第24話 我が能力の職業は?

 昨日の収益のお零れを集りに着ていた司祭を追い返してくれたシスターは、その後再び弟の看病へと宿へ戻って行った。


「今後私は教会内部からしっかりと真実を見据えて行こうと考えています」


 今回の司祭の悪事で教会の真実を知ったシスターは、そう言い残してたから今後商業都市トワイライトの大教会は荒れそうな雰囲気だな……。

 シスターの口ぶりからすると大半の修道士が『真面目で敬虔な信者』らしいからな。

 

 そして、冒険者たちが揃って“そろそろ皆で飲みに行こうぜ”という空気になり始めた辺りで、不意にギルド長が俺にある提案を持ちかけて来た。


「冒険者登録……ですか?」

「ああ、この機会に登録しておかないか? 加入料はタダで良いからさ」


 何でもギルド長曰く、冒険者と違って基本住居がしっかりしている俺は今回一番支払いの期間が長くなるのが気になるらしい。

 何か得点を付けて置かないと彼的には気になって仕方無いようなのだ。

 気にし過ぎだっつーのに……。


「俺は知ってのとおりバトル素人っすよ? 武器も持てなきゃ魔法も使えない。モンスターは狩れないし、護衛も出来ないのに登録したって……」

「何も戦闘だけが冒険者の仕事じゃないんだが……」


 そう言うとギルド長は壁に掛かっている依頼書を何枚か引き剥がして見せてくれる。


「見ての通りこっちは魔法薬の材料の採取だし、こっちに至っては隣町への配達だ。君の業種的には加盟しておけば便利な事が多いぞ。町に入る時登録証があれば通行料も免除になるしな」


 通行料免除か。確かにそれはありがたいが……。

 そう考えて迷っているとリンレイさんが口を挟んできた。


「あら、良いじゃない登録しておけば。ハヤトも隣町やら王都やら行く事もあるんだし」

「そうそう、今なら向こう10年の更新も免除しとくぞ」


 10年免除、その言葉に横で聞いていたケルトさんが驚いた声を上げる。


「10年!? 良いなぁそれ。毎年の更新って手続きが結構めんどくさいんだよな~」


 聞けば冒険者登録は年に一回の更新で、年間一度も冒険者の依頼を受けていない者には登録料が発生するらしい。

 通行料免除の特典目的で冒険者の仕事をせずに所持する事を防ぐ為らしいが、更新するだけでも結構面倒な手続きがあるんだとか。

 ……なんと言うか自動車免許みたいだな。


「そういや、リンレイさんは持ってんですか? 冒険者登録証、うちの店で働き出してから結構経つけど……」

「ん? ああ、そう言えば見せた事無かったわね」


 そう言うとリンレイさんは懐から一枚のカードを取り出した。

 何と言うか本当に免許証のように登録者の似顔絵、リンレイさんの無表情な顔がプリントされたカードである。


リンレイ・F・ドラグーン

(職)武道家 (スキル)・龍舞流格闘術 ・闘気功法 ・車霊(カタナ)


 ……予想したよりずっとシンプルな情報が並んでいる。

 何となくRPGのレベルやステータスみたいな数字があるのを期待してしまったが……。

 カタナちゃんに関してしっかりスキルに組み込まれているのが、何となく誇らしい気分にはなるな。


「本来仕事のランクや数に応じてギルドの評価が上がり、それに応じた仕事を斡旋されるようになるけど……最近私は依頼を受けてないから、もしかしたらBランクくらいになっているかも……」


 ギルドの依頼はA~Fで分けているらしく、当たり前だが上に行けば行く程報酬は高額だが依頼達成は困難になって行く。

 そして放っておくと徐々に下がっていくらしいのだ。

 しかしリンレイさんの物言いにギルド長は半笑いで否定する。


「バカ言いなさんな。『烈風の鈴音』のランクをそうそう簡単に引き下げれるもんかよ。お前さんは今でも特Aクラスのまんまだよ。少しでもAの仕事をこなしてくれりゃ、こっちとしても助かるんだが……」

「……考えておくわ」


 そっけなく答えるリンレイさんだが、ギルド長はそれ以上強く勧めようとはせずに引き下がる。

 本当なら凄腕でA級だったリンレイさんには冒険者として仕事して貰いたいのだろうけど、ギルド的には一度冒険者の依頼の斡旋で死に掛けた事があったから、負い目があるらしい。仕事自体にギルドは関係ないのだが、裏切ったパーティーの繋ぎをした手前責任を感じているようなのだ。

 無論リンレイさんだって今回共に戦った『車輪の誓』や『炎の椋鳥』のように信用できる連中もいる事は理解しているらしいけど……冒険者として依頼を受ける事にはわだかまりが残っているみたいなのだ。

 まあ……戻られると店(おれ)が困るんだけど。


「それでどうする?登録だけでもしてみないか?」

「う~ん……特別損は無さそうだから……やってみようかな?」

「お!? そうか登録してくれるかい」 


 俺がそう答えるとギルド長は、途端に喜色を浮かべて受付のルーザさんに指示を出し始めた。


「ルーザさん、では新人登録用の水晶を……」

「もう準備してますよ、ギルド長」


 何だか二人とも妙に楽しげだな。

 俺への責任感からの特典って事は勿論だろうけど、それにしては妙にワクワクしているようにも思えるんだが?

 俺がその辺が気になって聞いてみると、二人とも照れたように笑う。


「いや、本音を言うと前々から君の職業(ジョブ)が何なのか気になっていたのだよ。登録してもらえれば判明するし」

「あ、それは私も気になってた」


 リンレイさんも手を打ってそう同意する。

 ……確かに自分でもそれは謎だった。

 基本的にこの世界の者は『職業(ジョブ)』を持っているらしい。

 それは一般生活を送る上では余り関係ない事なのだが、冒険者のように戦闘を生業にする連中はこの辺を重視して自分の得意分野を伸ばすのが一般的なのだそうだ。

 こうなると『他人に召喚獣のように車霊を発現させる能力』と言うのは、一体どういう職に分類されるのだろうか。

 俺自身、今まで何の感慨も無く使っていた能力だったが……。


「職(ジョブ)か……」


 言われてみると確かにギルド長の言いたい事も分かる。余り馴染みのない俺の能力は一体どんな職業のスキルなのか……専門家としては気になるところだろうし。

 なんだかんだ言っても俺だってこの世界の武器やら魔法やらに興味はある。

 もしも魔術師とかの職だったりとか考えると……な。


「私らに召喚獣を与える力なんだから、やっぱり召喚士(サモナー)かしら? それとも魔物使い(ビーストマスター)の類?」

「ワシとしては車霊を精霊の位置付けと考えて精霊使い(シャーマン)とか、新たな力を与えるとなると神官(ビショップ)と言うのも……」


 何やらかっこよさげな職を予想して盛り上がるリンレイさんたちに、俺のテンションも上がって行く。

 もしも……何か戦いに向いた職業、それこそ魔法が使える系だったら……。

 自分の右手から炎が放たれる情景を妄想すると…………むう。


「ハヤトさん、ではこの水晶に手を置いて頂けますか?」

「あ、ハイ……」


 妄想に浸る俺にルーザさんは優しい笑顔で言う……いつもの事って感じに。

 ……初心者が初登録する時は俺のように妄想に浸る奴は冒険者ギルドあるあるなのかな?

 俺はちょっと恥ずかしい気分を誤魔化す感じに水晶に手を置いた。

 水晶のつるつるした感触と少しひんやりとした感触を右手に感じた瞬間、水晶が青白く不思議な色合いに光輝いた。

 そして……水晶から一枚のカードが現れる。


「はいもう大丈夫ですよ…………ん……んん?」


 そして現れたカードを確認したルーザさんは不思議そうに首を傾げた。


「なになに? んん?」

「何の職(ジョブ)だったのだ? ……なんだこれ?」

 

 俺よりも興味津々に先にカードを見るリンレイさんとギルド長……おいおい本人よりも先に見るんじゃない。

 しかし俺が文句を言う間もなく、全員が俺の顔を眺めて相談を始める。


「賭博師って事かしら? でもハヤトの力がギャンブルに関係あるとは思えないけど?」

「賭博関係だとすれば“ギャンブラー”が正しいだろうが……職(ジョブ)とは言えんだろうに……」

「この場合は“テーブルマスター”とかの意味合いかしら?」

「だあ! 一体何を人の職で盛り上がっているんですか!? 俺の事なのに俺より先に見ないで下さいよ!」


 俺は言いつつルーザさんが持ったままだった冒険者登録証を取り上げ、自分の職業欄を目にして、三人が何で不思議がっていたのか合点が行った。


「ああ……なるほど」


 『ディーラー』俺の職業欄には確かにそう記されてた。

 この世界においてディーラーと言えば賭博場でゲームをするタキシードの連中しか浮かんでこないからな。

 この場合は車の売買を取り扱う『車屋(ディーラー)』の方が正解なのだろう。

 その辺を踏まえて俺が説明すると三人とも納得したようだが、何故だか露骨にガッカリされた。


「なるほど……車霊を扱う者の名称がディーラーだと」

「まんまって言えばまんまね」

「捻りが無いですね」


 ほっとけや、俺だってそう思ってんだから!

 しかし俺にとって確かに戦士やら魔法使いやら戦闘的なカッコいい職業じゃなかったのは残念ではあるのだが、今は発行された登録証にあるスキルが気になる。


ハヤト・カザミ

職『ディーラー』 スキル・新車契約 ・コール・オーナー ・車霊(*条件不達成)


 新車契約は分かる。コレが多分今まで車霊と言う形でリンレイさんを始めとした色々な人たちに車両を召喚獣として与えてきた能力なのだろう。

 問題なのは他の二つ、まずこのコール・オーナーって何だ?

 そして一番気になるのがもう一つのスキル、これはリンレイさんの登録証にもあったのと同じヤツだ。

 って事は……俺にもリンレイさんのカタナちゃんのように自分専用の車両があるって事になるワケで……。

 

「……どうしたのハヤト? 急に変な動きをして……どっか痒いの?」


 俺が自分自身の体のどこかに車霊召喚の時みたいに光る場所が無いか捜していると、奇妙な者を見る目でリンレイさんに心配されてしまった。

 確かにそんな感じの動きだけど。

 

「……登録証のスキルの欄に『車霊』ってあったから、もしかしたら俺の体にも光る場所があるんじゃないかと」

「ああ、確かそんな事言ってたわね。車霊現出が出来る人は体のどこかに光る物が貴方にだけ見えるって」

「そうなんだけど……見たところどこも光ってない……な」


 人に与えるばかりで持つ事のなかったマイカーを持てる日が遂に来たのかと思ったのに……。俺が露骨にガッカリしていると、リンレイさんが俺の登録証を見て「あ~」と納得したような声を出した。


「ハヤト、ガッカリするのはまだ早いよ。スキルに未達成って出てるじゃない」

「未達成? そう言えば……」


 再度確認してみると、確かに車霊の語尾に米印と一緒に記入されている文字がある。

 コレは一体……?


「魔法使いなんかは分かり易いけど、今はまだ使えないけど将来的に使えるかもしれないスキルとか呪文なんかがこんな感じに表示される事があるのよ」

「! 本当ですか!? じゃあ将来的に俺自身も車霊が持てるって事なんですね!!」


 落ち込みかけた気分が再び上昇する。

 それこそRPGみたいにレベルに応じて新たなスキルが使えるようになる……みたいな展開なら希望が持てるじゃないか!

 しかし喜び詰め寄る俺に対して、リンレイさんは困った顔で一歩引いた。


「ど、どうかしら? スキルの取得方法なんて決まった条件があるワケじゃ無いし、そもそもハヤトの職は今まで聞いた事も無いものだから……それこそ鍛錬で身に付くものか定かじゃ無いし……」

「そ、そうっすか……」


 戦士や武道家などのファイターなどは肉体の鍛錬、魔導師や僧侶、召喚士などの魔法職は魔力の鍛錬でその手のスキルを取得できる事が多いらしい。

 しかし俺の判明した職業は『車屋(ディーラー)』だ……何となくだがどっちの方法も外れている気がする。

 上げて落としてまた上げて……最後に落とされる形で俺たちは冒険者ギルドを後にした。


「え~いチクショウ! 今日は自棄酒だ!!」

「バカ言うんじゃないの、未成年が……」



                *



 あれから俺たちは冒険者同士で貸切になった町の食堂で行われた飲み会に参加したのだった。

 いや、あれを飲み会などと言ったら失礼か……今のところ未成年である俺は一次会のそこそこの時間で抜けたのだが、それでも『狂乱の宴』としか言い現す事の出来ない酷い状態だった……とだけ言っておく。

 リンレイさん曰く、「冒険者の飲み会は一般人は1次会で抜けるのが常識よ」との事。

 パーティー間でケンカが始まり、仲裁に回っていたはずのケルトさんとソフィさんが飲み比べを始めた辺りまでは俺もいたけど……。

 ……今日のあれがまだマシだと言うのか…………うん、俺は一次会帰宅で良いや。


 そして健康的に一次会で抜け出した俺たちは、そのまま店兼自宅へと帰宅していた。

 そして俺は現在自室のベット上で膝を抱えて蹲っております……。

 ……説明が必要ですか?

 そうですか……それにはまず、この我々の店『ハヤト・ドライブサービス』の建築様式から説明せねばなりませんな。

 前述の通り、このお店は自宅も兼用しておりまして……当然生活に必要な施設は一通り完備しております。

 更に中古とはいえ前のオーナーの趣向か、この世界では珍しく自宅に風呂場まで完備しているという、大変機能美に富んだ素晴らしい場所なのです。

 さて……ここで問題になるのが、私は現在ここである方と一緒に暮らしております。

 それは今更言うまでも無く、リンレイさんなのですが……。

 ココまで言えば大体予想が付くでしょう……そうです、今彼女はお風呂に入っています。

 もう一度言います……あのスタイル抜群のカッコいい系美人のリンレイさんが、この一つ屋根の下で入浴中なのですハイ。

 ……だからって何故俺がこんな体勢を取っているのか気になりますか?

 ハハハハ…………





 必死なんだよ!! 湧き上がる煩悩を押さえ込むのに!!!!





 ココ最近、俺は彼女が風呂に入るたびにこんな感じで悶々とする自分を押さえ込むのに必死になっている。

 風呂上りでしっとり濡れた髪を拭きながら、ダブダブのシャツをラフに着込んだ彼女が無防備に、しかも下半身はショーツのみという艶かしい歩く姿を目にしてしまった日から……目に焼きついてしまった光景のせいで湧き上がり続ける衝動があるのだ。


 もう一度目にしたい……あの奇跡の如き美しき光景を……。

 それどころか、いっその事……入浴中を覗けば……。


 うおおおおお!! 俺の中の悪魔が、ダークサイドが美味しそうな言葉で誘惑しやがる! 

 気色悪いだろ!! 俺のそう思うっての!!

 あの人は俺にとって命の恩人で大切な仕事仲間なのに、不埒な視線で見てしまうとは……俺はなんて最低な男なのだああああ!!

 しかし押さえ込もうとすればする程、バイクにニケツした時に目一杯堪能してしまった彼女の体温やフェロモンが蘇ってくる……。


「ぐおおおおお!? イカン、このままではイカン!! 別の事を考えよう……このままでは色々とダメな気がする……」


 俺は何でも良いから思考をそっちから逸らす事が出来ないだろうかと辺りを見回して、部屋に申し訳程度に置いた机にある冒険者登録証が目に入った。

 ……そう言えば車霊(*未達成)のショックで忘れていたけど、俺のスキルにはもう一つ、謎の名称があったな。

 オーナー・コール…………現代の日本におけるディーラーを基準にするなら、これは契約者に連絡を取る手段、と言う事になるのか?

 しかし、連絡と言ってもココは電話など無い異世界……コールしようにも掛ける相手がいないし、まして電話など……。


「あ……違う、電話だったら持ってるじゃないか!」


 その時俺はこっちの世界に来て“圏外”の表示を確認してから一度も操作していなかったスマフォの存在を思い出した。

 そして久々に手にしたスマフォの画面は暗く沈黙していたが、何かの予感と共に画面にタッチしてみると……フワリと画面から光りが浮き上がった。

 当に電池など切れているし、何より科学的技術ではありえない光り……それはどう考えても魔術的な光りだった。


「お、おお! もしかしてこの光りを操作すれば……」


 タッチパネルの要領でスライドさせてみると……そこの流れていくのは見覚えのある人名バルガス・バルザック、ラティエシェルなど、今まで車霊と契約を交わした者たちの名前……。

 そして一番トップに位置している人物は、やはりと言うか当然と言うか、俺にとって一番連絡の頻度が高いリンレイさんの名前だった。


「そうか、つまりコレがあれば俺は契約者といつでも会話する事が出来るんだな! 魔法的にテレパシー的な感じで……かな?」


 こうなると試してみたくなるのが人情と言うもの。

 車霊の契約者と連絡する手段があるなら、今後遠方への情報伝達って事で商機も今までよりぐっと広がる。

 俺はそう考えて、早速とばかりにディスプレイにあるリンレイさんの名前をタッチした。

 それは彼女が入浴中である事へ悶々としていた自分への誤魔化しと、入浴中の彼女の姿が見えなくても声が聞けた事で満足出来るという……自分勝手な打算もあった。

 ……それが大いに間違いである事も気が付かずに。


「……もしもし、リンレイさん?」

『!!? え!? ハヤトの声!?』


 俺にとっては何とも懐かしい電話口の対応だが、リンレイさんにとっては唐突に聞こえて来た俺の声に戸惑っているようだ。

 慌てている様子が声だけでも伝わってくる。


「おお、やっぱり『オーナー・コール』ってスキルは契約者との連絡手段だったんだ!」

『……もしかしてコレは君のスキルなの? 何か突然声が聞こえて来たけど』


 感心する俺とは裏腹に、戸惑いつつ正解を即座に言い当てるリンレイさんはさすがであるな。


「すみませんリンレイさん、今ちょっと“良いですか?”」

『え? う、うん“別に良いけど?”』


 彼女の側が俺の声をどうやって受信しているのかとか色々と気になって、俺がそう“確認”して、彼女が“了承した” ……その瞬間だった。

 突然俺の部屋の床に光りの魔法陣が出現した。


「な、何だコレ!? 魔法陣か!?」


 そして立ち上る光と共に、魔法陣の中心に現れる一つの存在が……。

 まるで召喚獣の召喚のように俺の前に顕現したのは……。


「あ……」

「え?」


 リンレイさんだった。

 間違いなくリンレイさんだった……。

 オーナー・コール……その意味を俺はようやく正確に把握出来た……。

 つまり、TELでのコールではなく、『呼び出し』って意味でのコール……つまりこの場に召喚するって意味の……。


「え……え~っと、これは一体……」

「……………………………」


 シャワーを頭から浴びていて、両手で髪を掻き揚げていたリンレイさんです。

 入浴中のずぶ濡れの状態で、現状が理解出来ずに咄嗟に前を隠したリンレイさんです。

 神の如き肢体が水滴で光り輝き、隠そうとした全身が程よく張り上がって、余計に妖艶に、かつ美しく魅せてしまうリンレイさんです。

 リンレイさんです……俺がさっきまで考えないようにしていたリンレイさんです。

 見たいと思ってしまうの必死に堪えていた姿のリンレイさんです。

 見てしまいましたリンレイさんです。

 素敵過ぎるリンレイさんです。

 エロです、リンレイさんです…………グブ。


「………………悔いは無い」


 俺の意識はこの瞬間にブラックアウトしてしまった。

 主に鼻の辺りから逆流する、熱き血潮の赴くままに……。


「え!? 何? え!? ここってハヤトの部屋?? って、ちょっとハヤト!?」

 

              *


 それは突然の出来事、入浴中だった私に虚空から急に聞こえてきたのはハヤトの声だった。

 どうやらそれは今日冒険者登録で判明した彼のスキルの一つのようだけど、私がその声に応じた瞬間、私は唐突にハヤトの部屋に転送されてしまった。

 何にも着ていない状態で……。

 あまりに突然だったから私も咄嗟に体を隠す事しか出来なかったけど、ハヤトは私をしばらく凝視した後、倒れてしまった。


「………………悔いは無い」

「え!? 何? え!? ここってハヤトの部屋?? って、ちょっとハヤト!?」


 慌てて助け起こしてみるけど、したたか鼻血を出して倒れている彼は特に心配は要らないように思えた。

 おそらくハヤトが使ったのは召喚士が使う召喚命令に似た、彼特有の魔法の一種なんでしょうね……しかし。


「普通なら君が私に引っぱたかれて、それから気絶するシチュエーションじゃないのかな? こういう時は」


 そう愚痴ってみるけど、気絶した彼の顔は非常にだらしなく、しかし嬉しそうに歪んでいる。まるで“とても良い物を見れた”とばかりに……。

 そんな顔を見てしまうと、途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。

 武道家として、冒険者として、他者どころか自分自身すらも女を意識してきた事は無かったと言うのに……。


「!? もう、私の裸くらいでこんなになるなんて……ウブなんだから!」

『でも、ちょっと嬉しそうじゃない? 初めてじゃない? 男の子を悩殺しちゃったのは』

「うっさいな……」


 ニヤニヤ笑いで虚空から現れて言うカタナちゃんに文句を言いつつ、私はハヤトの部屋からタオルを一枚拝借して、今更ながら全身を包み込んだ。

 ……そうじゃない、とは言わないけど。

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