第3話 バカとの出会い

リンレイ視点


 私の名はリンレイ。

 私には最近不満が一つだけあった。

 それは店長であるハヤトが未だに私の事をさん付けで呼び、しかも敬語を使うという事。

 ハヤトは年のワリに育ちが良いのか礼儀作法がしっかりしていて、接客などもそつなくこなし、表通りの商人たちの方がよっぽどガラが悪いと思えるほど品行方正だ。

 それはハヤトの美点ではある。

 しかしだ……私にまで他人行儀でなくても良いではないか!

 今日だってそうだ。

 

「お疲れ様リンレイさん、カタナちゃん。手紙の方は間に合った?」


 仕事の上では客に対して私を呼び捨てで呼べるのに、私個人に対しては敬称を付けて呼んでくる。

 私は思わずムッとしてハヤトの額にデコピンを一発食らわしてやった。


「アタ!?」

「リ・ン・レ・イ! さんは要らないって言ってるでしょ。あと敬語も」

「う……」


 どうしても未だにハヤトからは私に対する“気後れ”のようなものを感じてしまう。

 それは、私にとっては最も悲しい事だ。

 だって、ハヤトは私にとって初めて心の底から『仲間』だと思えた存在。

 私は彼に出会わなければ生きてはいないだろうし、仮に生きていたとしたら『仲間』という存在を絵空事として生涯無味無臭の孤独を生きる事になったはずだ。

 だけど、彼の言葉に私の呼吸は止まった。


「もう一緒に仕事して結構経つんだから……いい加減」

「す、すみま……いや、ゴメン。未だに“綺麗なお姉さん”には緊張するクセが抜けてなくて……」


 …………!? ズ、ズルイ、そんな言い方!!

 私はハヤトの顔を見ていられず、思わず背を向けてしまう。


「も、もう! 本当に頼むわよ。店長は貴方なんだから!」


 顔が熱い! 心臓が煩い! 絶対耳まで赤くなっているはずだ。

 そんな私の肩に乗ったまま『車霊』カタナちゃんはいたずらっ子……いやいじめっ子のようなニヤニヤ笑いで頭をペチペチ叩いた。


『綺麗なお姉さんだって。ねえねえ、嬉しい?』

「……うるさいな」


 そんな事を言われると強く出られないじゃないか……。

 まったく……自分でも信じられない。

 この私が、女として扱われて嬉しいと思わせる男が現れるだなんてね。


                *


 私は元々ある武門の生まれだった。

 それは刀剣魔術が飛び交う戦場を体一つを凶器として敵を殲滅する事を目的にした凶悪な殺人武術。

 幼き日から兄弟たちと共に師である父から武術を叩き込まれた私には元々素養があったようで、辛く厳しい修行の中私の実力はメキメキと上がって行った。

 あの頃の私は強くなって行く自分に自信を持ち、自らを更なる高みへと押し上げてくれる流派を誇りとしていたのだ。


 今では名を口にする事すら忌々しいというあの流派を……。


 強き者こそ絶対、そう幼少から教えられて来たと言うのに、父はある日宣言したのだ。

『自分の跡は末弟に継がせる』と。

 この宣言に兄たちは大反対した。

 何ゆえに実力の劣る弟が次期当主に選ばれるのだと。

 しかし私にはその決定に不満は無かった。

 兄たちは認めたがらなかったが、弟の武術の際は兄弟の中でも抜きんでいて跡目を継ぐには十分すぎる力量を備えていたのだ。

 兄たちがその事を思い知るのは、何とか弟に辞退させようと挑戦し……圧倒的な実力差を見せ付けられて敗れた時だった。

 中には卑怯な手を使って弟を殺そうとした者までいて……その者は武術どころか日常生活にまで支障をきたす程の重傷を負う事になった。

 命まで取られなかった事が唯一の慈悲であるかのように。


 その中で私は最初から跡目争いに名乗りを挙げるつもりは無かった。

 名実共に末弟が次期当主として認められた時、姿を消すつもりだったのだ。

 だと言うのに……私は“あの男”の言葉に驚愕した。


『さあ、最後の仕上げだ。リンレイと戦え! 我が流派の奥義は一子相伝、その伝授には一切の情があってはならない。自らが愛した姉を、女を、肉親すら殺す事が出来て初めて会得する事が出来る!』


 弟は優しい子だった。

 修行の間でも相手を思いやる余りに自分が殴られる事だって何度あった事か。

 その度に、怪我をする度に、いつも治療を施していたのは私だった。

 辛く厳しい修行の中、弟との交流は唯一の安らぎだったとも言えた。

 だと言うのに……いつも優しい眼差しで私を見てくれたと言うのに。

“あの男”の隣に立った弟の目は暗く濁っていた。


『姉さん……俺が最強になる為に……死んでもらうよ』


 私は……弟の豹変に驚愕すると共に、今まで師と仰いできた“あの男”を心の底から憎悪した。

 殺意を剥き出しにして私に襲い来る弟の姿を見て笑っているのだ。

 その時私は全てを理解した。

 ああ……コイツにとっては全て計画通りだったんだ。

 仲の良い姉、私の存在を今まで残していたのは弟を思い通りの殺戮者に仕立て上げる為に……。

 つまり、最初から殺させる為に私は今までいたという事なのか……。


 その日、私は家名を捨てた。

“あの男”が言っていた『強さ』にモノを言わせて……。


                *


 それから私は流浪の旅の中、冒険者になった。

 皮肉な事に憎悪して吐き捨てた流派の武術が役に立って、いつしか『烈風の鈴音』なんて二つ名で呼ばれ、そこそこの稼ぎも得るくらいにはなった。

 しかし、私は己の家族すら敵対しなくてはいけなかった過去からか人を信じる事が出来ず、いつもギルドの依頼は一人でこなしてパーティーを組む事は無かった。

 無論力量と噂を聞きつけた他の冒険者から何度か誘いもあったのだが、共に行動するにしてもそのとき限り、決まったパーティに入る事は無く……その日の依頼も“とあるパーティから用心棒の依頼”といういつも通りと言えばいつも通りの奴だったのだ。

 そのパーティのリーダーとは何度か依頼をこなした事もあった事で深く考えずに了承してしまったのだが……それが大きな誤りだったのだ。

 盗賊の討伐依頼で訪れた小さな村。

 まさかその村の全てがグルであったと知った時、私は夕食に混入された神経毒で体の機能が半減してしまっていたのだから。


「アンタの親父さんと、そして弟からの依頼でな……アンタに生きて貰ってちゃあ困るらしくてね……」


 そう言う男も、そして取り囲む大勢の村人たちも、あの日の弟と同じように狂気に満ちた表情で私を取り囲んでいた。

 欲に取り憑かれた狂気。

 家名を捨てても、冒険者になっても、未だに付いて回る因果に吐き気がする。

 さっきまで仲間だと思っていた連中も、今や私を単なる獲物としてしか見ていない。

 ……正直に言えば連中の実力は大した事は無い。いつもの私であるなら何人で囲んでいても村人ごと屠る事も容易だっただろう。

 しかし神経毒のせいで自慢の素早さが封じられている今では……。


「これは……マズイかも……」




 動きの鈍る手足を叱咤して、何とか村人たちの包囲網を突破して山中へと逃げ込んだ私だったのだが、不意に足が縺れて倒れてしまった。

 神経毒がいよいよ本格的に回ってきたのか? と思ったが、脇腹の痛みでそうでは無い事を自覚する。

 脇腹に付けられた一本の刀傷、そこから止め処もなく血が流れているのだ。

 失血による機能の麻痺、その事に気が付いた時には私はその場で倒れてしまった。


「はは……まさかあのヘボ剣士の攻撃を受けちゃうとはね……」


 自然と乾いた笑いが漏れる。

 思えば私の人生は何だったのだろうか?

 強さこそ正義と教えられ、強さを求めたというのに……最後には他人に利用されるだけで終わる。

 強き者こそ絶対、あの男の言葉を否定するつもりだった私が……結局他の強さに飲み込まれてしまう

 そして……最後の最後……私の死で笑う者は大勢いるというのに……泣いてくれる人はだれもいない。


「やだなぁ~……そんなの……」


 そんな弱音が思わず口から漏れた時だった。

 私の目の前で人の気配が“現れた”のは。

 あのヘボ剣士どもと村人たちが山狩りをしている事は明白なのだが、それにしても人の気配には気を配っていたのだ。

 私には気配を感じる事の出来ない手ダレの者なのか?

 

「だ、大丈夫ですか!?」


 いずれにしろ、このままやられるワケには行かない。

 せめて一矢報いてからでないと……私にだって意地はある!

 私は精一杯気力を振り絞って殺気を放って虚勢を張る。


「ち、か……寄るな」


 しかし私が息も絶え絶え、ふら付く体で睨み付けた男は手ダレどころか殺気だけで身を竦ませていた。

 オマケに虚勢を張る私に対して恐怖すらしているようで。

 そして見た事も無い綺麗で上質な服を纏う姿はどう見ても村人には思えず、私は思わず気を抜いてしまった。

「あ……」

 そのせいで何とか立っていた足腰の力すら抜けてしまう。

 だがバランスを崩して倒れこむ私の体を、目の前の男は無警戒に直接支えたのだ。


「ちょ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」

 この男……村人たちとは無関係なのか?

 男の私への余りの無警戒にそんな事を思ったが、彼は私を支えた手を再度確認して驚愕に顔を歪めた。


「血……がこんなに!?」

「さ、わるな……」

 

 冒険者にとって怪我は付き物だ。

 まして自分のパーティ、仲間であるならいざ知らず赤の他人を気遣うというのは甘さの象徴とも言われる。

 事実行き倒れを装って金銭を集る輩などごまんといるのだ。

 夜の山中で出くわした怪我人など厄介事でしかないはずだ。

 それに、下手をして山狩りの村人連中にでも見つかれば……。

 だが、そんな事を考えていた私とは裏腹に、傷口に眉を顰めた男はカバンから白く上質な布を取り出すと、躊躇なく私の脇腹の傷へと押し当てた。


「ぐぎ!?」

「我慢して下さい! とにかくできる限り出血を抑えて……今救急車を!」

 

 傷口を圧迫されて純白だった布が真っ赤に染まる。

 な、なにを!? 治療しようとしているのかこの男は?

 こんな行き倒れの冒険者に、あんな上質な布を躊躇なく使って!?

 あんな純白の織物だったらそのまま売れば相当な額になるはずだろうに!? 

 私の疑問を他所に男は手元で見た事も無い光を放つ物を操作していた。

 何だあれは……魔導具か?


「くそったれ……圏外かよ!!」

 言っている事は全く分からないけど何やら上手く行かなかったらしく、男は舌打ちをすると、突然上着を脱ぎ始めた。

 一瞬警戒してしまった私だったが、男が肌着を脱いで躊躇なく引き裂いたのを目にしてまたもや驚愕してしまう。

 そしてさっきの布と同様に純白のシャツで私の胴を力一杯締め付け始めたのだ。


「な、何をしているんだ……お前……こんな上質な服で?」


 人の命よりも服の方が高価な時があるこの世の中で、行き倒れの冒険者の為に上質な服を包帯の代わりにする者など聞いた事も無い!

 しかし男は何でもないような、明日の天気でも答えるような気安さで言った。


「何って、取り合えず出血だけでも止めないと大変でしょうが」

「バカ、そうじゃない。見ず知らずの行き倒れ相手に……何をしているって聞いている」

「目の前で瀕死の人がいたら助けるのに理由はいらないでしょう?」


 何でだ?

 何で今なのだ?

 私はつくづく自分の運命を、神を、世界の全てを呪いたくなった。

 何故瀕死の今、こんなバカと私を会わせるのだ!?

 今まで散々利用され、裏切られ、人を呪いながら死ぬだけだったというのに……。

 何故今、確実に自分の不幸に巻き込む形でこんなバカと出会ってしまうのだ!?


「血の跡が続いてる! こっちだ!!」


 無情にも幼少から鍛えた聴力は村人の声を正確にとらえてしまう。

 見つかった……か。


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