第14話 二つの面接
会社での重役、壮年の男がクビ……いわゆるリストラ、そんな言葉が脳裏を過ぎって身につまされる。
唐突過ぎる事を笑って言うバルガスさんだが、俺は一つも笑えなかった。
せちがれえ……。
しかし俺が余りに渋い顔をしているのを見咎めたのか、バルガスさんと共に店に入って来たご婦人が穏やかな笑みを浮かべて言う。
「店長さん、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。元々主人は早く退役したくて仕方が無かったんですから」
彼女はサリィナさん、おっとりした綺麗なお母さんって感じ。見た目は三十代で通用しそうな若々しさだけど、なんとバルガスさんと余り変わらない年齢だと聞いて驚く。
「おうよ、本来ならワシはとっくに楽隠居しても良いくらいなのに、ディール……いや陛下が中々許してくれんでな。“我の退位までは貴様の退役も認めん”とか言うてな」
現役国王、それってこの前トラックに王女と一緒に乗っていた人だよな。
でも、それなら。
「国王に渋られるほど信頼されていたのなら、今回の件で責任取ってクビってのは無理が無いですか? 結果だけを見れば行軍中にトラブルはあっても国王はおろか味方には死者どころか怪我人すら出てないんでしょ?」
「まあな、実は陛下もそう言って引きとめようとしとった」
俺の疑問にリンレイさんも同意のようで、難しい顔で頷いている。
そんな『王国の対応』に納得の行かない俺たちにバルガスさんは苦笑する。
「じゃが、ワシは長い事大元帥などという役職に居座り過ぎたのじゃ。その弊害で今回の事件が起こったとも言えるしのう」
「そうなんですか?」
「ああ、同じ者が居座り続けると同じ考えに固執してしまいがちになり組織の、共すれば国の停滞を招きかねん。ハッキリ言えば今回の件は組織改変の良い機会なのじゃよ」
つまりはクビと言うよりは定年退職って感じなのかな?
元王国軍大元帥、近衛兵団大団長バルガス・バルザック。
生粋の軍属の家系で爵位持ち、当然貴族でもあるらしいけど、今回バルザック家当主の座も長男に譲り渡してから商業都市トワイライトに奥さんと引っ越してきたらしい。
ようするにワザワザ貴族から平民の身分になって。
「でも、都落ちってんでもないけど、貴族が突然平民暮らしとか……大変なんじゃないですか?」
生活水準を上から下に落とすのは大変な事。
些細な事だけど、俺だってこの世界に来て水洗トイレの無い状況に辟易した覚えがあるのだから。
しかしバルガスさんは豪快に笑う。
「カカカ! 心配はいらん、宮仕えの軟弱貴族と一緒にするではない。軍役では食料が無くて蛇や蛙を食っていたし、一月は風呂には入れんなどザラだったしのう。三食食える環境であればそこは天国じゃよ」
さ、さすが元軍人、逞しい。
でも、それなら奥さんの方は? 軍属だったバルガスさんは良いとしても貴族夫人だったサリィナさんには大変な環境なんじゃ?
俺の態度で察したのか、サリィナさんはコロコロと笑いながら口を開く。
「ご心配なさらず、店長さん。私は元々平民の出身でしたから」
「ええ!?」
それにはバルガスさんのリストラ話より驚いた。
どう見ても高貴で儚げな貴族夫人の典型のような見た目なのに。
「だってバルガスさん、結構な家柄の貴族だったんですよね!?」
「うむ、公爵位を持っとった」
公爵って! 確か王族に次ぐ貴族の最高位じゃなかったか!?
そんな地位の貴族婦人に平民がなるって、まんまシンデレラストーリーじゃねーか!?
聞くところによると、どうやらバルガスさん、当時バルガス家にメイドとして勤めていたサリィナさんと恋仲になって娶ったんだとか。
曰く「メイドの中に余りに良い女がおったから、つい手を出してしもうてな」との事。
この発言後、バルガスさんはサリィナさんに無言で頭を叩かれていた。
……ま、仲が良いなら良いけどね。
「まあそう言う訳で、妻にはむしろ平民から貴族社会に巻き込んでしまって苦労を掛けたからのう。退役後は市街に居を構えて堅苦しい貴族の柵も無く悠々自適に暮らそうとは思ってたんじゃよ」
「ああ~なるほど」
ようするに本当に楽隠居。
ついでに仕事をしないのもなんだから、この前手に入った『車霊』の力を使って細々働こうって寸法なのか。
まあ、それならば……丁度大型トラックの人材も欲しかったところだし……。
「わかりました。我等ハヤト・ドライブサービスは貴方を歓迎いたします」
「おお! 雇ってもらえるのか、ありがたい!」
俺はそう言って壮年の新人トラッカーの手をガッチリと握った。
コレまでに感じた事ない固く力強い掌は、間違いなくあらゆる重責を背負ってきた『漢(おとこ)の手であった。
*
「どういうつもりだ黒豹」
「何がだ? 烈風の」
ハヤトが雇用の手続きと奥へと引っ込み、サリィナ氏が買い物と称して店を出たのを見計らって私は口を開いた。
途端にさっきまでの好々爺な雰囲気が霧散され、『王国の黒豹』と呼ばれた男の顔が垣間見え、思わず身構えてしまう。
「あのお人好しは“退役の爺さんを雇った”程度に考えているようだが、貴方ほどの実力者が何の意図も無しに王宮を離れて商業都市へ居を構えるのは無理があるだろ」
確かにさっき奴が言っていた組織の改変というのは理に適ってはいる。
しかしどれだけ言い繕っても『王国の黒豹』は名声だけではなく現実的に王国の強力な兵力の一つ、地位や役職はともかく一兵士として手放す方がおかしい。
「どう考えても貴方の行動の影には『賢王』の考えがあるように思えるが? 狙いはハヤトの『車霊』、召喚獣を授ける力か?」
私の言葉に黒豹は特に動きを見せず、しかし否定も肯定もしない。
それだけで私は自分の考えが正解であると確信する。
そもそも先日の一件、車という代物がいかに戦闘において便利で有利、そして脅威となりうるかを知るには十分だっただろう。
それだけに、王国にとってハヤトの力は是が非でも手にしたいだろうし、反対に手に入らないで他国へと渡る危険があるなら早々に始末するべき存在だろう。
『いざと言う時の暗殺者』、私には黒豹と呼ばれる老人がそうとしか思えなかったのだ。
そうやって私が警戒の眼差しを続けていると、不意に黒豹は苦笑混じりに息を吐き出した。
「組織の循環も、楽隠居して妻に楽をさせたいっていうのも本音なんじゃがな」
「……そうか」
その辺を疑うつもりは無い。
むしろあの奥方はその辺に付いては深く考えていないようだしな。
愚かなのではなく、何をしても旦那と共に歩もうとする気概からあえて考えていないだけのようで、黒豹自身分かった上での事のようだ。
それは信頼しあう夫婦の一種の強さ……羨ましくもある。
「しかしまあ、貴殿が心配するような任務は請け負っておらんから安心しろ。むしろワシは護衛としてこの町に移り住んだようなもんじゃからな」
「護衛?」
そう言うと黒豹はゴトリとテーブルに自らの愛剣を置いた。
相変わらず剣と言うには大き過ぎ、重すぎる代物ではあるが……初対面の時にも見せた敵意は無いという意思表示だろうか?
「あの力は確かに王国の脅威になりうる。普通の凡庸な王であれば貴殿が考慮する事も考慮に入れたであろうよ」
私はその言葉に殺気が抑えきれなくなる。
つまりハヤトを暗殺する可能性もゼロでは無かったという事。
ハヤトを、恩人を、あの人を殺す計画……考えただけでも計略を測った全ての者を躊躇い無く亡き者にしてしまいそう。
しかし……私の殺気立つ視線の意味を理解した上で、黒豹は苦笑した。
「そう殺気立つな『烈風』。賢王は凡庸な王では無い、あの手のタイプは強固な暴力と恐怖の鎖で繋ごうとすれば易々と引き千切り、二度と益を与えてくれないだろう事を予測しておる」
「……どういう事?」
「あのような男に強制は逆効果、ならば情と利益の真綿で包むが上策と考えたのじゃよ」
その答えに私は少しだけ警戒を緩め、同時にこの国の王が『賢王』と呼ばれている程の人物である事を認識した。
賢王は私たちと直接の接触は本当に極僅かしかしていないのだが、それにも拘らずハヤトの性質をある程度把握していた事になる。
確かにハヤトは世界を隔てた別の場所からの異邦人、であるからか価値観がこっちの一般人とは違う事が多い。
その最たるものが『身分制度へと無頓着、差別意識へと圧倒的嫌悪』が当てはまる。
黒豹が言う通り、強制的に命令などあれば何の迷いも無くこの国から出て行くだろう。
恐らく他からの情報とあの接触、更にはバルガスたちからの印象からハヤトの人となりを判断したのだろけど……そこまで見抜くとは。
……この前は初めての車にはしゃくオッサンにしか見えなかったけど。
「本当なら城への取立て、出なければせめて城下へ招きたかったようじゃが、それはワシの方から止めて置いた。下手な手を出して国から出られては困るでの」
つまり王国の意向を纏めると……『車霊』の力は他国には渡したくない独占したい物。
危険性を考慮すれば監禁拘束、もしくは暗殺も視野に入るが、下手な害を与え恨みを買っては『車霊』の力が敵対戦力として他国へと渡ってしまう。
戦力的にも『烈風』、つまり私と『バイク』のようなスピードのアドバンテージがあるハヤトに全力で逃亡を選ばれれば謀略は失敗する危険が高い。
「しかしあの商人のプライドを持ったお人好しであるなら、上客に対して悪い感情は抱かんじゃろうし、良い商売と生活の環境を整えてやれば恩を感じてくれる。必然的にこの国への害意は無くなるというもの」
「……それ、私に言っちゃってもいいの?」
賢王の意向は理解出来た。
ハッキリ言えば単純な『善意と恩』と言われるよりは、よっぽど納得が行く。
しかし……幾らなんでもぶっちゃけ過ぎではないか?
私が殺意の視線をジト目に変えて言うと、黒豹……いや、バルガスはニカリと白い歯を見せて笑った。
「別に同業者、いや“同志”に隠す事ではあるまい。ワシとてあの日、スピードに取り付かれた一人じゃ。奴に対して有用性以上の友好を勝手に感じとる」
「……む」
スピードに取り付かれた……か。
身に覚えなど、無い訳がない。
最早私は『バイク』が無い世界が考えられない。
それ程までに、あの流れる景色、暴力的に吹き付ける風、地面を滑る如く感覚、全てのスピードが生み出す快楽の虜になっているのだから。
そして……それを与えてくれた人にも。
「ワシは言った通りの護衛と、もしもの時の国王への繋ぎ……いや苦情係くらいに思ってくれればええ」
「苦情係……ねえ。早速妙な思惑に彼を巻き込むなって言いたいけど」
私が溜息混じりに言うと、バルガスは相好を崩した。
「まあそう言うな。本当なら王国軍一個師団をトワイライトに配備する気でいたからな、アヤツ」
「ぶ! い、一個師団!? この町を要塞にでもする気だったの? あの国王」
ハヤトを守る為、と考えれば頼もしいけど……それにしたって。
「何とかワシと数名の部下でこの店を守るように取り計らったのだがな。そしたらワシが退役してここに来る事を反対しおってな……」
「それはそうでしょう? 未だに現役で通じる戦力『黒豹』が突然退役するなんて……国の損失じゃない」
さっきから老人だ、退役だ、楽隠居だと自らを卑下しているけれど、目の前の人物から漂う闘気や覇気はそこらの戦士では足元にも及ばす、達人で下すことは出来ない圧倒的な存在を保っている。
ハッキリ言えば私だって勝てる算段が見当たらない程なのだ。
王国の大元帥として手元に置いておきたかったのは国王として当然でしょう。
しかしバルガスは首を横に振って渋い顔になった。
「いや、アヤツは単純にワシだけ堅苦しい王宮を抜けるのが面白くないのじゃよ。
最後まで『ずるいぞ!』と言っておったからな」
…………仲が良いのだろうな、爺さんたち。
*
新入社員 バルガス・バルザック 元王国軍大元帥、元バルザック公爵家当主
配偶者 サリィナ・バルザック
特技 軍隊式大剣術免許皆伝、『車霊』コンボイトラック『シャドウ』を所持。
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