第9話 近衛兵団の通行止め

「晴れて良かった。絶好のツーリング日和ね」

「そ……そっすね」


 流れる風景には麦畑が延々と広がっている。

 その合間に通る道を颯爽と駆ける一台のバイク。

 この世界ではまずお目にかかれない乗り物を初めて目にして驚愕する農民の方々もいれば、ここ数ヶ月ですっかり見慣れて手を振ってくれる人達もいる。

 今俺はリンレイさんの運転するカタナの後部シートに座って王都を目指している最中だ。


 切欠は単純な物。

 朝ガルドさんから貰ったアジを早速塩焼きにしていると、起きて来たリンレイさんが欠伸交じりに言ったのだ。


「ねえ、折角の休みだしさ、どっか行かない?」

 美人のお姉さんからのお出かけのお誘い……断れる……ワケがない!

 勿論二つ返事で了承した俺はそのうち爆殺されるかもしれないな……。


 ここでこの世界の常識的な人だったら『街でのお買い物』を想像するはずだ。

 俺は正直それも非常に魅力的で楽しそうなんだけど、リンレイさんには何と言っても『カタナ』ちゃんという力強い相棒がいる。

 と言うわけで、俺たちは常人なら2~3日かかる王都への遠距離を日帰りで向かっている最中だったりする。


「う~ん、風が気持ちいいね。こうしてゆっくり走るのもたまには良いもんだわ」


 ちなみに今のスピードは70キロ……俺の感覚では決して“ゆっくり”のペースじゃない。

 リンレイさん……いつの間にかスピード狂になってないか?

 そんな事を考えているとリンレイさんは怪訝な感じに聞いてきた。


「ねえ、ハヤト」

「……なんでしょう?」

「さっきから口数が少ないね。具合でも悪いの?」

「……いや、そんな事は……」


 リンレイさんの鋭い指摘に心臓が跳ね上がった。

 心配してくれる彼女には申し訳ないが、具合だったらすこぶる良い。

 むしろ“具合が良すぎる”くらい。

 理由はというと……初めはリンレイさんがバイクの運転を知らない事で俺が運転、彼女が後部シートの形を取った。

 けど数ヶ月たった今、彼女は最早プロのライダーってくらいにバイクを乗りこなしている。

 当然だが運転は彼女が行い、俺は後ろでしがみ付く格好になる。

 スタイル抜群のお姉さんのくびれに腕を回す格好で、だ。

 腕から伝わる程よい柔らかさ、心地よい体温、彼女特有の香り……全てが風に乗って俺を包み込んでいる。

 ここは天国? いやいや桃源郷……ヤ、ヤバイ……またクラクラして来た。

 お、落ち着くんだ自分! どうせこの後罪悪感に悩む事になるんだ……冷静に、冷静に。


「まあいいか……少し飛ばすよ! しっかり抱き付いていてね!」

「だ! 抱き付い……」


 その瞬間、俺の中で『冷静』の言葉は風と一緒に吹っ飛ばされた。


             *


「ハヤト、どうしたの? ハヤト」

「……ハ!?」


 いつの間にかバイクが止まってリンレイさんが俺の頬をペチペチ叩いていた。

「あ、あれ? ここは??」

「王都に向かう街道の一つよ。どうしたの? ぼんやりしちゃって……本当に具合が悪かった? それとも飛ばし過ぎたかしら?」

 本当に心配そうに、そして申し訳無さそうに言うリンレイさんに急激に頭が冷えて行く。


「だ、大丈夫です! ちょっと考え事していただけだから!」


 本当の理由、『貴方の色香に陶酔していました』なんて口が裂けても言えるわけも無く、俺は慌てて取ってつけた理由を作り出す。

 しかし……。


『純情(ウブ)よね~私たちの創主様は』


 エンジン音に笑い声を含ませて喋るカタナ。

 ……く、こいつ(カタナちゃん)は分かっていやがる……俺の現状を……。


「ウブ?」


 不思議そうに小首を傾げるリンレイさんに、俺は慌てて会話をぶった切る。

 最早あからさまでも不自然でも構わない。これ以上この話を広げられてなるものか!


「そそそそそそんな事より! リンレイさん何かあったんですか!?」

 俺の質問にリンレイさんは「ああ」と呟いて、親指を自分の後方へと向けた。

 そこには街道の石畳を塞ぐ格好で数人の鎧姿の兵隊が斧槍(ハルバード)を片手に佇んでいた。


「あんなのが塞いでいたら先に進めないからね」

「何ですかアレ……関所?」

「こんな中途半端な場所に関所なんか無いわよ。ここから王都まで、まだ100キロはあるのに……」

 

 聞けばここは整備された街道とはいえ、まだまだ中腹、実際には王都までかなりの距離があり、人の足では早くても丸1日は掛かるらしい。

 なるほど、確かに関所には中途半端だな。


「それに、あれは王国の正規軍の徽章……って事は王国直属の兵士たちって事で間違いはなさそうね」

「王国軍!?」


 つまりあそこにいるのは国の兵隊、すなわち軍隊って事なのか!?

 それって結構ヤバイんじゃ?

 日本人感覚では自衛隊の出動は国家的大災害の印象が強い。

 ましてやここは日本では無い戦闘行為が当然の異世界。となると。一番ありそうなのはゲームやラノベでのありがちな展開……。


「まさか!? これから戦争でも!?」

 異世界転移の王道展開、国との戦争に巻き込まれるパターンを思い出して、俺の背筋に冷たい物が走った。

 しかし勝手な妄想で青くなる俺に、リンレイさんは呆れたように息を吐いた。


「それは飛躍しすぎ。もしそうだったらもっと大きな規模で動くだろうし、第一こんな自国の深い所で陣取らないわよ」

 軽い口調で言われて俺は心底ホッとした。

 確かにここは王国領内の相当内側。ここで兵士が陣取っているような状況だったら既にこの国は滅亡間近って事になる。

 ここに来るまでの長閑な麦畑に戦争の空気は感じられなかったし……。


「でも、だったら何で街道の封鎖なんかしてるんですかね?」

「さあ? 何かあったのは間違いないでしょうけど……おっと」


 俺たちがヒソヒソと話していると、封鎖している兵士の一人が警戒色バリバリな表情で近付いて来た。

 

「そこの二人、何者だ。何やら怪しい乗り物に乗って来たようだが……」

「あやしい? ……あ、ああコイツか」


 一瞬言われた事が分からなかったが、バイクはこっちの世界では見たことの無い『異質な物体』、非常識な乗り物である事を忘れていた。

 そりゃあ怪しいだろうな。

 俺は慌ててバイクから腰を降ろした。


「カタナちゃん、いつもの姿に戻ってくれ」

『ハイハイ……こっちも私にとってはいつもの姿だけどね……よっと!』


 少々愚痴っぽい事を言いつつ、カタナちゃんはバイク形態から巫女幼女の姿へと一瞬で変化した。

 しかし急激に変化したカタナちゃんに兵士のオッちゃんが驚いて尻餅を着いてしまった。


「わ!? な、なんだ!? 黒い鉄の塊が幼子に!?」

「あ~……すまない兵士殿。この娘は私の召喚獣でして……」

「召喚獣……」

「何だ!? 一体何があったのだ!? 貴様等……そこを動くな!!」


 珍しくリンレイさんが敬語でカタナちゃんの説明をしようとすると、俺たちはいきなり他の兵隊たちに取り囲まれてしまった。

 どうやら彼が驚いたのを『抵抗された』と勘違いしたようだ。

 あ、あれ? これってもしかしてヤバイんじゃ……。

 四方八方から武器を突きつけられ、冷汗をかきつつチラリとリンレイさんを見ると……彼女は既に両手を上げて降参の意を示していた。

 カタナちゃんも一緒に。


「ヤレヤレ……仕方ないねコレは。大人しくしましょうハヤト」


 リンレイさんの自嘲した表情に俺も溜息を付いて両手を挙げた。


「まったく……ただのレジャーのつもりだったのによ……」

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