第4話 車霊召喚

「どうやら……ここまでのようね」


 何とか脇腹の治療はしたけど、あくまでも応急処置だ。

 しかし激痛が無い訳がないのに彼女はふらつく体で立ち上がった。


「ダメですよ無理しちゃ! しばらくは安静にしないと」

「……もうすぐ数十人の武装した連中が来る。私を狩り出す目的で」


 止める俺に彼女が言った言葉は余りに非現実的で言葉を失ってしまう。

 そう言われてみると、彼女の傷はどうやって出来たものだ?

 事故にしては余りに綺麗な一本線の切り傷。

 どう考えても刃物による意図的な攻撃しかありえないのではないか?

 そう思った時、俺の脳裏に真っ先に浮かんだのはヤの付く職業の人々が使う俗称『ドス』と言われるアレ……。


「貴方は……何やらヤバイ連中に追われているんですか?」


 初対面で殺気だけで足止めされた事もあって、彼女が只者じゃない事は察していたけど……ようするにそっちの世界の人って事なのだろうか?

 後々真相を知った時は随分明後日な事を考えていたと思うけど、この時の俺はまだ異世界転移なんて考えていなかったのだから仕方が無いと自己弁護したい。

 そんな俺のズレた思考とは裏腹に、それでも危険である事に変わりは無い。


 「そうだ……連中に見つかった時、私と一緒にいて仲間などと思われれば危害はお前にも及ぶ事になる……」

「…………」


 そう言いつつ彼女は俺に背を向けた。

 それが、巻き込みたくないから早く逃げろという意である事は察せられる。


「最後の最後……お前のようなお人好しなバカに会えたのは……幸運だったのか、不運だったのか……」


 彼女の自嘲めいた呟きと共に、闇に閉ざされた目の前の木々の間から徐々に灯火が見え始め、ドンドンと数を増やして行く。

 それが時代錯誤な松明である事を理解した途端、殺気だった男たちの声が響き渡る。


「いたぞ! こっちだ!!」

「手こずらせやがって……往生際の悪い女だ!」


 口汚い言葉に理性は感じられない。

 何だか分からない。

 分からないけどこのままじゃ、重傷を負った彼女が大変な事になるのは明らか。

 一方的な虐殺……そう思った時、俺の脚は自然と動いた。


「お前を巻き込んだら、確実にこの出会いは私にとって不運な最後になってしまう。だからお前は私に構わず、のわ!?」


 巻き込みたくないから逃げてくれ。

 彼女の覚悟と言葉の意味を理解した上で、俺はその事を全無視。

 ふらつく彼女を無理矢理背中に背負って、そのまま松明とは逆方向の坂道を走り出した。

 追っての連中の姿は俺からは見えないけど、どうやら向こうも俺の存在までは気が付いていなかったようで、いきなり現れた俺がターゲットを連れ去った事に面食らったようだ。


「な、何だ今の男は!? ヤツに仲間がいるなど聞いていないぞ!」

「クソ! 待ちやがれ!!」


 古今東西、三千世界の隅から隅まで、それを言われてまつバカはいやしない。

 俺はとにかく闇雲に、脚がこんがらがるのを必死に抑えて坂道を駆け下る。


「何してるのアンタ!? 降ろせ、お前も狙われるぞ!!」


 背中で喚く女性の言葉をBGMにして。




「は~、は~、は~……ガハ! 運動……不足……何とかしよ……」

 多分時間にすれば20~30分、普段運動していなかった俺にしてはよく全力疾走でここまで走ったものだ。

 足が痙攣する……明日は絶対筋肉痛だろうな。

 しかし地面に降ろした彼女は俺よりも辛そうに見える。

 傷の痛みがあるのは明らかだけど、彼女が顔色を悪くしている原因はそっちじゃないんだろうな。

 証拠にさっきから俺の事を睨みつけている。


「バカ……何故あんな事をした? こうなれば奴等はお前も確実にターゲットに加えてくるぞ」

「やっぱり……そうなりますかね」

 言われて今になって怖くなってくる。

 俺だって進んでヤの付く方々と関わりにはなりたくない。

「は~~……は~……何でって、何でだろうね?」

「……聞いているのはこっちだ」

 呼吸が落ち着いてくると思考も冷静になって来る。衝動的って言ってしまえばそれまでだけど……それでもあの時、自分が間違っていたとは思えない。


「結局、重傷者をほっといて自分だけ逃げるのが嫌だったってだけでしょうね。絶対に明日の飯が不味くなりそうだ」


 自然と出た結論はそれだけだった。

 正義の味方でも義侠心があった訳でもなく、結局俺は自分の為に彼女を背負って走ったに過ぎないんだよな……。

 俺がそんな事を言うと、彼女はしばらく黙って睨んでいたけど、やがて呆れたとばかりに息を吐き出した。


「行き倒れの冒険者なんて、厄介事でしかないのが常識なのにな……」

「冒険者?」


 俺は彼女がサラッと口にした言葉に引っかかった。

 冒険者……ダチに勧められて一度やった事のあるRPGの自分が操作する主人公の職業にそんなのがあったような……。

 そう言われてみると目の前の彼女の格好、コスプレと言うには余りにどうにいった中世ヨーロッパ辺りの旅人にしか見えない。

 少なくとも……裏社会の、ヤの付く連中と繋がりのある感じには見えない。

 そういう輩だったら、もっとこう……ライダースーツを着て、バイクにまたがって拳銃とかライフルをぶっ放すとかの方が今時はしっくり来るよな。

 フ○コちゃん的な……。

 そう思ってみるとこの人、ライダースーツにバイクが似合いそうなスタイルだよね……足綺麗だし。

 俺はこんな状況だと言うのに不埒にもそんな事を考えてしまった。

「ん?」

 しかし、そんな俺の思考に呼応するように……その瞬間、彼女の肩の辺りに光る球のような何かが見えた。

 何故だろう……その光りの球の存在がひどく懐かしく思える。

 懐かしく、憧れ、欲し、いずれは自分も手に入れようとした何かの感覚。


「……肩の辺り、光っているそれは何なんですか?」

「何?」

 俺にそう言われて彼女は慌てて自分の両肩を見たが、やがて怪訝な顔になった。

「何を言っている? 何も無いじゃないか」

「え!? そんな煌々と光っているのに?」


 何度聞いても“そんな物は無い”の一点張り。

 まさか、これは俺にしか見えていないのだろうか?

 俺は思わず彼女の肩の光りに手を伸ばした。


「ほら、ここで光っているんですけど……」


 その時、俺はその光りの球から何かを掴まえた。

 何を、とも何故、とも分からず、本能的にとしか言いようがないのだが、俺は光りの球から引っ張り出したのだ。

 黒髪巫女衣装の、一人の愛らしい幼女を……。


「「は?」」


 俺も、そして負傷で息も絶え絶えだった彼女も、いきなり現れた幼女の存在に面食らうしかない。

 しかし急に現れた幼女はフワリと宙に浮かぶと、ペコリと礼儀正しくお辞儀をした。


『発現させていただきありがとうございます創主様。そして、初めまして主様。わたくしは主……リンレイ様の車霊『カタナ』と申します。以後お見知りおき下さい』


 自己紹介をする幼女に、場違いにも俺は目の前の女性の名前を聞いていなかった事にようやく気が付いた。


                *


 その時一人の冒険者を名乗る男、ギルは焦っていた。

 彼が受けた依頼は武術の達人にして名うての冒険者『烈風の鈴音』ことリンレイを抹殺する事。

 依頼主は不明だが彼はその報酬の高額さに飛びついたのだった。

 時間をかけて罠をはり、村人を全て買収するのに相当な金額を使う羽目にはなったのだが成功報酬が破格な事で必要経費としてここまで準備していたのだ。

 しかし計算違いが一つあった。

 作戦はおおむね上手く行ってリンレイに『動けなくなる』神経毒を盛る事も成功したにも関わらず彼女は動きを鈍らせてはいるもの動き、村の中で始末する予定だったのに村から脱出されてしまったのだ。

 おまけに逃亡の際包囲網を敷いた仲間の五十人のうち、約30人は倒されてしまったのだ。

 計算違いとはズバリ『リンレイの強さを見誤った』事に尽きるのだ。


「クソ化け物め。毒で相当動きが悪いはずなのに……本当に毒は効いてんのか?」

 ギルとしてはそこから疑ってしまう。

 それくらいリンレイの強さは異常だったのだ。

「間違いねーよ。ヤツが本調子なら俺たちはとっくに全滅してただろうし……何よりお前に一撃入れる隙も無かっただろ?」

「……ま~な」

 

 リンレイに一太刀与える事が出来た事はギルにとっても驚きだった。

 自分が彼女との実力に雲泥の差がある事は己自身が良く分かっている事。それはギルにとって運以外の何ものでもない。

 そして、その運を逃してはいけない事も。


「今日ヤツを逃して時間を与え回復でもされたら終わりだ! 何としてもヤツは今夜中に抹殺するぞ!」

「分かってるさ……!」

 達人を葬り大金を手にする千載一遇のチャンスに仲間たちは獰猛な瞳で了解する。

 釣られてギルも明るい未来に思いを馳せてニヤニヤと笑った。




 後にギルはこの時の自分の判断を生涯後悔する事になる。

 同業者を裏切り抹殺しようとした事で冒険者の資格を剥奪、更に後々『王家御用達』にまで名を挙げる事になる者たちに手を出した事から『国家反逆罪』まで適用されて追われるまでに落ちぶれるのだから。

 彼は逃亡生活の緊張の中、安眠する事もできずにうなされる事になる。

 両の瞳を太陽の如く輝かせ、ドラゴンの咆哮の如き爆音を上げ、どんな俊足の者でも到達出来ない、軍馬よりも速い走竜でも適わない圧倒的なスピードを誇る化け物を駆る“烈風の鈴音”の真価を見せ付けられた事で……。


『あんな依頼……受けるんじゃ無かった……』


 最後の日を獄中で迎える彼の口癖を耳にした者たちは心に刻むのだった。

 ああはなるまい……と。

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