第26話 椋鳥の姉妹

「残念ですが、皆さん全員に車霊の光りは見えませんね……」


 俺がそう告げると四人の魔女たちは一様にガッカリした表情を浮かべた。

 先日一緒にこなした依頼で、全額では無いものの纏まった金額を受け取った彼女たち『炎の椋鳥』は、早速戦力アップの為に使おうと考えたらしく、真っ先に浮かんだのが我が店の目玉である『車霊現出』だった。

 そう思ってくれるのは嬉しいし、現出すれば一人頭10万のお支払いだからこっちとしても歓迎なんだけど……それはあくまで出来ればの話だ。

 彼女たちは落胆したまま、所見料の100Gを順番に渡して来た。


「そうか……魔導師としての魔力は誰にも引けを取らないつもりだから、ある程度召喚獣を使役出来る自信はあったんだけどなぁ」

「本当に残念です。先日のリンレイさんのようにスピードで圧倒出来る戦力があれば、我々の攻撃法にも幅が出来ると思ったのですが……」


 ソフィさんとイリスさんは属性は違えど魔力量という意味合いで車霊を持てる可能性が高いと目算していたようだな。

 あからさまにうな垂れるセクシー系魔法使いと僧侶風清純派魔法使い……シュンとする様に違いがあってちょっと可愛い。


「でも召喚士の場合は召喚獣を膨大な魔力で使役するはず……。車霊は違うの?」


 ゴスロリ幼女魔法使いリリアちゃんが小首を傾げた。

 こっちもこっちで、日曜の朝にお目にかかるタイプの魔法少女を彷彿させる愛らしさだが……やっぱりちょっと不満気だな。


「どうでしょう? 俺も詳しくは分かってないんですが……魔力の有無が関係していたら、そもそも職(ジョブ)が武道家のリンレイさんや戦士のバルガスさんは魔力に関しては皆無に近いらしいですし、たまたま原付や軽自動車が現出した町民のみんなに関しては戦い自体に馴染みが無いですから」


 俺自身、自分のこの能力に付いては分からない事が多すぎる。そもそも自分に職なんてものがあった事も、名前すら昨日知った事だし。

 しかし彼女たち魔法使いにとって魔法に通ずるものは興味対象の専門分野、ここぞとばかりに目の前で分析を始めた。


「当人の魔力が関係しないにしては、車霊の具現には魔力が使われていると思いますけど」

「……何も無いとこから出現するのは召喚獣で言う精神領域(アストラルサイド)に身を置いているから? でもそれだと術者の魔力を貰わないと存在出来ない…………矛盾」

「シルフ、アンタの故郷とかには召喚獣を他人に授けるこんな魔法……って言っていいのか? 能力……みたいなのは無かったの?」


 ソフィさんに促されて、フードの水色の髪を神秘的に靡かせた魔法使いシルフさんが怪訝な顔を浮かべた。

 ちなみに今彼女はフードをかぶっておらず、特徴的な長い耳が目立っている。

 彼女はファンタジーのお友達、人間よりも遥かに魔術に長けた種族『エルフ』と人間のハーフなんだそうな。


「召喚獣って意味合いなら無い事も無いけど、それはあくまで己を使役出来うる証明として本人が魔力で屈服させる……戦いへの橋渡し的なイメージが高いから」

「戦って屈服……ね」


 日本のRPGの強力な召喚獣を得る為の王道パターンじゃねーか……。

 しかしそう考えると俺の場合『適正があった人物から引っ張り出す』だけだものな。

 あくまで相手に与える能力であって、自分で召喚出来るワケじゃないし……。


「出来ればもう少し詳しく調べてみたいものね…………」

「私は魔力が無いのに発現出来る方に興味ありますね」

「車霊と一括りで表現しているけど、魔力の属性としてはどうなのかしら? もし画一の属性があるなら精霊の類と関係があるやも……」

「車霊って、乗り物じゃない時は可愛いよね…………」


 何やら不穏当な会話を始める魔女たちだが、リリアちゃんの意見には俺も同意する。

 ミニチュア巫女のカタナちゃんを筆頭に、どうしてだか日常モードの車霊たちはマスコットっぽいのがほとんどだ。

 少し毛色が違うのでバルガスさんのシャドウは、まんまカッコいい黒豹の姿だけど、たまにカタナちゃんと一緒に丸くなって昼寝している姿を見ると……やはり愛らしさを感じるしねぇ。


チリーン……

「すみません……こちらに冒険者パーティ、炎の椋鳥がお邪魔してませんでしょうか?」


 その時、ドアのベルと共に控えめな声が聞こえた。


「あ、はい、いらっしゃいませ~~」


 反射的に俺が営業スマイルで出迎えた来客は、見た目の印象は『クラスに一人はいる文学少女』って感じの少女だった。

 長い茶髪を両方で三つ編みにして眼鏡を掛け、さらに丸いツバのついた帽子の少女は儚げな可愛らしさをかもし出している。

 そんな少女の登場に4人の魔女たちが一様に振り返った。


「あ、やっぱりここにいたのね」

「あらミフィ、どうかしたの? 今日は戦力アップ、戦闘担当のみの用事だから私たちだけで良いって言ったでしょ?」


 真っ先に反応したソフィさんの言葉に、何故か一瞬表情を曇らせた少女、ミフィさんだったが、すぐに気を取り直したように口を開く。


「……先週の依頼、達成の報告まだしてなかったでしょ。クライアントから『依頼達成の認印はいらないのか』って気を使って伝言もらったんだけど……」

「……あ」


 あからさまに“しまった”って顔を浮かべるソフィさん。

 冒険者の依頼はギルドによって統括されているが、依頼の達成は依頼主に『完了』の認印をもらい、それをギルドに報告する事で達成扱いになる。

 ただし別人の成りすましなどが無いように、認印は特別な理由が無い限りパーティーであればリーダーが受け取るのが倣いになっている。

 今のやり取りを見る限り、ソフィさんたちは依頼を達成しているのに認印をもらっていなかったらしく、そうなると『依頼達成しているのに違約金が発生する』という何とも間抜けな事態が起こりかねないのだ。


「今日中にギルドに申請しないと未達成扱いになるけど……」

「ソフィさん……」

「またですか……」

「最後の確認は大事……」

「わ、分かってるわよ!」


 全員からジト目を一心に浴びて慌てふためくリーダーソフィさんである。

 ってか“また”って事はいつもの事なのだろうか?


「え~~~~っと?」


 何となく会話に入れずにいると、文学少女風の眼鏡っ娘がペコリと頭を下げた。


「あ、失礼しました。私は『炎の椋鳥』の一人でミルフィリア・フロイランスと申します。ハヤト店長……ですよね? 先日は姉が大変お世話になりました」

「あ、これはご丁寧に……店長の風見ハヤトです……って姉?」


 見た目通りに礼儀正しく挨拶してくれるミフィさんに反射的に頭を下げるが、気になるワードを聞いて目を向けると、ソフィさんが気まずそうに目を逸らした。


「はい、私はそこにいるソフィレイア・フロイランスの妹になります」

「へえ~ソフィさんの妹さん! 言われてみれば髪の色以外は良く似ているかも」


 何となく二人の顔を見比べてみると、多少の身長差以外はソックリ。

 特に二人とも垂れ目がちで泣き黒子があるのも共通。更に妹さんの服装は姉よりも大人しめで目立たないのだが、体のラインは決して悪くない。

 う~む……何と言うかこの姉妹だけに限らず、炎の椋鳥の女性たちは全てタイプの違う美女軍団だ。

 ある意味死角が無い……。


「いやいや、しかし驚きました。てっきり『炎の椋鳥』は4人パーティーだと思い込んでいましたから。こんな隠し玉があったとは……」


 俺はこの時褒め言葉のつもりで話していた。

 美少女ユニットで不覚にも見逃していた五人目を見つけた……的に。

 しかし、それが彼女たちにとって禁句であった事を、俺は不覚にも瞬間的に店内の空気が凍り付くまで気が付かなかった。


「「「「「……………」」」」」

「あ……あれ?」


 唐突に表情を凍らせる魔女たちに、不穏な物を感じ取る。

 な、なんだ!? 俺は今何か不味い事を言ったのだろうか!?

 顧客対応としてお客さんの気分を害する事を口にしないなど基本中の基本、店長たる俺がその辺をしっかりしていないなど言語道断だ。


「し、失礼しました。何か俺、失礼な事を……?」


 しかし俺が慌てて謝罪すると、フリーズしていた女性たちは一斉に表情を緩めた。

 どうやら俺は“知らずに”何かの琴線に触れかけて“知らないからこそ”運良く的を外していたようだ。


「…………いえ、お気になさらず……そうね、店長は冒険者じゃないから“そういう意味”で言ったワケじゃないか」

「この人が無神経に嫌味を言うとは思えない……」

「気にしないで、こっちの話だから」

「そ、そうですか……」


 無神経な嫌味……俺は彼女たちが呟いた言葉からこれ以上追求する事は厳禁だと判断した。

 他人が踏み込んではいけない領域、そこの判断は商売人をやるに当たって一番気を付けるべきである。

『危険を察知したら、まず一歩引け』……それは代々商売人である我が家の家訓だ。

 うん……それ以上何かを考えるのはやめよう。

 ミフィさんの存在を知らなかったって辺りで彼女があからさまに落ち込んだ表情を見せて、めっちゃ謝りたい衝動に駆られるけど……今はおそらく気が付かない体を装うのが正解だと思う。

 そうしているとソフィさんが溜息をを吐いた。


「ほら……行きましょうか。今日中に認印をもらわないといけないんでしょ?」

「あ……ああ、うん」


 ソフィさんの言葉に他の仲間たちも反応した。

 まあ彼女たちにしてみれば『車霊』の発現が出来ないなら、これ以上ココにいてもしょうがないからね……。

 でも、俺には彼女たちに言うべき事があった。


「あ、ちょっと待って下さい……車霊の契約の方はどうなさいます?」


 俺が言った言葉の意味が分からないのか、炎の椋鳥の方々は一様に首を傾げた。

 今さっき、自分たちには車霊の発現はムリだと俺に言われた後だから、当然と言えば当然だが……。


「車霊? だって店長がムリだってさっき…………!?」


 ソフィさんは言いながら気が付いたようで、驚愕に目を見開いた。

 そう、俺は4人にはと言った。そしてさっきまで『炎の椋鳥』は4人だと勝手に思い込んでいたのだ。

 隠し玉、ミフィさんをそう称したのは何も女性としての可愛らしさのみの話では無い。


「ミルフィ・フロイランスさん。貴女には車霊の適正があるみたいですね」

「え……ええ!?」

「まさか……」


 いきなり何を言われているのか分からない表情を浮かべる彼女の左腕の辺り、そこから車霊発現の時に必ず見える光……それがあった。




 

 

 


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