第5話 異世界初のダウンヒル

リンレイ視点


 この世には召喚術師(サモナー)という存在がいる。

 己が魔力を寄代に、契約した精霊や魔獣と呼び出し使役して共に戦う者たちの総称。

 カタナと名乗った少女に私が真っ先に思ったのは『召喚獣』と言う言葉だ。

 しかし主が私で創主が彼だというのはどういう事だ?

 そもそも『シャレイ』とは一体……。

 恐らく当事者であるはずの者に話を聞こうと思うけど……。


「ななななななな何だこの巫女っ娘は!? いきなり現れて、オマケに宙に浮いてる!?」


 ……事情を聞くのは無理そうだ。

 どうやら召喚獣とかの話ではなく、彼女が現れた事に付いて驚いているようだ。

 そもそも召喚術自体知らないんじゃないか? コイツ。

 私がそんな事を思案していると、目の前で浮いている変わった衣装の少女は可愛らしくお辞儀をすると柔らかい笑顔を一転させ真剣な目になった。


「主様、そして創主様。初顔合わせだと言うのに申し訳ありませんが時間は余り無いようです。追っ手がすぐそこまで迫っているようです」

「!?」


 少女の言葉にハッとして耳を澄ませてみると……確かに数メートルは先から僅かに足音が近付いているのが聞こえる。

 それも多人数で、外周から円を縮めるように……。


「囲まれている……か」


 私を逃がそうとしてくれた彼には悪いけど、どうやらさっきの逃走自体に余り意味は無かったようだ。

 この山に逃げ込んでから山ごと囲まれていたのだから仕方がないのだが。

 ……こうなれば玉砕覚悟で一点突破するしかないな。

 毒に侵され傷を負ったこの体でどこまで持つかは疑問だけど。

 しかしカタナと名乗った少女は私と同じ結論を、私とは真逆の覚悟で言った。


「このままでは囲まれてしまいます。我々が“生き残る”為には一点突破で連中を振り切るしか無いようですね」

「……は?」

「え?」

 我々が生き残る為に……今確かにそう聞こえたけど?


「な、何かあるのか? 怖い団体さんから逃げ切れる方法が!?」


 彼は色めき立つけどある訳が無い、そんな都合の良い物。

 最早私の足は神経毒と失血のせいで立っているのもやっとの状態。生き延びようと考えてどうにか出来る状態じゃない。

 ……私が囮となるしか。


 しかし、カタナは堂々と言い放つ。

 不思議な光りに包まれながら、その外観を大きく変化させて……。


「私を使えば不可能ではありませんよ。創主様、本来試乗は持ち主である主様にしていただきたいところですが緊急事態ですので、貴方が私を使ってください。“自動二輪免許”を持っている貴方が……」

「な、ななななな!?」


 ワケの分からない事を言いつつ、カタナは少女の姿から黒くて無骨な、鎧のように硬くて光沢のある2つの車輪を持った鋼鉄の何かに姿を変えてしまった。

 一見してそれは機械のようでもあり、そして前方に瞳を持つ事から獰猛な魔獣のようにも見えなくない。

 一体、何なのだろうこの存在感。

 そして……シャレイとは一体?


「え……まさかカタナって……そういう意味!?」

 創主と言われた彼も驚いてるが、何やら驚きのベクトルが私とは違う気がする。

 まるで今の形状の方が馴染み深いかのように。


                *


 私たちは今、山道にいる。

 当然だが人が通るための山道は一番人目に付く事から見張りが監視しやすい場所で、だからこそ逃亡中私はそこをなるべく避けていたと言うのに……。


「お前……何故こんな所に。道なんか出たら待ち伏せしてくださいって言ってるようなもんでしょうが!?」

 しかし私の批難は聞き流しているようで、彼は変化したカタナに自然に跨った。


「何を言ってんだか……カタナで道の無い山林を走れるワケ無いでしょう?」

「なに?」

「ああ、そうか……普通はバイクの車種を知ってる女性は少ないよね」


 バイク? シャシュ? さっきからコイツが口に出している言葉は全く理解が出来ない。

 しかし私は言われるままにカタナと言われる魔獣(?)の後ろへと跨った。

 中々座り心地は悪くないが……。


「じゃあカタナちゃん……で良いのか? このまま山道を下っていけばいいんだな?」

『そうですね、元々主様は隣町へと抜けるルートを辿っていました。そのまま下って問題ないかと』

「バ!?」


 そんな二人の雑な逃走計画に思わず噴出してしまった。


「バカか!? そのまま山道を下るなど最も警戒されているルートに決まっているだろ? 大人数で囲まれでもしたら……」


ヴアアアアアアアアアア!!


 その瞬間、私は言葉を失った。

 前に座る男が手元で何かを押した瞬間、それだけでカタナは魔獣のような、いやドラゴンの如き咆哮を上げた。

 そして鋭い瞳からは太陽の如き強烈な閃光を放ち闇夜と切り裂き、昼間のように照らし出す。

 直感だが私は思った……火が入ったと。


『運転技術の方は私がサポートいたします。創主様は気にせずアクセル全開でお願いしますね』

「む、バカにすんなよ? これでも5連ヘアピンは得意な方だぞ」

『ほう、ちなみにそれはどこの辺りを攻めたので?』

「……秋名の辺りを、地元のゲーセンで」

『……そもそもあれは車のゲームですよ?』


 直感だが、この会話に言い知れぬ不安を感じるのだが……。


「しゃあ! 行くぜクラアアア!!」


 しかし彼がヤケクソ気味に叫び“右手”を捻った瞬間、そんな事を考えている余裕など無くなった。

 静寂に包まれた闇夜の山中に急激に響き渡る轟音、いや爆音と共に私たちは一陣の風と化した。


「うわああああああああああ!?」

「しっかり掴まってろおおおお!!」


 私は生まれて初めての、体感した事もないスピードに逃亡中である事も忘れて絶叫してしまう。

 元々私はスピードに対する恐怖は少なかった。それこそ人間が乗れる生き物で最速の走竜で曲乗りが出来た日にはそんな物は捨て去った気でいたのだ。

 だけど、このスピードはそんな生易しいものじゃない!

 周囲の景色が流れるどころか消し飛んで行くかのような感覚。

 生物では到達できないような暴力的なまでのスピード。

 しかも恐怖は直線のスピードだけでは無い。


『お二人とも、可能な限り右に傾いてください!』

「な、何だって!?」

「右に曲がるってよ!!」

 前方に大きく右へとカーブしている……そう思った瞬間に体が吹っ飛ぶかと思うほど急激に横に引っ張られる。


 ギャギャギャギャ!!

「うわああああああ!?」

「ははは! スゲエな、俺ドリフトなんて初めてやったぞ!」

『ほぼ私のサポートですからね! 一人では絶対やらないで下さいよ』


 武術の達人で幾度も死線を潜って来た私が体感した事もない狂気のスピードの世界。

 だと言うのにこの男はこの世界に慣れ親しんでいるかのように楽しんでいる。

 達人でも到達出来ない速度の世界を。


「な、何だ今のは!? 物凄いスピードで!?」

「おい!? 今のリンレイじゃねーのか!」

「まさか!? 人間のスピードじゃねえぞ!?」


 その声は“後方”から聞こえた。やはり張り込んでいた連中がいたみたいだけど、人知を超えたスピードに完全に置いて行かれたのだ。

 そう思うと……何やら気分が高揚してくる。

 さっきまで死を覚悟していたというのに……数秒前まで狂気のスピードの恐怖していたというのに……このお人好しのバカと一緒に助かる術が今ある。

 そう思うと……。


「と、止まれ……わ!」

「ここはとうさ……ひえ!?」


 体を張って止めようとした男二人が接触もせずに茂みへと飛んだ。

 迫り来る速度の化け物に本能的恐怖で自らかわしたのだろう。

 そしてそれは素人の村人にしては大正解の判断、私は男が投げ捨てた棍棒を中空でキャッチして賞賛を送る。


「まてやリンレイ! ぐわ!?」

「死ねえ! 烈風の……ゴベ!?」


 私は進路を塞ぐ剣を構えた戦士を棍棒で薙ぎ払い、木の上から降ってきた盗賊の男を突き出叩き落とした。

 やはり“馬上”は長柄が必須だな。

 ある程度戦い慣れた者は恐怖心を抑えて立ち向かう事が出来てしまうのだ。

 喩え生半可な腕前の冒険者であっても。


「動きが半減していても“足”さえあれば、アンタ等に遅れを取るものかよ!」

「うおおお! やるねお姉さん!!」


 男の高揚した賞賛の声に私はいつの間にか、口元が緩んでいた。

 そんなのは何時以来の事か。

 師であり父親でもあった『あの男』から『次期当主の覚醒の道具』と言われたあの日から、最早二度と感じ無いと思っていた感情。

 心の底から楽しいと思える。

 楽しいと笑い合える……そんな感情。


「お姉さんじゃなくてリンレイよ! 冒険者で武道家、字は恥ずかしいから絶対呼ぶんじゃないよ!」

「ハヤトです! 風見ハヤト、よろしくどうぞ!!」


 その男は暴力的なスピードと一緒に、私のモヤモヤした何かを吹っ飛ばしてしまった。

 笑顔で、何の気負いも無く……ただ“アクセル”を吹かすだけで。


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