第19話 氷雪を喰らう烈風

『試しの洞窟』はトワイライトの町から徒歩で一時間位の距離、私とカタナちゃんが全力を出せば10分も掛からない。

 ハヤトは後から車班の連中を引き連れて来る関係上、私は確保できた唯一の回復役、シスター・ラティエシェルを後部座席に乗せて先行して現場へ向かっていた。

 ……正直なところ、このシスターにはあまり良い印象はない。

 情報の精査をしたワケでもなく上からの情報を鵜呑みにしてハヤトの事を批難して来たクレーマーなのだから。

 でも、今彼女から伝わってくるのは極度の緊張と焦燥のみ……ただただ身内の心配に震える一人の姉の姿。

 その気持ちは……痛い程分かる、知っている。

 文句の一つも言ってやりたっかったところだけど……。


「しっかり掴まってなシスター!」


 そして洞窟へと辿り着いた私たちが目にしたのは予想よりも遥かに酷い状況、一匹二匹でも十分脅威となりうる氷雪狼(ブリザードウルフ)が何十匹と集団を作っていて、しかも後から後から洞窟内部から湧き出してきている。

 ……何だこれは!? 自然現象では絶対にありえない!!


「「「「「グルルル……グルアアア!!」」」」」

「陣を崩すな! ギルドの救援が到着するまで持ちこたえろ!!」

「くそお! 何時まで続くんだよコイツら!!」

「炎の魔法が使える奴は後方支援! 前衛は俺と一緒に……次が来るぞ!!」

「くそったれえええ!!」


 そんな中で洞窟から少しだけ離れた位置に簡易的な陣を組みつつ指示を出しているのは、確か上級の冒険者パーティのリーダー、ケルトだ。

 この数の氷雪狼を前に、自分たちの仲間は元より新米の連中すらにも指示を出して陣を組む手腕は大したもの。

 しかも前方に散らばるおびただしい氷雪狼たちの死骸は彼の仕業だろう。

 しかしそんな優秀なケルト氏でも相手の数が数だ。徐々に押されてきているのが目に見える。


「ガアアアア!!」

「危ないリーダー!!」

「く!?」

 私はアクセルを全開にして、攻撃を掻い潜ってケルトに食い付こうとした一匹に突撃、アクセルを掴んだまま体を側面に放り出す。


「龍舞弧上脚!!」

「ガパオ!?」


 急加速のカタナから放った遠心力付きの蹴りは、ケルトに食い付こうとした一匹の狼を飛沫に変えて虚空へと散らした。

 ……流石にちょっと威力過多ね。

 咄嗟の出来事にケルトも面食らった顔になっているけど、カタナから降り立った私の顔に気が付いて安堵の表情を浮かべた。


「大丈夫か車輪の、ギルド要請で助太刀に来たぞ!」

「お、おおアンタは烈風! すまねぇ助かったぜ。流石だな、あの氷雪狼が一撃かよ」

「アンタ等もね、新米の冒険者連中を守りつつ尚且つ戦うなんて芸当、私じゃとても出来そうにないわ……」


 ケルトの仲間たちが陣を敷いている後ろにはおびただしい負傷者が呻き声を上げている。

 いや、既に声すら上げずに倒れ伏している者すら多い。


「シスター急いで負傷者の手当てを!」

「わ、分かりました!!」


 あまりの凄惨な状況に言葉を失っていたらしいシスターは、私の言葉で我に帰ったらしく、慌てて負傷者の新米冒険者たちへと駆け寄り回復魔法を唱え始めた。

 間に合えば良いけど……。


「で、どんな状況なの?」

 

 今もって増え続ける白銀の狼たちは揃って目を血走らせ、だらしなく開いた獰猛な牙を並べた口からはダラダラと涎を垂らしている。

 どう見ても、正気ではない。


「見ての通り、俺たち『車輪の誓』と『炎の椋鳥』が到着した時には既にこんな感じだったよ。俺たちは負傷した連中を新米の連中と一緒に陣を作って守り応戦するしか無かったんだよ……何しろこの数の氷雪の群狼だ、逃げても追いつかれるのが関の山だしよ」


 そんなケルトの言葉に私はこんな状況だが少しだけ可笑しくなった。

 そんな風に言っていても彼等なら自分たちだけが生き残る為に逃走する事は可能なはずだ。それくらいの実力は目の前の敵の死骸の数で判断出来る。

 それをしない理由は……後方で負傷した新米たちなのは明らかだ。

 先輩としての矜持か、それともギルドからの仕事をキッチリこなそうとするプロ意識なのか……。

 しかしどちらにしてもその気概は共感が持てる。

 私を貶めた連中とはえらい違いだ。


「グルアアアアア、ギャイン!?」

「終わったら一杯奢るよ……」

「ヒュ~、あの一匹狼の烈風が……それは光栄だ!」


 襲い掛かってきた一匹に拳を叩き込みつつ私がそう言うと、ケルトも数匹切り伏せながら口笛を鳴らした。

 それからはしばらく氷雪狼の掃討に終始する事になった。

 持久戦が続いてくると途中参加だった私はそうでもないけど、今まで戦いっ放しだった車輪の誓の連中の疲労が目に見えて目立ってくる。

 この場で唯一の回復役であるシスターは怪我人の治療に終始していて、こっちの回復を頼む訳にも行かず……どう考えてもジリ貧だ。

 その間、どんなに死骸が増えても狂暴な白銀の狼が減る様子が無い。


「どう考えてもおかしい。元々氷雪狼なんて温暖な地域にはいない魔物だし、何よりも頭だって悪くないはず」


 野生の生き物にとって一番の知能は『生き残る事』に尽きる。

 適わない敵に対して逃げる事が出来るのは生物として賢い証、引く時に引く事が出来るからこそ氷雪狼は恐れられる存在だとも言える。

 なのにコイツらは蜂の群れのように、幾ら仲間が殺されても向かってくる。

 そんな私の疑問にケルトが難しい顔で答えてくれた。


「俺たちもそれが疑問だったが、魔法に明るい『炎の椋鳥』の連中が言うには“一定の条件で発生する魔物は量産が利くけど知性が足りない”って……」

「!? 一定条件で発生……て事はこの氷雪狼の群れって、人為的に作られたって言うの!?」


 そんな方法は聞いた事が無い。

 

「炎の椋鳥のソフィから聞いたけどよ、自然界の魔力のたまり場を利用して魔物の召喚魔法陣を設置する邪法があるらしいんだよ。仮にそんな魔法陣がこの洞窟にあるとすれば、直接行って消すしか無いらしい」

「……なるほど、だから連中はこの場にいないのね」


 つまり『炎の椋鳥』たちは氷雪狼の原因を潰す為に、危険極まりない洞窟内に向かったのだろう。


「そのプロ意識と漢気は買うけど……狼たちは湧き出し続けてる。連中が突入してからどれくらいになるの?」

「大体一時間前だろうか。一時は狼の発生が途絶えたけど、しばらくしたらまた元に戻っちまった。最悪連中は……」


 ケルトはそこまで言うと苦い顔になった。

 冒険者という職業に就けばこういう生死を分ける状況はつき物だが、慣れはしてもやはり誰だって良い気分では無いのも事実だ。

 チラリと治療に当たるシスターを振り返ると、治療しながらだがこっちの話を聞いていたようで蒼白だった顔が更に青くなって行く。

『この場に弟がいない』

 その顔がそう語っているのは一目瞭然……やれやれ。


「話は分かった。車輪の、アンタは怪我人の護衛に専念してくれ。アタシは原因の方を何とかしてくる」

「……は?」


 ケルトは一瞬私が言った事を理解できなかったようだ。

 それはそうだろう。通常なら絶えず氷雪狼が湧き出す洞窟に単独で突入するなど自殺行為でしかないのだ。


「ば、バカな! 強力な魔法使いの集団の『炎の椋鳥』でも突入には4人の攻撃魔法を駆使してようやくだったのに、たった一人でなど」


 信じられないとばかりに声を荒げるケルトに私はニヤッと笑って見せる。


「ようは攻撃魔法よりも圧倒的な『突破力』と『スピード』さえあれば一人でも可能って事だ……カタナちゃん!」

「はいは~い」


 元気良く返事をした私の愛車(カタナちゃん)は心得たとばかりに、単機で急加速でバックをする。

 無人状態で動いたものだから見慣れない連中が驚いた顔をしているけど、そのくらいで驚かれても困るよ。

 これからもっと驚くだろうから。

 十分な助走距離をつけたカタナちゃんは、そのまま洞窟の入り口、つまり何百もの氷雪狼がたむろす場所へと向かって、猛スピードで突っ込んで来た。


「うわあああ!?」

「な、なんだなんだ!?」


 突然のバイクによる殺人的な突撃に『車輪の誓』を始めとした冒険者たちが慌てて飛びのくが、私は棍を手に目の前を通過するタイミングを見計らって、地面を蹴った。

 座面に“両足”が乗った感触と同時に全身に暴力的な向かい風が叩きつけられる。

 愛車と一体になった、自らが風に、龍になった感覚に自然と闘争心が湧き上がって来る。

 

「さあ、入り口をノックさせてもらうわよ」

『お邪魔しま~す!』


 私は洞窟の入り口を塞ぐ、正気を失い獰猛に威嚇する氷雪狼の群れに向かって、突撃力をそのままに、手にした棍を全身を使って横一線に振り抜いた。


「龍舞・突閃円戯!!」

「「「「「ギャン!!?」」」」」


 左から右に薙ぎ払われた棍の威力に、数十匹の氷雪狼たちが団子状に纏まって岩壁へと叩きつけられる。

 瞬間的に薙ぎ払われた狼たちの群れに、一瞬だけ隙間が出来上がった。

 本来軸足を中心に体重移動をして打つ一撃だが『移動する安定した大地』を得た今の私だからこそ可能な攻撃方法。

 未だに『龍舞』の真意に気が付かない本家の連中は、こんな私の姿を目にしたら何を思うのだろうな……。


『入り口が開いた、突っ込むよ!』

「さあ、ココから本番だ、カタナちゃん!」

『了~解。落ちないでよご主人様!』

「誰に物を言っている!!」




 作り出した氷雪狼の群れの隙間を暴力的なスピードで、まるで『ちょっとそこまで』くらいの軽口を叩きながら突っ込んでいった一人と一機。

 唐突に群れに侵入を許してしまった数十匹の氷雪狼が慌てて追いかける仕草を見せている。正気を失った狼たちも置いてけぼりを食らってしまう程、一瞬の出来事だったのだ。

 あんまりな光景に『車輪の誓』を始めとした冒険者たちは死闘の真っ最中だと言うのに、一瞬呆気に取られてしまっていた。


「……あれが、烈風の鈴音」


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