第15話 聖職者(クレーマー)対応
貴族の、しかも大元帥なんて公職に付いていた人が、いきなりトラッカーなんて出来るのか? と思わなくもなかったが、それは全くの杞憂だった。
どうやら既に魚屋『マルコー』を通じて商店街には運送業の渡りを付けていたらしく、冷凍車じゃなくても運送出来る野菜や日用品を扱う商人たちは『コンボイトラック』の参入を諸手を挙げて歓迎したんだとか。
一見『マルコー』の独占商法が使えなくなるのでは? とも思ったけど、どうやら彼の店長は自分の所ばかりに利益が上がる事に危機感を覚えていたらしく、バルガスさんの参入を積極的に促したらしい。
何でも『自分の所ばかりに金が集まると街が回らなくなって、最後は自分の店が回らなくなる。オマケに金と一緒に恨みが集まるしな』との事。
目先の利益に溺れず、利益独占に対する危機管理が出来る……あの店長は中々に強かだ。
そんな店長の経営手腕を傍から見ていると……ちょっと不安も募る。
「しかし、ここに至ってウチの専業にもバラ付きが出て来たかな?」
「ん~~? なんだって?」
店内で一緒に伝票整理をしているリンレイさんが俺の呟きに反応する。
机の上でカタナちゃんも一緒になって手伝っているつもりらしいのだが、こっちは数字の羅列に目を回している。
無理しないように。
「いえ、バルガスさんみたいな長距離トラックの運搬が出来る人が入ってきて、ウチのバリエーションが増えたのは良い事ですけど……余り多方面に手を広げすぎるのも、どうかな~って」
「ああ、確かにね」
リンレイさんはそれだけで察してくれたようだ。
『マルコー』を参考にすれば他業種の仕事を独占する事は余り宜しくない。
これが発達した資本経済のある国なら『弱肉強食』なんて考えもあるかも知れないけど、ここは魔物も跋扈する異世界、しかも国内とはいえ商業都市という閉じた場所。
他業種、もっと言えば住民に恨みを買っては生活が出来ない。
いざと言う時、味方にはならずとも敵にならないように……くらいには関係をつくらないと。
舐められず、恨まれず、馴れ合いではない利益的な協力体制……そんな微妙なラインを保つ事が重要なのだ。
「主だった運送業連中とはバッティングしないように料金を割高にしているけど、もしこれから『車霊持ち』が増えていけば、どうなる事か」
どうしても仕事は限られている。
車が当然の日本とは違い、ここでは車持ちってだけで簡単にそっちの仕事を侵食しかねないのだ。
「でも、車霊召喚は誰でも使えるワケじゃないしね」
「そうなんだよね……」
俺の『車霊現出』は宝くじみたいなもので、誰にでも当たりが引けるワケじゃない。
また『召喚獣』と銘打ってはいるものの、魔力で召喚するタイプの『召喚士』とは位置付けが全く違うのも厄介だ。
現にカタナちゃんの主リンレイさんは凄腕だが生粋の武道家、気の運用には長けているけど魔法については一切使えないらしい。
これは期待の新人バルガス爺さんも一緒なんだとか。
だからと言って逆に魔力があればダメって事も無く、ある高名な魔法使いのお姉さんには『フェラーリ』が現出した事もあるし、反対に落ち零れの新米魔法使いにバイクの『隼』が現出した事もある。
はっきり言って基準が無茶苦茶で、現出の定義は俺自身今もって分からない。
俺が本人を見た時に、体の一部が光っているのが見えるかどうか……それだけだ。
「基準が理解できて、誰にでも車を現出できれば運送業者全てに車霊を与えて、ワザワザ料金設定に差を付けなくても良くなるんだけどな~」
俺がそうぼやくと、リンレイさんは伝票に目を落としたまま苦笑した。
「それはそれで問題だと思うよ? だって車の恩恵は絶大、仮に皆が確実に持てるとしたら……全ての希望者が貴方の元に殺到する事になるよ。そんなの捌けんの?」
「うげ……」
想像しただけで変なうめきが漏れた。
そう考えると、日本で免許取得希望者の全てを一人でやれとか言われたら……とか想像してしまう。
うん、出来るワケが無い。
「今は考えても仕方がないんじゃない? 幸い町でのハヤトは評判悪くないよ、今んところは」
「そうっすか……」
まあ、こちとら空気を大切にする日本人。
ご近所付き合いをおろそかにはしていないからな。
「……確かに今悩んでも仕方が無いな……よし、仕事仕事! 今日のシフトは」
俺は心機一転、黒板の本日の予定へ目を走らせた。
ハヤト・ドライブサービスの主な業務は大抵が運送運搬、その他となると派遣が多い。
そして業種は各“車霊”の車種によって変わってくる。
まずは『高速型長距離バイク便』。
これはリンレイさんを始めとするバイクの車霊を持った人たちで構成されている。
舗装がしっかり出来ていない異世界(こっち)では二輪のバイクが圧倒的に早くなり、普通なら数日かかる王都まで2~3時間で到着出来る。
ただ道中は『魔物』という異世界特有の危険もある事から、こっちの班には元冒険者や元兵士みたいな自衛が可能な連中がセットになっている。
リンレイさんみたいに単独で動ける方が実はマレなのだ。
次に『長距離車班』。
軽、普通車を使える人たちがある程度早く、沢山の物や人を流通させる為に動く。
勿論舗装されていない狭い道を走れない事からバイクほど早くは無いのだが、それでも人足は元より馬車などよりよっぽど速いのだから、近隣の町や村に行商の為に依頼する商人、または遠距離のダンジョンなどにタクシーとして利用する冒険者もいる。
そして『都市型原チャリ班』。
こっちは大抵商業都市から外には出ず、近所で新聞、手紙の配達やら出前なども請け負う事がある、主にスクーターやカブなどが多いな。
一応ウチで雇ってはいるものの、他の業種から一番引き抜きが多いのは実はこの連中だったりする。
何せ都市部で一番早く遠くへ運搬できる能力だ。どこの店でも、特に制限時間がシビアな飲食業では喉から手が出る戦力。
『ウチの跡取りとして』と引き抜かれていったカブの兄ちゃんは……今では立派なパン屋の若旦那に納まっている。
元々パン屋の娘さんとは恋仲だったらしいから……渡りに船だったようだけど。
とりあえず、リア充爆発しろ。
「高速バイクが3件、内訳一件はレモンド領内か……リンレイさん、オフロードの『センヤ』さんは抑えてあるの?」
「もう向かっているよ。あっちの山はさすがに私とカタナちゃんじゃ荷が重いからね」
レモンド領へ行くには高低差の多い岩山を越える必要がある。
幾ら曲芸まがいの運転が出来るリンレイさんでも、その辺は車種でオフロードバイクには適わない。
「それは何より……他の車班は5件、それに原チャ班は各々既に出払っているか……期待の大型新人はどうしたかな?」
「大型……ああバルガス殿か。今日は早朝から王都に出向いているよ。何でもマルコーの旦那に運送ルートと仕入先を教えてもらうとかで」
「……元気な爺さんだな」
俺の脳裏に鉢巻姿で白い歯を見せて豪快に笑うバルガスさんの姿が浮かんだ。
なんつーか……馴染むのはええな、あの元大元帥。
「リンレイさんは?」
「3件中一件は私の担当だけど、近場だから訓練も兼ねてあの娘にやらそうかとも……」
「あの娘……ああ隼の」
「ええ隣村までは一本道だし、魔物の出現率も比較的少ない。元冒険者なんだからそのくらいはそろそろ大丈夫でしょ」
「大丈夫……ですか?」
リンレイさんはバイク班のリーダーと指導係を担ってもらっている。
まあ指導と言っても、大抵『車霊』自身が運転の方法を教えてくれるし、ある程度なら自力で走る事も可能だ。
せいぜいスピードに慣れるまでの付き添い程度なのだけど。
この前バイク班に配属した『元新米魔法使い』の娘は中々に不安が拭えないのだ。
「ぶっちゃけあの娘、魔法使いや冒険者以前にアウトドア全般に向いていない気がしますけど?」
俺の指摘にリンレイさんは小さく呻いた。
さっきも例に出した新米魔法使いの『隼』の車霊持ちの娘は、車霊現出の後ウチに就職を希望した。
何でも『魔法使いとして弱すぎて誰もパーティに入れてくれない』とかで、他に収入源が無かったらしい。
そこは良いけど、問題なのはその娘の圧倒的なまでの『運動神経の無さ』だった。
何しろ最初はバイクに跨っただけでコケる。
カーブで重心移動を理解できず体を傾ける事を怖がった結果、直進してコースアウト。
引き起こしなど当然出来ない……絵に描いたようなメガネっ娘なのだ。
俺の心配を察してリンレイさんは苦笑する。
「大丈夫よ。『ハヤブサ』は主思いの車霊だし、あの娘だって最近は随分乗れるようになったんだから」
「そうですか?」
「ええ、隣町くらいなら大丈夫よ。少なくとも午前中には着けるでしょ」
ちなみに隣町の『マルケス』にはリンレイさんなら20~30分で到着できる距離。
今はまだ業務開始から間もない9時頃かな? 3~4時間は余裕を持って見積もっている辺り師匠の懸念がうかがえるね。
そんな事を考えていると、不意にドアベルが軽快な音を立てた。
本日最初のお客さんかな?
「失礼致します。店長さんはいらっしゃいますでしょうか?」
現れたのは凛とした雰囲気の藍色の修道服に身を包んだ所謂シスター。金髪碧眼で、いかにも清楚な印象の美人ではある。
だがこの手の人達にはデフォルトに備わっていると勝手に思っていた慈愛というか、もしくは聖母というか……そういった柔らかいイメージがない。
どちらかと言えば委員長とか、職場の上司的なお堅いイメージの『キャリアウーマン的な美人』
「は~い、いらっしゃいませ。本日はどのような御用聞きで?」
見ただけで教会関係である事は分かるけど、そう言えば今までそっち関係の依頼を受けた事は無かったな。
不意にリンレイさんを見ると、彼女も小首を傾げて見せる。
「何の依頼でしょうか? 現地への移動、もしくは荷物の運搬が主になりますが」
しかし俺が店員としての言葉を述べた途端、シスターは表情を顰めて見せた。真面目な顔付きと相まって非常に怖いんだけど……。
「わたくしは、トワイライト教会でお勤めをさせて頂いておりますラティエシェルと申します。本日はこのお店にお願い……いえ、警告をさせていただきに参りました」
「…………は?」
そう言い放った彼女に冗談や酔狂の色は伺えない。反論は一切認めないとばかりの顔付きを変える事無く、淡々と言い放つ。
「早々に運搬、運送の独占状態を撤廃、更に高額な料金での商売を是正すべきです。特殊な能力があるからと富を独占し大勢を飢えさせる行動は控えねば、神罰が下ることでしょう」
「「…………はい?」」
今度はリンレイさんの間抜けな声もユニゾンした。
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