第17話 ギルドの救援要請
試しの洞窟、それは冒険者の初心者が戦闘、または洞窟の探査など基本になる事に慣れる為の修行目的で王国が管理している場所。
スライムやゴブリンなど比較的初心者でも倒しやすいモンスターが生息している……分かりやすく言えば訓練所のような場所らしい。
だからこそセンヤさんがもたらした情報にリンレイさんは驚いた。
「氷雪狼(ブリザードウルフ)!? そんな、あれは極北の雪原でしか現れない上位魔獣。温暖なここいらではいるワケ無いのに」
「……そうなんですか?」
生憎冒険者でもなければ、こっちの世界の人間でもない俺には全く分からない事なんだけど。
「ああ、一匹で手だれの冒険者をも圧倒する戦闘力を持った白銀の魔獣なのだが……センヤ、今多数発生って言ったね」
リンレイさんの厳しい目付きにセンヤさんも硬い表情のまま頷く。
「その通りです姉御。氷雪の群狼が発生しています」
「く……最悪だわ」
「……何ですか、その不安しか抱けない言葉は」
多少中二臭い響きと感じなくも無いけど、センヤさんは今『発生』って言葉で表現したな。まるで自然現象、天災か何かのように。
「氷雪狼の真価は集団戦。群れを成し、絶えず吹き付ける氷雪の如く襲い来る白の狂気は落雷よりも、竜巻よりも恐ろしい自然現象って言われているのよ」
「絶えず吹き付ける白い狂気……」
「群れを成して襲い来る氷雪狼に掛かれば、翼竜(ワイバーン)でも一たまりもないわ」
「ワイバーンを!?」
こっちの世界に来てから俺は一度だけワイバーンを見た事があるのだが、小さめの奴でも軽く15メートルはあった。口は大きく牙も鋭く、凶悪な爪と何よりも空に逃れる羽があると言うのに。
そんなのでさえ食い殺す狼の魔獣って……。
「店長、姉御、冒険者ギルドの方からは緊急要請が来ている。“ハヤトドライブサービスは試しの洞窟で現在も増え続けている負傷者の運搬を頼みたいってさ!」
俺は呆気に取られていたが、センヤさんの言葉に我に返った。
そうだ、呆気に取られている場合じゃない。
冒険者の初心者の修行の場で達人でも対処の難しい氷雪狼が現れたのだ。
負傷した上手ごわい魔物は足も速い。逃げられなくなった物に何をするか、そんな事は語るまでも無いだろう。
俺は再び黒板をざっと見てから『車持ち社員』をピックアップする。
「センヤさん、長距離車班の人たちはトワイライトに戻り次第、次の仕事はキャンセル、至急試しの洞窟に急行してくれと伝えて下さい」
「了解! まかせろ」
負傷者の運搬にはどうしても四輪が重要になってくる。
近隣の村担当の連中なら一時間もしないで帰ってくるだろうけど……それこそバルガスさんがいれば良かったがな。
まあ今はそんな事を言っていられない。
しかし冷静な指摘がリンレイさんから入る。
「ハヤト、四輪の車霊でも単独はマズイよ。ドライバーの危険もあるし、何より負傷者のいる戦場なんだ。戦闘力と治療手段は最低限必要だよ」
「あ、確かに……」
車霊を所持している人達は全てが『戦闘職』と言う訳では無い。
リンレイさんやセンヤさんのような元冒険者みたいに、単独で赴くには色々と弊害がある事を失念していた。
やはり俺は平和な日本で生きて来た平和ボケなのだろうと改めて思い知らされる。
「センヤさんは至急冒険者ギルドで、なるべく腕っ節の強い連中を募ってください。護衛費用として後で支払いますから!」
「分かった! しかし多分救援要請をしたのは向こう側だから、そっちの料金はギルド側で負担すると思いますぜ」
まあそうだろうけど、だからってこっちも『商売上での必要経費』って事になるだろうから、全く未払いってワケにも行くまい。
「その辺は後で良い。車が帰って来次第順次試しの洞窟に急行するよう伝えて下さい」
「了解、行くぞ『ロッククライム』!!」
センヤさんがそういうと、今まで肩に乗っていた緑色のトカゲがピョンと飛び上がり、光りを放つと“緑色の車体のオフロードバイク”に変化した。
彼の車霊、オフロードバイクの『ロッククライム』だ。
センヤさんはそのままバイクに飛び乗ってアクセルを全開、一度ウイリーさせて走り去っていった。
……相変わらず荒っぽく軽快な運転をする。
慌しく走り去ったセンヤさんを見送り振り替えると、既に『カタナ』に跨り準備万端のリンレイさんがヘルメットを投げて寄こした。
「じゃあこっちは治療係の調達に行きましょう」
「そうですね」
治療、回復の魔法。それはこの世界において生死を分ける重要な魔法の一つで、主に聖職者と言われる僧侶や修道女たちが使う事が多い。
一度初対面の時に死に掛けたリンレイさんが一晩で回復出来た時には、異世界の魔法の凄さに驚いたものだ。
だからこそ治療・回復魔法が使える者を多く抱える『教会』はこの世界において絶対的な地位を確立している。
何しろ生死を左右するのだ。特に命を救われた者にとっては『教会』そのものが神のような存在だろうし、そんな連中が『神のお陰で貴方は救われたのだ』と言えば、たちまち敬虔な信者が誕生する。
ただ、一つの怪我が生死を分ける事に繋がりやすい冒険者にとっては、教会を嫌う輩も多く存在している。
戦場において瞬時に回復できる重要性を一番理解しているはずの冒険者がだ。
そしてその思いは一線を退いたリンレイさんにも未だにあるらしい。
その理由は……。
「一命は取り留めたけど、『あの教会では』お布施と言って全財産を持って行かれたのは痛かったからな~」
教会に払うお布施、むろん冒険者だったリンレイさんだって命の対価として金を支払うのはやぶさかでは無いらしいのだ。
ただ、このお布施ってのが金額が決まっていない。
つまり『各教会の匙加減でお布施の金額が変わってくる』のだ。
なんだか前に日本でやっていたRPGで、レベルを上げる度に教会での治療の金額が高くなり、復活するたびに金が半額に減る不思議現象を思い出してしまう。
「オマケに、今教会に行けば確実に顔を合わせるでしょうね。あのシスターと」
「ああ、そっちもあったね」
俺たちは二人とも、午前中乱入してきた堅物委員長風のシスターを思い浮かべて、同時に溜息を付いた。
*
商業都市トワイライトには数箇所に教会があるのだが、その中でも最も大きい『本部』と言える協会が都市の中央部に位置する『聖トワイライト大教会』だ。
商業都市の中でも一番回復魔法の取得者が多くいる場所で、さっきの堅物シスターはここから派遣されてきたらしい。
俺は正直これから派遣に関して教会と、どう交渉しようか考えていた。
何しろラティエシェルの態度からも教会側がウチの店に良い印象を持っていないのは明らかだろうし、そもそも依頼の大本は冒険者ギルドだからな……。
しかし、俺は交渉の心配はせずに済んだ。
もっとも『杞憂に終わった』ワケではなく……大教会前に到着した俺たちの前で二人の男が言い争っていた。
一人は何度か面識のある冒険者ギルドのギルドマスターだ。元々迫力のある顔を更に怒らせてもう一人の、聖職者にしては妙に恰幅の良い男に詰め寄っていた。
「ですから、回復魔法を使える冒険者は既に出払っているんです! 回復できる者が少ない現状では死者が出てしまいます!!」
「そうは言われましてもな……あくまでそれは貴方がたの問題でしょう? 我々がその尻拭いで貴重な神の力を行使する者を危険に晒すなど、とてもとても……」
対する恰幅の良い聖職者“風”の男は愛想笑いを浮かべながらギルドマスターの決死の訴えを受け流している。
いや、あの態度を見る限り『品定め』をしているようにも思えるな。
今の緊急事態でどれだけの『お布施』が搾り取れるだろうか考えているような……。
「なんだあのオッサン。この非常事態にのらりくらりと……」
「あれがトワイライト大教会の現司祭様よ。ついでにあのシスターの上司で、歓楽街の常連さんで有名な……」
「あ~……あれが……」
なんと言うか、テンプレ通りの悪徳の聖職者って雰囲気だ。
清貧を尊ぶのが聖職者だ、とか何とか言っているワリにいかにも美食を繰り返して出来たであろう肥満体で、肉に埋もれて細くなった目が嫌らしく見下す姿からは清さは欠片も感じられない。
「我々は教会に連れてくれば平等に治療すると申しているのですよ」
「それでは間に合わないと言っているんです! こうしている今も犠牲者が増えている可能性が高い!!」
ギルドマスターの見解は正しい。
新人向けの『試しの洞窟』は文字通り『冒険者の新人』が多く潜っていたはずだ。
上級魔獣の氷雪狼に対処できる者の方が少ないだろう。
「我々側も既に腕利きの冒険者パーティ『炎の椋鳥』『車輪の誓』も救助に向かわせています! そちらの護衛は請け負いますから、何卒お願いいたします!」
ギルドマスターの言葉にリンレイさんが感心したように呟く。
「ほお、あの二つを救助に向かわせたか……マスターは今回の救出に相当本気なようだね」
「有名なんですか?」
「ええ、炎の椋鳥も車輪の誓も近隣諸国で知られている程の実力者集団よ。パーティのほとんどがA級クラスで、一回の依頼でも相当な金額が必要なくらいに」
何となく某スナイパーへの依頼を思い出すけど、なる程確かにマスターは今出来る救出作戦を本気でしようと必死なのだ。
しかし対する司祭は更にいやらしい笑みを浮かべた。
「そんな大物を雇うという事は、彼等への依頼料は膨大でしょう? 失礼ながら貴方方のギルドでそこまでの資金がおありですか?」
「なに?」
「まさか……神に仕える我等の力に縋っておきながら、神を後回しにしようなど、罰当たりな事をお考えなのでしょうか?」
「…………」
「ソレに関しては本人から要求しろ、などと申しませんでしょうな? 試しの洞窟で訓練中なのは新人冒険者しかいないはず。その者たちから“お返し”いただくまで、どれ程の年月が掛かるというのか……」
真剣に頼むギルドマスターの態度を踏みにじる態度、ニヤニヤ笑いで言う司祭にイラッとする。
「つまり、新人は稼ぎが悪いから即金が貰えねえ。死ぬ確立が高いからリスクを負ってまで助けたくねえ……か。神に仕える聖職者が聞いて呆れる」
「本当だわ。神様を言い訳に使う辺り『金の無い奴は死ね』って豪語する極悪人よりもタチが悪いわ」
「なんだと? だれだ無礼者め!!」
俺たちの呟きでようやく外野がいる事に気が付いたらしく、肥満体の司祭がこっちを睨みつけてきた。
そしてギルドマスターは申し訳無さそうに頭を下げる。
「おお、ハヤト殿にリンレイ。すまねえ、先に助っ人の依頼に来たつもりだったんだが……」
「大方の事情は察したよ。それじゃあ無理っぽいな」
俺が呆れのため息を漏らすと、俺の名を聞いた瞬間、司祭の顔付きが変わった。
「ハヤト……だと? それにその面妖な二つ輪の乗り物。貴様、まさかBBKに仇なす金の亡者!!」
「金の亡者って……」
今のは笑う所なのか?
本物の金の亡者に言われるとは、何とも珍妙な。
「マスター、まさか現地への移送をコヤツ等に依頼するつもりだったのではあるまいな!?」
「この商業都市において最速の移動手段を持っているのは彼等だ。緊急事態の対処の為に彼等に動いてもらうのは当然だろう?」
ギルドマスターが言うのは正論、緊急事態には何をおいても『早さ』が重要だ。
その点においては商業都市でウチに適う運送屋はいないはずだ。
感情論は別にしても俺たちに依頼するのは必然な事なのだが、しかし司祭は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。
「良い訳がありますか、彼らは法外な金銭を巻き上げる神への反逆者ですぞ! そんな輩に協力など出来るはずもありますまい!!」
「何を言っているのだ? 今は一刻一秒を争う状況で……」
「ああ、うるさいうるさい帰ってくれ! 話にならん!!」
頭ごなしに怒鳴る司祭(クソヤロウ)を一瞥して、俺はギルドマスターの肩を叩いた。
「マスター時間の無駄だ。こんな神様の名を語るブタにこれ以上話しても何にもならない」
「……だな、神の名を金稼ぎの広告塔と勘違いしたクズに人の言葉が通じるワケが無い」
俺に呼応してリンレイさんも侮蔑の目で言う。
その言葉に司祭は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「きき、貴様等! 神を愚弄する気か!? 不信人者共め、天罰が下るぞ!!」
この手のバカは世界を又にかけてどこにでもいるんだな……。俺は勘違いもはなはだしい、本当の不信人者に言ってやる。
「俺たちは一言も神様を愚弄してませんよ? 貴方本人の事を言っているのですけど?」
「信者を語り、神の御業を自分の手柄のように脅しに使うとは……どっちが不信人者なんだか……」
俺たちに返しにギルドマスターも小さく噴出してしまった。
「何をしているのですか、貴方方は!?」
司祭が更に怒鳴ろうとした時、買い物籠に食材を入れて持ったまま、ラティエシェルはこちらを睨んでいた。
「貴方達、我が神聖なる教会へ何の御用なのでしょうか?」
その様は俺たちの事を悪と決め付け、自らの所業を正義と疑っていない表情だった。
間違いなく、彼女は現状の詳細を知らない。
もっと言えば、目の前の司祭がどういう人物なのかも知らないのだろう。
教会という閉鎖された場所で情報が制限される彼女は『司祭にとって都合の良い情報』しか知らせれていないのだろうから。
……だけど、今はその事にイラッとしてくる。
知らないからと、他者を悪だと断定される謂れは無い。
「別に、たった今用は無くなったから安心して下さい。死にそうな連中を助ける協力をしてくれってだけだったんだがな」
「え……?」
その瞬間、こちらを侮蔑の目で見ていたシスターの表情が変わった。
「え!? ちょっと待って下さい、何なのですかソレは?」
「……さっき冒険者ギルドから依頼があったのよ。試しの洞窟で上級魔獣『氷雪狼』が大量発生して多数の死傷者が出ている。私たちは協力要請に来ただけよ」
「金にならない新人の為に危険は冒せないって断れてたけどな!!」
「!!?」
その瞬間、シスターの手から食材がドサリと落ちた。
顔面を蒼白にして両手が震えている……。
自分の上司の所業が信じられないとか、それにショックを受けたのかと思ったが、シスターは震える声で呟く。
「た、試しの洞窟……事件が起こっているのはそこで間違い無いのですか?」
「? ああ、初心者の訓練場になっている場所だけど……昨日今日武器を持ったばかりの新人に対処できるわけ……」
次の瞬間、シスターは俺に掴みかかっていた。
「弟が! 最近冒険者になった私の弟が試しの洞窟に行っているのです!!」
「……は?」
シスターの言葉に一早く反応したのはギルドマスターだった。
「君は……まさかロランのご姉弟か?」
「!? そうです、たった一人の肉親です! 弟は!? 弟は無事なのですか!?」
相当に取り乱しているのだろう。
今まであった堅物の雰囲気など欠片も見当たらない程、半狂乱で問い詰めるその姿は心配する肉親の姿そのもの。
「分からない。ただ、本日試しの洞窟の探索を行っていた中にロランがいた事は間違いない。現在の死傷者の報告に名は載っていないが……」
「そ、そんな……」
ここでこんな事を言うのは卑怯だし、チャンスと考えるのは不謹慎だろう。
でも、俺は迷う事無く彼女に提案をした。
「シスター、アンタは回復魔法は使えるのか!? 使えるなら大至急俺たちと一緒に来てくれ! 試しの洞窟へ!!」
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