第12話 ゲリラライブ

 平野部と一括りでリンレイさんは言っていたけど、俺はその景色を目にして思ったのは広大な野原。

 流れる景色が緑一色になっただけで風の匂いすら深緑の気配を感じる……ような気がする。 

 ……まあこんなのは気分気分。

 俺たちは久々にカタナのグリップを掴んで運転、後部シートにリンレイさんというさっきまでとは逆の配置で走っている。

 そして今は走行する後部で“立っている”リンレイさんに確認する。


「どんなもんですか? 敵の姿は見えます?」

「……まだ姿を現さないね。薄っすらと気配はあるんだけど」

「気配、ですか」


 また、なんとも達人じみた言葉。

 俺が言えば単なる勘違い、もしくはおふざけにしかならない言葉なのに彼女が口にすると重みが違うな。


「ちなみに何人が潜んでいるとか、そういうのは分かります?」

「……遠すぎて何とも……少なくない事は確かなんだけど」


 俺たちは現在依頼を受けて王都を目指している。

 元より向かう予定だったからついでに依頼を受けた感じだけど、ついでで金を貰えるんだから文句は無い。

 たださっきまでとは配置を変えたのは理由がある。

 現在後ろのリンレイさんは長柄の棍を手に自由に動けるスタイル。

 俺たちの中では初対面の時から走行中の戦闘態勢で、リンレイさんに戦闘行為に専念させるスタイルだ。

 不安定なバイクの後部シートでも彼女は軽々と立ったり座ったり、時には飛び跳ねたり、俺が真似したら何回死ねるか分からない動きを平気でするのだから恐ろしい。

 今回の依頼内容は『先行しての周囲の警戒』、これに尽きるのだが、万が一を考えて俺たちは運転を交代しているってワケだ。


「それで……お客さんの方はどうなってます?」


 俺が前を向いたまま言うと周辺警戒をしているリンレイさんは、あきれを交えた溜息を吐き出した。


「……齢10歳の王女様は仕方ないけど、歴戦の戦士と名高い『黒豹』と歴代最高の『賢王』と噂される国王様が……はしゃぎ過ぎね。声は全く聞こえないのに話している内容が丸分かりだわ」

 

 運転中に他の車の車内の会話が聞こえるワケは無い。

 それでも分かるようなはしゃぎっぷりって……。


「ちなみに会話内容は?」

「……え~『凄い速さだなこれは! バルガス、ちとワシにも運転をさせい!』『いけません! コイツは私の相棒です。それに国王に危険な運転をさせるワケには行きません!』『わ~! すご~い! おもしろ~い!』……こんなところかな?」

「……さいですか」


 超棒読みで後方を走る“トラック”の実況中継をしてくれるリンレイさん。


「ま、初めて車を運転した時ってのはそんなもんでしょう。気持ちは分からなくはないですよ」

「そりゃあ……まあ」


 行軍の足である軍馬を始めとする移動手段を攻撃され山から動けなくなっていた王国軍だったが、運が良いのか大元帥バルガスさんには車霊召喚の才能が眠っていたのだ。

 早速本人の同意の下現出させた車霊は巨大なトレーラー。

 本来なら特殊な免許取得が必要になる大型車両“コンボイトラック”であった。

 当初はその巨大すぎるフォルムにバルガスさんのみならず周辺の兵たちも『敵襲か!』なんて面食らっていたのだが……。

 さすがは歴戦のともなれば運動神経も反射神経もモノが違うらしく、バルガスさんは子一時間練習しただけでアッサリと運転技術を覚えてしまったのだ。

 やはりこの爺さん、只者じゃねえな。

 そして俺たちは周辺を警戒する為にバイクで先行、後ろから要人二人……国王と王女を乗せたトラックが付いて来る形で王都を目指しているのだ。


「このまま速度に任せて敵をぶっちぎれないもんですかね?」

「……それは、難しいでしょうね」

 

 俺の希望的観測をリンレイさんはバッサリと否定した。


「敵は機動力を奪って機動力で圧倒しようとしているから、恐らく待ち構えているのは持久力では劣るもの瞬発力で勝り短距離なら軍馬よりも速い走竜を出して来るでしょうね」

「走竜か……どの位速いの?」

「……全速力で150キロは出るでしょうね。但し一キロも持たないけど……ん?」


 そんな速度を騎乗で出す生物がいる事に内心驚くが、突如俺でも分かる程の緊張感をかもし出したリンレイさんに緊張が走った。


「ほ~ら……予測通り、おいでなさったわよ!」


 その言葉にバックミラーを確認すると、現れ出した一見トカゲにも似た数十匹の生物に跨った山賊まがいの格好で弓をつがえて併走する姿が見える。

 そしてその数はドンドンと増えて行く。

 その中で多分連中の中で一番の、お頭に当たるだろう男が向かい風にも負けない大声でトラックの運転席に向かって吼えた。


「黒豹バルガス! このような玩具で我等から逃れようとは笑止! これより国王共々貴様の首、狩とってくれようぞ!!」


 そう言いつつ運転席付近に放たれた一本の矢がトラックのドア付近に突き立った。

 運転席の周辺は衝撃吸収でむしろ柔軟性に富んで、言い方を変えれば凹みやすく傷付きやすい。

 あの矢は運良くその辺に当たったらしいが、その様に初めて目にしたトラックに攻撃が通じると安心したのか……追従する仲間たちも次々と矢を放ち始める。

 無数の攻撃に晒されたコンボイトラックの、主に荷台の方から“ガガガ”といった金属音がこっちにも聞こえてくる。


 機動力を生かして馬上から飛び道具を放つ。

 騎馬民族で一大帝国を気付いたモンゴル帝国が当時最強を誇った理由の一つだとクラスの歴史マニアが語っていた事があったな。

 勿論馬でいけない所には使えない戦闘方法だという弱点もあるけど、その時代では対抗手段も限られていて、かの有名な万里の長城でも防ぐ事は出来なかった、なんて話もある戦闘方法だ。

 なら、騎兵に対抗するにはどうしたら良いのか?

 罠や搦め手を使わずに純粋な戦闘力で対抗するにはどうしたら良いのか?

 そう聞いたら友人は友人は得意気に言った。

『日本にもある流鏑馬が示す通り、馬上の攻撃は安定が悪く狙うのが難しい。巧みに武器を扱える人物はそれこそ一握りだったんだ。だからこそ“移動しながら安定した狙いを付ける方法があれば”な』

 結局その時代、騎馬に対抗するには遠距離から攻撃を当てるか、もしくは騎馬戦で相手より勝るしかない……そう言っていたな。

 それは馬や走竜、あるいは飛竜などが主流のこの世界でも同じ事。


 しかし……俺は違った定説を持ち込んだ。

『その時代に、仮に一台の大型トラックがあったら?』

 多分クラスメイトにこの事を言えば『それは単なる反則だ!』と激高されるだろうな。

 うん、俺もそう思う。


「ハヤト、獲物はほとんど“カゴ”に入った! 全速離脱!!」

「了解! “ゲリラライブ”開幕だ!!」


 俺のフルスロットル全開に合わせて、リンレイさんは手にした煙幕を盛大に焚いて後方のトラックへと合図を送った。


               *


 不可思議な鉄の箱が高速で走っている。

 頭の男も当初目にした時には面食らったものの、自らが放った一矢がバルガスの姿が見える辺りに突き立ったのを目にして確信した。

『これは破壊出来ない類の物ではない』と。

 そう確信したからこそ男は持ちうる走竜騎兵の全てに総攻撃の指示を出した。

 攻撃を加える為に次々と走竜が無抵抗な『鉄の箱』へ併走して矢を放っていく。

 しかし、一撃目は刺さっていた矢だが二矢目以降鉄の箱を貫く事は無く、むなしい金属音だけが響き渡る。

 それに、やはり走行中の攻撃は精度が落ちる。

 何割かの攻撃が空振りに終わる様にお頭は舌打ちする。


「ちっ、おのれ……面倒な」

 

 その時、男の目に鉄の箱よりも先行していた、尖兵だと思っていた前方の“二つ輪”の乗り物から盛大な煙が上がったのが映った。

 最初は“故障か何かか?”と思った男だったが、鉄の箱の向こう、透明な壁の向こうでバルガスがニヤリと笑ったのを見て“何かの合図”である事は察した。


『だが、一体何の合図だと言うのだ?』

「グギャ!?」

「な!?」


 その疑問に答えたのは隣で矢をつがえていた仲間の悲鳴だった。

 慌てて隣を見てもそこにいるのは騎乗する者を失った走竜のみ、落竜したのは明らか、何かあったのは明白だが一体何をされたのか分からない。

 そして男は驚愕した。

 こんな巨大な物を動かす鉄の箱だ。後部は全て“巨大な鉄の箱を動かす魔力の動力炉”だと思い込み攻撃を集中させていた場所の両側面が上へと開いて、内部を露にしたのだ。


「な……なんだよそれ……」


 そこにいたのは整列して“安定した地面”で弓を、魔杖を構えているような数十を越す近衛兵たちの姿。

 その様に面食らったのはお頭の男だけではなく、仲間の、部隊の全てだった事が致命的になった。


「全弓兵、魔法兵、一斉掃射、てえええええい!!」


 それは戦場で敵として聞けば生き残る者はいないとすら言われるバルガスの攻撃命令に、一斉に攻撃が放たれる。

 その声が一体どこから聞こえてきたのか、スピーカーなど知るはずも無い男には想像も付かなかった。


「ギャ!?」

「ぐわ!!」

「がああ!?」

 

 無数の矢、攻撃魔法に晒され思い思いの悲鳴が一瞬の後に聞こえたと思えば、一瞬の後に周囲で囲んでいたはずの仲間たちは姿を消して、主無き走竜だけが目の前を走っていた。

 まるで巨大な鉄の巨人を新たな主として併走するように。

 精確無比な攻撃は空打ち一つ無く、一瞬の間に全ての敵を叩き落したのだった。

 戦場で自分以外の仲間がいきなりいなくなった。そんなのは恐怖以外の何物でもない。


「ば……バカな……走竜騎兵が一瞬で……こんな……こんなの……」


 国王を討ち取り、更に王国の黒豹をも屠る事で地位向上を目指す掛けに“乗った”一角の兵士だった男は、この時になっても自分が間違っていた事を認めなかった。

 いや、認めたくなった。

 一瞬の内に仲間たちが一掃され、ただ一人残ってしまった自分に、全ての兵士の目と、矢が向いている状況を。

 自分が王国の兵士ではなく、単なる犯罪者、山賊として終わるのだという現実を。

 無数の弓矢が全身を貫くその瞬間においても……。


「そんなはずわああああああああ!!!!」

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