第7話 今日の晩御飯
リンレイ視点
『龍舞』、それは私が長年修めた流派に伝わる口伝。
代々伝えられてきたその言葉は現在では『龍の如く舞い敵を殲滅する』流派を畏怖する表現だとされていた。
しかし、私は昔からその言葉が疑問だった。
本当にそんな事を口伝で伝える必要があったのかと……。
そして、私は確信した。
わたしにとって最高の『龍』を見つけた時、その龍に跨った時に口伝が伝えようとしていた本当の意味を。
口伝は『龍が如く舞う』ではない、『龍と共に舞う』事こそ真実。
私は確かにあの時舞ったのだ。
暴力的なスピードの中、龍(カタナ)と共に武闘の舞を。
*
あの後隣町まで移動した私たちだったが、治療院直行した私はもう少し遅かったら手後れになっていたと携わった神父に驚かれたらしい。
私はその時しばらく気を失っていたので詳細は覚えていないけど……本当にハヤトには返しきれないくらいの恩が出来てしまった。
本人は「俺は何もしていない、全部カタナがいたからだ」と取り合ってくれないけれど、とんでもない。
本当なら私はあの日に死んでいた。
山全体に包囲網を敷かれ、更に失血と神経毒で徐々に体の動きを奪われていたのだから。
あの日、ハヤトが目の前に現れなければ……。
そんな彼は今、嬉々として台所で厚切りのハムを焼いている。
今日は久しぶりに『車霊』発現の客がいて実入りが良かった事もあってご機嫌ね。
「リンレイさん、もう少しで出来るから皿用意しといて。ワインまだ開けたらダメだよ」
「分かってるわよ、失礼ね」
言われた事が冗談だと分かりつつ、笑いながら軽口を叩く……まったく、『烈風の鈴音』何て言われていた自分が……変わったものだ。
……あれから色々とあった。
治療を終えた私は、まずハヤトの素性を聞いて本当に驚いた。
まさか異なる世界、異世界が存在していて、そしてハヤトはその世界からやって来た異世界人である事に。
何も無ければ半信半疑に『何言ってるんだ?』とでも思いそうだけど、生憎その事を照明する存在が既に私の傍らにいた。
車霊カタナ、今や私の無二の相棒であり愛車である少女。
ハヤトが言うには彼女の『バイク』形態が本来の姿で、向こうの世界には沢山の同型のバイクが存在するんだとか。
但し感情は無く、馬車などと同じように『乗り物』としてしか存在しえないらしい。
その辺はおそらくこの世界の『魔力』とハヤトの『記憶』が相互干渉した事で生まれた特殊な召喚能力なのだろうと結論付けた。
……少々強引だけど。
「ん? どうしたのリンちゃん」
じっと見ていたのが気になったのだろう。リンゴを齧りつつ宙に浮いていた紅白衣装の少女がこっちを向いた。
「いや、なんでもないよ。ただ……今回も何も収穫は無かったな~って」
「そ、だね」
この店を開店してから数ヶ月、売り上げは至って順調だ。
元々ハヤト自身その方面の商才はあったらしく、顧客も徐々に増えていっている。
店の業務内容は基本的に三つ。内訳二つが私もカタナちゃんと担っている『荷物の運搬』『客の移動』だ。
とにかくこの店の最大の強みは“他では類を見ない程のスピード”を持っている事だ。
王都と各町や村を挟んだ『商業都市』に店を構えている事もあり商売は順調だ。
オマケに料金設定を以前からいる『運送屋』や『乗合馬車』などより割高にしたお陰で住み分けもしっかり出来ている事で同業者たちとの軋轢も少ない。
そしてもう一つは『車霊現出』。
これが一番高い料金設定だけど、一番少ない業務だ。
これに関しては私たちドライバーやライダーにはどうしようもない、それこそハヤトにしか分からないし出来ない事だった。
現出の機会は驚く程少ない。それこそ魔導師が魔力の才能を持って生まれるよりも少ない確率なのでは? と思う程に。
でも、一度車霊を持つ事が出来た者へのその恩恵は凄まじい。
私の『カタナ』を筆頭にしたライダーたちはとにかく在り得ない『速さ』を手に入れる事になり、個別で移動屋を営む者もいれば、そのままハヤト・ドライブサービスに雇われる者もいる。勿論十分な給料でだ。
魚屋の大将に付いた車霊は『レイトウシャ』と言うらしく、内陸部では不可能だったはずの生魚の運搬を可能にしたと、今では王宮の食材運搬すら任される高給取りになっているんだとか。
土木工事を生業にしていたドワーフに発現した『シャベルカー』も凄まじい。軽々と地面を掘り進めてしまうそのパワーは圧巻で、何よりも魔法とは違ってとても正確無比。
どの人達も当初の料金などとっくに返済して今や成功者の仲間入りをしている。
だけど、そんな成功する人たちの喜びの声に一緒になって喜ぶハヤトを見ていると、不意に遠くを見る事がある。
そんな時、私は自分が忘れている事実を思い出す。
ハヤトは、この世界の人間では無い事を……。
私は王都など大きな町に行く度に『異世界転移』に関する情報を少しづつ探っている。
いつかハヤトが元の世界に帰れるように。
……もっとも台所で現在鼻歌交じりにハムを焼いている本人には言っていない事だけど。
「もう王都で情報収集しても無駄かな……」
不意に思いが口から漏れた。
残念ではある……それは紛れも無く本音だ。
でも……見つからなかった事に少しホッとしている自分を否定できないでいるのも事実。
「はあ~~最低ね私……」
『な~に乙女みたいな溜息付いてるのよ』
「な!?」
気が付くとリンゴを片手にカタナちゃんがニヤニヤと顔を覗き込んでいた。
「な、なによ」
『恩人を元の世界に返してあげたい……でも帰って欲しくない……複雑な女心ねえ~』
「!?」
こ、この娘は本当に! 本当にもう!!
召喚獣はある程度、主と精神を共有するっていうけど……この娘は本当に余計なところで察しが良すぎる。
私が必死にごまかそうとしている本音をズバリと言い当ててしまう。
「……自覚させないでよ」
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