第6話 烈風の刀

 スズキ・カタナに変化する巫女っ娘、そしてRPGの綺羅みたいに剣や斧で装備をする連中に襲われる何て現在の状況。

 さすが俺もここが日本では無い事に薄々気が付いていた。

 ……ヤの付く連中がバイクを目にして『化け物のような速さ』なんて言う訳ないしな。

 そして現代日本では無い事を一番思い知らせてくれる人物は、今俺の後ろ、後部座席でニケツ状態で棍棒を振り回すお姉さんだ。


「ハヤト! 次の急カーブ、巨石の影に待ち伏せがいる! 減速せずにそのまま突っ切れ!!」

「は? はあああ!? だってこのまま突っ込んだら岩に激突!」


 次のカーブは巨石をかわすようにカーブになっているというのに、岩に突っ込めだって!?


「いいから! 頭を下げろ!!」

 しかし戸惑う俺の頭を無理矢理押さえつけると、彼女はそのまま手にした棍棒を前方へと捻じ込むように突き出した。

「捻刺岩砕撃!」


 バガアアアアアアア!!

「ぐわあああああ!?」


 その瞬間、俺らの二周りはありそうな大岩が粉々に砕け散り、俺たちはそのまま右コーナーを直線で突っ切る。

 ……何か陰に隠れていた武器を持った人が一緒に吹っ飛んだ気もするけど? 

 さっきから後部座席のリンレイさんはこんな調子で騎馬隊よろしく棍棒で敵を蹴散らしているのだが、倒し方や破壊力が半端では無い。

 只者じゃないのは出会いから思っていた事だけど、どこの世界に進路に邪魔だからと棍棒で大岩を砕く人がいるんだか……しかも。


「く、やはりこの怪我ではこのくらいで限界か……」


 この結果に納得していないらしい……マジかよ。

 しかし敵の数が減ったのは事実だ。今は過程よりも結果を重視しないと。


「リンレイさん、あと残存する敵は何人ですか?」

「今、巨石と一緒に吹っ飛ばしたので4人目だ。臨時雇いの村人たちは元々弱った私を包囲するだけの人員だったから、私らがカタナを手にした今、このスピードに対抗する術と度胸を持ち合わせた者はいないはずだからな」


 そりゃまあ……スピードの乗ったバイクに足で追いつけるワケないし、俺だったら進路を塞ぐバリケードを考えるけど……急に準備できるワケないし、体張って止めるのは自殺行為以外の何でもない。


「となると、対抗できそうな人数は?」

「実際に私を誘い出した冒険者は7人だった。伏兵がいなければ残りは三人……リーダー格の剣士と魔導師……そして」


 話しているといきなり密林が終わり視界が開けた直線に出た。

 そして直線上のど真ん中、そこにいるのは全身を黒い鎧で覆って兜のせいで表情すら分からない巨漢が一人。

 その出で立ちには大層良く似合う巨大なハンマーを手に立ち塞がっていた。


「……あの重戦士が三人目だな」


 直線でのフルスロットル全開。

 村人たちはその暴力的なスピードにすぐさま逃げたのに、その男は逃げもせず、それどころか巨大なハンマーを地面に振り下ろした。


 ボゴオオオオオ……


 その瞬間目の前の地面が土煙を上げて盛り上がり、道のど真ん中にそこそこのクレーターが出来上がってしまった。

 マジか!? このまま突っ込んだら転倒間違いなし!!

 しかし俺の不安とは裏腹に、リンレイさんは突然前方の足元、地面に棍棒を突き刺した。

 ……え? まさか!?


「そおおれえ!」

「まじかああああ!?」


 突然現れたクレーターに落ちる寸前、俺はバイクごと宙に浮いていた。

 恐らく人類史上初では無いか?

“バイクごと棒高跳び”を“ニケツ”で行った人類は。

 浮遊感と一緒に現実感も失いかけるが、着地の衝撃で正気を取り戻す。


「ゴボ!?」


 ……何やら着地と同時に、大男の顔的なにかを踏ん付けた気もするけど、ムシムシ。

 そこからしばらく下った辺り、ようやく山道の出口が見え出した。

 もうすぐで下山……ようやく逃げ切れると俺は安堵しかかったのだが、リンレイさんは逆に警戒心を露にする。


「マズイ! これでは下から丸見え……となると」

「何かマズイんですか?」

「……見晴らしが良いという事は遠距離攻撃の独壇場だ! 当然……」


 リンレイさんの指摘にギョッとして視線を下へと向けると……視界の端に紅い光りが見えた。

 狙撃!? そう思った時には既に紅い光はこっちに向かって放たれていた。

 もしもアレがロケット弾並みの威力でも持っていたら……。

 俺がそんなもしもを考えてビビッていると、リンレイさんが怒鳴った。


「ハヤトにカタナ、左に急旋回! 倒れても良いくらいに目一杯!!」

「は!?」

『了解です!』


 またも無茶振り? と思った時には主の命に忠実なカタナは本当に転倒するんじゃないかと思える程、思いっきり左へ倒れ込んだ。


「のわああああ!?」


 レーサーが膝を付く、なんてのは良く聞くけど公道用でそんな事はやらないと言うのに! 本当にこれじゃクラッシュするぞオイ!?

 しかし俺の最悪な予想に反してリンレイさんは高速のターン、いやスピンの中、思いっきり地面を片足で踏みつけた。


「震脚!」


 その瞬間、俺たちは再度バイクごと宙を舞った。

 但しリンレイさんの片足を軸にして。


「うそおおおお!?」


 普通だったらこんな事をしたら捻転骨折、そこまで行かなくても確実に足首はやられそうなものだ。

 にもかかわらず彼女は片足で急激に方向を変えて見せたのだ。

 当然着弾予定だった攻撃は外れて前方に着弾爆発、方角を変えた事で唖然とする魔導師の女と目が合った。


「なななな……ガグ!?」


 その表情のまま魔導師はリンレイさんの投擲を額に受けて昏倒した。


「ストライク! 上手いもんですね」

「ハハハ、棍での投擲は苦手なんだけどね……お?」


 ようやく見えた山道の出口、そこを目にしてリンレイさんは言葉を止めた。

 そこにいるのは一人の剣士。

 怒りに顔を歪ませているのがここからでも良く分かる。

 自分の利益の為に殺そうとして、殺し損ねて逆恨みとは……勝手な事だ。

 男は大剣を構えているけど、その剣自体が強烈な光りを発しているように見えるんだけど……あれも魔法の一種なのか?

 なんかもう魔法とか考える事にいつの間にか抵抗がなくなっているな。


「ギルか……最後はやはりヤツか」


 忌々しそうな口調であの男が首謀者、そしてリンレイさんを負傷させた張本人と言う事は察せられた。

 どうする……リンレイさんを負傷させた相手に突っ込むのか? それとも……。

 俺が回避も含めて考えると、リンレイさんは、何と後部座席にすくっと“立ち上がった”。

 山道で安定も悪いバイクだと言うのに。


「リンレイさん危ないですよ! 何してんですか!!」


 慌てて注意するが、俺は彼女の姿に言葉を失った。

 安定の悪いバイクの上、だと言うのに微動だにしない直立姿勢。

 目を瞑って深い息を吐き出し拳を腰に構えるそれは、空手で言う息吹を髣髴させる。

 月光に晒される銀髪は神秘的で美しく、不思議と止めるのが無粋という気がしてくる。


「ハヤト……このまま直進してヤツの横を突っ切ってもらえる? 最速で……」

「ば!? そんな……」


 いくら彼女が強くても大怪我をしている女性にそんな事が出来るワケが無い。

 しかしそれが言えない何かが今の彼女には感じる。

 同時に、こんな短時間しか付き合いの無い俺に対する信頼も……。


「クソ……大して面識も無い男に命を預けるとか……」


 女性にそこまで信頼されたら……出来る事は一つしかないだろが!!


「やってやんよ! チクショオオオオオオ!!」

 ヴアアアアアアアアアアアアア!!


 俺の叫びに呼応して吼えるカタナは、出口で明らかに狙っている剣士に向かって爆走を開始する。

 下り坂も相まって悪路だと言うのに物凄いスピードの中、前方で剣士が輝く剣を振り下ろそうとしているのが見える。

 それはまるでスローモーションのようにゆっくりとだが確実に俺たちの命を狩る為の動作。命の危機に瀕した時、こんな風景を見ると言うけど……。

 しかし、剣士の凶刃が振り下ろされるシーンに“それ”は急に割り込んだ。

 最速のバイクの力を乗せ、その一瞬“バイクよりも速い”速度を叩き出した必殺の一撃。

 その時俺はまさに龍を目撃した。


「烈風龍飛脚!!」


 最速の飛び蹴り、それは剣を振り下ろす事を許さず、剣を腕ごと粉々に吹っ飛ばした。

 そして彼女は剣士の横を通り過ぎたバイクに“スタッ”と綺麗な音を立てて着地した。


「え! え!? 何だ、一体何……いてええええええ!? 腕!? 俺の腕は!?」


 あまりのスピードに腕ごと砕かれた事に今になって気が付いたらしい。

 後方から激痛に叫ぶ声が聞こえてくるけど、すぐに聞こえなくなっていった。

 逃げ切れた……か?


『お疲れ様でした主様、それに創主様。どうやら包囲網は抜けたようです』

「……本当か? また前方に何か出てきたりしないだろうな?』


 未だ走り続けるカタナはそう教えてくれるが、さすがに俺としては警戒心をすぐに解く気分にはなれない。

 何しろここまでのデットヒートは今まで経験した事のない事件だったのだから。


『次の町までは人での入った街道ですし、定期的に駐留軍が通ります。野盗や魔物の心配は少ないですよ』

「そ、そうか……」


 ナチュラルに野盗や魔物とか言われるとドン引きなんだけど……。

 そんな事を考えていると不意に背中に柔らかい感触が押し付けられて、腰に腕が回される……え~っと……コレって?


「少し……背中を借りるよ。さすがに……疲れた」

「は、はい!」


 さっきまで強烈なバトルをしていたとは思えない程、優しい言葉でそう言われて断る選択肢なんて俺には無い。

 俺は今、全ライダーが『危ないからしっかり掴まれ』とウソを付くと言ったどっかの芸人の言葉を肌で感じる事になった。

 本当なら掴まる場所は後ろにあるのに、わざわざ『抱きつかせる』意味……いや意義!

 この女性に頼られているような男としての充足感!

 こんなアガル事があろうか!!


『背中の二つの感触が嬉しいだけじゃないですか~?』

「うるさい……心を読むんじゃない」


 どうやらリンレイさんのカタナは察しが良すぎる娘(バイク)のようだ。

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