第10話 王国の黒豹

 人間やはり話し合いは大切だ。

 元々問題も無くなく、抵抗するワケでもない俺たちは武器を持った兵士たちに囲まれはしたものの乱暴に扱われる事は無かった。


「いや~すまなかったな。なにぶん召喚獣を見たのは初めてで、ましてや目の前で変化されるなんて思わなくてな」


 そう言って頭を下げているのはカタナちゃんに驚いた兵士のあんちゃん。

 強制的に捕縛されかかった時には慌てて説明をしてくれて、今現在俺たちは兵士たちの簡易的な詰め所で椅子に座って若干丁重に扱われている。

 元はといえばこのあんちゃんのせいなのだけど……コーヒーもくれたから、まあいいか。


「いえ、別に何かあったワケでもないですし、誤解も解いていただきましたから」

「ま、カタナちゃんに驚くのも仕方が無い事だしね」

『ふ~んだ。こんな可憐な少女を見て腰を抜かすなんて、失礼しちゃうわ』

「いや、本当に面目ない」


 カタナちゃんの拗ねた態度に兵士のあんちゃんも平謝りである。

 あのミニ巫女……この状況でも遊んでやがる。


「おまけに、かの有名な“烈風”殿の召喚獣だったとはな。前衛の戦闘職だから魔法を使わないと思い込んでいたのですが……改める必要がありそうですね」


 あんちゃんの言葉に周辺で歩哨に立っている兵士たちも頷いている。

 この世界における召喚士という者はいわゆる『後衛』を担う弓兵や魔法使いと同じような扱いらしいから、その辺は仕方が無いとは思う。

 そもそもカタナを含む『車霊』を召喚獣扱いしているのが正しいかも俺には判断がつかないからな。

 

「私の事は良いだろう? ところで私らはいつまで拘留されなくてはならないの?」


 リンレイさんが溜息を一つ付いてから、少し固い口調で言った。

 彼女は慣れていない人に対しては基本的に言葉遣いが固い……と言うか少々ぶっきらぼうになりやすいのだ。

 ……俺との初対面でもそんなだったしな。

 そう言われると兵士のあんちゃんは難しい顔になった。


「本来なら商業都市トワイライトに所在もしっかりしている君たちは早々に通過させてやりたいのだがな……今は少々事情があってね」

「事情?」

「おお! この者たちがそうか!!」


 そうしていると急に威勢の良い濁声が会話に割り込んできた。

 頑丈そうな要所要所に装飾のある鋼鉄製の鎧をガチャガチャと鳴らして現れたのは筋骨隆々の白髪を湛えた巨漢の爺さんだった。

 何となくだが鎧の装飾から部隊内でも上の階級だと思う。

 そして背に差している剣がこれまた巨大。爺さんの体格にあわせると普通に思えなくも無いけど、そもそも爺さん自体が巨大なのだ。比較する剣は小さく見えるだけで実際には物凄く大きい。

 遠近法がおかしくなりそうだ。

 一言で言うと、いわゆる『老人マッチョ』の登場に目の前のあんちゃんだけではなく周辺の兵士たちも直立不動の敬礼を取った。

 ……どうやら相当上の人らしいな。


「休日の出先に巻き込んでしまってスマンな。ワシはこの部隊の団長をしておるバルガスってもんだ」


 周囲の反応とは裏腹に偉ぶる様子も無い気さくな話し方に俺は少し肩の力が抜ける……のだが、リンレイさんは逆に目付きを鋭くした。


「もしかして……黒豹?」

「ほお、かの有名な烈風にも知られているとは光栄だな」

「……その字は余り呼ばれたくないんだけど」


 リンレイさんに限らず字(あざな)を持つ者は強者である事が多い。

 リンレイさん自身は『恥ずい』と呼ばれる事を好んではいないようだけど。

 ……まあ、中二臭いしね。

 しかし目の前の爺さんが黒豹と呼ばれていようが、俺には全く分からない情報だ。

 全力でリンレイさんに『分かんねーぞ、教えろ』と視線で訴えると彼女は口を開いた。


「王都の黒豹、類まれな巨体を持っているのにそのスピードは凄まじく、数メートル先の敵でも一瞬で両断する事から付いた字。ドライク王国王国軍大元帥の別名よ」

「……ハ?」


 つまりこの爺さんはこの国の軍隊で一番偉い人?

 それってようするに……。


「しょ、将軍って事!?」

「指差すんじゃないバカ」


 俺は思わず爺さんに向かって指を差して声を上げてしまうという、別に偉い人じゃなくても大分失礼な行動をしてしまい……リンレイさん軽く引っぱたかれた。

 そんな俺たちに爺さん……バルガスさんは豪快に笑って、何故か背中の大剣を外すと兵士のあんちゃんに鞘ごと渡した。


「ハハハハ、なに軍属でもないお主らが畏まる必要は無いぞ。烈風殿もそんなに警戒なさるな……別に取って食おうというワケでは無い」

「…………」

  

 バルガスさんにそう言われてリンレイさんの視線から“何かが抜けた”気がした。

 本当に“気がした”だけなんだけど、どうやら目的の分からない『強者』に対してリンレイさんは警戒をしていたらしく、そんな彼女に対してバルガスさんは武器を身から離す事で殺気を収めるよう促したのだ。

 正直そんな気配は全然気が付かなかったけど……達人同士のやり取りに今更気が付いて冷や汗が流れる。


「さて……ハヤトととは君の事で良いのか?」

「あ……は、はい俺ですけど」


 そんな折に急に名前を呼ばれて体が跳ね上がった。

 呆れないで下さいリンレイさん。俺は基本的には小心者なんですから。


「ハヤトドライブサービス……君が経営する特殊な店で、そこの店主であると聞いているのだが、間違いはないだろうか?」

「え、ええ、そうですそうです」


 俺がビクビクしながらそういうと、バルガスさんは満足そうに頷いた。

 な、なんだ?


「そうか! 魚屋のマルコーから何度か話を聞いていたからな。外見の特徴と変わった乗り物に乗っている事からもしやとはおもっていたのだが」


 そこで言葉を切るとバルガスさんは鎧をカチャリと音を立てて、頭を下げた。


「頼む、力を貸して頂きたい。今、ワシ等の部隊は危機的状況にあるのだ」


               *


「うわ……コリャ酷え」

「移動に必要な馬車や荷車の類は、ほぼ全部やられているわね」

「その通り。致命的なのは騎馬が部隊の2/3はやられてしまったという事なのだ」


 懇願するバルガスさんに連れられて通行止めをされている道、山の上へと辿り着いた俺たちが目にしたのは、破壊された馬車や荷車が破壊されたり火を付けられたりして見るも無残な光景だった。

 特に無残なのは既に事切れている馬たち。血の臭いは魔物を引き付けてしまうと早々に焼却されているのが居たたまれない。

 そんな兵士たちが右往左往している中、一際兵士たちの守りが厚い簡易型のテントが見える。

 多分アレはこの部隊が守っている一番の要人がいる場所なんだろうな。


「ワシ等は“とある方”を護衛しつつ王都へと戻る最中だったのだ。しかし行軍中この山に差し掛かった時点で襲撃にあったのだ」

「とある方、ね」


 さすがにこの状況下で『誰?』なんて聞く気は無い。

 王国の大元帥が護衛する人物、それにマルコーの旦那に聞いた情報を考えれば、それがこの国で最も偉い人物だってのは分かる。


「幸いなの事に要人に怪我は無く、部隊に死傷者は出ていない。しかし全員無事でも機動力を全て奪われてしまった。お陰でワシ等は動く事が難しくなってしまった」

「え? でも死傷者はいないんですよね?」


 俺は少し意外に思った。

 何しろこの世界では特殊な事でもない限り移動は歩く事が一番多い。

 訓練された兵士たちが徒歩を嫌がるようには思えないんだが……。

 しかし俺の素人考えを他所にリンレイさんが顔を顰めた。


「移動手段、と言うよりは『機動力を奪われた』事が問題なの」

「機動力?」

「さよう、恐らく山中で襲って来た連中も最初から馬や馬車のみに狙いを定めていたんだろう」

「そして山を下れば王都までは長い平野地帯……厄介ね」


 訳知り顔で頷き合う二人に付いていけない。

 俺は溜まらずリンレイさんの袖をちょいちょい引っ張った。

 説明求む!


「ん? ああ、簡単に言えば機動力の生かせない山間部では、まず馬や馬車を襲って足を奪う。そして徒歩のみになった兵力を今度は機動力を生かした攻撃で襲う算段なんじゃないかって事よ」

「え……ああ、そうか!」


 ようやく俺にも事態が飲み込めた。

 相手の武器を奪って自分の武器を生かす。

 それが戦の基本とか何とか聞いたことがあるな。

 騎馬兵で一方的に蹂躙する……一騎当千なんて言葉の通り機動力に対して歩兵の能力は格段に下がってしまうんだろうな。

 コレが現代の銃火器の戦争なら別だろうが。


「相手は一体何者なの? 山賊や追いはぎの戦略じゃない……明らかに訓練された統率を感じるけど」


 リンレイさんの鋭い指摘にバルガスさんは眉を顰めた。

 確かに山賊の類にしては馬車を燃やしたりして、金や物に執着を見せず、確実に『この部隊』を壊滅させる事を目標に動いていそうだ。

 いや、この場合は“とある方”狙いか?


「……正直に言えば、ワシ等の移動ルートを知っている者にしか計画できない戦略だからな、犯人の予測は付くのだが……憶測の域は出んだろうな。あやつが証拠を残しているとも思えん」

 

 うわ~、王国上層部でよくあるお家騒動とかの影響なのかな?

 なんだかきな臭い話になってきた。


「だからワシ等は山間部に至る道を封鎖して、この山を簡易的な城として陣を敷いたのだ。相手の思惑が予測できる以上、不用意に山から下りるのは自殺行為だからな」


 なるほど、だからこそ道を兵士が閉鎖してこの場で留まっていたってワケか。

 ここから王都までは大体100キロ程度、援軍さえ王都から到着すれば幾ら襲撃を待っている連中でも諦めざるをえないだろう。

 ……と、いう事は、何となく俺たちへ依頼したい事は予想が付いて来る。


「ならば、俺たちに依頼したい事っていうのは……」

「現状ワシ等の部隊は約500、山に陣を張ればある程度は持ちこたえる事が出来るだろう……そこで」


 そういうとバルガスさんは懐から一通の書簡を取り出した。

 王国の封蝋がされたそれは、間違いなく『王の勅命』としての重要書類なのだろうな。

 俺だけでなく、リンレイさんも目にした瞬間目を見開いた。


「君らは馬よりも飛竜よりも早く移動する運び屋であると聞いている。この書簡を早々に王都へと届け、至急援軍要請をしてもらいたいのだ」


 やっぱりか。

 これは相当な重要任務、こんな仕事を請け負うのは気が引けるんだけど……。

 しかし、俺がどうしたものか迷っていると、リンレイさんがバルガスさんを手で制した。


「援軍要請……確かにそれしか無いように思えるけど、大丈夫なのかしら?」

「……何か問題でもあるだろうか?」

「相手は計画を先読みして作戦を立てている。そして現在貴方の部隊は完全に相手の術中に嵌ってしまっている。そんな相手がこの山での篭城する事も読まないものかしら?」

「……む」

 

 またもやリンレイさんの指摘に声を詰まらせるバルガスさん。

 確かに相手が行き当たりばったりな山賊とかじゃないなら、バルガスさんたちの作戦も先読みしている気がする。


「……確かにその可能性は高い、むしろワシ等はこの山に追い込まれたのだろうな」

 バルガスさんはその事を認めた上で、しかし自嘲気味に溜息を吐いた。

「だが、要人を要するワシ等には他に術がないのも事実。実は既に残った騎馬を使い援軍要請に何人か走っているところだ……王都に辿り着けるかは分からんがな」


 八方塞り、そんな状況下で何とかしようとしているバルガスさんは苦渋の表情だ。

 おそらく兵士たちが相当危険な事も考えた上で援軍要請に出したのだろう。

 コレが非情な人間ならなんとも無いんだろうけど、この爺さんは情が厚い方なのだろう。

 何とか……してやりたいな。


「……ん?」


 その時、俺は余りの迫力に直視していなかったバルガスさんの“腹の辺り”にある物を発見した。

 こ、これは……これはもしかして!?


「リンレイさん、ようは平野部を高速移動出来る機動力があれば問題無いんですよね?」


 俺がそう聞くとリンレイさんは眉を顰めて見せた。


「だから、その機動力が無いって言ってんのよ。ましてや予想されるのはこの部隊を殲滅出来る位の騎馬、もしくは騎竜兵力……それこそ一度に大勢動けないと……」


 と、そこまで口にして、リンレイさんはハッとした顔になった。

 さすが数ヶ月とはいえ最古参の従業員、俺の言いたい事が伝わったらしい。


「まさか……ハヤト」


 俺は驚くリンレイさんを他所に、目の前で眉を顰める大元帥バルガスさんを真っ直ぐに見据えた。


「バルガスさん……車の運転に興味はありませんか?」

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