第33話 五羽の椋鳥

 東の防壁門を越えてから、商業都市の前に広がる荒野を俺はミフィさんの『車霊』ランドクルーザーをアクセル全開で走らせる。

 ハッキリ言ってアクセルを抜いた瞬間、上空の巨大な黒龍に吹っ飛ばされる未来しか浮かばない、まさしくデス・レース。

 俺は車が好きではあるが、スピード狂では決して無い。

 止まったら即死の危険が伴う運転はゴメン被りたいところだけど……こっちの世界に来てからと言うもの、その手の運転を強いられる事がえらく多い。

 まだ俺は17歳、本当なら運転免許の取得には年が足りないと言うに……。


「俺はもう少し安全運転で運転免許取りたかったんだけどおおおお!!」


グアアアアアアアアアア!!

「しつこい男は嫌われるわよ! 爆ぜよ炎の眷属たち……『火精霊砲爆(イフリート・バースト)!!」


ズド! ドドドド!! ドドドドドドドドドオオオオオ……


 俺の嘆きとは裏腹に、車外では白熱した魔法戦が繰り広げられている。

 日はすでに落ちたというのに、上空で繰り広げられる爆発と爆音のオンパレード……ただの花火であればどれほど良いか。

 あのうちの一つでも直撃を食らえば……それを想像するだけでも大事なところが縮こまる思いだ。

 それでも俺たちが生き残れているのはソフィさんとミフィさんの連携による魔法のお陰。

 当初からこのランドクルーザーには、今まで現出させてきた『車霊』と違ってカーナビが搭載されていた。

 衛星が無いのにどうやって使うのか? など思っていたけど、重要なのはナビゲーションの方では無く、駐車をする際に上空から確認できる映像の方だった。

“上空から車の天井を写した映像に、タッチパネルを使って魔法陣を書く事が出来る”という、まさにミフィさんの為にあつらえられた機能。

 こうする事でミフィさんのランドクルーザーは移動する魔法陣を搭載した、いわば『戦車』や『装甲車』のような兵器となったのだ。

 考えてみればリンレイさんのカタナは『格闘の補助』、バルガスさんなら『移動可能な集団戦』、シスターに至っては、もろ『回復魔法の補助』であった。

 車霊の現出基準は今もって分からないけど、あくまで『主の能力向上』に役立つ車が出現する、と言う事なのか……。


「うう…………大地の魔力接続……広範囲同調、中央集積の計算式を……うぷ……」


 ただ……この乱暴な運転の最中、ずっと“下を向いたまま魔法陣を書き続けている”ミフィさんは物凄く気持ちが悪そうにしている。

 …………能力向上とは言っても、車酔いには効果がないらしい。

 しかし、作戦に忠実な車霊は残酷な指示を出してくる。


『創主様、次は右へ急旋回、5秒後に左へUターン、更に左右にジグザグに“振って”下さい!!』

「了解……ミフィさん、マジで気張れよ!!」

「!? !?? …………うおう……うう」


 指示通りに運転したお陰で、ソフィさんが相殺仕切れなかった黒龍の攻撃をかわす事が出来た。

 しかし悪路の暴走運転に更なる横揺れがプラスされ、同時に後部座席のミフィさんから物凄く女子が口にしてはいけない擬音が漏れる……。

 ガンバレ、超ガンバレ……絶対にその擬音に『え』を付けてはいけない。

 

 ガアアアアアアア!!


 ミフィさんが乙女の危機に直面している間にも黒龍は上空を飛びまわり、ブレスや魔法攻撃を繰り返してくる。

 町中にいる時よりも広いのに直接攻撃をする事が極端に減ったのは、ソフィさんの魔法と直接ぶつかる事を避ける為だろう。

 

「……にしても、一度ソフィさんの攻撃を受けてからあの黒龍、ずっと赤く光ってるな。常に『火の魔力』の耐性を展開しているって事か?」


 俺たちは防壁外に出てからしばらく走り回っているけど、黒龍はずっと『火の魔力体制』を使っている事が少しだけ気になった。

 実は防壁外へと出てからしばらくして、最初の作戦だった『町中の魔導師を集めての多重属性攻撃』の為に、何度か黒龍に火以外の属性魔法攻撃が試みられていた。

 しかし、それらはミフィさんの見解通りに当たっても黒龍には全く通じた様子も無く、それどころか『火属性』には対極のはずの『水属性』の魔法を食らっても、全く体の色を赤から変化させていないのだ。

 しかしその疑問には車霊“ラン”が答えてくれる。


『姉君以外の者を敵と認識していない……眼中に無いのですよ。姉君だけが唯一自分の命を脅かす危険な存在だ……と』


 つまり目の前の『火属性』の魔法を操るソフィさんだけを警戒していれば良いと判断したって事か……。

 舐めやがって、と思わなくは無いけど……それならば、その侮りを存分に利用させてもらおうじゃないか!


「ミフィさん、完成までどの位かかりますか!?」

「あと20パーセントくらい…………南西側に車を向けてください……」


 不調ではあっても杖を手に下を向きっぱなしなのに、瞳はギラギラ燃えているミフィさんの言葉に俺は南西側に車を向けつつ、スマフォを手に取った。

 無免許に走行中の通話、そして上に乗ったり“箱乗り”したり、違反行為のオンパレードだ! チクショウ!!


「リンレイさん! センヤさん! それにルーザさん! 椋鳥は“鳥カゴ”に入りましたか!!」

『ハヤト! こっちはOKよ』

『こっちもだ、店長!!』


 俺の声に瞬時に反応したのは店でも有能なバイク便の二人、さすがにスピードに掛けては定評があるな。

 そして少し遅れて、今回“たまたま近くにいたから”とお願いした軽自動車『車霊』モコの主、ルーザさんの声が聞こえる。


『こっちは今到着したわ。全く……私の専門は現場じゃ無いのに……』


 愚痴りながらも、役目を果たす為にこんな危険な場所に来てくれるのだから、やはり彼女も良い人なのは勿論、度胸も据わっている。

 冒険者ギルドの名物受付嬢は伊達では無いな。


「人員は所定の位置に着いたようです。ミフィさん、後は貴女の作業が終われば……」

「……もう少し……あと少しで……」

「マズイ……店長、前!!」


 しかしその時、車外のソフィさんから緊急を知らせる声が……マズイ状況なのは最初からずっと続いていると思うのだが。


「一体何が……げ!?」

 ブオオオオオオオオオオ…………


 俺たちの走行する車の前方上空、そこからこっちに突っ込んで来る黒龍の姿に息が止まる。

 いや、ただ急降下しているならソフィさんの凶悪な魔法の直撃を食らうのだが、急降下する黒龍は全身を赤く光らせたまま、大口を開いて降下したままブレスを溜めているのだ。

 コレって……。


「……ヤツは私の魔法を真正面からブレスで相殺して、『火の魔力耐性防御』を展開したまま被弾覚悟でそのまま巨体を生かして突っ込んで来るつもりなのよ」

 

 冷静に分析するソフィさんのだが、俺は悲鳴を上げたくなった。

 本格的な特攻じゃねーか!! あんな巨体が直接ぶち当たったら……そんなの考えるまでも無い!!

 慌てて旋廻か、もしくはブレーキか? と思うけど、上空からの黒龍にしてみれば軌道を修整するだけ……あれは言わば『意思を持った砲弾』だ。


「店長、ブレスと私の魔法がぶつかった瞬間、旋廻して!! 直撃は何としても避けるわよ!!」

「全く持って異議なし!!」


グアアアアアアアアアア………………

「特攻とか漢(おとこ)らしい決断は嫌いじゃないけどね! 炎翼陽光(サンライト・フィザー)アアアアアア!!」


ドゴオオオオオオオオオ…………


 そんな事を言っているうちに、すでに急降下で眼前まで迫った黒龍の顎から、光り輝くブレスが放たれ、ソフィさんの魔法と激突する。

 上空でぶつかった巨大な魔力は莫大な衝撃と轟音を伴い大気と大地を激しく揺らす。

 車は衝撃吸収の構造から乗っていると地震が起きても気づき難いものなのに、走行中にも関わらず衝撃が体感できるのだから、実際にはどれ程のものなのか。

 しかしそんな事を考えている間も無く、上空の爆炎の向こうから大口を開け体を真っ赤に光らせた黒龍が“必殺”の瞳で姿を現す。

 ソフィさんの見立て通りに被弾覚悟で、あの魔力の衝突をも越えてきたらしい。

 幾ら魔力耐性を使っていてもソフィさんの極大魔法と自身のブレスの衝突を突っ込んで来たせいか、今まで傷一つ付けられなかった体が少なくない傷を負っている。

 人間に傷を負わされた事がプライドを刺激したのか『絶対にぶっ殺す!』と思っているのが言葉も分からないのに分かってしまう。


ギャアアアアオオオオオオオオオオオ!!


「店長! 今よ!!」

「殺されてたまるかよおおおおお!!」

ギャギャギャギャ…………


 激突される直前、急旋回したランドクルーザーは無理な走行に駆動系とタイヤが悲鳴を上げ、体勢を若干崩して片輪走行になるものの、辛くも直撃は避ける事が出来た。


 しかし、直撃は間逃れたと言っても重力による巨体の落下の衝撃は防ぎようが無い。


ドゴオオオオオオオオオオ!!


「むわあああああ!!」

「キャアアアアアアアア!!」

「ちいいいいい!!」

 

 急降下の勢いそのままに、地面に激突した黒龍の衝撃は大量の土砂を巻き上げて、俺たちをランドクルーザーごと一気に上空へと吹っ飛ばした。

 そしてタイヤが地面に接地している感触が消失した瞬間、ミフィさんの『車霊』であるランドクルーザーは消失してしまった。


「ああランちゃん!?」

「車霊の耐久限界か!?」


 車霊が主の精神力から具現化した存在ってのはさっき聞いたけど、車霊はあくまで『車』の耐久力しか持ちえない。

 その為に車霊は壊れる程の衝撃を食らうと、一時的に休眠状態になってしまうのだ。

 そして車霊が消失すると、同時に『舞台』も無くなる……必然的にソフィさんも魔法陣の恩恵を使えなくなってしまう。

 案の定ソフィさんが吹っ飛ばされたミフィさんを上空でキャッチしている姿には炎の翼が消失している。

 このままであれば、俺たちはなすすべも無く黒龍に一方的にやられてしまうだろう。

 しかし…………だ。


「ミフィさん、完成しましたか!?」


 自由落下する極限状態での俺の質問に、ソフィさんに抱えられたミフィさんは口元に笑みを浮かべて親指を立てて見せた。


「なら……俺たちの役目はココまでですね!」


 仕事完了のサムズアップ。俺はそれを確認するとポケットから急いでスマフォを取り出して、この世界で一番頼りにしている人の名前をタップする。


「リンレイさん、お迎え『宜しく』!!」

『ハイハイ『任された』わ!』


 通話から了承の言葉が聞こえた瞬間、落下中の上空に現れる光の魔法陣。

 そこから飛び出したカタナに乗ったリンレイさんが俺を後部座席に“引っ掛ける”ように乗せた。


「アンタも、無茶するんじゃないわよ! 全く!!」

「優秀なライダーがいなけりゃ、俺だってこんな作戦実行しませんよ」

「!? …………ったく、もう!!」


 そして上空にも関わらず、見事なアクリバットドライビングを披露、ウイリーしての後輪着地を決める。

 地球だったら彼女はスタントで大金を稼げる人材だな。

 そしてそのままリンレイさんは俺を乗せたまま『範囲外』に向けて走り出す。

 最早俺の仕事は“彼女たち”の邪魔をしない事のみ。


「後は任せた『炎の椋鳥』! 祝勝会には遅れんなよおおおおお!!」


               *


ソフィ視点


 最後に確実に勝つ事を前提にした激励を残すハヤト店長の心意気に思わず笑ってしまう。

 最後の最後まで……気を使ってくれる、お人好しな人だ。

 こんな絶望的な状況だと言うのに……ね。

 上空に投げ出されたミフィを抱えて着地した時、すでに地表に激突したはずの黒龍はすでに上空へと飛んで、ホバリングをしてこっちを見下ろしている。

 まるで勝敗は決したように、勝ち誇って敗者を見下すかのように。

 私に対する防御手段だった『火属性魔力耐性』の赤い光を消失させて、本来の黒い姿を晒しているのがその証明だろう。

 ミフィの魔法陣が消失して、高魔力の証明だった『炎の翼』が消失した今の私を殺す事など造作も無いだろうしね。

 しかし……こんな状況だと言うのに笑ってしまう。

 笑わずにはいられない…………だってドラゴンの討伐はある意味冒険者にとっての到達点、本来死にたがりか大バカ者しか相手にしようとしない。

 知能も魔力も人よりも遥かに優れている……そんな存在が。


「まさか私たちの思惑通りに嵌ってくれるなんてね……貴方が私だけを見てくれる一途な人で助かったわ」


 ターゲットを指定したら、対象を仕留めるまで狙い続ける……それが習性なのか、あるいはこの黒龍のプライドの問題なのかは分からないけど。


「女性に一途なのは男性としてポイント高いけど、全く脇目も振らずに追いかけてくれるのは、ちょ~っと重いのよね~。君はもう少し回りも見るべきだったかな?」


グルルルル…………


 そんな私の様が、仕留められる寸前とは思えない態度が気に食わなかったのか、イラ立ったような唸り声を漏らす黒龍。

 しかし次の瞬間、余裕の表情で獲物を仕留めるつもりの黒龍の表情が、一気に『驚愕』へと変化した。


「顕現せよ、大地に記した元素の王へ通ずる扉よ!」


 大地に両手を付いてミフィが唱えた瞬間、広大な荒野に突如として黒龍をも軽く覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が現れる。

 それは巨大なだけではなく複雑な記号や図形が絡み合い、巨大な三角形を頂点に円が囲んでいる魔法陣。

 そして、六属性魔法を操れるけど魔力は高くないミフィが描いた魔法陣に、三角形の頂点から『さっきの私』と同じように極大化された膨大な魔力が流れ込み始める。

 ハヤト店長たちがそれぞれの場所に送り届けてくれた“仲間たち”の魔力が……。


「これは……魔力容量が一番高い私でも扱った事の無い魔力魔力ね……」


 ハーフエルフのシルフが、風と水の魔力を。


「気を抜くと気力ごと持って行かれそうな莫大な力です……」

 

 元神官のイリスが光の魔力を。


「私たちなら……扱える……自信持って!!」


 幼いながらも天才的な魔導にて『神童』とさえ言われたリリアが、大地と闇の魔力を。

 それぞれが己の属性魔力を最大限注ぎ込む事によって、巨大な魔法陣は一気に起動、そして立ち上がる5つの魔力による圧倒的な暴力。

 都市一つ分にはなりそうな魔法陣の中で広範囲に渦巻いた“それ”は上空の黒龍をも巻き込んで巨大な渦になって行く……。


 超巨大攻撃特化型魔法陣……使い捨てが必然である『攻撃型魔法陣』で、更にココまで巨大な魔法陣を敵前で描く……。

 あんなメチャクチャの走行中“窓から体を出して、常に下を向いたまま魔力で完璧に魔法陣を描き続ける……そんな事『車霊』を手に入れたとしても、こんな頭の可笑しい作戦、ウチの妹以外には不可能だろう。


グルアアアアアア!! ギャワアアアアア!!


 その立ち上がる5つの属性の魔力に阻まれた黒龍は、さすがに危険を感じて赤色にしかならなかった体を青、緑、黄とあらゆる魔力属性に点滅させて魔力の渦から脱出を試みるが、魔力の渦は一つの属性では無く『別々の属性魔力』が絡み合った物だ。

 防御の際『属性の選択』を余儀なくされる黒龍に脱出する方法は無い。

 そして……三角形の中心にいるのはミフィと、最後の属性である『火』の魔力を持つ私。


 本当は満身創痍で立っている事も辛いけど……座っていたら格好が付かない。

 立ち上がると極大化魔法陣の発動の影響で私にも魔力が集積し始め、そして再び背中に『炎の翼』が顕現する。


 もう仕留める寸前と思っていた私の魔力の高まりに、黒龍があからさまにギョッとした雰囲気をかもし出した事が少し可笑しくなる。

 笑いつつ……『炎の椋鳥(わたしたち)』は魔力の高まりと同時に呪文(カオスワーズ)唱え始める。

 呪文は魔法を行使する際に口にするものだが、古の何者が最初に唱えたのかは定かではない。行使する際に“自然と紡がれた”物なのだと言う。

 そして私たちも……知らないはずの魔法を紡ぐ為に、自然と呪文を口にする。


「大空駆ける暴風の王、清流司る神水の王……」

「明日へと導く閃光の王……」

「深緑芽吹く大地の王、深淵より見つめる暗闇の王……」

「全てを燃やし尽くす豪炎の王……」


 三人に習い、私も自らが司る属性魔力の王の名を口に魔力を集積する。

 そして打ち合わせも無いと言うのに、私たちは全く同じ呪文を紡ぎ出す……古の偉人たちが言った事は間違っていなかったのだと実感しつつ。

 

「「「「偉大なる理を司る六の柱、我等『5の椋鳥』汝等に願い奉る。全てを崩壊へ導く一条の矢を我が前に!!」」」」

「……え? 5のって……」


 私たちが唱えた呪文に含まれる椋鳥の数に一瞬キョトンとした表情を浮かべたミフィだったが、私がウインクして見せると意味を悟ったのか、泣きそうな笑顔を浮かべた。


 …………ゴメンね、今まで放っておいて。 


 ミフィが一緒に魔杖を握った瞬間、一気に中央の私が構える魔杖に全ての強大な魔力が集積して行く。


ギャアア……ギャアアアアアアア!!


 最早自分の運命を悟ったのか、黒龍が慌てて己に残った全ての力を吐き出すかのように今までで最大級のブレスを放つ。

 だが……もう遅い!!


「残念だったね、相手が私一人だったら文句無く貴方の圧勝だったでしょうけど……うちの妹は凄いんだから!!」


 私たちは集積した6色の魔力全てを黒龍の領域、上空へと解き放った。



「「「「「六大魔力元素崩壊魔法陣(エレメンタル・カタストロフィ)!!」」」」」



 瞬間、天を貫く六色の魔力に彩られた一条の巨大な矢。

 それは苦し紛れに黒龍が放ったブレスをものともせず一瞬でかき消し、アレほど頑丈で巨大な黒龍の全身をあっさりと包み込んだ。


ガ!? ガアアア!!? ガアアアアアアアアア!!!!


 何とか魔力属性を使い身を守ろうとあらゆる色に全身を変化させているが、六属性全ての魔力による圧倒的な暴力に、黒龍自慢の鱗が、爪が、牙が、全身の全てが蹂躙され砕けて行く……。

 長年自らが与える事はあっても、与えられる事は無かったであろう“死にそうな痛み”に黒龍から痛々しい断末魔の叫びが荒野に響き渡る。


ガアアアアアアアァアァァァアアァァァァァァァ…………


 やがて……その巨体は六色の光の中に、虚空へ塵となって消えていった。


             *


「マジか!? あいつら黒龍を倒しやがった!!」


 商業都市トワイライトから数キロは離れている山頂。

 そこから望遠鏡を片手に高みの見物を決め込んでいた一人の眼鏡をかけたフードの男は驚愕の余り思わず叫んでしまう。

 通常黒龍のような巨大な魔獣を討伐するには、正式な訓練を受けた国軍でも一個師団は必要とされ、それであっても『最低限』という注釈が付く。

 軍隊が常時駐留しているワケでもない、せいぜい実力があっても数人の冒険者クラスしかいないはずの商業都市なら黒龍の襲撃だけで壊滅出来る……そう絶対の自信があったからこそ、男は『黒龍』の“召喚”に踏み切ったと言うのに……。


「巨大な魔法陣を描いて黒龍を殲滅する……理屈は分かるが、実行するには課題が多すぎる方法だ……」


 男はいち早く、目の前で繰り広げられた奇跡的魔法について実行するには『高速で地上を走る箱』が必要不可欠である事を分析していた。


「シャレイ……あの都市では少数ではあるが、その『召喚獣のような何か』を操る連中がいるという情報はあったが……」


 男が懐に忍ばせていた護符を取り出すと、そのまま手元で火を付けて燃やした。

 それは『写し身の護符』、2枚ある護符を使い片方を本人が持っている事で『違う場所に自分がいる』と魔力探知を誤認させる事が出来る魔道具。

 男が片方を燃やした事で、片方の“商業都市に置いていた”護符も燃えてしまったはずだ。


「さて……上はどのように判断するか……。召喚士としては少し面白くない事態だが」



 

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