと起き上がる。

 周囲を見渡し、アカネが寝ていることを確認すると、彼はそっと、家を出た。


 かぶろうとした帽子はない。

 代わりにマフラーを首に巻き付け、エイカリナを取り出し、電力供給が制限された夜の区画へと歩き出す。

 終始彼は無言で、振り返ることも、一度もなかった。


 彼はそこに行きつく。

 電飾が落ちた、暗い循環層。

 その前で立ち止まり、闇夜を見上げる。


「……照らし出せるだろうか、この先の未来を」


 彼の独白は、闇に溶け。

 そして、虹色を形作る。

 エイジはゆっくりと視線を下げる。

 彼の前に、赤服の男がいた。


 髪の毛は茶色で半端に長く、白い歯が、不気味なほど夜の闇に浮き上がっている。

 なによりもその眼球が、汚濁を煮詰めたような虹色をしていた。

 サクライ・アキラだった。


「……その人を開放しろ。俺は、手を出さない」

「我々は彼によって君との対話の機会を得た。それを手放すことは、彼らのような未熟な存在にのみ許された愚策だとは思わないか?」

「俺は同じだ、彼らと同じだ」

「我々はその言葉を、自らに言い聞かせているものとして理解するよ。君は、むしろ我々に近いはずだ」

「……名乗れよ、俺はエイジ。アスノ・エイジ。流浪のアイサイトだ」

「彼らの産まれた星が、彼らを理解しるために産み出した触覚たる〝星の子〟。愛するために自我すら放棄する人類の守護者。その哀愁の皮肉に答え、我々も名乗ろう。我々は〝カウンター〟。彼らに、試練を課すがゆえに」

「カウンター……」


 ジリっと、一歩退いたエイジに、サクライ・アキラの姿をしたそれ──カウンターは、一歩間合いを詰める。

 そうして、続ける。


「13年後、人類は滅亡の道へ至る。これは行き詰まりの歴史だ。終わりが確定した未来だ。残念ながらそうなってしまった」

「……そうだ。だから、それを変えるために、その滅びから人類を救うために、俺がいる!」

「我々もそれを望むといったら?」

「なに?」

「我々を、君はいずれ理解するだろう──13年後の世界で、唯一生き延びたこの船のクルー。彼らと異なる君ならば」

「────」

過去跳躍レイド・ジャンプ。原理をただせば超弦接続励振航法と変わらない。確定した因果の二点間、その行き来を君はしただけだ。膨大な過去をすべて投げ打って、人々の記憶すらエネルギーに置換して、さ。そして、過去へ干渉することで初めて、君だけが生存できた」

「だからこそ、俺はあの未来を変える! あの日までに起きた、すべての悲劇を防いでみせる!」

「だから未熟なのだ、彼らは」

「なん、だと……?」


 険しく双眸を細めたエイジに。

 カウンターは、ゆっくりと微笑みかけた。

 それはまるで、天使か──でなければ神のような、慈愛に満ちたほほえみだった。


「我々もまた、未熟なまま種子が潰え、腐り落ちることを望まないのだよ。ゆえに、我々は決定した。君たちに、可能性を与えることをだ。アスノ・エイジ。我々は──7日後、この宇宙船を破滅に追いやることを確約しよう。審判の日、人類かれらは破滅のちからに触れることになるだろうね」

「!?」

「さあ、抗いたまえ幼子、いまだ産まれ出でぬ胎児たち。これは、我々が君たちに施す、最大で、最後の慈悲シレンである──!」


 高らかに宣言すると同時に、その姿が膨張する。

 虹色は巨大な〝なにか〟になり、そして消滅した。


「…………」


 あとにはひとり、エイジだけが残されて。


「せいぜい楽しみたまえ、過去を犠牲にした星の子よ。これが、最後の安息日だ──」


 カウンターが残したそんな言葉が、ずっと残響を続けていた。

 その姿を。

 彼らの対話を。


 サキブレ・イズレは、撮影し続けていた──

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