第8話 思春期的日曜の朝
スズメの鳴き声と爽やかな朝日で目が覚める。
まだまどろんでいたい気もするが、店を開ける為にはもう起きないとな……と、そこまで思いベットから立ち上がったところで思い出した。
「あ、今日は休日だったっけ?」
驚いた事にこっちの世界の暦は地球と同じで、一週間を7日、一年を365日にする太陽暦。週一回の休日もしっかり設けられていた。
暦が変わらずに済んだのは異世界人の俺としては混乱しなくて良かったけどね。
寝ぼけ眼でリビングを目指す事にする。
この店『ハヤト・ドライブサービス』は一階が店、二階が居住区域になっている。
そこに住んでいるのは店長である俺と、そして元々は冒険者で武道家だったリンレイさんだ。
そう……俺は今、美人のお姉さんと同居生活をしているのだ。
お願いします。爆破予告は勘弁して下さい。
いや、嬉しいか嬉しくないかを言えば圧倒的に嬉しいに決まっている状況なのだが、いかんせんこの年まで女性とは縁遠い生活をして来た俺にとって今の生活は少々刺激的過ぎる。
元々はリンレイさんから「君は冒険者には向いていないから適当な町で店を出せば?」との提案で始めた店だったけど、何故かリンレイさんも手伝ってくれる事になったのだ。
当初、つても信用も無い俺にとって『カタナ』を使えるリンレイさんの協力は最高にありがたい事だった。
しかし彼女の本業は冒険者、一つの街に括り付けて良いのか……そう思ったのだけど。
「冒険者なんて安定しない職業にこだわりを持つヤツは余りいないよ。君が私を雇ってくれるなら願ったりだ」と男前な事を言ってくれた。
無論俺はその言葉を鵜呑みにはしていない。
武道家として腕も名もある彼女がこだわりが無い訳がないだろう。
思い当たるとしたら俺に対して恩を感じているがゆえに、そして俺を心配してくれたからこそ冒険者を辞めてまで協力を申し出てくれたんだ。
……俺はつくづくこの世界で最初に出会ったのがリンレイさんで良かったと思う。
こんな良い人……地球にだってめったにいない。
俺が寝ぼけ眼でそんな事を考えながらリビングまで辿り着くと、瞬間その光景を目にして完全に目が覚めた。
「く~~……く~~……」
「!!!!?????」
そこにいたのはソファーに横になり寝息を立てるリンレイさん。
傍らにワイングラスがある辺り、昨日一人で晩酌していてそのまま寝てしまったのだろう。それはいい……。
問題なのはその格好。
所業はおっさん臭いというのに、そんな事は微塵も感じさせない程の艶かしく美しい光景がそこには広がっている。
『楽だから』そんな理由で寝巻きとして羽織っているのは男物のYシャツ。だが横向きに寝る彼女の胸元は大きく開いてコレでもかと女性を象徴する二つの神山が……オマケにかの神山は5合目程見え隠れしていると言うのに雲海(ブラジャー)の存在が確認出来ない。
あれは……間違いなく晴天(ノーブラ)!?
そ、それに羽織っているのはYシャツのみで下の方は艶かしい美脚が見事な曲線を描いていて……合流地点には三角の純白の……ハ!?
俺はその時、自分がマジマジと神山の頂点が透けて見えないか捜し、純白の三角を良く見ようとYシャツをめくろうとしていた自分に気が付いた
「いやいやいや!? 何してんだ自分!!」
ゴキ!! 俺は咄嗟に自分の顔面を殴った。
強烈な痛みが俺に理性を取り戻させてくれる……あ、あぶね~~。
俺の葛藤を他所にリンレイさんは相変わらずあどけない顔でむにゃむにゃしている……く、ヤバイ……可愛い……。
この人はたまにこういった無防備な姿を晒す時がある。
初対面の時はあんなに殺伐とした空気をかもし出していたというのに、一度信頼した者に対してはこんな感じになるようだ。
信頼された、親しく思ってくれている……それは大変光栄な事。
でも、まだまだ高校生である俺にとっては……その……刺激的過ぎるのだ。
今日は朝だからまだ良い方だ。
夜なんかは晩酌で深酒が過ぎて絡まれる事も、入浴後の半裸姿を目にした事もある。
何度あの一撃で敵を粉砕する肉体にロケットダイブを決めそうになった事か……。
そしてそんな事があった日には何回も……いや、それは置いとこう。
リンレイさんはこの世界に俺が放り出されてから今まで、一番心配してくれて、そして一番お世話になった素晴らしい女性だ。
……だと言うのに、俺は……俺ってヤツは……そんな人を穢れた目で……。
「少し頭を冷やして来るか……」
欲情→快感→罪悪感のいつものパターンに嵌る前に、俺はまだ少し冷気が残る朝の商店街へと足を向けた。
*
「………………いくじなし」
*
休日とはいえ全ての業種が休む訳じゃない。
むしろ休日だからこそ商機とばかりに張り切る連中が多いのは日本も異世界も変わりはしない。
まだ少し肌寒い早朝の表通りまで出てみると、店を開けようと動いている商店街の面々が既に活発に動いている。
八百屋の店先では色とりどりの野菜を並べるオバちゃんがいるし、パン屋の煙突からはパンを焼く甘い香りが漂っている。
いつも食べている食パンはこの店のもので、コイツが柔らかくて中々美味い。
出来ればカレーパンみたいな惣菜パンでも売り出してくれればいいんだけど……リクエストしたくてもカレーがないしな~。
そんな事を考えていると、不意に足元で何かが突っつく感触が……。
「があ!」
「ん?」
視線を落とすと、そこにはずんぐりとした黒と白の体で、頭は中々ファンキーな黄色い色を含んだ生き物……ペンギンが一羽、翼(ヒレ?)をバタつかせていた。
う~む、可愛いは正義ってのは本当だな。
目にしただけで早朝からの穢れまくった思想が浄化されていく気がする。
「フリーザー、おはよう」
「があ!」
俺の挨拶に彼は片手を上げて答えてくれる。
うむ、分かってるなコイツ。
「おうハヤトさんじゃねーか。おはようさん」
「おはようございますガルドさん、朝早くから精が出ますね」
「な~に、俺はさっき西海岸から帰ってきたばっかよ」
そう言いつつ現れたのは表通りの魚屋『マルコー』の店長ガルド氏。
彼の店は最近誰にも成しえなかった遠方の西海岸から新鮮な魚を輸送する事を可能にした事で、連日商売繁盛の絶好調中だ。
さらに顧客に『王室』まで入っている事から『マルコー』はある種のブランドを持つ一流店になり、今や商業都市の顔役と言っても過言では無い。
「相変わらず長距離なのに頑張ってますね」
「いやいや、本当にコイツとハヤトさんには足を向けて寝れねーぜ。良かったらコイツを持っていってくれや」
そう言って渡してきたのは中々型の良いアジを5匹ほど。
「え? いえそんな売り物でしょ?」
「ああ良いんだよ、ハヤトさんには本当に世話になったからな。実利を考えたら最初の10万なんてはした金でしかねーしな」
「いや、それにしたって……」
俺が尚も遠慮しようとすると、ガルドさんはニカッと笑ってみせた。
「それに、実は今西海岸『エドラス』ではコイツが大漁でな……少々仕入れ過ぎたんだ、ホレ」
そう言ってガルドさんが傍らのペンギン、『フリーザー』の頭をポンと叩いた瞬間、一羽のペンギンは眩い光りを放って巨大な存在に変身した。
そして現れたのは巨大な『冷凍車』。
そうペンギンの『フリーザー』は俺が彼に現出させた『車霊』なのだ。
そして慣れた手つきでガルドさんが荷台を開いてみせると……なるほど、溢れんばかりにアジの山、山、山……。
「どー考えても仕入れすぎでしょ……今日はアジしか売らないつもりなんですか?」
「……だよな~。大漁だったから“安い”と思って勢いでな。カミさんにもえらいどやされてよお~」
魚屋だって種類が無くてはいけないだろうに……俺の言葉にガルドさんはバツが悪そうに頭を掻いている。
多分夫婦喧嘩に負けて今ここでほとぼり冷ましている最中なんだろうな。
「程ほどにしといて下さいよ」
夫婦喧嘩は犬も食わないとは良く言ったもの。
他人がとやかくいう事ではないだろうし……ん?。
「ガルドさん? 何か高そうな魚も仕入れているじゃないですか。コイツは鯛、ですよね?」
大漁のアジの山の中、申し訳程度に存在する一つのトロ箱に入っているのは鮮やかな赤色の鯛だった。
こっちの世界でも高級魚らしく、鯛は祝いの時しかお目にかかれない。
まして庶民の食卓に上る事も少ないから逆に言えば『単価が高すぎて店では売りにくい』魚だとかガルドさんが以前教えてくれたのだが……はて?
「んあ? ああ、そいつは俺のミスでな。本当だったら王宮に降ろす予定だったのに、今は国王一家は視察遠征中だった事を忘れてて」
「そいつ“も”でしょうが」
何をサラッとアジの失敗を無かった事にしようとしとるか!
「公爵領への視察だからもう少しで帰ってくるらしいけどよ、魚は足が早えからな」
それは仕方が無い話で、この世界には冷蔵庫が無い。
その為に足が早い『生魚』は購入当日に消費する事が大原則になる。
ましてや『王室』みたいな国の重鎮に対しては日を置いた魚などもっての外……と言う訳で『冷凍車』を扱えるガルドさんが毎日届ける必要がある。
「なんならハヤトさん買うかい? そしたらアジを50匹オマケにつけるぜ?」
「五匹で十分ですよ……」
ちなみにその日の商業都市の各家庭の夕食には高確率でアジ料理が上った。
売れ残りを恐れたガルドさんが殆ど捨て値で売りさばいた結果らしいけど、忙しさに反して儲けが少なかった事に、またおかみさんに怒られたんだとか。
合掌……
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