第13話 再就職
休日の臨時収入は結構な額になった。
何しろトラック運送の見張り役と、更に車霊の召喚者契約まで出来たのだからな。
さすがは王国最高の権力者、合わせて15万という大金をその場で即金で払ってくれたのだから気前がイイ!
あれからコンボイトラックに乗った要人、国王、王女、そして大元帥バルガスさん率いる近衛兵たちが無事に王都まで辿り着いたのを確認して、俺たちの臨時業務は終了した。
臨時2時間で15万、中々イイ稼ぎだ。
別れの際に国王やバルガスさんには、やたらと引き止められたのだけど、その日は元々日帰りの予定だったし、それにリンレイさんお勧めの限定メニューがランチタイムのみだという事を思い出して早々に引き上げたのだった。
……ちなみに限定メニューは既に売り切れていた。
ちっくしょーーーーー。
そして数日後、俺は店のカウンターに肘を付いて座り、同じように座るリンレイさんと一緒になってコーヒーブレイクを楽しんでいた。
ウチの店は他の運送業とバッティングしないように料金設定を上げている事で客層は限られてくる。
金を持っている人たちにはそうでも無いけど、一般人にとっては『本当に緊急の用事がある時には利用できる』値段設定なのだ。
まあ何が言いたいかといえば……ヒマな時はヒマなのさ。
俺はボンヤリとこの前、王都で買ったクルミ入りのクッキーを口にする。
小気味いいサックリした感触と一緒に、香ばしく程よい甘さが口に広がる。
「ん……んまいね、このクッキー。カタナちゃんに乗せられて買ったけど正解だったな」
「ハハ、私はお菓子の類はあまり詳しくないけど、カタナちゃんのお勧めに外れは無いからね」
『えっへん!』
褒められて得意気に胸を張る幼女巫女は、現在カウンターにちょこんと座っている。
バイク形態と違ってこの姿の時の彼女はぬいぐるみのように軽く小さい。ゆえに彼女の店の定位置は大体がここ(カウンター)。
最近では店のマスコット的な扱いにもなっている。
そしてヒマを持て余したリンレイさんが、カタナちゃんの髪を好き勝手にいじるのもいつもの風景。抵抗しない彼女は好き勝手に髪型を変えられていく。
今日は編み込むつもりらしいな。
古風な巫女衣装なのに中々似合っているな。
「にしても……昨日の連中は大丈夫だったかな? 要人は無事に王都へ着いたけど本体の大半は山で待機だったでしょ?」
バルガスさんが出現させたコンボイトラックに乗車できた兵員はせいぜい五十人程度、総勢で500人はいた全体の一割に満たない。
俺は残された連中があの後襲撃を受けていないのか心配だったのだが、リンレイさんは何でもないとばかりに手をヒラヒラさせる。
「心配ないわよ。襲撃者連中が取った方針は山中での奇襲と平野部での騎乗戦。それに主目的は隊の全滅じゃなく要人の暗殺、要人が山にいなけりゃ意味が無いわ」
「そうなの?」
戦闘、戦術に関してはド素人の俺には全く分からない。
リンレイさんは出来の悪い生徒(オレ)に分かりやすく解説してくれる。
「確かにあの山は敵に誘い込まれたワナの危険があるから、彼らは事が終わったら早々に下山して王都を目指す事になっていたし。徒歩での行軍でも平野部の敵機動兵力はその時には消滅しているからね」
「……確かに」
アレは凄まじかったな。思い出しても寒気がする。
視認だけでも100は超える騎竜兵に対して、ゲリラライブよろしく開いた荷台から大量に放たれた矢と魔法。
正確に放たれる攻撃に一方的に蹂躙されて行く様は機関銃を持ったジープを髣髴させる地獄絵図。
……ス○ローンでも乗っているんじゃ? とか思うくらいで、相手側は溜まったものじゃなかっただろうよ。
「いやいや、その節は本当に世話になったな」
そんな事を考えていると、ドアベルをカラカラ鳴らしながら巨体の爺さんが豪快な笑い声と共に現れた。
先日見た時とは大分違う簡素な服、だが隠し切れない筋肉が強者である事を象徴する白髪、日焼けの老人マッチョ。
「バルガス大元帥!?」
俺はバルガスさんの突然の訪問に思わず立ち上がったが、リンレイさんは面倒そうに視線を投げただけで「やはり黒豹か」と呟いた。
もしかしなくても、アンタ、気配だけでバルガスさんが来ている事に気が付いてた?
「何の用なの? 王宮近衛兵団の最高位、現王国軍のトップでもある公爵家当主様が、こんな庶民の店までお出でなさるなど」
な、なんだ? リンレイさん、不思議と言葉に棘が無いか?
しかしそんな彼女の態度に気分を悪くした風も無く、それどころか“その事すら織り込み済み”とばかりにバルガスさんは鷹揚に胸を張る。
「いや、実はのう、先日の行軍時の件で責任を取らされてな。ワシは目出たく王国軍をクビになってなあ」
「「……ハア!?」」
あっけらかんと言ったバルガスさんの言葉に、今度はリンレイさんすら開いた口が塞がらなくなった。
クビ……って。
「よければトラック運転手を一人、ここで雇っては貰えんか?」
老人マッチョは白髭を蓄えた口元でニカッと笑って見せた。
*
バルガス視点
「此度の視察での貴殿ら近衛兵団の働き、誠に大儀であった」
「勿体無きお言葉でございます」
謁見の間で芝居がかった作法で陛下に膝を折り、ワシは視線を周囲へと投げてみる。
陛下のお褒めの言葉に誇らしい表情を浮かべるのはワシの直属の部下たち。気持ちは分かるが、感情を謁見の間(ここ)で現してしまう辺り、まだまだ修行が足らんな。
そしてワシ等の功績を苦々しい顔で見つめる連中……大臣や軍上層部にチラホラと見られるが、コイツらは単純に『近衛兵の功績』が妬ましいだけだろう。
その辺りは大した事では無い。
手柄を得るというのは少なからずそういうものだしな。
……問題なのは、やはりこの場にいない人物なのだろうな。
長年仕える我が主君『賢王』はその名に違わぬ才覚とカリスマをお持ちで、この国の発展も安全もこの方がいなければ成り立たなかっただろう。
しかし、だからこそ賢王には敵も多い。
それは諸外国のみならず国内でも同様。
いや、むしろ普段は味方面なだけに余計に質が悪い。
今回の視察の行軍中にあのような危機に陥ったのも『味方面の敵』による工作だったのは、ほぼ間違いない。
何しろ国軍、しかも国王の護衛に対して口が出せるなんて、そうそういるものではない。
「して、バルガスよ。今回の事件、首謀者は分かったのだろうか?」
「……“厳密には”不明です。襲撃した連中はほとんどが雇われの傭兵やゴロツキ、もしくは問題行動があった為に除隊になった元国軍の者もいました」
元国軍の情報に周囲の連中がザワ付き始める。
連中の“遺留品”を調査したところ、国軍に支給されている剣などの装備品を持つ者が含まれていたのだ。
しかし詳細は不明、追跡調査でワシ等が仕留めた野党共の他にも仲間がいた事は判明したが、その者たちはアジト発見時に全員が惨殺体で発見されたのだ。
そこまで報告すると陛下は眉を顰めた。
「口封じ……か」
「おそらく、遺留品の中には成功の暁には国軍への推薦を仄めかす文書も発見されましたので」
利用した何者かは、今回の襲撃が上手く行こうが行くまいが、連中の処遇は最初から同じ使い捨てだったのだろう。
再び国軍へと返り咲きたかった気持ちは分からなくはないが、しかし同情は出来ん。
陛下の暗殺に加担するなど、仕える方に最大の不敬に加担する者に王国軍を名乗る資格はない。
その話に乗った時点で奴等は自らの命運を決めてしまったのだ。
ワシの報告、言葉に含まれた微妙な表現で陛下は全てを察したように溜息を付く。
賢王であるがゆえに“厳密には”判明していない人物を思い浮かべてしまうのだろう。
「悲しいものだ……内側に疑いの目を向けなければならない立場とは……」
「……御意」
重々しい溜息と共に、我が主君賢王は謁見の間から別室へと下がっていった。
痛々しいな……血を分けた身内が最も疑わしいというのは。
「遅かったなバルガス」
「ワシにも軍務があるんじゃ。気分で呼び出すではないぞディール」
堅苦しい謁見の間での報告を終えた数刻後、ワシは再び陛下に呼び出しを食らった。
今度は国王専用の私室、ハッキリ言えば“ワシ等”には謁見の間などよりも遥かに馴染みのある部屋。
ワシ等が唯一“ただの幼馴染、友人として”話せる空間。
元々ワシは陛下付きの護衛として幼少から傍にいたせいで、公の場以外はこのようなものなのだ。
ハッキリ言えば陛下呼びとて、未だに背中がむず痒くなるというのに。
しかしワシの愚痴を聞きもせずに奴は警戒心が欠片間ない様子で、ワシの足元に鎮座する存在へと嬉々とした顔で近付いた。
「おお! こやつがバルガスの召喚獣、お前の相棒なのか!」
その様はガキの頃に初めて奴が馬を見た時、初めて本物の剣を持たされた時と何ら代わらないガキっぽい好奇心が滲み出ていた。
お付のメイド長など呆れ顔で溜息を付いておる。
……全く、いい年になってもガキだの……互いに。
「その通り、コイツがワシの新たな相棒、コンボイトラックの『シャドウ』じゃよ」
黒くしなやかな巨体、鋭い眼光に牙、巨大な爪が強さを誇示する美しい姿はワシの字を体現したような黒い豹。
巨大な猫の如く伸びをして豪快に欠伸をする様は圧巻だ。
車霊、あの日突然授かった車という名の化け物。
頑強な防御力を誇り、高速での対人戦闘を行える巨大兵器。
どちらかと言えばスピードで劣る事から騎馬や騎竜によって過去へと追いやられた『戦車(チャリオット)』の戦を思い起こさせる。
今は逞しい黒豹の姿だが、ワシが一度命を与えれば、たちまち巨大な姿へと変化する。
一度コイツのパワーとスピードを経験してしまうと、最速と歌われた『騎竜』ですら満足が行かなくなってしまう。
それは我が長年の友人も同様のようで、あの日以来、事ある事に『次の公務は無いのか?』と遠出を画策してトラックに乗りたがっているのだ。
しかも運転したがるしのう……。
「いいのうバルガス……ワシも欲しいぞシャレイ。何とかならんのか? ワシとて以前は初代の再来とまで言われた魔導師だったのだ。召喚獣を持つ事が出来んとは思えん」
「どうかのう? ハヤト殿が言うにはこの『シャレイ』に関して言えば魔力の大小、魔法の才能のあるなしは余り関係ないらしい」
そもそもワシは剣一辺倒の剣術バカ。
魔法なんぞ初歩の初歩で見切りを付けるほど才能が無かったのだから。
この年になって召喚獣を持つ事になるとは思わなかったくらいなのに。
そうするとディールは苦々しい表情を浮かべる。
おいおい、国王がして良い顔じゃないぞ、そりゃ。
「くうう……最悪ワシに才がなくても、ワシの部下に数名でも『シャレイ』の才能持ちがいれば……いや、いっその事あの店主を城に取り立てれば……」
……まあ、そう考えるじゃろうな。
有能と見たら囲いたくなるのが心情、特に国を預かる立場の国王なら尚の事。
これに関しては奴の私情もあろうが……。
しかしまあ……。
「それは難しいじゃろうなあ」
「む、何故じゃ? 報償なら出来る限り用意するつもりじゃし、待遇も最高の物を考えておる。何しろあれ程の力じゃ」
そう言いたくなる気持ちも分かる……が。
「今回の取引で奴が望んだのは、見張り役のバイクの5万と、ワシの車霊現出の料金、合計15万のみ。それ以上の請求は一切してこんかった」
「な、なんと! たったの15万!?」
『賢王』が思わず立ち上がって驚くのも無理はない。
奴はあの日、一国の王と王女、更にはワシを含めた国軍近衛兵団500余名全ての命を救ったのだ。これは一つの戦で武名を馳せるのと同義、本来どれ程の褒章を要求しても当然の権利であるし、こちらだってそれなりの対応をするつもりだったのだ。
……にも拘らず、奴が請求したのは自身が定めた正規料金のみ。
「多分、あの男は商売人として高い誇りをもっているようじゃ。身分の大小で分けず、正規の料金を変えるつもりがない」
「英雄にして名誉を求めない……という事か?」
さすがは『賢王』、理解が早い。
栄誉を求めるなら王都に着いた時、引き止めるわし等を『ランチタイムが終わってしまう』などと言って去ってしまうワケが無い。
少しでも打算があるなら何らかの褒章を求め、さらにその後の繋がりを持とうとするはずだ。何しろ『国王への借り』など商人どころか貴族連中だって手にする事が困難なチャンスなのだから。
そこまで理解がいたるとディールは溜息を吐いて椅子に座りなおした。
「栄誉や名声が面倒か……。気持ちが分かるだけに強要も出来ん」
「わはは……そうじゃのう。互いにその面倒さは身に染みておるしのう」
国王に大元帥、互いに肩書きのせいで動きにくくなってしまったものだ。
唯一幼馴染に戻れるこの時間とていつも取れるものじゃない。執事やメイド長たちがこの時間の為にあらゆる奮闘をしてくれた結果なのだから。
「仮にあの年頃、何のしがらみも無かったとしたら……お主なら『城への取立て』を命じられたら……どうした?」
返事の分かっている質問をする幼馴染に、ワシは期待通りの答えを言ってやる。
「他国に逃げるじゃろうな。面倒なしがらみでガラン締めになる前にさっさとのう」
「……だろうな、ワシもだ」
教養のない者なら飛びつくだろうが、あの者は“そこまで考えが至る”くらいには聡明のようだし、そもそも奴の傍らにはかの『烈風』がいる。
強制連行なぞしようものなら、さっさと本拠地を変えてしまうだろう。
何しろ『車霊』の利便性はどこの国でも同じだろう。
下手をすれば手にしている力を他国に流してしまう可能性が高い。
「……この国に留まってくれているのだから、商業都市に店を構えてくれているのはむしろ僥倖か。下手な手は打たんようにせねばな……しかし」
「分かっておる。あの力を持つハヤトは今後あらゆる者に狙われる事になるじゃろうな。特に“あの方”に」
「…………」
その事実にディールは苦い顔になる。
今回の暗殺失敗の最大の原因はあの男なのだ。事件の詳細を知れば野放しにするはずはない。
「王国から護衛を付けるか……いやダメだな。表立って動くと“むこう”に勘ぐられる可能性が高い」
表だって国王として兵士を派遣するのは目立ちすぎる。
確かに奴は今のところ一介の商売人、下手な手出しはさっきの話の通り愚作に当たる。
違う方向で奴に国を出て行かれても困るしな。
……その時、ワシの脳裏に名案が浮かんだ。
怪しくなく奴の護衛を送れて、しかもワシの長年の思いを実行できる一石二鳥な名案が。
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