第23話 アマ(尼)の俗物
「さて、取り合えず支払いの問題はコレまでとして……ギルドとしてはここからの話が重要になりそうなのだが……今回は『試しの洞窟』で一体何が起こったのだろうか?」
頭どころか全身が床に同化してスライムになりかねない位姿勢が低くなっていたギルド長だったが、今は居住まいを正してギルド長用の椅子に腰掛けている。
ギルド長の一言に全員の視線がリンレイさんへと集まった。
昨日の事件、『車輪の誓』は脱出した新人たちの保護と護衛。『炎の椋鳥』は内部に侵入しての生存者の救出をしていた。
彼等の働きで命を救われた新人たちは大勢いて、その内にシスターの弟もいた。
しかし事件の概要を知っている人物は“単身で洞窟の最奥まで突入して魔獣発生の原因を解決した”リンレイさんだけなのだ。
俺たちが注目する中、リンレイさんは持って来た革製のカバンから一つの透明な球体を取り出した。
それは魔術師が使いそうな水晶のようだが、中に青や赤など色とりどりの線で何かが描かれていた跡が見える。
しかし全容が分からない……何故なら水晶の丁度中心に直径2~3センチの穴が開けられて、そこから放射状にヒビが走っているから。
「……私は氷雪狼の群れを突っ切って洞窟の奥まで侵入を果たした。 ……本当、カタナちゃんがいなければ絶対に無理だっただろうけど」
『えっへん!』
リンレイさんの言葉にいつの間にか姿を表したミニチュア巫女はテーブルの上で得意気に胸を逸らした。
リンレイさんはそんなカタナちゃんの頭を軽く撫でる。
「そして、洞窟の最奥に設置されていたのがコレよ。何やら怪しげな光りを放ちながら氷雪狼が虚空から出現している真っ最中だったから速攻で破壊したけど……」
リンレイさんが言うにはこの水晶を破壊したと同時に、発生中だった氷雪狼は溶けるように消えてしまったとの事。
どうやら発生中の魔獣は途中で邪魔が入ると消えるようだ。
現出してしまった狼が残っていた事からも出来上がってしまった魔獣には影響が無かったようだが。
しかし俺を含めた男共が“何コレ”と水晶を見る中、ただ一人魔術に明るいソフィさんの表情が露骨に引きつった。
「話からするとコレが魔獣を発生させていた禁呪の原因みたいだけど……」
「……そんな生易しい禁呪じゃないわよコレ」
リンレイさんの言葉にソフィさんが険しい表情で声を絞り出した。
さっきまで見せていた妖艶で気さくな雰囲気が霧散しているけど……。
「コレは『魔獣現出魔法陣』と言われる魔獣を大地の魔力から発生させる禁呪の一種だけど……この魔法陣の術式はそれだけじゃないわ。段階的に魔獣発生の魔術が成長するように仕組まれているの」
「……どういう事だ?」
「時間が経てば経つほど、発言する魔獣がドンドンと強くなって行くって事よ。おそらく最初はスライムやゴブリン程度の魔獣だったのに、段階的に強くなって今回の氷雪狼までグレードが上がったって事かしら?」
ソフィさんの見解に俺の全身に鳥肌が立つほどの寒気が襲った。
「な、なんだと!?」
「マジかよ!?」
ギルド長、ケルトさんは驚愕に思わず立ち上がる。
俺だって同じような気持ちだ……だってそれじゃあ……。
「ソフィさん……この魔法陣は“自然現象では絶対にありえない”って話でしたよね」
俺が乾いた笑いを漏らしつつ言うと、ソフィさんも青い顔をしながら頷いた。
「何者かが人為的に設置しない限りはありえないわよ。しかも禁呪とはいえ、この魔法陣を製作すのには膨大な魔力と高い魔術式を理解する知識がいる……どう考えても個人でどうこう出来る技術じゃないわ」
「椋鳥の……それを理解出来る貴女ならその魔法陣の解呪も可能では無いのか?」
リンレイさんは真面目な顔で提案する。
なる程、確かにこの場でその事を理解できたのは彼女だけだ。禁呪が分かるのなら解決策も知っているのでは?
しかしソフィさんは首を横に振る。
「ムリ……魔法陣が複雑すぎて事前に防ぐ方法、例えば結界なんかで魔法陣発動を妨害するのが一般的だけど……それすら不可能だわ。今のところ発動されたら元凶のコレを破壊するしか思いつかない」
「……そうか、残念だ」
「今回は氷雪狼で済んでまだマシだったのかもね。これ以上進んだ状況だったら『烈風』の突破力を持ってしても解決出来たかどうか……」
「……だろうね。大型の魔獣クラスがひしめいていたとしたら……突破は不可能だったでしょうね」
リンレイさんはソフィさんの評価に頷いた。
リンレイさんの戦闘力は高い、それこそ異世界において『バイク』というアドバンテージを得てからは凄まじい程なのに、そんな彼女が不可能と言い切るとは……。
でもそうなると……。
「だったら……こんな物を一体誰が設置したってんでしょう? 下手して凶悪な魔獣が発生し続けていたら洞窟にいた冒険者どころか近隣の村や町にだって被害が……あ」
「……そうね。“それ”が答えでしょうね」
俺は現代日本人の感覚で『何の特にもならない』そう思ったのだが、自分自身で言葉にした事に既に答えがある事に途中で気が付いた。
そして、それはこの場にいる全員の共通認識だったらしい。
「……確かに個人での仕業では無さそうね。自国での事件だったら大変だけど、それが他国の事件だったとしたら」
リンレイさんの結論に反論する者は……残念ながら誰一人としていなかった。
他国からの侵略行為……?
額から魔物なんかと対峙した時とは別の冷や汗が流れた。
*
今回の魔獣大量発生の裏には国家的な危機が孕んでいる……そんな何ともキナ臭い結論に頭を抱える俺たちだったが、正直なところ一地方都市のギルド長や商人、そして冒険者でしか無いこの場の人間に扱いきれる案件では無い。
「……退役早々で悪いけど、バルガス爺さんのツテを頼るしかないかな?」
「それしか無さそうね。あんまり王宮関連と繋がりを持ちたくは無いけど」
結局出た結論は『元王国の大元帥』の『黒豹』バルガス爺さんに国王へ伝えてもらい、国家として対応してもらおうという事に落ち着いた。
まあ、早い話が丸投げである。
餅は餅屋……って事で。
そんな感じでギルド長室を後にした俺たちだが、突然ケルトさんが明るい口調で言った。
「ああああ~めんどクセぇ! 国家の陰謀やら他国の侵略やらは俺らの仕事じゃねーっての! お前等、今日は暇か?」
「……昨日の今日だし、しばらく休むつもりで依頼は取ってないけど……」
キョトンとした顔でソフィさんが答えるとケルトさんは満足げに頷いて、今度は俺たちの方を振り向く。
「君らはどうだ?」
「……今日は開店休業のようなもんだから、飛び込みさえ無ければ」
「同じく」
俺たちがそう答えるとケルトさんはニンマリ笑って提案した。
「なら飲みに行こうぜ! 俺たち『車輪の誓』と『炎の椋鳥』と『ハヤト・ドライブサービス』の面々でよ。ついでに昨日生き残った新人冒険者の連中も含めてさ」
それが何となく昨日から鬱屈していた空気を何とかしようとする彼なりの気遣いである事は分かった。
この人態度や言動とは裏腹に結構気を使う方だからな……根っからのリーダー気質と言うか。
リンレイさんもソフィさんもそんな殻の気遣いを感じ取ったのか、ヤレヤレとばかりに表情を崩しす。
「確かに言う通りね。冒険者の私たちが難しく考えても今はしょうがないわ。気分を変えた方がよさそう……」
「昨日一杯奢るって言っちゃったし」
「お、そうだった。烈風に奢ってもらえるんだったな~~忘れてたぜ」
「……一杯だけよ?」
「おう“いっぱい”奢ってもらうぜ!」
ケルトさんのワザとらしい言い回しに苦笑を漏らすリンレイさんである。
う~む、親父ギャグ……この若さで、やるな車輪の……。
そんな感じで少し緊張を解きつつ一階の受付まで降りる俺たちだったが、その時階下から何やら喧騒が聞こえて来た。
「早くギルド長を呼びたまえ! 君では話にならんのだよ」
「ですからギルド長は現在来客中だと、お待ちいただくか日を改めていただくしか……」
「商業都市の司祭である私に出直せと申すか!? どこまでも貴様等は立場を理解できない野蛮な不信心者であるのか」
その声は非常にいやらしい感じのオッサンの物で、明らかに受付のルーザさんに絡んで困らせている。
「この声、どこかで……」
階段を下りて受付に到着した俺たちは“目の前の人物が何者か”を確認して、せっかくケルトさんが和ませてくれたのに、全員瞬間的に表情が強張らせた。
それは商業都市の大教会で司祭をやっているらしいオッサンで、具体的には昨日の事件の緊急要請を断った張本人である。
ちなみにその事実は冒険者ギルドでは周知の事実で、タダでさえボッタくられると嫌われている教会に対するイメージを更に下げる事になり、現在も一階でたむろする冒険者たちの殺意に満ちた視線が司祭に対して集まっている。
「おおやっと来おったかギルド長よ」
そんな視線などどこ吹く風とばかりだった司祭は、俺たちの背後から降りてきたギルド長を目に留めると、聖職者とはとても思えない、実に嫌な笑顔をした。
「やれやれ、この私を待たせようとは……やはり魔物狩りを生業にする俗物は信仰と言うものが足りなくてかなわん」
イラ……瞬間的に殴りかかりそうになる。
自分の都合を優先して信仰を振りかざす……実に絵に描いたような俗物にそんな事を言われる筋合いは無い。
ましてやここにいる冒険者の殆どは昨日コイツが断った救出に参加した連中ばかりだ。
怒りと共に湧き上がる『お前が言うな』は、ここにいる全員の感情だろう。
そして、それは纏める立場であるギルド長が一番思っている事のようで……アレほど俺たちには腰を低く応対していた彼が、今や巨人や山脈かと幻視する程に怒りのオーラを放って司祭を見ていた。
……正直ちょっとその姿で冷静になった。うん、超コエぇ。
「そんな俗物の巣窟に、貴方のような人種の違う方が一体全体何の御用向きなのであようかね、司祭殿」
不機嫌を隠そうともせず言うギルド長の言葉に、司祭は当然だと言わんばかりに「ふん」と見下し気味に鼻を鳴らした。
……コイツ、『違う人種』を“高貴な”とかと勘違いしているのか?
どう考えても今のギルド長の言葉を訳すと『おうブタ野郎、ココは俺らの縄張りだ、とっとと出て行け』なのだけれども。
しかしやはり気が付いていないのか司祭(ブタ)は調子に乗って話し始めた。
「なに、昨日は神のお導きで無事に事件が終わり、討伐成功の報酬で1000万Gもの大金が王都より支払われると聞きましてな」
「……確かにその通りですが、それが貴方がた教会と何の関係が? 昨日の事件で私ら冒険者ギルドが救援要請を出した際に、他ならぬ貴方からお断りを頂いておりますが?」
昨日教会に要請を断られたギルド長は、とにかく近隣に依頼で散っていた少しでも回復魔法が使える冒険者をかき集めて、そしてバルガス爺さんのトラックで現場へ向かった。
その際に俺も同行しているのだが、ギルド長が言う通りココで教会の関係者、修道士もシスターも一人もいなかった。
昨日の事でこの男が口を出せる事など無いはずなのだが……。
そう思っていると、司祭(ブタ)はより一層嫌らしい笑みを浮かべてみせる。
「それはおかしい。我が教会からは敬虔な神の使徒であるシスター・ラティエシェルが真っ先に現場に駆けつけ、数多くの死に瀕した若者の命を繋ぎ止めたらしいでは無いですか」
「……それは」
その物言いに冒険者たちの殺気の種類が『殴りたい』から『殺したい』にクラスチェンジしたのを感じる。
つまりこの男は昨日の地獄の報酬を、何もしていないのにシスターをダシに使って一枚噛もうとしているのだ。
しかしギルド長も同じような思いだろうけど言いよどんでいる。
非常に残念だが目の前の司祭(ブタ)の言い分も間違ってはいない。シスターは教会の関係者だから、喩え一人であったとしても昨日の救出に関わっているのだから『教会が協力した』という対面は出来てしまうのだ。
それを分かった上でコイツは……。
隣でリンレイさんが拳を握る……ケルトさんが剣の鯉口を切る……ソフィさんの瞳が攻撃魔法の色彩に染まる……。
冒険者ギルドから発せられる戦闘態勢の殺気……さすがに鈍感な司祭(ブタ)でもこの雰囲気にはビビッたようで辺りを見回して冷汗を流し始めた。
「ふ、ふん……神の奇跡に対して対価を支払わないと言うのか? ならばそれは今後教会では冒険者の癒しは一切行わないという事も」
そして司祭は遂にそんな事まで言い出しやがった。
教会で行われる解毒や解呪、回復などは冒険者たちにとっては生命線、喩えぼったくりだろうと嫌いであっても無くては困る施設なのだ。
それを持ち出されれば冒険者たちとしては何も言えなくなってしまう。
どれ程目の前の司祭(ブタ)が憎くても……。
「フン……ようやく理解したか俗物共め……それでは……」
「失礼致します。こちらにハヤト店長はいらっしゃいますでしょうか?」
調子に乗った司祭が何か都合のイイ事を喋ろうとした矢先、凛として清らかな女性の声が静まり返っていたギルドに響いた。
それは一人のシスターで、たった今司祭が引き合いに出していた教会の関係者。並びにさっき見舞いに行った新人冒険者ロランの姉のラティエシェルその人であった。
彼女の登場に司祭は援軍を得たような笑みで彼女に近寄る。
「おお我が教会の癒し手、聖女ラティエシェル! 昨日は神の使徒としての働き、誠にご苦労で……」
しかし、件のシスターの登場で調子付くかと思われた司祭に対して……彼女は深々と頭を下げた。
「司祭様、昨日は大変申し訳ございませんでした。私は教会の意に反して、司祭様の指示に背き、金銭を得る目的で冒険者の癒しを行うという背信行為を行ってしまいました」
「…………は?」
瞬間、ギルド内に何ともいえない静寂が訪れる。
調子に乗っていた司祭はおろか、ギルド長も、周囲で聞いていた冒険者たちも彼女の事場に目が点になる。
「私は昨日“ギルド所属では無い”ハヤト店長に雇われ、かの店から対価を受け取る契約を致してしまいました。俗世の金銭の為になど、破門されてもおかしく無い罪深い行為……何なりと厳罰をお与え下さいませ……」
ギルドじゃなく俺に雇われた。
その言葉の意味が瞬時に分かる者はいないようだが、俺だけはその言葉の真意を即理解できた。
なにせ、俺がさっき彼女に言った事だからな。
自然と目が合ったシスターの合図……ウインクで察する。
つまり、そういう事だ。
「シスター、こっちとしては出すもんは出すつもりだけど、生憎昨日はバタついてたから金額設定してなかったからな~」
「ああ構いませんよ。私は貴方に雇われただけですから、当然『討伐』には一切関わっていないワケですから」
「な!?」
「あ……なるほど」
この事で周囲にも理解の色が広がる。司祭以外の面々には明るい情報として。
そして司祭にとってはこの上なく面白くない展開が予想され、司祭は「待ちたまえシスター!」と彼女の行いを止めようとするが、リンレイさん、ケルトさん、ソフィさんの怒れる実力者が立ち塞がる。
昨日の救出要請はギルドの依頼だからシスターからの支払いは要らない、但しシスターを雇ったのは俺だから俺から払う事になる……お見舞いに行った時、俺は彼女にそう言った。
弟の命が救われた彼女にとっては納得行かないのかも知れないけど、契約上はそういう事になる。
そして、反対に言えば『討伐とは関係ない者に雇われた者はギルドの依頼の対象外』と言う事で……教会関係者だった彼女が否定した瞬間、教会関係者はこの事件との関わりが持てなくなってしまうのだ。
最悪俺の店が繋がりを持ったようにもなる危険がありそうだけど……。
そんな心配が少しよぎると、シスターは笑顔で言った。
「昨日の治療と、さらに車霊現出のお代金など諸々差し引いて……店長さん、お支払いで1Gお願いしても宜しいでしょうか?」
「!? ……くく、な~るほど……了解」
「は!? たったの1Gだと!?」
強者に塞がれた司祭から驚愕の声が漏れる中、俺はポケットに入っていた銅貨、1Gを一枚シスターに向けてピンと弾いた。
シスターは案外器用にコインを中空でキャッチする。
コレにて彼女と俺たちの契約は完了である。
さっきから何か喚いているブタが何か言っているが、これで彼女が教会に背いて勝手に行った、個人的な依頼として終了したのだ。
「……で? 司祭様とやら、今俺はギルドとは関係なく雇ったシスターとの契約を終えましたが……昨日ハッキリと要請を断った貴方が、一体何の権限でココに金をせびりに来ていらっしゃるんでしょうかね?」
「な!? なんだと貴様!! 冒険者風情の俗物が司祭である私を蔑ろにするつもりか!! 貴様等全員、本日より教会の出入りを禁じ……」
その瞬間俺は背筋が凍った。
それは俺だけじゃなく冒険者たち全員にいえる事で……原因が司祭(ブタ)が口にした冒険者の教会出入り禁止発言が原因では無い事は明らか。
迂闊にも司祭自らが本性を晒してしまった、同業者の前でやらかした事こそが原因だと……その事に気が付くのは残念だが本人が一番最後だった。
「……そうですか……それが貴方の本性だったのですね」
「な……シスター、一体何を……ヒ!?」
そこには怒りに表情を無くして凍て付く瞳で司祭を見つめるシスターがいた。
いつの間にか召喚されていた『天使』も伴い睨み付けるその様は、まさしく天罰を与える女神のようで……戦闘慣れした熟練者たちも冷汗を流している。
「おかしいとは思っていたのですよ……我々修道士は情報が制限され、教会からの通達でしか外部の事を知る事が出来ない……通りで町の人と話す時に奇異の目で見られるワケです」
「な……背後に天使が!? いや……誤解するでない、私はやましい事など何も……」
情報や生活を制限して意のままに操る。
俺の知識では『マインドコントロール』ってのが浮かんでくるけど、教会のような宗教施設では軽重はあるだろうけどその傾向があるのだろうか?
しかし正しいと思い込まされていた事が虚言だった事を認識した彼女にとって、最早目の前の男は司祭として尊敬する対象にはならない。
それに……
「まあ……貴方の命が神の言葉であるはずがありませんものね。命の危機に瀕した冒険者たちを、何よりも私に弟を見捨てろなどと、私が敬愛する神が口にするはずありませんからね」
「あ……いやそれは……」
彼女に言われてこの男はようやくその事に気が付いたのだろう。
昨日この男はギルドの要請を断り、そして助けに行く際にシスターに『行くな』と命じていた。
目先の欲しか見ていなかった為に自分が最大の愚を冒していた事に気が付かなかったようだ。
「……さて司祭様、こんな所で油を売っていて宜しいのですか? 昨日起こった大事件の際に大勢の死傷者が出ていたにも関わらず、出動要請が無かった事に対する説明を修道士たちが求めていらっしゃいますが……」
シスターの一言に司祭の表情がより一層青くなった。
「そんな……何故奴等がその事を知って……」
「私が事件のあらましから事細かにお伝えいたしました。人々を救済する神の教えに従う自分たちが、実際には何の役にも立てなかったと……先輩方が大層お嘆きでしたが……」
「うわあああああ!? いかん!! それはいかんぞ!!」
そう言い残すと司祭(ブタ)はその体型に似合わない程の駿足でギルドを飛び出していった。
おそらく教会内部で腐っていたのはあの司祭(ブタ)を含めた少数なのだろう。
正しい情報を与えられ、自分たちにとって都合の良かった『マインドコントロール』がこれで無くなると良いけど……。
そんな事を考えていると、突然ギルド内に拍手喝采が湧き上がった。
口々に「良く言ってくれた!」「流石だぜ!」など褒め称える彼等の視線が誰に向かっているのか何て言うまでもない。
俺も便乗してシスターに拍手を送る。
彼女は当初キョトンとしていたのだが理解が及ぶと照れたように、はにかんで見せた。
「ありがとうございます皆さん……それに、スミマセンでしたハヤト店長」
「うん?」
「自身の無知を知らず、勝手に貴方のお店を悪し様に罵り、不快な思いをさせてしまいました……本当に……」
そう謝罪する彼女と一緒に、何故か背後の天使も頭を下げる。
神々しさも手伝って非常に……むず痒いのだが……。
俺が何て言えばいいのか迷っていると、ソフィさんがシスターの肩を抱き寄せて笑った。
「きゃ!?」
「なかなか良い啖呵だったじゃない。気に入ったよシスター、今日は私らの奢りで飲みにいこうよ!」
「お、いいな。昨日の功労者を全員集めて朝までコースって事でよ」
ソフィさんに釣られてケルトさんも便乗してくるが、シスターは困ったように笑った。
「すみません……弟の意識が戻るまでは……その……」
「あ、ああそうね。ゴメンちょっと不謹慎だったね」
「スマン……」
「いえいえ、皆さんのお陰で命に別状はありませんから、そんなに気にしないで下さい」
途端に申し訳無さそうに謝罪する二人だったが、そんな二人にシスターはニッコリと微笑んで見せた。
「今度、弟も一緒に奢ってください。英雄の皆さん」
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