第16話 真っ黒いケーキ
突然のシスターの発言に俺たちは呆気に取られてしまった。
運送業の独占って……それはまさにさっきまで俺たちが話し合っていた懸念事項ではあるけど、そうならない為に料金設定を上げているというのに。
「あの~シスター? おっしゃっている意味が分からないのですが」
率直に言って本当に分からない。
高い料金にしている事でこの店は『気軽に利用できる』ほどではない。
どちらかと言えば本当の緊急時に頑張れば出せる程度の料金設定にしている。ちなみに分割も可能だ。
しかし俺の返答が気に食わなかったようで、キツめの美人の双眸がギロリと俺の方を向いた。
そっちの気がある人なら御褒美でしょうけど、俺にとってはただただ怖い。
「己が過ちを認める事が出来ないとは……貴方は相当に罪深い者のようですね。分かりました、貴方がコレまでに犯した罪をお教えいたしましょう」
そう言うと、シスターは懐から数枚の書類を取り出して読み上げ始める。
「まず、貴方がこの店を開店して以降多くの同業の方々が失業に追い込まれています」
「……は?」
「まずは運搬関係、こちらは荷運びの方々のみならず高額な運搬料金の為に店側が赤字経営を余儀なくされ、このままでは店を閉めなくてはならない事態に追い込まれているとか」
「なに!?」
「更に運送に関しても、今まで馬車の送迎などで生計を立てていた方々の多くが失職し、多くの家庭が路頭に迷う事になり、反対に需要がこの店に集中した結果客側も高額な料金を払わざるを得ない状況なのだとか……」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよシスター! ウチの店はそういった他の職種とバッティングしないように心がけて来てますけど!?」
俺があんまりの評価に思わず口を挟むけど、シスターは苛立たしげな瞳で睨むのみ。
「黙りなさい。他の方々を失職に追いやるという不幸を振りまいた事実を聞いても自らの罪を認めないつもりですか!? 事実、貴方の店の料金は一体なんなのですか、この暴利な値段……なんですか荷運びだけで5万など、ありえません!!」
「それこそバッティングしない為の料金なのであって」
あかん、話を聞いてもらえない。
どうやらこのシスターは見た目の通りお堅い学級委員タイプ。
初めに“こう”と決めた事は中々変えない、先入観で判断して自分の意見を押し通そうとする人種のようだ。
自分が正義と確信しているからこそタチが悪い。
俺が一方的な批難に辟易していると、リンレイさんがスッと立ち上がった。
「ねえシスター。今の話、一体どこから聞いたの? ウチは特殊な才能を売りにしているけど都市では小さな店にすぎないわ。他職種の業務圧迫できるほどの規模は無いわよ?」
そう、ウチはあくまで零細企業。
『車霊』というアドバンテージがあっても、社員は10人に満たない。
この商業都市『トワイライト』全体で考えても、運送運搬の全てをウチで賄えると夢想するほど甘くは無い。
ウチのせいで失業に追い込まれたなんてありえないはずだが……。
「毎年教会に多額の支援をしてくださる『BBK(ブラックブラックケーキ)』の会頭様です。司祭様があの方より嘆願を受けて、本日わたくしが教会の代表として参った次第です」
まるで“正義は我にあり”とばかりのシスターのドヤ顔に、リンレイさんはゲンナリした顔になって、俺を手招きした。
『ハヤト、大分面倒な状況みたいよ』
『……今でも十分面倒くさいけど』
『多分だけど、このシスターはこの案件の詳細を知らないようね。だって、ウチが他職種の連中を失業に追い込んだ事は無いはずだし、むしろ貢献しているくらいだもの』
『まあ……ね』
『車霊召喚』の力を手に入れた同業の連中は大抵その後個人で営業をするか、もしくは所属する運送ギルドのエースとして持てはやされるかのどちらかだ。
運送ギルドはこの商業都市には大手で三つ。
『欠けない月(フルムーン)』と『時を告げる風(ウインド・アラーム)』、そして一番の規模を誇る『BBK』なのだが……。
「BBKではハヤトに車霊を現出させてもらった人は軒並み退職しているらしいのよ。なんでも元々利益優先で、従業員に対する扱いも碌な物では無かったようね』
BBK、名前に偽りなくブラック企業なのかよ。
『それでも都市では一番の規模だから我慢して従っているけど、『車霊』を身に着けた人たちは使い潰される未来しか予想できないらしく、どんな高待遇を出されても逃げるみたいに辞表を出すんだとか』
『うわ……』
つまり、移動に長けた車を手にした事が他のギルドとは違い、BBKにとってはマイナスにしかならなかったようだ。
今までの業務体制が原因なのだから自業自得でしかないけど。
『車霊を持った者は他のギルドに流れるし、大口だった『セネレル商会』はすっかりウチ贔屓にしているしで……ウチはBBKにだけは恨みを買うって寸法よ』
考えてみれば『欠けない月』『時を告げる風』仲良くやっていて、むしろこの二つには派遣業務を頼まれる事が多いし、この前は両ギルド長と晩飯を共にしたくらいだ。
『オマケに彼女の上司、司祭様とやらは歓楽街の常連さんで有名よ。間違いなく多額な援助を受けているご本人様でしょうね……閉鎖的な教会のシスターは知らないでしょうけど……』
なんという、分かりやすい癒着の実態。
おそらくこのシスター、正しくあろうと行動しているのに『BBK』と『司祭』に利用されているって事なんだろうね。
『BBKを脅かすハヤト・ドライブサービスは悪』ってな感じに。
その後もシスターは散々ウチに対する一方的なクレームを繰り返し、こっちの言葉も碌に聞く事も無く去って行った。
まるで通り魔だな……。
「……哀れな物よね。視野の狭まった真面目ちゃんは」
シスターが出て行ったドアを冷静、というより憐憫を込めた瞳で見つめてリンレイさんは呟いた。
「また来るんでしょうかね……彼女」
「ウチが今の業態を続けていれば来るでしょうね。今回はBBKと司祭のお遣い程度だったけど、次はもっと面倒な情報を『聞かされて』来るでしょうし……」
「聞いて来るじゃなく、聞かされて……ですか?」
「そう、さっきのBBKの話なんてトワイライトで働く者なら大抵は知っている事よ。ソレを知らないって事は、教会……ってか上司にとって都合の悪い情報は聞かされていないって事でしょ?」
情報の統制、日本でも聞いた事がある『閉鎖状態でのマインドコントロール』に近い物なんだろうか?
手に入る情報がソレしかないと人間はソレだけを真実として受け取るって……。
ニュースにもなっている『閉鎖的国家』『宗教詐欺』『監禁事件』なんて単語が浮かび上がって来て背筋が寒くなってくる。
「ついでにあのシスターは相当な真面目な堅物みたいだし、最初に刷り込まれたイメージを払拭するのは難しいでしょうね」
それも聞いた事がある。
真面目で几帳面な人ほどそういった犯罪に巻き込まれやすいとか……。
「ちなみにリンレイさんはシスターが言うように料金設定を改めれば解決すると思います?」
半笑いでそう言うと、リンレイさんもこれまた半笑いで“ヤレヤレ”と両手を挙げる。
「悪化するに決まっているでしょ。ハヤトが最初から危惧していた通り、他の運送業とバッティングすれば当然こっちに全ての客が流れ始める。それこそさっきシスターが喚き散らしていた独占業務になっちゃうわよ」
「……でしょうね」
「そしてウチは他の運送業から恨みを買って、集中した仕事を捌ききれずに破綻。最終的にウチに優秀な従業員をBBKが吸収、助けてやる……てのが、『教会を利用した』筋書きでしょうね」
リンレイさんは「ちょっと荒っぽい予想だけど」なんて注釈を入れたけど、それほど的外れでもないだろうな。
ん? 『教会を利用した』?
「まさか、今後もこんな嫌がらせが続く可能性が?」
「……連中だって真面目ちゃんシスターのクレームくらいで、こっちが都合よく動くとは思ってないでしょうね。恐らくこれは牽制の一つに過ぎないわ」
「うえ~~~~」
なんだか巧妙化しすぎて劇団でも組めるのでは? と思ってしまう『振り込め詐欺』を思い出してしまう。
そんな事に労力を使うくらいなら自分の会社の業務形態を見直した方が手っ取り早いと思うんだが……。
「人の足を引っ張るよりも先に、やる事はあるだろうに」
「……それが出来てれば、こんな回りくどい嫌がらせはしてこないわよ」
俺たちが揃って今後起こりうる面倒な展開に溜息を漏らすが……その時は全く予想していなかった。
そのクレーマー、堅物委員長シスターと今後長い付き合いになるなど。
切欠はその日の午後、長距離運搬を終え帰って来たオフロードバイクの元盗賊、センヤさんによってもたらされた情報だった。
「店長大変だ! 『試しの洞窟』で上級モンスターの氷雪狼(ブリザードウルフ)が大量発生して負傷者が多数発生している!!」
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