第25話 それぞれ違う魔女の衣装

「ガハハハハ! なる程そんな事があったか!!」

「……そこまでうけなくても」


 翌日、朝一で店にやってきたバルガスさんだったが、俺たち二人の様子が妙に余所余所しい事に気が付いて追求されたのだ。

 ……ちなみに昨日俺がやらかしてしまった事に付いて『今度からは気をつけてね』の一言で許してくれたリンレイさんは女神様だと思う……。

 俺は正直骨の一本二本持っていかれても悔いは無い……いや、仕方が無い位の御宝を見……いやいや不埒を犯したと言うのに。

 しかしバルガスさん的にはもっと色っぽい事を期待していたようで、「遂にやったのか!?」とかしつこかったので……事の顛末を話した途端にコレである。


「そーかそーか、自分のスキルを試した結果彼女を入浴中になぁ~。なんじゃ、そのまま頂いてしまえばよかったろうに……勿体無い」

「バルガスさん!?」


 ニヤニヤと笑いながら言うじいさんに思わず声が上ずる。

 このじいさんは朝からなんて事を言いやがる!!

 タダでさえ昨日のワンシーンが目に焼きついてしまって、昨日からリンレイさんの顔をまともに見れないと言うのに……。

 あ~~~~~ダメだ! バルガスさんの要らん一言で昨日の風景に更に不埒な妄想が膨らんでしまう……。


「止めてくれます!? 仮にリンレイさんにそんな事をしたら俺は今生きていませんよ? この前の氷雪狼みたいに壁の染みになるか、もしくはミンチになるか……」


 俺はそういう可能性を引き合いにして全力で膨らみかける妄想を否定しにかかる。

 そういう事にしておかないと妄想に歯止めが掛からない……。

 そう、彼女は云わば雌獅子……力なき者が近付けば血を見る事になる…………自分にそう言い聞かせる事で少しだけ上った血が下がって行く。

 

「いや~そんな事は無いと思うがのう。あの一匹狼で誰にも心を開かなかった『烈風の鈴音』が無防備な姿を晒して、しかも許すなど……この店で働くまでは想像も付かんかったからなぁ」

「? ……リンレイさんってそんな評判だったんですか?」


 俺にとってはこの世界に来て初めての時からずっと一緒にいてくれた頼りになる、最も親しいお姉さんなんだけど。

 ……でも確かに経験年数が多くなれば大なり小なりパーティーを組むのが普通なのだが、リンレイさんは出会った時も一人だったな。

 あの時は雇われた冒険者の裏切りにあって死に掛けていた時だったけど。

 俺の疑問にバルガスさんは鷹揚に頷いた。


「冒険者をしていても誰も信用せず殺気を振りまき、下手に敵意を向けた途端に骨を砕かれる。敵対しようものなら命を砕かれる。しかし砕かれた本人は烈風の如き風しか認識できず、鈴の音を聞いた時には既に勝負は終わっている……字の所以じゃな」

 

 何度か耳にしたリンレイさんの字『烈風の鈴音』には、そんな物騒で格好良さげな理由があるんだな。

 当の本人は『気恥ずかしい』と嫌がっているようだけどね。

 まあ確かに俺と一緒に行動するようになってから、俺自身はそんなリンレイさんを見た事が無いのだけれど。

 

「そんな物騒な女が君に対しては制裁を加えない……これはイケるとワシは予想するけどなぁ」

「な!?」


 ニヤニヤ笑いのバルガスさんの言葉で沈めたはずの妄想が再び浮上してくる。



 濡れた黒髪、水滴を纏った肢体の彼女が恥ずかしげに『もう、仕方がないな……』と言いつつ……。



「い、いや……そんな事はありえない……」

「分からんぞ~ワシの見立てでは九分九厘行けると思うがのう。むしろ……」

「……何の話をしているのかしら?」


 ゾワ…………突如バルガスさんの背後から、素人の俺でも分かる程の殺気が立ち上る。

 そこには表情を無くしたリンレイさんが拳に気を溜めた状態で立っていた。

 あれは彼女の必殺の一撃『一貫』、自らの気功を最大限に開放して一撃の下に対象を打ち貫くまさに名の通りの必殺技だ。

 さすがの『黒豹』バルガスさんも背後を取られてはどうしようもない……冷汗をかきつつ両手を挙げた。


「オーケーワシが悪かった。これ以上煽らんから拳を下ろしてくれんか……そんなもん食らったら老体に穴が開いてしまう」

「ふん……良く言うわ」


 その瞬間にリンレイさんは構えを解いた。同時に漂う殺気も一気に霧散する。

 ……やぱりこんな達人に対して不埒な事を出来るとは到底思えん……。


「ふう……まさか噂の烈風殿にもこんな一面があるとはのう、世の中まだまだ面白いもんじゃのう」

『でしょ? 実はリンちゃん昨日から……』


 しかしそんな会話のあとで彼女の車霊であるカタナちゃんと親しげに話し始めるバルガさんである。

 そう言えば普段からリンレイさんはバルガスさんに対して一歩引いた態度を取っているのに、対照的にカタナちゃんは友好的だ。

 特にバルガスさんの車霊、黒豹の『シャドウ』とは偶に背中に乗せてもらうくらいに仲良しさんなのだが……。

 車霊は主と精神を共有しているワケでは無いのだろうか?

 

「カタナちゃん! 余計な事言わないの」

『は~い……』


 しかしリンレイさんに釘を刺されるとバルガスさんと“ヤレヤレ”的なジャスチャーをしてからテーブルにちょこんと座った。

 そして手拭いを鉢巻きにして頭に締めるバルガスさん……う~ん、最近この爺さん本格的にトラックの運ちゃんにしか思えなくなってきたな……。

 基本が老人マッチョだからハマり過ぎである。


「さあ、冗談はこの辺にしてそろそろ仕事の話をしようかの。店長、ワシが王都に届ける荷物を教えてくれんか? 積載物の他にものう……」


 しかしそう言うと、彼の顔は既に戦士のものへと変わっていた。

 長年王国最強の近衛兵を率いて、軍の頂点に立っていた大元帥『王国の黒豹』を髣髴させる表情へと。



「なる程……確かに妙な話じゃの」


 昨日ギルドで話し合われた見解を聞き、バルガスさんは顎鬚を撫でて思案下に呟く……が、俺たちの目の前のテーブルには昨日の穴の空いた水晶を転がしてカタナちゃんが遊んでいて、一気に気が抜けてしまう。

 いや……ちょっと空気を読もうぜ……確かにほのぼのして可愛い光景だけど……。

 さすがに空気を読め、とばかりにリンレイさんがカタナちゃんの襟首を捕まえて肩の上に乗せた。


「私がその水晶を破壊しなければ、魔物は今後段階的にもっと強力になっていった可能性が高いらしい。今回だってこの娘がいなければ私に突破は絶対不可能だったろうに……」

「……じゃろうな。車霊が巨大なトラックのワシだともっと無理じゃったろう。今回は狭い洞窟を猛スピードで走りぬけるリンレイ嬢とカタナの技術とスピードがあった事が幸いじゃった」


 リンレイさんの自己分析にバルガスさんも大きく頷いて同意する。


「仮に軍を使っての作戦になってしまえば死者の数は今回の比では無かったじゃろう。最初の新米冒険者は元より救出に向かった冒険者もタダではすまなかっただろうな」


 元とはいえ軍略の専門家にそんな事を真面目に言われるとゾッとするな。

 確かにあの時は全てが時間との戦いだった。

 無限に発生する氷雪狼の猛攻にアレ以上時間をかけていたら、傷を負った新米たちは助からなかっただろうし、ベテランの『車輪の誓』や『炎の椋鳥』たちも延々と持久戦を強いられていたら……考えるだに恐ろしい。


「分かった、この件はワシから国王へ伝えておく。この水晶は証拠に持っていってよいのじゃろう?」


 そういうとバルガスさんはヒョイッと穴の開いた水晶を手に取った。

 少しカタナちゃんが不服そうな顔をするけど、そこは納得して頂こう……コレは君が平和利用できる代物では無いから。


「勿論……ただ失くさないでよ? 今回唯一の証拠品なんだから」

「一応コレは冒険者ギルドの拾得物を預かっている扱いですから……」


 今回俺たちは冒険者ギルドから雇われた形なので、依頼中の拾得物は一応ギルド預かりと言う事になる。

 当然こういった手続きを嫌って拾得物を報告せず着服する冒険者もいるのだが、そういう場合手にした物が盗品であったり、あるいは呪われた品であり冒険者自身が呪いに犯されたとしても一切保障される事は無い。

 今回のように本当に自分たちの手に余るような『国家に関わる物的証拠』など個人で所持するなってもっての他……何があるか分かったものじゃない。

 そんなワケで、この件は『ギルドから王国への報告』として扱われる事になっている。

 つまりバルガスさんがやるのは建前上『ギルドの要請で国王へお届け物をする』事なのだ。

 バルガスさんはそこまで分かった上でニカッと笑って見せる。


「分かっとるさ。しかし国王との連絡には面倒な手続きもあるでな……スマンが帰りは明日になるとカミさんに伝えといて貰えるかの?」

「了解ですけど……カミさんって……」

「かかか、今日はしっかり朝から弁当も作ってくれたからのう。エエじゃろう」


 元公爵であるはずのバルガスさんが、元とはいえ公爵夫人だった奥さんをカミさんと言ってしまう事に途端に力が抜ける。

 夫人(サリィナさん)も早起きして旦那に弁当とか……退役してからそこまで日がたっていないのに……順応が早い事で。


                *


 熟年夫婦のラブラブっぷりを見せ付けたバルガスじいさんがトラックで王都へと出発した後、リンレイさんは早速バルガスさん宅に『帰りは明日になる』と報告へ向かった。

 ……正直今二人っきりになるのは少々気まずかったので、助かるといえば助かる。


 いや……しかし一人になったらなったで、昨夜のワンシーンが浮かび上がって来る。

 思い出してはいけないと思いつつも、濡れた髪と水滴を纏った美しい肢体が煌く奇跡のような光景が鮮明に……。


「おはよう! ハヤト店長いる!?」


 突然扉を開かれ掛けられた声に、俺は慌てて妄想を打ち消した。


「!!?? むわあああ!? スミマセンスミマセン!!」

「? 何を謝ってんのよ……」


 人間やましい事があると謝ってしまうものなんです……。

 微妙な表情で店内に入ってきたのは三角帽のセクシーな魔女の衣装を着こなす女性、ソフィさんを筆頭にした魔法使いの女性で構成されたパーティ『炎の椋鳥』の面々だ。

 しかし昨日と変わらず妖艶な色気を振りまいているソフィさんだが……俺は彼女についてちょっと心配があった。


「昨日は大丈夫だったんですか? 一次会だけで相当飲んでったっぽいですけど……」


 俺の記憶では、昨日の飲み会で彼女は『車輪の誓』のリーダーケルトさんと一気飲みをしていたはずだ。

 しかもジョッキではなく瓶ごと……。

 だが彼女は俺の心配を他所にクスクスと笑う。


「な~に? あんなの飲んだ内に入らないよ~。ケルトは5次会でダウンしたけどね~」

「うわ……まさか皆さんも?」


 俺が呆れた顔で他の面々を見ると、みんな揃って“一緒にするな”とばかりに首を振る。


「それはリーダーだけですよ」

「私たちも『車輪の誓』の面々も、2次会以降は付き合わない事にしてますから」

「両パーティの暗黙の了解……」


 ローブ姿で水色の長い髪が特徴のシルフさん、僧侶姿で銀髪のイリスさん、そしてゴスロリ衣装の少女リリアちゃんが同時に否定した。

 ……ん? でもそれなら……。


「……他のメンツはいなくなってもソフィさんはケルトさんと5次会まで一緒だったと?」


 俺が何となくそう口にすると、ソフィさんを抜いた三人がコッソリと耳打ちしてきた。


「……その辺は『炎の椋鳥(うち)』でも『車輪の誓(むこう)』でも謎なのよね……どっちも最後まで付き合った事ないから」

「一度は二人で朝まで部屋で飲んでいた目撃例もあるんですけど……」

「朝まで!? 男女で朝まで同じ部屋なら決定的じゃ!?」


 俺だってゴシップが嫌いと言うワケでは無い、その情報に俄然二人の関係に興味が沸く。

 だがリリアちゃんが残念そうに呟く。


「……でもその時は二人して酒瓶片手に潰れていたらしいから……今のところ決定的ではないのようね……」


 何だろう……週刊誌の確証が無く答えの出ない……このモヤモヤは……。


「本人たちに問いただして何か分からなかったんですか?」

「……それは何度も試した。向こうのパーティにも協力してもらって……でも……」

「どっちも酒が回ると最後の方は覚えていないらしいの……」

「なんすか、その生殺し……」


 状況が完璧なのに確証が無いとか……俺たちが揃って残念そうにソフィさんに目をやる。


「……何よみんなして……店長までいつものみんなと同じ目で見てさ」


 俺たちの抱えるモヤモヤを理解していないようで、彼女は不満を口にする。

 見た目はセクシー魔女な彼女だけど、案外天然系なのだろうか?


「はぐらかしているワケでも無いから予想も出来ないのよ」

「我等も結果待ち…………」

「……追加情報あったらよろしく」

「「「OK」」」


 俺の依頼に三人の女性がサムズアップをかました。

 何時の世も、そこの世界でも女性は噂話が好きで、更にその話を広める事を使命にしているものなんだろうか?

 しかし渦中にいるのが自分なら迷惑千万だが、他人事であれば全く持って問題ない。

 追加情報に期待するとしよう。


「ねえ、ちょっと~仕事してよ店長。私たちは客で来たんだけど?」

「あ、ああ失礼しました……」


 ソフィさんの声に俺は我に返った……イカンイカン、仕事仕事……ええかげん真面目にしないとな……。

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