第20話 絶望に立つ白と赤

シスター視点


 リンレイ氏が『試しの洞窟』に猛スピードで単独突入を果たしてからしばらく後、今まで無限にも思えた氷雪狼の発生が急激に収まって来ました。

 理由は全く分かりません。しかし数が少なくなって来た事で『車輪の誓』を中心にした討伐隊の方々にも余裕が生まれ始め負傷者が少なくなり、結果私の治療が追い付いて来ます。

 まだまだ怪我人は大勢いますが、それでも重傷で急を要する人たちを一通り小康状態まで治療を施す事は出来ました。

 明らかに突入を果たしたリンレイ氏が氷雪狼発生の、何らかの原因を解決した……と言う事なのでしょう。

 あの群狼を蹴散らし洞窟に突入した時には驚愕しましたが……私は数刻前にそんな人物を前に罵っていた事を思い出して背筋が凍りつく思いです。


「あ、あれは……『炎の椋鳥」の!」


 氷雪狼の数が減り出し、時折湧き出す数匹を順次討伐するくらいのペースになりだした『試しの洞窟』の奥から長い暗色のローブで身を包んだ魔導師を中心に構成された町での上位のパーティである『炎の椋鳥』の方々が満身創痍、体もローブもボロボロの状態で姿を現しました。


「無事だったのか椋鳥の!」

「ああ何とかね。よく分からなかったけど猛スピードで何者かが洞窟の奥に狼どもを蹴散らしながら突っ込んで行って、そこから急速に氷雪狼の発生が途絶えたから……多分魔物を発生させていた原因を潰してくれたのだろう」

「そ、そうか……さすがは烈風の鈴音」

「烈風? そうか、アレが……道理で……」


 そう呟くと『炎の椋鳥』のリーダー、ソフィ氏がハッとした表情に変わった。


「いや、今はそれ所じゃない! ……それより回復術師はいないか!? 至急手当てが必要な新米がいるんだ!!」


 心配する冒険者の声を遮ってローブの女性は大声を張り上げて、自分の背後から現れた仲間たちが担いでいる人物を指し示す。

 それを目にした瞬間、私は全身の血液が凍りついた。

 それは神に仕える身としてはあるまじき考え……。

 別の人であったなら……そんなどうしようもなく罪深い想いが去来してしまう絶望的な光景。


「ロラン!!!」


 私は首や腕に簡易的な治療を施されてはいるものの、赤く染まった布から滴る血は止まってはおらず、引きずられているのにピクリとも動いていない。

 私は明らかに死相が顔に浮かんでいる弟に半狂乱に飛びついて回復魔法を流し込んだ。


「……身内か?」

「姉らしい……」

「そうか……」


 ソフィ氏が痛ましそうな声色で納得する中、私は必死で魔法を行使する。

 私の回復魔法は教会の評価ではせいぜい中級との事、瞬間的に出血は止まったようだがあくまで『回復力の向上』がせいぜい、減った体力や血液を増やしたりは出来ない。

 顔色が戻らない弟の容態に焦りが募る。


「私たちが駆け付けるよりも前に新人冒険者たちは、かなり犠牲になっていたみたいだが、数組の新米たちを急遽纏めて陣を組んで、何とか生き残っていた連中がいてね……」


 ソフィ氏がそう言って指し示した洞窟からは大勢の新米冒険者と思われる人たちが、互いに肩を貸しながら出て来た。

 地獄の戦闘をこなし、再び日の光りを目にした事を喜ぶ人もいます。

 生き残った事を神に感謝し、涙する人もいます。

 ……私は……そんな光景に……いけないと分かっているのに激しい憎悪が湧き上がります。

 なぜ……なぜ弟なのですか……なぜ、貴方たちが助かったのに、私の弟が死にかけているのですか……。

 しかし、理不尽な怒りに身を焦がす私の背後から聞こえた声、ロランの仲間たちの心配するに私はショックを受けました。


「ロラン……しっかりしろ!!」

「ヤツは、大丈夫なんですか!?」

「コイツが洞窟内部で身を隠せる岩場を見つけて陣を組んでくれたから、俺たちは生き残る事が出来たんだ……」

「しかも常に一番前に立って……」


 弟は、ロランは仲間の為に、仲間や他の冒険者たちを守る為に全身に傷を負ったのだ。

 自らの危険など後回しにして……。

 それは冒険者として、そして戦士としては誇らしく、家族である私は良くやったと称えるべき偉業と言えるのだろう。

 だけど……私はそんな弟の英雄的な行動を一つも称える気にはならなかったのです。

 私はそんな事は望んでいない…………あの凍て付く夜から弟に望んでいたのは……。

 しかし私の気持ちとは裏腹に、徐々に回復魔法の手ごたえが無くなって行く。

 私は心臓を掴まれたような絶望を抱いた。


「ロラン!? しっかりしてロラン!!」


 回復魔法が効かなくなる……それは生命活動が止まりかけている事。つまり心臓の鼓動が止まりかけている事に他ならない。

 徐々に塞がって行っていた傷口が、回復しなくなって行く……。

 回復魔法が……効かない!? 素通りして行く!!?


「いや……いやだ……ロラン!!」


 命の炎が消えてしまう!

 私の、私の人生に残った最後の希望の灯火が!!


「しっかりして! 目を開けてえええ!! お願いよおおお……私を一人にしないでよおおおおお!!」


 流れ落ちる涙に構わず私は回復魔法の魔力を強める。

 私の命を全て使い切っても構わない……弟が助かるのなら……。

 しかし膨大な回復魔法は弟の体に留まらずにドンドン流れて出て行く。

 私は世界を、運命を……そしてあの凍て付く夜、私を生かした神を呪いたくなった。

 私が……私たちが一体何をしたと言うのだ……。

 最後の希望の灯火まで奪おうと言うのか貴方は……。


 そんな……私が全ての信仰をかなぐり捨ててしまおうとした時でした。

 場違いな程冷静な男性の声が聞こえたのは……。


「緊急事態だ。契約は後で良い」

「……は?」


              *


「うお、コイツは酷いな……」


 何とか町の回復魔法を使える連中を15人ばかりかき集めて、タイミングよく帰ってきたバルガスの爺さんのトラックで現場の『試しの洞窟』まで到着した俺たちだったが、俺は目の前に広がる光景に呆気に取られてしまった。

 洞窟の目の前に散乱しているのはおびただしい数の銀の狼の死骸。

 その中に倒れ伏す数人の人間……それは最早生命活動を行っていなかった。


「確かに酷い……だが活動している氷雪狼はおらんな。討伐は終わったのかのう?」


 トラックから降り立ったバルガス爺さんの言葉に俺もようやく気が付く。確かに動いている魔物はおらず、それどころか戦闘音も無い。

 って言うか言われるまで魔物の危険って部分を忘れている自分がいて、やはりまだまだ平和ボケの日本人なんだと自己評価してしまう。

 そんな事を考えていると、洞窟付近にたむろす冒険者たちの方から悲痛な叫び声が上がった。

 

「しっかりして! 目を開けてえええ!! お願いよおおお……私を一人にしないでよおおおおお!!」


 それは店にクレームを入れに来たシスター、ラティエシェルさんの声。

 あの時には想像も付かないほどに、感情をむき出しにした絶叫だった。

 周囲の冒険者たちは見ていられないとばかりに顔を背け、中には泣き出している女性冒険者の姿まである。

 あのシスターが絶叫する理由……そんなの、想像するまでも無い。

 彼女の弟はそれ程切羽詰った状況なのだろう。


「どうなってるんですか?」


 今もなお泣き叫びながら回復魔法を続けているシスターから、目を背ける冒険者の一人に俺は状況の説明を求めた。


「……回復魔法が効かなくなっているらしい。心臓が止まっちまったら……もう」

「心臓が……」


 心配停止、そう言えば以前リンレイさんに聞いた事があったな。

 生命活動を活性化させて傷口を修復するのが中級までの回復魔法。それよりも上級の物になると一握りの人間しか使う事が出来ないとかなんとか……。

 つまり、シスターには中級相当の回復魔法しか使えないのだ。

 半狂乱に、己が生命力まで流し込むように、弟の命を繋ごうとしているシスターの姿は本当に悲惨な光景だ。


「……ん?」


 ……だが、俺は……俺だけは目を逸らすワケには行かなかった。

 泣き叫ぶシスターの背中……そこに光る部分を見てしまった俺には。

 絶望に包まれるこの場において、その光りは明らかに点滅を繰り返して俺の事を急かしていた。

『急げ!』と。

 俺はおもむろに弟の名前を叫び続けるシスターに近付いて、背中に見える光りに触れた。


「緊急事態だ。契約は後で良い」

「……は?」


 俺はシスターの返事を待たずに彼女の背中の光源から一気に引っ張り上げた。

 純白の翼を……。


「な、何だ一体!?」

「シスターの背中から翼が!?」


 瞬間的にシスターの背中に翼が生えたようにも見えたが、そうじゃない。

 背中の光源から現れたのは神の御使いの代表格、純白の翼に純白の衣装、ブロンドを靡かせた一人の愛らしい天使だった。

 しかし突然の出来事にシスターや冒険者たちが呆気に取られる中、天使……新たに誕生した車霊は真剣な眼差しで言った。


『自己紹介、説明は後です! 今状況的に正確に対応出来そうなのは創主様だけのようです。今すぐ私を使って下さい!!」

「は!? 一体どういう……」


 一気にまくし立ててそう言うと、天使は翼に包まって空中でクルリと一回転……徐々に全身が白く巨大になり始め……赤い横線が入り……赤い赤色灯が頭上に現れる。

 コレは……どう考えても……。

 完全にそれに変わると、スピーカーからさっきの天使の声が響く。


『創主様! 何となくの知識でもカウンターショックって分かりますよね!?』

「……マジか」


 天使が変わった姿、それは紛れも無く命の緊急時に駆け付ける車両……救急車だった。

 おもむろに後部が開かれると投げ渡されるように取手の付いた二つの電極が飛び出してきた。どういう理屈かは知らないけど配線もしっかり伸びている……。

 カウンターショック……いわゆる電気ショックで止まった心臓を動かす……って治療法だったっけ?

 それを俺にやれと?

 医療行為なんてド素人な俺に?

 恐る恐る二つの電極を拾い上げて周囲を見渡すが、シスターも冒険者たちも目の前の光景がどういう事なのか全く理解して折らず、俺が言われた事も、持っている電極の理由も皆目検討が付いてない様子だった。

 当たり前だが……。


『早く! 蘇生処置は時間との勝負なんですよ!!』

「わ、分かったよチクショウ!!」


 再度天使から急かされて、俺は横たわるシスターの弟の体、天使に指定された二箇所に電極をあてがった。


「な!? ロランに何をする気ですか!?」


 突然弟に触れた事でシスターは憎悪に満ちた目で睨み付けて来る。

 しかし今は構っている暇は無い。


「下がってろ!!」


 カウンターショックを行う際の決まり文句を俺が言った瞬間、シスターの弟ロランの体が一瞬跳ね上がった。


「ロ、ロラン!?  おのれ、弟に一体何を!?」


 知識の無い者にとっては瀕死の弟に危害を加えたようにしか見えなかったのだろう。

 怒りの表情で睨み付けるシスターと共に周囲からも批難するような感情が感じられる。

 しかし俺は構わずに怒鳴り返した。


「いいから! 回復魔法を続けるんだ!!」

「!!? ……く」


 俺の妙な確信をもっている言動に押されたのか、シスターは歯噛みしつつ、再度回復魔法を発動させて……驚愕に目を見開いた。


「……え?」


 流れ出ていた回復魔法が弟の体に留まり、それどころか魔法に反応しなくなった傷口が再び塞がり始めたのだ。

 その光景に周囲からもざわめきが起こり始める。


「回復魔法が再び効き始めた……だと?」

「まさか……止まった心臓が……動いた!?」

「て、店長さん……これは……これは一体……」


 回復魔法の光りを放つ両手を震わせ戦慄くシスターを前に、俺は正直少しだけホッとしていた。

 ……カウンターショックなんて医療行為、ド素人の俺が軽々行って良いモンじゃない。

 聞きかじりの何となくで万が一なんてありえなくはないから……内心ヒヤヒヤだったぜ。

 もっと素人にも使いやすい簡易AEDとかも今の日本ならあるのだが、こんなガチの現場使用……不安になるなと言うのが無理な話だ。


「あ……あああ……ロラン……ロランが……」


 弟の鼓動が再び刻まれ始めた事をようやく実感したのか、喜びとも感涙とも付かぬ呟きを漏らすシスターだったが、傷口が塞がりきった辺りで再びスピーカーから天使の声が響く。


『まだ安心してはダメご主人! 今はようやく心停止を防げたに過ぎない。失血によるショックが原因なのだから、そっちの方を何とかしないと!!』


 その診断にシスターはハッとした表情で救急車へ振り返った。


「失血……血が足りないという事ですか!? ど、どうすれば……」


 シスターの質問に答えるように救急車は赤色灯をクルクル点滅させる。


『幸いご主人と弟君の血液型は同一だ! 生体間輸血が可能だから急いで私の中に運び込んで……』

「みんな聞いたな!? 急いで彼を車内に運び込むぞ、手伝ってくれ!!」


 俺は救急車からの声が終わると同時に、まだ少し呆気に取られる冒険者たちに向けて声を張り上げた。

 そして真っ先に反応したのは、まだ新米と思しき男女の冒険者たち。

 彼の、ロランの冒険者仲間たちだった。


「わ、分かった任せてくれ!!」

「助かるのか!? なあ、ロランは!?」


 口々に仲間の心配をする仲間たちも満身創痍、しかしそんな事には一切構わず仲間の搬送を我先に手伝ってくれる。

 みんな、一様に戦友の為に……。


『まだ予断は許しません! 丁重に、しかし迅速にお願いします!! 創主様! 心電図と酸素吸入、そして輸液ルート確保を行います。貴方も一緒に乗ってください!!』

「!? ちょ、ちょっと待ってくれ!! それを全部俺がやんの!?」


 俺の人生初の医療行為はまだまだ終わっていないらしい……。

 人の命に関わる冷汗……俺はこの日、幾度も経験する羽目に陥った。 

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