第29話 お客様のご要望は迅速に
ソフィ視点
空を舞う方法は2種類ある。
一つは正統派とも言える風の魔法を操り身にまとう事で浮き上がる方法。
これは私たちのパーティーではシルフが得意としている魔法で、これの利点は操作性が効いて大勢の人間であっても効果を発揮できる事にある。
スピードには恵まれないが他への被害は少なく、汎用性が高い事もあって使い勝手が非常にいい魔法だ。
対して私が使うのは逆方向へ火の魔力を爆発させて、その爆風を利用して……平たく言えば“ふっ飛ばす”方法だ。
ハッキリ言えば風魔法よりスピードはあるが、いかんせん制御が難しく爆発を利用する事から周囲への被害も大きくあまり使わない方法だ。
特に町中では……。
ギャオオオオオオオオ!!
都市部のど真ん中で巨大な黒龍なんかが現れない限りは……ね。
予想通り、私が高速で上空に飛び上がったのに合わせて黒龍の巨体が上空へと飛び上がった。
ただ、予想とは違う事が一つ。
「!? 速い!!」
私の飛行速度は“人間では”相当速い動きのはずだが、黒龍はアッサリと、しかも私よりも遥かに速いスピードで追いかけて来た。
巨大な牙を持つ顎(あぎと)を全開にして。
慌てて真横に魔力を爆発させて急旋回するが、顎から逃れたものの巨体が高速で通過した事で起こった衝撃波(ソニックブーム)に巻き込まれ、錐揉み上に吹っ飛ばされてしまった。
「う、うわああ!?」
どちらが上か下か分からない体勢を必死に立て直した時には、黒龍は悠然と上空で大きな翼を広げてホバリングをしていた。
くそ~~余裕を見せてくれちゃって……。
悠々と見下ろす姿が笑っているようにも見えてしまう。
「流石にカッコ付け過ぎたかな……」
冒険者たる者周囲の状況を冷静に判断して、時には冷酷とも思える判断すら必要な事がある…………父さんが常に言っていた言葉だ。
そんな人の娘だと言うのに、私はそれを実戦出来た例(ためし)が無い。
ああいう場面に遭遇してしまうと、どうしても体が勝手に動いてしまう。
黒龍にターゲットにされた人間はどこまでも執拗に追いかけられ、生存する確率が2割を切ると言う事を頭では理解していても……だ。
『仲間の事であれば冷静なのに、危害が自分だけだと躊躇無く危険を冒す』
仲間たちのいつもの説教が脳裏を過ぎる…………絶対いつものお説教が待っているな。
「ははは……生き残っても地獄である事は変わりないね」
グワアアアアアアア!!
私が自嘲の笑みを浮かべて黒龍を見上げていると、ホバリングしていたヤツの口が大きく開けられて、魔力の光りが凝縮されて行く……。
「マズイ、この角度は!? こっちよ色男!!」
私は視線を下に向け、未だに逃げ遅れている者や建物の中に篭っている市民の姿を捉えると、慌てて黒龍より上空へと飛び上がった。
黒龍の顎は私の動きに合わせて下から上へと向きを変えて、そのまま一気に巨大なブレスを吐き出した。
ブワアアアアアアアア!!
「この!! クワアアアア!?」
ブレスが直撃する寸前私はさっきよりも倍の魔力を爆発させて急加速、何とかブレスの斜線上から外れる事が出来た……極大の光りが上空へと消えて行く。
しかし直撃は避けられたものの、ブレスは私の体を掠めて行った。その結果、私のマントは一部が消し飛ばされていた。
「……ウソでしょ」
その結果に私は改めて背筋が凍り付く。
このマントはミフィが作り上げた珠玉の一品、並の魔法や刀剣の一撃など難なく弾き返し、一度など大岩を砕くトロルの一撃すら防いで見せた極上の魔法陣を施した業物……なのに。
「これはマズイね……本格的に……」
そんなミフィの魔法陣が消し飛ばされる威力のブレス……こんな物が眼下の都市へと無遠慮に放たれたら、商業都市トワイライトは一日で焦土になってしまう。
あれ程のブレスを放った黒龍はと言うと、何事も無かったかのように余裕な様子でこっちを見ている。
こっちはいつ魔力が切れるかも分からないと言うのに。
「早いところ防壁外に誘導しないとどうにもならないけど……」
黒龍ほど物理、魔力耐性が高い魔獣に対して有効なのは耐性をぶち抜ける大出力の魔法攻撃を多人数で放つしか無い。
伝承のように剣のみで龍を討伐できる凄腕の英雄はこの町にはいないのだから。
ただ、当然だけどそんな物を町中でぶっ放すワケにも行かない。
必然的に都市の防壁の外でやるしか無いけど……そこにも問題がある。
都市部の防壁には外敵や不法者の侵入を防ぐ目的で『魔術結界』が施されている。本来出入りには『許可証』を門番へと提示して正門からじゃないと結界に阻まれてしまう。
黒龍がわざわざ許可証を使うワケが無いから、コイツは持ち前の強さで結界を強引にぶち抜いて来たんだろうけど、人間の私には無理な話だ。
つまり黒龍(こいつ)を誘導しつつ、私は一緒に防壁外へと出なくてはいけないのに、私が外に出るのは正門を通らないと結界に引っかかって出られないのだ。
……人間の為の結界が邪魔になるってんだから、皮肉なもんだわ。
「あの巨体と一緒に外に出るには正門を全開にしてもらわないと……でも……」
この町の防壁の門は4つ、その全てが非常時以外は閉じていて開くだけでも結構な時間が必要になる。
それにハヤト店長に連絡をお願いしたけど、幾ら彼には車霊をというスピードのアドバンテージがある仲間がいるとしても、どうしても情報の伝達には時間が掛かる。
伝達から開門まで、どんなに急いでも20分以上は掛かるはずだ。
しかし……。
黒龍の目の前で急旋回を繰り返して何とか高速の攻撃をいなしていた私だったが、ヤツの動きは鈍るどころかより正確に、細かくかつ素早くなって行く。
グルルルルル…………
「!? この巨体でこの小回りとスピード……オマケに学習能力!?」
大振りだと思っていた爪や尾の動きすら段々と精緻に、ヤツからすればハエや蚊程度の大きさしか無いはずの私の体を掠め始めて……その度に魂が凍り付く。
「ブレスのみじゃない、どんな攻撃だって一撃食らっただけで即死…………門が開かれるまで時間を稼ぐ余裕なんて…………え?」
そう私が最悪の事態を想定し始めた時、ここからは少々距離があるものの、その巨大なフォルムからハッキリと見える大きな外壁門が“開いて行く”のが目に映った。
「!? 外壁の大門が開いて……まさか、もう!?」
そんな、早すぎる!!
私がハヤト店長に伝達を頼んでからまだ数分しか経っていないのに!?
有事の際にしか開く事がない大門を開くなんて、この場合私から策略を頼まれた店長が非常事態を知らせてくれる以外に無いだろう。
彼自身には車霊が無いと言っていたのに、一体どうやって!?
ゴアアアアアアアア!!
しかし皮肉な事に黒龍(てき)の声で私は余計な事を考えるのを止めた。
そうだ、今はそんな事はどうでも良い。
今重要なのは黒龍を誘導する事が可能になった……それだけの事なのだから。
「今ならアイツを外に連れ出せ……うわ!?」
だが状況の判断は私よりも黒龍の方が早かったようだ。
私が次の行動を取る前に、再度その巨大な顎を開けて突っ込んで来た。
慌てて方向転換、私はぐら付きながらも何とか地上に降り立った……が、今度は黒龍も地響きを立てて同じように地上へ着地したのだ。
そして私が着地した瞬間を狙って、すでに凶悪な爪が振り下ろされていた。
ゴアアアアアアアア!!
「!? マズ!!」
動きを読まれた!?
迫り来る爪に咄嗟に杖を構えるが、そんな物は気休めにしかならない。
眼前に迫る最早刃を持った巨大な壁を避ける術はない……避けきれない!!
最悪な致命傷、死すら覚悟したその時だった。
ガキイイイ!!
私と黒龍の間に入り込み、硬質な音を立てて爪を受け止めた何者かの姿が……。
「誰の許可を得てこの女にモーションかけてんだ? アア!!」
「ケルト!!」
愛用の巨大な剣に『戦士』のスキルである『闘気』を纏わせて、柄の悪い口調と共に巨大な龍の一撃を受け止めていたのは『車輪の誓』のリーダーケルトだった。
彼はそのまま爪を弾き返すと、私を抱えて後方へと飛び黒龍から距離を置く。
相変わらず見た目に反して攻撃より防御を優先する…………やっぱりどの冒険者よりも頼りになる男ね。
「かってぇな~~、やっぱり龍を相手にするのは無茶だぜ……」
「すまない、助かったよ…………でもケルト、ヤツは」
私は自分が現在黒龍のターゲットになっている事を説明しようとするが、ケルトは黒龍から視線を外さずに言葉を遮る。
「おおよその事情は把握してる。子供の身代わりってのはお前らしいけどよ、少~しは自分の身も顧みろい」
「……何故その事を?」
その事を知っているのはハヤト店長と当人である幼い姉妹のみだろう。
たったこの数分の間にケルトはハヤト店長と会ったのだろうか?
考えてみると都市全体で考えれば『黒龍が現れた』という緊急事態は警鐘のお陰で伝わっているだろうけど、タイミングよくケルトが自分を助けてくれた事も不自然な気が……。
しかし私はケルトが発した言葉に更に驚愕する事になった。
「ソフィ、物理攻撃が通らない以上俺たちに出来るのは精々時間稼ぎだけだ。“店長さんの連絡で”今、ここから大通りに抜ける道の避難誘導と時間稼ぎ要員の冒険者たちの配備を急ピッチでやってる」
「…………は?」
「お前は町の損害を気にせず、町中の魔導師を集めている防壁外へと向かえ。俺たちは何とかそれまで時間を稼ぐからよ」
作戦が全体的に伝わっている!?
いや……完全では無いようだけど、それでも少なくとも被害を抑える為の誘導と黒龍を打倒する為の人員配備がもう始まっていると言うの!?
私はこんな状況だと言うのに呆気に取られてしまう。
私は門が開くまで大体30分、早くても20分と計算していて、更に攻撃の為の人員配備を“始める”には一時間以上掛かると見積もっていた。
理由は単純に連絡を行き渡らせるにはそれ位時間が掛かるからだが……。
「あの店長……やっぱり自分でも車霊を持っているんじゃ?」
「いや……そうじゃねぇな」
しかし私の驚愕の言葉にケルトは苦笑を漏らした。
この笑い方……何かタネを知っているの?
「店長が言うには『今のところ商業都市でしか使えない裏技』だそうだけど……おっと」
グルルルルル…………
黒龍の唸り声に私の疑問は打ち切られた。
現状強敵であるケルトが割り込んだというのに、相変わらず黒龍の視線は私だけを見据えている。
ターゲットを私から変えるつもりは無いようね。
「種明かしは仕事が終わってからだ! いつもの店で待ってるから、今日は奢れよ!!」
「オーケー! いつもの場所で待っててね!!」
その言葉が、彼なりの激励である事は分かっている。
『必ず生きて帰れ、そして一緒に飲もう』
ガラが悪い彼なりの激励を受けて、私は踵を返して大通りに向けて走り出した。
瞬間、ターゲットの逃走に黒龍が動き出した。
グルアアアアアアアアア!!
「お~~~っと、メインの前に少し付き合って貰うぜぇ~~」
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