第35話 場末酒場の親父共
バルガス視点
夕刻を過ぎた頃の王都。そこの下町に程近い大衆酒場には仕事を終えた市民や、冒険者たちが酒を酌み交わす喧騒で賑わっている。
そんな雑多な空気の中、ワシは簡単なツマミと共にエールを傾ける。
「ッカーーーやはり一仕事終えた後の一杯とはこうあるべきじゃな! 王宮での上品な料理と高級なワインはたまにはいいが、ワシのような者にはこっちの方が性にあっとる!」
大元帥の地位に付いていた時などはその手の晩餐に呼ばれる事も多かったが、主に国賓や貴族たちの地盤固めの会という色が強かったから、楽しめたためしが無い。
まだ戦場で保存食をかじっている時の方が飯を食っている気になれたものだしな。
「元気そうだのう……バルガス」
そんなワシの差し向かいで恨みがましく言うのは同世代の友人、最も本来であればこのような場末の酒場にいるはずの無い人物なのじゃが。
周囲の連中が知ったら大騒ぎになるだろう。
そんなワシの古くからの友人、この国のトップ、国王であるディールは覇気のない顔で同じようにエールをチビチビとやっている。
「そう言うお主は元気がないのう。昔から心労が溜まると城から抜け出すクセがあったが、後で宰相や侍女長に叱られても知らんぞ……」
本当なら今日は正規のルートで謁見を申し出たのだが、ワシが王都に来ている事を知ったコヤツは速攻で夜にココで密会する連絡を寄こしたのだ。
「お主が強引に大元帥を辞して出て行ってしまったからだろうが。おかげでお主を慕う軍部の連中は抗議するし、ワシはワシで愚痴を言えるヤツもいなくなるし……」
「む……そう言われると耳が痛いが……」
「おまけに新たな能力を得たお主は楽しそうに各地を走り回って……」
ディールは隠そうともしない羨ましいとの瞳をワシの傍らで伏せている黒豹『シャドウ』の注いでおる。
結局はそこなのじゃろうな……早く自分も国王の重責を降りたい、楽隠居したいと。
「そこは仕方あるまいて、そもそもお主の婚姻が遅すぎたのが原因じゃろうが」
「……それを言ってくれるな」
この国の国王は世襲制、順調であれば長男が継ぐべきと言うのが一般的だ。
先代国王の時代、第5王子であったコヤツは当初から国王になるつもりなどサラサラ無く、騎士団であったワシ等と一緒に戦場に立ったり、バカやっているような放蕩王子じゃった。
ただ放蕩者のクセに女性には硬く“生涯を誓える女性は自分で見つける!”と豪語していて、王位継承が低い事もあってこのワガママは半ば放置されていたのだ。
だが、ワシ等が40も後半に差し掛かろうという時期に王子の継承に問題が生じた。
第一王子が急逝なされたのだ。
当時もうそろそろ王位継承とされていた王子の急死に国内は騒然としたが、しかしそれでも第二王子は健在だったので彼が王位に付けば問題は無い……そう思われたのだが……何と第二王子は市井の女性と駆け落ちしてしまったのだ。
既に妻子もおる身で何をやっとるのだと、老いた国王も王宮勤めの者たちも、当時は揃って頭を抱えたものだ。
そして第3、第4王子は政略の為に他国へ婿養子として既に送られていた。
どちらも国力は弱い国で、後に王子たちを国王に据え、国として吸収される事を望まれた政略だったので、持ちかけて来た二つの国の国王は国より民を残す英断をしたと、当時ワシ等も感服したものじゃったが……事がこうなると国外へ出した事は我が国にとって一大事である。
……で、当然ながら当初は全く継承権に関わる事が無いと思われた、本人も全く関わる気など無かったディールが国王に指名された。
つまりコヤツは消去法で国王になってしまった男なのだ。
幸いと言うか何と言うか……この頃にはコヤツもようやく城勤めの侍女を見初めて手を……もとい懸想して、中々の年の差ではあったものの結婚するに至っておった。
現王妃が突然の事態に目を回しておったのは今思い出しても笑うに笑えない。
そんなこんなで、ワシなどは既に孫が国軍入りしているくらいなのに、コヤツは同い年で長男がワシの孫とほぼ同期、末の娘が10歳という同世代としてはズレを感じる家族構成となっておる。
もう少し誕生が早ければ、すでに楽隠居も出来ておったろうに……。
たまにヤツが『あの時兄上が“遅咲きの恋”とか言い出さなければ……』とか愚痴を聞くのも何度目じゃろうな……。
しかしワシも今回はヤツの愚痴ばかり聞いてもおれん。
話を今回の事件、商業都市トワイライトで起こった事に切り替えると、途端にヤツは友人ディールから国王の顔へと変貌する。
「してバルガス。トワイライトの事件、お主はどう思う?」
ストレートに聞かれて、ワシは傍らのズタ袋から穴の開いた水晶を取り出しテーブルへと置いた。未だ内部には魔法陣が縦横無尽に描かれているのが場末の少ない灯りでも良く分かる。
「これは?」
「魔獣召喚用の魔法陣、地脈の魔力を喰い、そのまま魔獣を生み出す禁呪。しかもコイツは段階的に魔獣のレベルを上げる最悪の部類らしい」
「そうか……コイツが……」
渋い顔で水晶を手にしたディールは難しい顔で水晶を眺める。
「それと……こいつはさっき“ハヤトから聞いた”のじゃが……」
「ハヤトから? もしかしてさっき話題にしとった『遠くでも話せる連絡手段』でか?」
「そうじゃ、最初は幻聴かと疑ってしまったがのう」
戦場で死線を彷徨った時には何度か経験した事もあるゆえ、当初は己の体調を疑ってしまったがな。
「どうやらワシが王都に出向いている間に、商業都市に黒龍の襲撃があったようなのだ」
「黒龍だと!?」
国王のディールとしてはドラゴンの襲撃と言うだけでも一大事になる。
しかしワシは思わず立ち上がってしまったヤツを「声が大きい!」座らせて落ち着かせる。それで自分がお忍びである事を思い出したのか、幾分落ち着くを取り戻すものの、緊張した面持ちは崩さない。
「大丈夫なのか? 黒龍など国軍で対処せねばならん厄災、いやそもそもあの都市にはお主の奥方も……」
「それは心配要らん、何せ黒龍は既に倒されたらしい。優秀な魔導師たちによってな」
「!?」
今度は絶句してしまう友人。
まあムリは無かろう、ワシも初めて聞いた時は耳を疑ったからの。
「ど、どうやってだ!? ドラゴン討伐など国を挙げての大事業……いや大戦争を覚悟してようやく可能かどうかと言うところだろうに」
「トワイライト駐留の兵士たち、冒険者たちが協力して魔導師たちが極大魔法を使用する事で辛くも勝利を収めたらしい。具体的には……」
それからワシはハヤトから聞いた武勇伝をそのまま伝えた。
当初ヤツもありえない事として半信半疑だったようだが、そこに至るまでの経過と方法を聞き、徐々に納得したように唸り出す。
「それは……確かに巨大な攻撃用魔法陣を描ければ可能とも言えるが……しかし理屈は分かっても実現するのは……」
「ワシも話を聞いた時は開いた口が塞がらんかった。こんな戦法軍隊ではとても実行できん。個々の天才と、車霊の恩恵が集まって初めて可能な、奇跡的な勝利じゃよ」
「やはりムリか? 軍として彼の力を組み込むのは……」
ワシも軍属だったゆえ、強力な力を国軍に組み込めないか考えてしまう気持ちもわからんでは無いが……。
「どんなに強力であっても攻撃用魔法陣が戦力として現実的では無い事は良く知ってるじゃろ? 一部の天才しか使えん、常人には使えぬ技術である以上軍部の作戦に組み込むべきではないからな」
たとえ強力であっても不確定な要素があるなら使用しない。当たり前のように使える技術であるからこそ初めて作戦として使える。
そういう意味ではワシも軍向きではなかったのかもしれんな。
万が一軍に組み込むとしても失敗も前提にした『特殊部隊』としてという扱いになるだろうな。
「それは残念だが……バルガス、お主はこの魔法陣による魔獣発生と黒龍襲撃に付いて、どう見る?」
そう言ったディールの目は鋭さを損なわず、それでいて何かを諦めているようにも見える。おおよその予測はしているのだろうな……ヤレヤレ。
「魔獣、氷雪狼が発生したのはトワイライトから程近い『試しの洞窟』、そして今回の黒龍襲撃は十中八九“外法召喚士”の仕業じゃろう」
外法召喚士、本来召喚士は使役に成功した魔獣や精霊を召喚して戦う者たちだが、まれに実力も無いのに召喚を行ってしまう輩というのがいる。
そういった場合、戦いに勝てれば使役できるが、失敗した場合術者は召喚した魔獣に殺されて、召喚の魔力が切れれば召喚された魔獣は元の場所に返還される。
だが外法召喚士は召喚した魔獣に己の存在を誤認させる目的で『身代わりのより代』を用意し、魔獣に無差別攻撃を行わせ自分の手を一切汚さない外道の事だ。
おそらく今回の事件も犯人はトワイライトからかなり離れた場所で、高見の見学をしていたのだろう。
「どう考えても自国に被害が出る人為的事件に、都市の連中も冒険者も、それにハヤトも他国による干渉を真っ先に疑っておったが……」
彼等の考えは正しい。むしろそうでなくてはおかしいのだ……おかしいのだが。
ワシはこの事件に絡む連中がおおよそ予想が付いていた。
「国内でもテストケースとしてお主が始めて、商業都市として発展したトワイライトを狙った国内の勢力の仕業……じゃろうな」
「やはり……そう思うか」
いい加減良い年をしたジジイ二人の溜息が漏れる。
商業都市トワイライトは国王ディールが即位と同時に打ち出した偉業の一つと言われている。
そもそも身分制度のしからみのせいで滞っていた商業を発展させる為に、貴族や市民の身分制度を最小限に考え、商人たちによる経済を確立したのがトワイライトなのだ。
その考えを元に、いままで既得権益のせいで頑張っても儲けに繋がらなかった商人や市民たちから絶大な支持を受け、今やあの都市は王都に次ぐ経済都市へとなろうとしている。
しかし当然だがそんな流れが気に食わないのが既得権益を独占していた貴族や大商人たちだ。
連中は自らの怠慢を棚に上げ、トワイライトを『金の亡者が巣食う魔都』だの、真っ先に有用性に気が付き自領を商業都市として開放したトワイライト伯爵を『銭ゲバ貴族』などと揶揄しているのだ。
そのくせ金は欲しいらしく、安易な横槍や嫌がらせは未だに続いていて、その流れは一部の商売でもチラホラ見え隠れしている。
まったく忌々しい事だ。
「連中はどうあっても“第一王子の息子”を国王に祭り上げたいのだろう。その為に手っ取り早くお主の功績にケチを付けたいと……」
「まったく……あの都市を更に発展、利用して、ワシの功績から掠め取るような男であれば喜んで王位などくれてやるものを……」
ワシの結論はディールも同感だったようで、むしろ確認の為にワシに聞いて来たようだ。
その辺の考え方の違い、自分の気に入らない事ですら利用してやろうという強かさが無い事が未だにコヤツが王位を譲らない理由だと言うのにな。
「お主が嫁を見つけるのが遅すぎたのも原因じゃがな。さすがに後3年はどうしようもなかろう」
ディールの長男、現第一王子のカイトは聡明で、しかもディールをそのまま好青年にしてような男じゃ。
このままあの子が王位を継いでくれれば、この国も安泰なのじゃがなぁ。
あの子が成人するまで後3年は楽隠居とは行かないじゃろう。
「……仕方あるまい。妻とは26歳差じゃぞ? さすがのワシも幼女の頃に手を出す訳にはいかんからのう」
「そういう意味で言ったワケじゃないわい! まったく、この嫁ボケは……」
どこまで行っても、おそらく過去に戻れても王妃以外を娶る気は無いらしい。
まあ、気持ちはよ~くわかるがの。
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