第11話 出会いの幸運と不運

バルガス視点


 王国の黒豹。

 そう呼ばれるようになってから幾十年の月日が経った事か。

 若い時分には数々の戦場を潜り抜け、滾る血潮が赴くままに剣を振り、敵を切り伏せ続け、たまたま生き残った事で……ワシはいつの間にか大元帥などという軍の最高位にまで収まっていた。

 ……当時戦いを共にし、そして共には生き残ってくれなかった戦友たちはワシの今の姿を目にして草葉の陰で腹を抱えて笑っておるだろう。

 それほどまでにワシにとって爵位というのは邪魔臭く、そして性に合わない。

 上役として下を動かす事のなんと難しい事か……。

 今回だってそうだ。

 国王の公爵領への定時視察、それだけなら日常の公務であるのに、今回は護衛に回る部隊の編成で要らぬ横槍が何度と無くあった。

 そもそも命令系統は一本化するべき、複雑化は末端の兵士たちに要らぬ混乱を招き、迅速な行動への妨げになってしまうからだ。

 にも拘らずあらゆる横槍や難癖が重なった結果、いつの間にか部隊の命令系統は枝葉の如く複雑化し、更に不味い事に部隊の半数以上は王位の簒奪が噂される“あの方”の息の掛かった者たちが隊長を担っている状態に成り下がっていたのだ。

 連中とて表立って敵対している訳でもなく不用意に糾弾する訳にも行かない。

 結果、最終的にワシの手元に残った信の置ける兵力は直属の近衛兵500余名だった。


 山中での襲撃の折、要人を護衛し、更には奸族どもを返り討ちにした連中の手腕は見事なものだったのだが……部隊の要である騎馬を狙われたのは痛かった。

 このまま下山すれば相手はどういう手に出るのか、それは火を見るより明らかだ。

“最初から襲撃が目的”だとすると、連中はただの山賊の類ではない。

 下山すれば確実に騎馬を利用した機動力でこちらを仕留めに掛かってくるだろう。

 ここは、この山に陣を敷いて篭城するしかない。

 しかし、そもそもこの山とて連中に誘い込まれた場所だ。

 篭城する事すら想定して、何も仕掛けていないとは考え難い……。


「どうしたものか……」


 そんな風に出口の見えない問答を繰り返しているワシだったのだが、突然山道を塞いでいた部下から情報が上がって来た。


「元帥、山道付近で一般人が捕縛されました」

「敵側の者か!?」

「い、いえ……どうやら本当にただの一般人のようです。しっかりと商業都市トワイライトの住民登録票も所持していました」

「そ、そうか……」


 慌てて言い繕う部下の姿に、現在自分も相当焦っていた事に気が付く。

 いかんな……部下に対して焦りを見せてしまうのは……。

 確かにここは本来ただの山道、塞いでいる我々の方がイレギュラー、一般人が通行する方がむしろ当然。


「所在がしっかりしているのなら通行させろ。但し警戒は厳重に行えよ」

「了解です。なんでも王都に日帰りで買い物に行く途中だったとかなんとか……」


 ……ん? 部下が何気なく発した一言。

 その言葉がワシの中で物凄い違和感を感じさせる。

 日帰り? 今確かにそう言ったのか?


「……ちょっと待て、その者はトワイライトの住民だと言ったな? それが日帰りだと?」


 この山は恐らく商業都市トワイライトと王都までの中間地点。

 ここから馬に相当な無理をさせても、最低まる1日は掛かる距離ではないのか?

 それが……。


「私もそれを聞いて最初は驚きましたが、何でもその者が使役する召喚獣が少々特殊らしく……地を風のような速さで滑るように走る事が出来るとかなんとか……」


 部下のその言葉にワシは思わず椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。


「トワイライトの特殊な召喚獣!? まさかその者は“はやと・どらいぶさあびす”の関係者なのでは!?」


 それは最近王城に出入りしている魚屋の店主から聞いた話だった。

 特殊な、中を常時冬の如き寒さを保つ箱を持った、高速で走る乗り物を持ったかの店長は『この力は地元で出現させてもらったもんです。ハヤト・ドライブサービスって店なんですがね』と教えてくれたのだ。

 得意気に『レイトウシャ』を叩いてみせるかの男を、ワシは年甲斐も無く羨ましく思ったものだが……。


「関係者……と申しますか、丁度今捕縛されているのはその店の店主らしいですけど」

「なんと本人か!?  不用意に拘束なんぞ無礼は働いておるまいな!?」

「そ、それは大丈夫です。多少のアクシデントで取り囲みはしましたが、向こうが協力的でしたので強制には至っておりません」

 

 ワシの剣幕に驚いておるようだが、構っては要られない。


「それは何より……そのお二人にはしばし待っていただくのだ! 出来る限り丁重にと伝えておけ!!」

「は、はい!」


 もしかすれば形勢を逆転出来るかもしれない……この時のワシはそればかりを考えていた。

 この日の出会いが、ワシのとっては運命とでも言うべきものになるなどと、想像もせず。

 その出会いを与えてくれたのは一人の青年。

 戦う力など無く、戦略に関しても『烈風』に指導されながらようやく理解する程の素人同然。

 戦場で生きて来た自分とは真逆の存在。

 そんな男が与えてくれたのだ。

 若きあの日の血潮を思い起こさせる、『走り』と言う名の新たな戦場を。

 

                 *


「たいちょ……いやお頭。連中は山中の掃討以降動きがありません。山道を塞いで陣を敷いている模様です」

「ふ……さすがに慌てて下山するような愚は冒さないだろうな」


 王国軍が駐留する山のふもとに潜む、山賊……に扮した何者かは予想通りの展開に内心ほくそ笑んでいた。


「最初は王国の黒豹率いる精鋭部隊が相手と聞き、さすがに無茶だと思いましたが……あの方の戦略は隙がありませんね」

「……謀略もな。バルガスは元々護衛の兵士を最低二倍は想定していたからな。命令系統を操作して連中を孤立させるなど“あの方”にしか出来ない神業よ」

「更に篭城を決め込んだ後、元々山の周囲に仕込んでいた魔法陣を発動させて森林火災を発生させる……完璧ですね。連中はどうやっても下山せざるを得ない」


 そう言いほくそ笑む全員が覆面をしたままなのだが、口調に上下関係が出てしまい、カタギの気配が完全には消し去れていなかった。


「しかし、宜しかったのですか? あの調子なら機動力のみではなく軍そのものを襲撃しても……ブゲ!?」


 そう口走った男を“お頭”は拳で黙らせた。


「ばか者、だから貴様は出世できんのだ。バルガス率いる近衛兵団は肥え太った貴族の腰掛連中とはワケが違う。奴自らが地獄の特訓で鍛え上げた精鋭部隊だぞ。現に地の利では有利、しかも機動力のみを狙ったと言うのに向こうに死者は恐らく出ていない。引き換えこちらはどうだ?」

「……う」


 殴られた男は鼻を押さえて唸った。

 襲撃は山中組と平野組で分けられていたのだが、機動力を奪うのみであったはずの山中組は半数以上が帰ってこなかったのだ。


「連中の機動力のみ奪おうとしただけでこれだぞ? “こちら”が機動力を生かせない状況で五分の勝負などしたらどうなるか、想像も出来んのか?」

「す……すみません。考えが足りませんでした」

「……ふん」


 今回山賊に扮した者たちに厳命されているのは『一撃離脱』。

 それはまともに刃を交えれば勝ち目がない事を見こうしての事だ。

 自分たちの実力が劣る事、その事を“お頭”は骨身に染みて理解していた。


「そんな化け物を育て上げた怪物を飼っている者が王をしている限り、我等に未来は無いのだぞ……だからこそ」

「で、伝令! 山中よりバルガス下山!! 辺りに護衛の姿は無く要人二人とバルガスの姿のみです!!」

「なんだと!?」


 呟きに突然割り込んできた伝令、それは余りに想定外な情報だった。

「老いたかバルガス……かつては無双を誇った貴様でも、たった一人で“王と王女”を守れるとでも思っているのか?」


 恐らくは中央突破、少しは残っていた騎馬を使って要人だけでも逃がそうとしているのだろう。それが想定される状況だった。

“お頭”は少々ガッカリする気持ちを感じつつも、同時にふつふつと湧き上がる感情が抑えきれずにいた。

 それは勝機を見出した歓喜と高揚……もしかすれば自分が、かの黒豹を下せるかもしれないという期待。

“お頭”は短時間であれば馬のスピードをも凌駕する『走竜』へと飛び乗ると剣を掲げた。


「よし! 全軍……あ、いや、野郎共、騎竜せよ! 調子に乗った黒豹を我等の手で血祭りに上げるのだ!!」

「「「「「「オオオオオオオオオ!!」」」」」」


 山賊に扮した男たちは、これから待っているだろう明るい未来を夢見て雄叫びを上げた。

 コレさえうまく行けば自分たちは“新たな王の下”英雄と呼ばれ、甘い汁を吸いたいだけ吸う事が出来る……そう夢想して。


「良し、偵察班。奴は、バルガスは今どこにいる。直ちに出撃を……」

 

 しかし盛り上がる周囲とは裏腹に、伝令を伝えた偵察の男は反対に戸惑った表情を浮かべていた。

 その様に“お頭”は疑問符を浮かべた。


「そうした? 何か問題でもあるのか?」

「そ、それが……目標は既に平野部に入っています」

「は?」


 その一言に“お頭”だけでなく、盛り上がっていた仲間たちも一斉に黙った。

 確かに襲撃は平野部に王国軍が差し掛かった時と計画されていた。

 しかし平野部は下山してから、たとえ騎馬であっても子一時間は移動しなければ到達できないのだ。


「バカな!? そんな速度で走る馬がいるものか!!」

「は、はい……それが……馬では無いのです」

「…………何?」

「正直言って説明し難いのですが……なんと言いますか、巨大な鉄の箱にバルガスとターゲット二人が乗って、走っているのです……ありえないスピードで」

「何なのだそれは!?」


“お頭”は伝令の言葉を一つも理解できなかった。

 自分の経験上でも伝えられた戦略でも、そんな存在を示す前例が知識の中には存在しないのだから。

 しかし一つだけ理解が及んだ事があった。

 そんな速度で走られてしまえば今すぐ動かないとターゲットが補足出来なくなってしまうという事に。


「全員すぐに出撃だ! ターゲットを発見し次第即時攻撃に移れ!!」

「「「「「「「おおおう!!」」」」」」


 この時“お頭”と呼ばれた“山賊に扮した男”は人生で最高の幸運を自ら逃した事に気が付いていなかった。

“今すぐに追いかけないと追いつけない”確かにそれは事実。

 恐らく伝令の情報をあと数分吟味していたら追いつく事は無かったはずだった。


 その数分が、男の……山賊に扮した者たちの命運を決定付けた。




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