異世界転移。日本車でパーティーに裏切られた女武闘家を助けてみたら……

語部マサユキ

第1話 異世界カーライフサービス

 商業都市『トワイライト』、王国より東に造られた都市は元々商人たちが団結する事で作り上げた場所であり、その為こと商売に関しては王国よりも活気があると言っても過言では無い。

 また魔物を退治することで生計を立てている所謂『冒険者』たちが拠点として利用し、トワイライトを訪れた事が無い冒険者はまだまだ半人前とさえ言われるくらいなのだ。


 そんなあからさまに“一旗上げるぜ”と血気盛んな連中が集まるトワイライトの、商店が軒を連ねる大通りから少し入った小道にあるこじんまりとした店。

 隣村の農家の四男であるジニーは看板を見て首を傾げていた。


「ここがアイツが言っていた店……だよな?」


 教えられた店名と何ら変わりは無く、自分がここを訪れた事は間違いないのだが……どうしても看板に示された言葉に意味が、彼には理解できなかったのだ。


「ハヤト・ドライブサービス……。サービスは分かるけど?」


                 *


「いらっしゃいませ~」


 簡素な扉を開くと、まずジミーの目に飛び込んできたのはカウンターで営業スマイルを浮かべる一人の男性店員。黒髪黒目とここいらの地方では珍しい概観の男に『異国人か?』とジミーは少々構えてしまう。

 そんなあからさまな態度を取るジミーを気にした様子も無く、カウンターの男は変わらぬ営業スマイルで話し続ける。


「お客様はご新規様ですね? 本日はどのようなご用命でしょうか?」

「あ、ああ……友人からこの店の事を聞いたのだが、ここは何の店なのだろうか?」

「我がハヤト・ドライブサービスは主に運搬や送迎など、移動する事を主に商売をさせていただいております。料金設定は店内にありますので宜しければ参考にして頂ければ」

 

 ジミーの物言いは友人の紹介という前振りのワリに何の店か知らないという、聞き様によっては失礼にも当たる質問なのだが、店員の男は営業スマイルを崩す事無く淀みなく答えた。

 

「運搬や送迎……。宅配や郵便屋と乗合馬車を合わせたような物か……う!」

 

 自分なりの結論を付けて店員の言葉の通り店内を見て、料金設定のボードを目にしたジミーは息を詰まらせた。

『た、高え!!』

 値段設定が一番安い金額でさえ自分の年収と同等か、それ以上。ジミーは頬に冷や汗が流れるの気にする余裕すら失う。


「宅配……重量により加算、3千Gより。送迎……人数により加算、但し10歳未満に限り半額での加算、5千Gより……え?」


 しかし値段設定よりも驚くべき事がボードに記されていた。それはジミーの中では、いや世界中のだれであってもジミーと同じ事を思う程ありえない事。


「到着予定は……王国でその日以内!?」


 その瞬間ジミーは『ふざけんな!』と叫びそうになった。

 幾ら商業都市トワイライトは王国の隣にあるとは言っても、人の足では最低5日はかかる道のり。早馬で飛ばしても3日はかかる道程。

 更に道中は魔物や野党に襲われる危険もある。

 その日の内に到着するなど夢物語でしかない。

 ジミーの常識ではいよいよ一つの可能性しか無いのだが、そんな事はありえるはずが無いと思わず口にしてしまう。


「まさかこの店は竜騎士、翼竜を所持しているとでも言うのかい?」

 この世で最も早く移動出来る乗り物は地上の事情に影響されない空を行く魔物。その中においても翼竜に勝る移動手段は存在しない。

 しかし翼竜を使役できる者は希少で、大抵が王国のお抱えとなるのが当たり前だ。

 ようするに国にとっての大切な軍事力になる翼竜を民間の、しかも商売に利用するなどありえないどころかもっての他なのだ。

 案の定ジミーの予想通りに店員は困った顔で否定の言葉を口にした。


「いえ、残念ですけど我々は翼竜を所持してはおりません。確かに空を飛べれば相当商機は広がりそうですけど」

「ふん」


 その言葉でジミーはいよいよ警戒色を強め、同時に心底ガッカリしていた。

 高すぎる料金設定、そして当日で王国まで行けるというカタリ。ジミーの中では完全に“ボッタクリ”という言葉が渦巻いていた。


 農村でそこそこの農家に生まれた四男。当然だが序列的に実家を継ぐのは長男である兄なのだ。最低限次男は長男の代わりくらいに思われるところだが、基本的にそれ以降の者にお鉢が回ってくる事は現実的にありえない。

 成人後には実家を出なくてはいけないのが普通の事なのだ。

 だがジミーは実家を出て独り立ちしようにも昔から腕力が足りず、農家としても、または冒険者としても見込みは少なく、未だに実家から出る事が出来ずにいた。

 直接言われなくても実家からの『早く出て行け』というプレッシャーを日に日に感じているジミーだったが、先日トワイライトの商店で魚屋を営む友人からこんな事を言われたのだ。


『お前に適正があるかは分からないけど……もしかしたら新しい事が出来る可能性があるかもしれない』と……実に確証のない曖昧な物言いで。


 そんなジミーの友人は最近どういうルートなのか不明だが『新鮮な海鮮魚』を扱う店として毎日商売繁盛、客で賑わっているのだ。

 山間部でもあるトワイライトから海は王国よりも遠い。

 一体どうやって海の魚を新鮮な状態で輸送なんて出来るのか……商売敵では無くても疑問に思うのは仕方が無い事だった。

 その辺の秘密もこの店に来ればハッキリするかも……などとも考えていたジミーだったが、今やすっかりそんな気も無くなっていた。


『あいつ……この店に騙されてんじゃないのか? それとも俺が騙されたのか……』


 そう友人の好意すらもジミーが疑い始め『ボラれる前に帰ろう』と思った時、勢いよく店の扉が開かれると、恰幅の良い初老くらいの男性が息を切らせて店内に入って来た。

 その人物にジミーは目を疑った。

 農村で自分が四苦八苦する実家を顎で使いふんぞり返っている村長。

 そんな村長が地面に頭を擦り付けるように遜って喋る姿を先日見かけて、とても驚いた事があったのだ。

 その人物が今まさに自分の目の前にいるのだ。


『この爺さん、セネレル大商会の会頭じゃないのか!? なんでこんな所に!?』


 ジミーがそんな事を思っていると、目の前で汗をダラダラと流しながら青い顔をした初老の男性は、喜色を浮かべて勢い良くカウンターの店員に詰め寄った


「おお! 良かった今日はいてくれたのだなハヤト殿!!」

「……来客中っすよセネレルの旦那。この店では順番を守るのがルールだと口を酸っぱくして言っているでしょうに」


 店員がそう窘めるとセネレルの旦那がジミーに気が付いて「あ」と呻いてから、これまた勢い良く頭を下げた。


「すまない君! 誠に申し訳ないのだが先を譲ってもらえないだろうか? 商会の存亡に関わる緊急事態なのだ!!」


 村長が頭を下げていたような人物に頭を下げられる。実家や農村が自分の生活圏の全てだったジミーにとっては“王様に平民が頭を下げられる”程にありえない事態。

 ジミーは慌てて両手を振った。


「いやいやいや! 私は特に急ぎの用事ではありませんので」


 彼の了承に会頭は「ありがたい」と言うと、店員へと一通の立派な封ろうがされた手紙を取り出した。


「王都へ本日中に頼む。この伝達が届かなければ我が商会は……」

「旦那、そこまで」


 そこまで言ったところで男性店員は会頭の言葉を遮った。


「それ以上の情報は必要ないよ。手紙の中身に関する事は隠しておくのが常道……ん~な事俺に言われるまでも無いでしょ」


 ハヤトの言葉で会頭はハッとして反射的に傍で話が聞こえていたジミーを見た。

 勝手に聞かせられたジミーとしては警戒されてもとばっちりでしかないのだが、内心で彼も頷く。

 大商会の手紙の内容、しかも至急を要する物なんて、もし商売敵の手にでも渡ったら……どうなるか分かったものでは無い。


「もしも俺が商売敵辺りに金掴ませられてたらどうするつもり何だか……」

「はは……その心配だけはしておらんよ。こういう仕事に掛けてハヤト程信用の置ける配達員をワシは他に知らんでな」

「買いかぶりが過ぎるぜ、旦那」


 ジミーにとってそれは衝撃だった。

 大商会の会頭が、商業都市を牛耳る一角であるセネレルの会頭が目の前の自分より明らかに年下に見える青年に全幅の信頼を置いているという事実に。

 そんなジニーの心情とは裏腹に、カウンターの店員は後頭部をガリガリ掻きつつ店の奥に向かって声を張り上げた。


「お~い、リンレイ! 仕事だぞ」

「はいは~い」


 聞こえて来たのは女性の声。

 店の奥の方から姿を現した女性にジニーはまたもや驚愕した。

 年の頃なら十代後半から二十代前半、長い銀髪を後ろで一つにまとめた若干目付きはキツイものの間違いなく美人。

 均整の取れた体格は出るところは出て引っ込む所は引っ込む、文句なしのナイスボディ。

 しかしジニーが驚いた点は『美しさ』ではなかった。

 驚いたのは彼女の本職と彼女が本来持っている『異名』の方。


「まさか……『烈風の鈴音』!?」

 

 実力のある冒険者でありながら誰ともパーティを組まなかった凄腕の武道家。

 その拳は岩をも砕き、その蹴りは雲をも切り裂き、戦う姿は誰の目にも留まらず、音が聞こえた時に戦いは全て終わっている事から付けられた字。

 冒険者でもないジニーでも知っているくらい有名な人物だった。


『何で……そんな人物が?』

 ジニーが益々混乱する中、リンレイは欠伸をかみ殺しつつ呼び出した店員に仕事の内容を確認し始めた。


「ハヤト、今日はどこまでなの?」

「ああ、セネレルの旦那から依頼で、この手紙を王都のセネレル商会まで……でいいんですよね?」

 リンレイにハヤトと呼ばれた男が確認するとセネレルは大きく首を振った。

「頼むぞ、今日中に何とかせんと手後れになるかもしれん!」

「ハイハイ……カタナちゃん、よろしく」

『ハ~イ』


 若干気だるげにリンレイが言うと、虚空から突然赤と白を基調にした珍しくも高貴な雰囲気がする幼女が現れた。

 店員の男と同じ黒髪の、快活そうな幼女の登場にジニーは目を丸くするが、次の瞬間更に腰を抜かす事になった。


『車霊変異!』

 幼女が何やら呪文を唱え、光りに包まれたと思った次の瞬間、目の前に現れたのは可愛らしいとは打って変わった黒く光沢のある無骨な鉄の塊だった。

 騎士が着込んでいるフルプレートよりも精密な造りで、二つの車輪がある事から馬車などの乗り物が想像できるものの、今まで見た事も聞いた事も無い“それ”に恐怖にも似た感情が湧き上がって来る。


「な、なななな!?」

 驚愕する彼を他所に、リンレイは慣れた様子で手紙をザックに入れると黒く無骨な物体へと跨った。

 その様は騎乗にも似ていて全く違う様相。目の前の光景が現実離れしているようにも思えてくる。


「王都なんだからついでにハムとベーコンを頼むよ」

「りょ~かい、王都の肉屋の方が安いからね。大量に買ってくるよ」


 しかし店員たちの会話は酷く現実的。

 兜とは違う丈夫そうな丸い帽子とゴーグルを装着しながら話す事は、まるで隣町にお使いに行くかのような気安さである。

 王都まで長距離である事など想定すらしていないようだ。


「おいおい、お使いもいいけどメインの仕事を忘れんでくれよ?」

「分かってるって!」


 ヴォン! ヴォン!! ドドドドドドドドド………… 

 そう言いつつリンレイが黒い塊のどこかを押した時、心臓を掴まれ精神に直接響くようなけたたましい音が響き渡る。


「それじゃ、夕方には帰るから……行くよカタナちゃん!」

『ハイハイ、フルスロットル全・開!!』


 リンレイが右手を捻った瞬間、見慣れていないジニーは目の前から黒い塊が急に消えたようにしか思えなかった。

 形状、見た目の重量から『高速』で走れるなんて事が想像出来なかったから。

 それは人知を超えたスピード。

 馬や狼といった人より速いと言われる動物や、それよりもっと速いとされるドラゴンなどの魔物などとは全く違った理で動く、暴力的なまでの圧倒的速度。

 呆気に取られるジニーはすでに遠くで豆粒になっているリンレイを見つめて、起こった現象を理解できずに理解した。

 この店は詐欺では無い。

 本当に今日中に王都に辿り着けると……。


「は、ははは……何なんだ……アレ?」


 最早驚きすぎて乾いた笑いを漏らすジニーに、店員の男はにこやかに手を差し伸べた。


「驚かせてすみません。アレはウチで最速の配達員リンレイの車霊『カタナ』、広い種で言うなら、いわゆる『バイク』と言うものです」

「バ……バイク?」

 聞いた事も無い乗り物の名称にジニーは戸惑うしかなかった。

「それで、本日はどんなご用命でしょうか? 配達ですか? それとも派遣でしょうか? それとも……」

 次の瞬間店員は笑顔を崩す事無く、ジニーの人生を変える一言を言い放った。


「貴方自身の『車霊』をお望みですか?」

「俺の……シャレイ……だって?」

「ハイ、貴方は『コンバイン』の才能が眠っているようですので」


 この時の彼は知る良しもなかった。

 家では跡目は無く力も無い無価値の四男坊だった自分が数ヵ月後、村で一番の開拓者として名を上げる事になるとは。

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