第31話 四角い車は良いものだ
ソフィ視点
走る、とにかく走る……。
冒険者になってから幾度も魔獣に追われて、子供の頃の追いかけっこは温かったんだな~なんて思っていた物だけど、今回はその比では無い。
命の危険は今までの人生で余裕でトップ、オマケに自分だけじゃなく他人の、引いては商業都市トワイライトの命運すら掛かった真に負けられない、命がけの追いかけっこなのだから。
「お前等、絶対に正面に立つんじゃねーぞ! 剣や槍でマトモにゃ通じねぇ!」
「当然だ、まともに当てたらへし折れちまう!」
ケルトの援護を皮切りに、私が噴水広場から大通りを抜ける逃走経路には徐々に私の逃走を援護してくれる冒険者たちが集まってきていた。
みんな懸命に黒龍に攻撃を繰り返しているのに攻撃が通じた様子は一度も無く、生物への攻撃とは思えない程、ガキンとした乾いた金属音を立てるのみ。
しかしそれでも牽制にはなっているようで、幾度か危ない時があっても何とか掴まらずに済んでいる。
今も斜めから投擲されたナイフで黒龍の目を狙ってくれなかったら、ヤツの爪は私に直撃していたところだった。
「サンキュー盗賊(シーフ)の旦那!!」
「…………(グッ)」
冒険者ギルドでいつも寡黙なイメージで座っている壮年の盗賊(シーフ)は無表情にサムズアップをした。
相変わらず私をターゲットにした黒龍は巨体に似合わない素早い動きで私を追いかけてくるけど、さすがにその巨体は人間の道には都合が悪いらしくジグザクに逃げる私を捉える事は出来ないようだ。
私に拘らず上空を飛べばそんな苦労は無いのにな……。
グルアアアアアア!!
つっかえる度にイラだった様子で建物の一部を破壊しながら進む黒龍に、私をターゲットから外すつもりは全く感じられない。
「少しはこっちも相手してくれよ!」
「弓使い(アーチャー)はなるべく目を狙え! 刺さらなくても牽制にはなる!!」
ケルトの大剣やあらゆる飛び道具に怯む事はあっても歩みを止める事は無い。
数撃攻撃を当てた後にケルトたちは黒龍の動きに置いて行かれてしまう。
く……どれだけ防御力が高いのよ。
でも……このまま行けば防壁外までヤツを誘導する事は出来るだろう。
そこまで行けばハヤト店長が集めてくれているはずの魔導師たちの魔力を使って反撃する事が出来るはず……。
そう思った時だった。
今まで私をターゲットにして、私のみを追いかけていたはずの黒龍が突然振り返って、牽制に回っていた冒険者たちに向かって顎を開いた。
そして漏れ出すブレスの閃光……。
「うわあああああ!? こっち向いたあああああ!!」
「黒龍のブレスがこっちにいいい!?」
「いけない!!」
私は咄嗟に黒龍のブレスを彼等から外す為に“さっきと同様に”上空へと飛び上がった。
しかし、飛び上がった私は眼下の黒龍を目にして背筋が凍った。
漏れ出していたブレスの閃光が消え、瞬間的に飛び上がった黒龍の巨大な尾が私に向かって来たのだった。
「ウソ……でしょ」
黒龍が私がブレスの射線を外す為に上空へ飛ぶ行動を予測して、ブレスをフェイントに誘導したと言うの!?
一度見ただけでそこまでの戦術を!?
「ぐが!?」
何とか直撃する直前に防御魔法を展開したが、そんな物は関係ないとばかりに私の体は上空から叩き落され、地面に叩きつけられた。
肺から全ての空気が吐き出されたような感覚と同時に、血の味が喉の奥からする。
鈍い音が体の数箇所から聞こえたから、確実にどこかの骨は折れただろう。
何度も何度も攻撃を食らっても平気なくせに、こっちは一撃もらっただけでコレか!?
「ソフィ!?」
「いかん、直撃を食らったぞ!!」
マズイマズイマズイ!! 体だけの問題じゃない、軽く脳震盪も起こっているようで瞬間的に体が動かない!?
遠くから悲鳴にも似た誰かの声が聞こえるが、反響したようにハッキリ聞こえない。
ゴアアアアアアアア!!
「まっず……」
獲物に止めを刺すつもりなのか、一気に黒龍が上空から大口を開けて突っ込んで来る。
今まで幾度も命の危機はあったが、今回ほど死を実感する瞬間も無い。
せめて、冒険者として防壁外までヤツは連れ出さないといけないのに……。
このまま死ぬワケには行かないのに……。
あの日、帰ってこない両親を泣きながら何時までも待っていた……あの娘の為にも…………。
「姉さあああああああん!」
「……え?」
黒龍の顎が私を引き裂こうとした絶対絶命のその時、私の腕を強引に掴んだ何者かがいた。
瞬間、私の体は何やら四角い形をした鉄の箱に引っ張り込まれ、鉄の箱はそのまま猛スピードで黒龍の目の前から走り出す。
そして地響きと共に地面に激突しる黒龍……。
ガアアアアアアアア!!!
突然目の前から獲物を掻っ攫われた黒龍が憤る雄たけびが上がる。
一体何が起こったのか……そう思い、私の腕を掴む者を見ると……それは明らかに怒った表情に大粒の涙を浮かべた……妹の姿だった。
それだけで、私は自分がまたもや罪を犯してしまった事を自覚する。
「あ~あ……またミフィを泣かせちゃった……」
*
「ミフィさん、ソフィさんは!?」
「オーケーですハヤト店長、姉さんは回収しました!」
「うっしゃあ、とばすぞおおお!!」
ドオオオオオオオオン…………
俺が後ろも見ずに言葉を交わしアクセル全開、目一杯踏み込んだと同時に後方では轟音と共に大量の砂埃が舞った。
勢いあまった黒龍が頭から地面に突っ込んだらしい。
ギャオオオオオオオ!!
仕留める直前の獲物を掻っ攫われた怒りか、雄叫びを上げた黒龍がこっちに向かって大口を開けた。
口から漏れ出る閃光から、ブレスを吐こうとしているのは明白……だが。
「昇竜天駆脚!」
ゴブラ!?
エネルギー充填中だった黒龍の顎を、カタナのスピードを生かしたリンレイさんの強烈な蹴りがマトモに入った。
強制的に口を閉じられた黒龍は、充填していたブレスのエネルギーをそのまま口内で爆発させる羽目になったのだ。
ゴバ……ガアアアアアアアアア!!!
「さすがリンレイさん! これならこのまま行けそうじゃないですか?」
俺は窓越しに賞賛を送る。
外野から見た限りでは、本当に彼女なら一人でも倒せるんじゃないかと思える程強烈な一撃に見えた。
しかし俺の期待とは裏腹にリンレイさんは走行中のカタナに両足で着地すると、渋い表情を浮かべて見せる。
「無茶言わないで。鋼鉄より高い硬度の中に柔軟性……今の攻撃も全くダメージになってはいない! それどころか、より怒らせたっぽいね」
「……だろうね」
ゴアアアアアアアアアア!!
攻撃を邪魔されて口の中で爆発が起こった事でより怒り狂ったのか、黒龍はさっきより目を血走らせて追いかけて来た。
この期に及んでも攻撃対象は変えないのだから、ある意味天晴れな執念だが……それに答えてやる義理は無い。
俺は『ミフィさんの車霊』を開いた東防壁大門へ向かって全速で走らせる。
「俺たちはこのまま防壁外まで突っ走ります! リンレイさんは他の皆さんと……」
「時間稼ぎ、しか出来ないわよ! 作戦は迅速に頼むよ、椋鳥の妹の方!!」
そう言い残してリンレイさんはカタナを急旋回させて再び突撃、そして多少速度を落とした黒龍にケルトさんたちが追いつき攻撃を加える。
しかし大剣の斬撃も魔法の一撃にも堪えた様子は無く、嫌がっているようにしか見えないな……。
何とか作戦結構までは持たせて欲しい所だが……。
ミフィさんに願われて現出した車霊は四輪の乗用車だった。
ただ、礼によって緊急時で主に運転のテクチャーをしている暇も無く、創主で運転方法を知っている俺が初めに運転する事になった……まあそこは良い。
意外だったのは彼女から『この車』が出現した事だ。
見た目はクラスで一人はいる眼鏡の大人しい文学少女風なミフィさんだから、もう少し丸いフォルムの、それこそ軽自動車タイプの車霊か? などと予想していたのだけれど、実際に現れた車体は予想外に無骨なフォルム。
スピードよりも馬力に特化した荒地の走行に強い高い車高。
俗に言うジープタイプ、国産SUVにおいて最も四角いデザインを大事にしていると思われ、一説には銃弾すらも通さない頑丈さを持つTOYOTAの名車。
ランドクルーザー、踏み込むと独特な重低音のエンジン音を出す辺りディーゼルエンジンらしい……車霊に燃料の概念は関係ないはずだが……。
とにかく今は一刻も早く黒龍を引き連れて防壁外へ出ないと……。
「……何を……しているの……ミフィ……ゴフ!!」
「姉さん!? 大丈夫……」
ソフィさんが黒龍に上空から叩きつけられ絶体絶命の瞬間、何とか後部座席にミフィさんが引っ張りこめて事なきを得た。
それは幸運以外の何物でも無いのだが……当のソフィさんは全身ボロボロ、所々から出血して息も絶え絶えの状態なのに、俺たちを鋭い瞳で睨んでいた。
「私は戦場に貴女は要らないと判断した…………なのに、何故ここにいる……」
「そ、それは……」
「……それに店長……このシャレイは…………まさか」
この車霊にミフィさんが乗っている事でおおよその予測は付いたのだろう。彼女は運転中の俺を射殺さんばかりに睨んだ。
「ええ、こいつはミフィさんの車霊です。先程契約していただきました」
「!! 私は……断ったでしょ……なのに、何故!?」
「ご本人のご要望でしたので。あくまで契約していただくのは貴女ではなくミフィさんご本人ですから……無論お支払いはミフィさんからの契約ですので」
「!!」
俺はソフィさんにあえて冷たく聞こえるようにシレッとそう答えた。
契約には貴女は関係ないと。
その瞬間、ソフィさんが怒りに任せて背後から俺に掴みかかってきた。
「この娘は碌に攻撃魔法も使えない! そんな魔導師が戦場に立てる程甘く無いのよ! この娘に戦いの能力なんて持たせるべきじゃない! アンタなら、分かってくれると思っていたのに……」
痛々しく俺に怒鳴りつけた言葉……それこそが彼女の本音の全てだ。
攻撃魔法が碌に使えず戦闘で役に立たないとか、他にとてつもない才能があってそっちの方がミフィさんにとって出世できるとか、そんな建前ではない本音。
ただただ……妹を危険な目に合わせたくない……それだけなのだ。
だけど……。
「ソフィさん、それは強者の理屈だよな。力の弱い者、持たない者を危険に晒さない為に安全な場所に置いて行く……でもさ、大切な人が危険な場所に行っている間、安全圏に待たされている人の気持ちは……考えた事ありますか?」
「……え?」
「大切なお姉さんや仲間たちに、自分だけ常に守られているって恐怖を」
正直俺が口を挟むのは野暮だとは思う。
でも、どうしても言わずにはいられなかった。
この世界に来てから『車霊』という特殊な能力はあったものの、それ以外は脆弱な一般人でしか無い俺には、ミフィさんの気持ちの方が良く分かる。
自分だけ安全圏にいる苦痛と恐怖は……。
「それは……」
「…………あの日、パパとママは夕方には帰って来るって言ってた。私たちは、二人をビックリさせてやろうって、一緒に晩御飯を作って待ってたよね」
「え、ええ……そうだったね……」
「でも、二人とも二度と家に帰ってきてくれなかった……扉を開けて『ただいま』って言ってはくれなかった……幾ら待っても……どんなに泣いても……」
ソフィさんが押し黙ると、ミフィさんがポツポツと話し始めた。
最も思い出したくない、二人にとって最大のトラウマの思い出を……。
「誰も助けてくれない、何も無くなった時……一緒にいてくれたのは姉さんだけだった。扉を開けて『ただいま』って言ってくれるのは姉さんしかいなかった」
「ミフィ……」
「もしも……もしも姉さんがいなくなったら……今回の依頼で、その次の依頼で、その度に二度と帰ってこなかったらって……いつもいつも、そんな事ばかり考えて怖くて怖くて仕方が無かった!!」
それは帰りを待つ者の慟哭……ミフィさんは涙も拭わずに吼えた。
「もううんざりよ! こんな思いをするのは!! 姉さんと同じ場所に立つ為なら何だってするの!! 姉さんの指図は聞かない!!」
「…………」
ミフィさんの剣幕に、ソフィさんはとうとう言葉を失ってしまう。
彼女は気まずそうに妹から視線を外す事しか出来なかった。
『ご歓談中、大変失礼致しますが……皆様、少々宜しいでしょうか?』
しかし気まずい空気の中、車内に場違いな程落ち着いた女性の声が聞こえた。
この声はランドクルーザーの……。
「どうしたランちゃん。今結構取り込んでいる感じではあるけど」
それはミフィさんの『車霊』ランちゃんの声だった。
ちなみに平時の“彼女”は迷彩柄の軍服を着た少女で、丁寧な軍人言葉を使う、カタナちゃんとは別タイプなマスコットキャラである。
ジープタイプだから軍服なのか……基準が分からんが。
『それについては大変申し訳なく思いますが……背後の敵性生物が迫りつつありますので、早々に対抗処置は必要かと……』
「ん……まあ確かに……」
グルアアアアアアアアアアア!!
チラリとバックミラーを見ると、懸命に攻撃を繰り返すリンレイさんや冒険者を他所に、黒龍は確実にこの車に追いついてきていた。
逆に言えば、むしろ姉妹ケンカをしている場合でも無いんだよな。
『今現在、巨大敵性生物を防壁外へと誘導、しかし対象から逃げ切るには相当な火力の魔術的攻撃手段が必須であります』
「そんな事は分かっているけど……正直私の最大火力の攻撃魔法は、あの黒龍には通用しないわ……」
ランちゃんの声にソフィさんは露骨に顔を歪めた。
何度もヤツに対して攻撃を繰り返していただけに、効果が無い事は誰よりもソフィさんが分かっているのだろう。
そして、それはミフィさんにも……。
しかし、ミフィさんの車霊は違った見解を述べた。
『いいえ、私は天才魔法陣技師のミルフィリア・フロイランスの車霊です。我が主がいて、強力な攻撃魔法を使役する姉君が乗車している現在、反撃の武器は揃っております』
「え?」
「は?」
車霊に言われた意味が分からないようで、姉妹は揃って間抜けな声を漏らした。
むろん俺もこの車霊が言いたい事がサッパリ分からない。
しかしランちゃんは説明は後とばかりに言葉を続ける。
『創主殿、私にはカーナビが付いているでしょう? それはアウトプット可能なタッチパネルになっていますので、それを主様に渡して下さい』
「え? 何? たっちぱねる??」
「え~~っと……これか?」
全てが地球の用語だけにミフィさんは何を言っているのか全く分からなかったようだが。
俺は言われるままに目の前に設置されているカーナビから、モニターの部分を“ガチャコン”と引っこ抜いてミフィさんへと渡した。
「え? え? 店長さん??」
用途が分からずあたふたするミフィさんを他所にランちゃんは話を続ける。
『創主殿は我が主様よりランドクルーザーが発現したのは意外でしたでしょう?』
「あ、ああ確かに彼女だったらもう少し丸っこいデザインの車霊かと……」
『そうでしょう? では、何ゆえ我輩のような四角い平らな無骨者が現出したのだと思われますか?』
ランドクルーザーは疑問符を浮かべる俺に得意気に言った。
『理由は平らの方が“書き易く、乗り易いから”ですよ』
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