第30話 飛び立つ椋鳥
「うおおおおおお!?」
唐突な爆発音と共に上空へと飛び上がったソフィさんを追いかけて、巨大な黒龍が地上を蹴っただけの衝撃だけで俺は吹っ飛ばされそうになった。
そして始まる上空でのデットヒート……どう考えても一般人が出る幕などどこにも無い戦いを目にして、俺は自分の無力さをヒシヒシと感じていた。
こっちの世界に来てからしばらく経ったが、こういった冒険者たちが見せる圧倒的な分かり易い強さを目の当たりにすると、どうしても自分が何も出来ない異邦人である事が申し訳なくなってくる。
「……いや、俺は俺に出来る事をしなくては」
……今嘆いたところで何一つ意味は無い。
ソフィさんが命がけで買って出た囮役。その作戦は一人では絶対に不可能な事で、だからこそ俺に連絡役を任せてくれたのだから……。
しかしこの作戦はスピードが命になる。
防壁門を開ける、逃走経路の避難誘導、ソフィさんの逃走補助の為の足止め要員、都市中の魔法使いを集める、全て速攻で行動を起こさないといけない事なのだ。
電話も何も無いこの世界において、伝聞は全て直接行わないと伝わる事が無いのだから俺はこれから自ら走り回って……。
「いや……違うな。俺にはそれ以外の連絡手段があるじゃないか!!」
俺は昨夜の失敗(リンレイさんのオールヌード)で忘れかけていた自分のスキルを思い出し、おもむろにスマフォを取り出した。
そして操作すると登録されている『車霊持ち』の人々の欄外に一つの項目『一斉発信』の文字を発見。タッチしてみると今まで登録者がいた都市や町、村の名前が表示される。
そして当然『商業都市トワイライト』の文字も。
「商業都市登録者への一斉発信!? いいぞ、今までの登録者数はトワイライトが一番多いはずだ!!」
俺は『商業都市トワイライト』の『一斉発信』を選択するとスマフォに向かって一方的に声を上げた。
『トワイライト全域に在住の『車霊』登録者の皆様、ハヤト・ドライブサービス店長のハヤトです。現在この都市部に正体目的は不明ですが、巨大で凶悪な魔獣『黒龍』が侵入しています』
『現在冒険者パーティー『炎の椋鳥』のソフィ氏が幼い姉妹を救助する為に自らターゲットになっております。彼女は何とか自らを囮に黒龍を防壁外まで連れ出すつもりですので、この連絡を聞いた車霊持ちの方々はご協力をお願いします』
『東防壁門近くにいる方は至急大門を開放するよう守備兵の方々に伝えて下さい』
『噴水広場より大通りに抜ける道は黒龍が通る危険が高いので避難誘導を、ならび逃走の援助の為に兵士の方々や冒険者のお歴々は力を貸してください』
『最後に黒龍は六の属性魔力耐性がある為に多数の属性魔法が必要との事です。攻撃魔法が使用できる方々はソフィ氏が誘導した後、撃破する為に防壁外へ集合してください!!』
*
トワイライト東防壁門前、パン屋『三日月』の婿養子リカルド
急激に鳴り響いた警鐘に驚いて、慌てて妻と一緒に店内へと避難したリカルド氏は突然聞こえて来た声に驚いて辺りを見回していた。
「い、今の声は……ハヤト店長!?」
唐突に聞こえた声は間違いなく、この店にスカウト・アンド・婿養子になる前に数ヶ月お世話になっていたハヤト・ドライブサービスの店長の物だった。
しかしリカルド氏が辺りを見回しても、あの自分よりも数歳は下なのに言葉遣いの丁寧な店長の姿は見当たらなかった。
「一体今聞こえた声は……うお!?」
「あなた、どうかしたの……わ! あれって……」
しかし聞こえて来た声が示した方角、ここから噴水広場の方角に目を向けてみると、窓の向こうの大空に巨大なフォルムのドラゴンが一匹滑空しているのが見えた。
「ドラゴン……いや、黒龍……」
トワイライトに黒龍が侵入した。
どうやらコレが警鐘が示す危機的状況なのだと『三日月』の跡取りリカルド氏は理解した。同時にさっき聞こえて来た声が幻聴の類では無いという事も……。
「…………ここから一番東防壁門に近い『車霊持ち』は俺だけだよな」
何か確証があったワケでは無いのだが、車霊『スーパーカブ』の主であるリカルド氏は自分に聞こえて来たハヤトの声に従って東防壁大門へと向かうのだった。
*
冒険者ギルド、受付ルーザ女史
「え? 今の声は……ハヤトさん?」
唐突な黒龍の襲来、その報告だけで冒険者ギルドは騒然となっていた。
冒険者にとってドラゴンとは最終目的であり、同時に終着点であると言われる。
生半可な腕前では絶対に触れてはいけない禁忌中の禁忌。
最悪でも狙われたら最後、ターゲットになった者を死ぬまで追いかけてくる事から“そうなった者”にはドラゴンを倒すまでは町に入ってはいけないという規則まである。
色々な問題が絡む事から賢い冒険者、特に上級の冒険者であれば下手に手を出す事は無いのだけれど……。
今のハヤトの声が正しい情報なのだとすると……。
軽自動車『モコ』の主であるルーザ氏はギルド長にその情報を伝える為に立ち上がった。
「黒龍の足止め、並びに魔力持ちの召集……あ~~~~も~~~~やっとこの前の一件が落ち着いたと思ったら……」
自動車というアドバンテージのお陰で夜道の心配が少なくなった彼女は、最近残業が増えている事に『車霊』を持つのを早まっただろうかとお悩み中なのである。
*
他にもトワイライトに存在する車霊をハヤトから現出してもらった人であれば、全員がこの瞬間に彼の言葉を聞いていた。
ある『く○もんスクーター』の車霊持ちは近隣で武器を物色していた『車輪の誓』のリーダーに情報を伝え、先日大怪我を負った弟の見舞いに来ていたシスターは大慌てで自らの車霊『救急車』で避難誘導を開始していた。
無論全員が全員ハヤトの声に従っていたワケでは無いのだが、それでも都市に出現した黒龍の危険性をいち早く伝達するには十分な成果を上げていたのだ。
*
「これで何とか、ソフィさんが黒龍を防壁外まで誘導出来れば良いけど……」
スマフォに向かって声を上げている最中にも散々黒龍の巻き起こす破壊音と雄たけびが聞こえていた。
ソフィさん……無事だと良いけど……。
俺がそんな事を考えていると、聞き慣れたエキゾースト音が噴水広場に近付いて来た。
「ハヤト! 無事!?」
「リンレイさん! それに……」
予想通り、向こうの通りから現れたのはカタナに跨るリンレイさん、それに後部座席には意外な人物が乗っていた。
「途中で会ってね。どうやらハヤトが伝達した内容を人づてに聞いたらしく、連れて行ってくれって……」
「店長さん! 姉は、姉さんは本当に!?」
ソフィさんの妹ミフィさんは、元々持ち合わせていない余裕を更に無くしたように慌ててカタナの後部座席から降りて俺に詰め寄って来た。
「ええ、幼い姉妹を助ける為に魔法をぶっ放して黒龍のターゲットになって、今は自らを囮にして防壁外にヤツを誘導している最中ですよ」
「く……全く、あの姉は……」
ミフィさんは複雑そうな顔で歯を食いしばっていた。
誇らしい事なのだけれど身内としては褒められない。そんな感情がヒシヒシと感じられるな……気持ちは分かる。
「ご存知かも知れませんが、今トワイライト全域にいる車霊持ちの人たちを通じて伝達を行いました。ソフィさんが言うには黒龍は6の魔力耐性を持っているからトワイライト中の魔法使いを全員集合させて魔法をぶち込むしか無いって事でしたけど……」
俺がそこまで言うと、ミフィさんは急に口元に手を当てて思案下に呟いた。
「ハヤト店長。姉は黒龍に対して魔法を放ったのですよね? 何を使用しましたか?」
「え? え~~~と……確か炎爆豪魔弾(フレア・バースト)って……」
「フレア・バーストですって!?」
何故か俺の言葉に目を見開いて驚愕するミフィさん。
何だよそのとてつもなく不穏な驚き方は……。
「もう一つ……黒龍は姉の攻撃魔法を受ける時、赤く光りましたか?」
「い、いや……黒い体は黒いままだったと思うけど……」
何となく悪い情報なのだろうと思いつつ正直に話すと、案の定だったようでミフィさんは青くしていた表情を更に青くして行く……。
「マズイです……その黒龍、このままでは倒す事は出来ません。喩えトワイライト中の魔導師が全員結託したとしても……」
「「え!?」」
ミフィさんの聞きたくない衝撃的な結論に、思わずリンレイさんも声を上げた。
「で、でも……ソフィさんの攻撃には怯んでいたぞ? ムリって事は……」
俺は何となく明るい情報はないのかと言ってみるが、ミフィさんは首を横に振った。
「ドラゴン、特に黒龍は六属性全ての魔力に耐性を持っていますが、日常的に全ての魔力に防護を図っているワケでは無いのです。黒龍は知能が高く、己の魔力消費を抑える為にも魔力耐性の防壁は意図的に選び、使用しているのです」
「えっと……つまり……どういう事?」
何気に専門的な話になってきたせいか、いまいち彼女が意図したい事が分からないのだけれど……。
俺が理解できないでいるとリンレイさんが補足してくれる。
「例えば火の魔法には火属性の防壁、水の魔法には水属性の防壁って具合に黒龍自身が選択して防壁を張っているって事でしょ?」
ああなる程、つまりミフィさんが“赤く光ったのか”と聞いたのは魔力の防壁を使ったかどうかって事なんだな。
「でも、それが何で倒せないって結論に繋がるんだ?」
まだ要領を得ない俺が重ねて聞くと、ミフィさんはうな垂れつつ呟いた。
「……おそらく姉さんは属性の違う魔法を隙無く打ち込む事で黒龍に属性魔力防壁を使う暇なく撃破するつもりなんです……でも」
「……あ」
ミフィさんの言葉でようやく彼女が意図した言葉の意味が理解できた。
属性防壁を使う暇なく、あらゆる属性の魔法を連発でぶつける……とはいえ。
「ソフィさんの魔法を属性防壁なんか使っていない素の状態で受けて……傷一つ無かったぞ……あの龍……」
「フレア・バーストは姉さんの使う魔法でも最高レベルの攻撃力を誇る魔法です。そして、残念ですがこのトワイライトに姉よりも攻撃力に秀でた魔導師は存在しないのです」
聞きようによっては妹による姉自慢にも聞こえるけど、事ここに至っては一つも自慢にならないな。
「礫はいくら集まっても礫……岩石には足りえない、と言う事か……」
リンレイさんの呟きが物凄く虚しく響く。
あの巨体の黒龍にとっては人間の攻撃なんて、礫どころか豆まきの鬼が当てられる豆程度の効能しか無いというのだろうか?
それだったら何もソフィさんに攻撃されたからってターゲットとして認識しなくても良いだろうに……。
「チクショウ……所詮人間の力で適う相手じゃねーってのか!?」
ソフィさんが言っていた……あの黒龍は何者かに利用される形でココに来たのだと。
だとすれば元凶になった“何者か”は人間のはずだろう。
人間の相手にならない魔物を利用しているのが人間だとするなら……コレ程理不尽で頭に来る事は無い。
その黒幕はそんな脅威や恐怖を感じる事無く、ただこの状況をどこかでニヤニヤと傍観しているのだとすれば……。
しかし俺が理不尽な現実にイラついている横で、ミフィさんが何やらブツブツと呟いていた。それはまるで何かの呪文のようにも聞こえる。
「人間の力……のみはムリ、最大力で発動するには……いえ、そんな大出力だと大きさが……いや、そもそも合成するに魔力の相性と適正が……」
その様はまるで高速演算を繰り返すPCのようにも思えて、若干怖いのだが。
しかし一定時間考え込んでいたミフィさんだったが、突然顔を上げた。
「店長さん、それにリンレイさん、一つだけ……あの黒龍を撃破出来るかも知れない方法を思いつきました」
「え!?」
「ほう……」
「無謀な博打になりますが……ハヤト店長……お願いがあります!!」
その顔は店内でソフィさんに邪険に扱われ、自信無さ気に俯く文学少女風の少女の物では無い。
一人の冒険者、『炎の椋鳥』の一員ミルフィリア・フロイランスとしての決意に満ちた表情であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます