第32話 燃えるお姉ちゃん

 黒龍は立腹していた。


 突如として小さき者(人間)の住処へと転移させられた事もそうだが、落とし前を付けさせようと魔力の残滓を辿り小さき者共の棲家を探ってみたものの、元凶たる者は姿を現さない。

 ならばと腹いせに小さき者の幼生体を潰してやろうとすれば、生意気にも自分に攻撃を加える愚か者が現れる始末。

 その愚か者は小さき者の中ではそこそこ強い魔力(ちから)を秘めているせいか、数刻の間自分と渡り合って見せたが、黒龍に適うはずもなくその内彼の巨大な尾により大地に叩きつけられた。

 しかし、少しは抵抗して見せた獲物を仕留める愉悦と共に黒龍が止めを刺そうとした直後、その者は見慣れない『走る鉄の箱』に乗った小さき者共に掠め取られたのだった。


 黒龍は更に激怒した。

 激怒して『走る鉄の箱』をどこまでも追いかけ、そして小さき者共が住処にしている壁の向こう側へも追撃を続行していた。

 そして……気が付く。

『走る鉄の箱』の上に、先程短時間とはいえ自分と渡り合って見せた小さき者が、立って自分に向かっている姿を。

 黒龍はコレ幸いとばかりに自慢のブレスを当ててやろうと大口を開けて、体内の魔力を口腔へと充填させ……気が付いた。

 いや、それは気付きと言うよりも本能が感じさせた“何か”。

 自分以外に強者を見る事が無くなってから終ぞ感じる事のなかった感覚……。

 そしてそれは突如として出現した、黒龍をしても膨大と認識するしか無い魔力の本流により自覚せざるを得なかった。

 自分を殺せるだけの力を持った何かに対する生存本能……『恐怖』であると。


              *

ソフィ視点


 魔法陣という代物は一般的な魔法を行使するよりも遥かに使い勝手が悪い。

 特定の神殿や宮殿に巨大な魔法陣を描く事で、装飾としての効果の他に呪いや魔法を“ある程度”防ぐなどというのが一般的なのだが、その効果はあくまで気休め程度なのだ。

 通常直接的な物理攻撃や高い魔力による攻撃に対しては効果は余り無く、だからこそ魔法陣を『実用的に』描く事の出来る魔法陣技師は希少な存在なのだ。

 だからこそマントに魔法陣を縫い付けて、重量級のフルプレート並の防御力を与える事の出来るミフィは本当に天才なのだ。

 しかし、それはあくまで『魔力をその場で循環させる』方向の『防御』であるから使える手段。『魔力を放出する』方向の攻撃魔法には余り向いていない。

 というのも『同じ場所を廻らせる』防御と違って攻撃の魔法陣は常に同じでは無く、気候、土地柄、使用者のクセ、使用する時間帯など全てがその都度違うのだ。

 平たく言えば攻撃魔法の魔法陣は使い捨てで、あらかじめ書いておく事が出来ない。

 そして、独特の感性と芸術性が無くては描けない程複雑で難しい。

 戦闘中であれば尚の事、そんな複雑極まる魔法陣を描いている余裕などあるワケがない。

 そして何より魔法陣は使用中動かす事が出来ない。

 生死をかけた戦闘中、敵が黙っていてくれるワケも無く、冒険者で言う『魔導師』は自分の魔力のみで速攻で魔法を行使できる連中を指すのだ。

 従って、この世界で『魔法陣』は『魔法陣技師』と呼ばれる一部の天才が王族や貴族の生活向上の為にお抱えにするのが一般的な流れなのだ。


 そう、今日この日……天才魔法陣技師ミルフィリア・フロイランスが『車霊』という『舞台』を手に入れるこの時までは。



「防壁門、突破したあああああ!」


“足元から”聞こえるハヤト店長の声を聞くまでもなく、高速移動するシャレイの天井に乗っている私には目の前の出来事だ。

 東防壁の大門には慌てて駆け付ける兵士や顔見知りの冒険者たちが見える。

 しかしこの短時間でよくここまで集められたなと思う反面、やはり黒龍を圧倒するにはまだまだ数が足りないだろう。


ギャオオオオオオ!!


 そして東防壁門を越えた瞬間その巨体を惜しげもなく広げ、さっきよりも遥かにスピードを上げて追いついて来る黒龍。

 やはりアレ程のスピードとパワーを持つヤツにとって人間の街の中は窮屈で動きづらかったようね……最早さすがのシャレイのスピードもヤツのスピードを上回る事は出来ないだろう。

 しかし……私の心に焦りは無い。

 一人で黒龍相手に無謀な逃走をしていたさっきのように生命の危機など最早考えていない。“足元から”溢れる膨大な魔力にその身を委ね、魔杖を構える。


「完成よ姉さん! この場この時において、姉さんにしか使う事の出来ない『火属性魔法極大化魔法陣!!」

「了解よ……ふふふ……」


 幾ら強力でも動く事の適わない戦場で使う事は無いと思っていたミフィの『攻撃特化型魔法陣』……原理は良く分からないけど、ハヤト店長から渡された“絵が描けるガラス板”みたいな物にミフィが描いた魔法陣がシャレイの天井に連動して描かれたのだ。

 足元の複雑極まる『魔法陣』が私の魔力に反応して人の身ではありえない、扱えないはずの膨大な魔力を大気から、大地から、事象の全てから直接集まって来る。

 私はこれから自分がやろうとしている魔法を想像して口元が自然と緩む。



 私はバカだ……知っていたのに。

 置いて行かれる恐怖、残されてしまう恐怖、守られるだけで何も出来ない恐怖……誰よりも妹の心を知っていたはずなのに。

 自分が思う事をミフィが思わないハズは無いのに、『ミフィを守る為』と言い訳をして、自分の恐怖心ばかり考えて戦闘から遠ざけ続けていた。

 戦闘において戦力外とした判断は『リーダー』としては間違っていない。

 でも『姉』として何もしなかったのは……ただの私のワガママでしかなかった。

 

 両親の死因は冒険者や一般人を魔獣から守った事だった。

 アレほど私たちには『冷静な判断をしろ』と言っていたのに、最後は仲間を庇って命を落とした両親を、冒険者たちも町のみんなも『英雄』として称え感謝の念を送っていた。  

 私は涙を堪えて両親がした事を誇りに思う事にしたのだった。


 しかし妹は、ミフィは一つも両親を称えなかった。

 

 堪える事もせず泣き叫び『そんな奴等の事は知らない!! 何で帰って来てくれないの!!』と。

 ミフィは“私が口にしなかった本音”をただ一人、外聞など一切気にせずに口にして言ってくれたのだ……憤ってくれたのだ。

 本当は私だってそうだった。

 何を犠牲にしても、どんなに卑怯と罵られようと帰って来て欲しかった。

 ただいつものように帰って来て『ただいま』と言って欲しかった…………。


 守る者がある者は、『絶対に帰る事』こそが一番大事……誰よりも、私は忘れてはいけない事だったのに……。 



「……やっぱり、私も貴方たちの娘って事なのかな?」


 上空の巨大な黒龍がこっちに向けて大口を開けている……それは町中で見た時よりも膨大な魔力で、あの威力ですら黒龍にとっては加減したものだった事がうかがい知れる。

 多分スピードがあるシャレイを、ブレスの威力を最大に、広範囲ごと葬ろうとしているのだろうね……。


「姉さん! ブレスが!!」

「ソフィさん! さすがにアレは食らったらマズイですよ!!」


 ブワアアアアアアアアアアア!!


 下から悲鳴のような二人の声をバックに、黒龍の顎から今まで放たれていたブレスとは比べ物にならない、着弾したらココら一体焦土と化し、巨大なクレーターになるだろう一撃が放たれた。

 

「でもね、父さん母さん……やっぱり私も貴方たちを英雄にする気はない。生涯反面教師にさせてもらうよ……絶対にミフィと一緒に、生きて帰る!!」


 湧き上がる極大の獄炎の魔力、それを魔杖に集中した時、私の背中に巨大な『炎の翼』が生まれた。


「炎翼陽光(サンライト・フェザー)!!」


 今まで絶対に実現不可能としか考えていなかった『伝説の魔導師』が使ったと言われる魔法名と共に、まるで翼が集中した魔力を解き放つように、人間単体では絶対にありえない巨大な一条の炎が放たれ、黒龍のブレスと直撃する。


ドゴオオオオオオオオオ……


 瞬間、稲光とも地響きともつかない轟音が辺り一面に広がる。

 しかし、凶悪な威力を持つ黒龍のブレスと私の魔法は上空で相殺しあったかに見えたのに一瞬の後、に“私の魔法が”黒龍のブレスを突き破って黒龍へ直撃したのだ。


 ギ!? ギャアアアアアアアアア!!

「う、うそぉ……」


 あまりの威力に思わず私の口から本音が零れた。

 いや、ソフィの魔法陣と私の魔法で威力は上がる確信はあったけど……まさか、人間が黒龍のブレスを上回る威力の魔法を放つなんて……元祖『炎翼陽光』の使い手、伝説の魔導師でさえ不可能だったんじゃ?


「良くて直撃を逸らせる……くらいだと思っていたけど……」

「凄い! さすが姉さん、黒龍のブレスを貫いて直撃させるなんて!!」 


 何やら能天気に私の手柄にしている妹がいるけど、どう考えてもこれは私の手柄じゃない……魔法陣の、ミフィの力によるものだ。

 人間単体であんな威力の魔法を行使出来るワケないし、人間より高い魔力を誇るハーフエルフのシルフにだって不可能だろう。


「いやいやいや、何を言ってんのよ、どう考えても私の魔力で出来た事じゃない。アンタの魔法陣があったお陰じゃないの!」


 黙っていれば全て私の手柄のように話し出すミフィに私は慌てて言う。

 しかしミフィはミフィで違う見解、まるっきり自分の手柄とは思っていないようで……。


「何を言うの姉さん! 私は魔力集積極大化の魔法陣を描いただけ、そんな膨大な魔力を扱える技量は最初から持ってないもん。使えたのは高い魔法の素養と技量を持った姉さんじゃなければ絶対にムリだもん!」

「いや、そんなのたまたま私が使ったってだけだろ……ミフィがいたから……」

「この魔法陣は姉さんの方が重要人物なの!」

「…………何なんですか、その責任の押し付け合いみたいな褒め合いは」

「う……」

「あう……」


 ハヤト店長の冷静な突っ込みに、私たちはどっちも口をつぐんだ。

 同時にミフィのシャレイが説明を始めた。


『私は主様の精神力を具現化したような存在です。つまり魔法陣を車霊に描くと言うのは主様(ミフィ)に直接出現させるのと同等の意味を持つのです』

「へえ~そうなんだ……」


 ? 何ゆえ車霊を与えた店長の方が初めて聞いたみたいな反応を……。

 店長の反応に不思議に思ったが、シャレイは言葉を続ける。


『厳密に言えば魔法陣を扱うには“魔法陣との相性”が重要になって来ます。この場合、どれ程莫大な魔力を持った魔導師であろうと相性が悪いと意味は無いのです』

「……それが何か?」

『厳密に言ってしまえば主様の精神その物と同調出来て、尚且つ莫大な魔力を操れる才を持った人物でなくては、この魔法陣でここまで強力な威力には決してならないのです』

「え、え~~~~っと……それってつまり……」

『はい、この魔法攻撃は貴女方フロイランス姉妹でなくては実現不可能な、無二の最強魔法陣なのですよ!』

「あ~~~~っと……」

「そ……そうなのね……」


 何気に自慢げに言われて……何と言うか恥ずかしくなった。

 ミフィと私の二人でなくては実現出来ない最強魔法……か。

 そんな風に言われると……嬉しいけど、面はゆいと言うか、何と言うか……。


『しかし……そんな人としては最強クラスの魔法でも、ドラゴンと言う存在には少々足りなかったようですね……』

「!? ……そのようね」


 グルルルルル…………


 突如真面目な口調に戻ったシャレイの言葉に上空へ目を向けると……上空に漂っていた爆煙が徐々に晴れて、不機嫌そうな唸り声を漏らす黒龍が姿を現す。

 だがその姿はさっきまでとは違う、黒龍の名を体現した漆黒の全身が今は赤く光り輝いている。


「火属性の魔力属性防御……か」


 黒龍の本領発揮、と言う事か。

 さっきまではどんな攻撃を受けても使う事が無かった属性防御。

 コレを使ったという事は、私たちが放った魔法攻撃がヤツにとって脅威として認識されたと言う事なのだろう。

 ……それはある意味光栄な事だけど、本音を言えば本気を出される前に大勢の魔導師を集めて『多属性の魔法波状攻撃』で仕留めたかったのだけどね。


 ゴオオオオオオオオ……


 そして上空でホバリングする黒龍が唸ると、反応するように上空で無数に現れる紫電球。

 一発必中と行かなかったから今度は数を打とうと言う事か……。

 私(人間)相手なのに油断する気は無いとばかりに、心なしかさっきよりも黒龍の顔が凛々しくも思える。

 ……油断してくれて良いのに。

 一部の上級魔導師が使う『雷魔法』の一種に見えるが、当然だがそういった連中は一発しか生み出さない。

 やはり人間とドラゴンの戦力差は半端では無いのだ。

 しかし……私とていつも通りでは無い。

 

「弾幕勝負がご所望のようね……良いでしょう、受けて立つわ。無限火喰鳥(インフィニティ・バードストライク)!!」


 呼応して私が魔杖を振ると、走行中のシャレイの周辺に現れる黒龍の紫電球に匹敵する程膨大な数の火の椋鳥の群れ。


 ゴアアアアアアアア!!


 上等だとばかりに黒龍の雄叫びで放たれる空を覆いつくさんばかりの紫電の弾幕。

 私はそれらを妙な高揚感と共に迎え撃った。


「行けよ椋鳥たち! ミフィの仕事を邪魔させるな!!」


 ドドドドドドドドドドドドドドドド……………


 

 商業都市トワイライト東防壁外付近上空……この日の夕刻頃、空を真昼の如く光りで染め上げる花火にも似た爆発が連続で起こった。

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