第28話 黒龍のターゲット

 ギャオオオオオオオン!!


「うわあああああ!? ドドドドラゴン!?」

「な、なんでこんな街中に!?」


 その巨大な存在の登場に商業都市トワイライトは大混乱に陥った。

 恐怖による一瞬の静寂の後、市民は口々に叫び我先にと逃げ惑い始める。

 しかし、そんな中でも混乱する市民たちを兵士や冒険者など戦いに慣れた連中は、慌ててはいるものの避難誘導をしている。

 さすが、こんな時でも職務に忠実かつ冷静だ。

 ……何人か一緒に逃げているのもいるけど、あの手の輩は後で大変な目に合うんだろうけどな。


「黒龍は大きな音や声、突然の動きなど刺激に反応しやすい! 皆なるべく静かに、かつ慌てないで兵士や冒険者たちの誘導に従って避難するんだ!」


 そして上級の冒険者『炎の椋鳥』のリーダーソフィさんは、黒龍の知りうる特性を加えつつ、未だに噴水広場で身を竦ませている人たちに声を上げて避難を促している。

 自分が言う通り黒龍を刺激しないように、大声にまではならないくらいの大きさの声を意識しつつ……。

 そんな彼女の行動に半狂乱だった連中も辛うじて冷静さを取り戻し、声を上げないように口を塞いでゆっくりと避難して行く。

 そんな中、黒龍は上空を旋回している……そんな様をソフィさんは納得行かないとばかりに睨みあげていた。


「しかし……何でこんな所に黒龍が?」

「そ、そんなに珍しい種類なんですか? 黒龍って……」


 俺はさっきから上空を飛び回る圧倒的な存在を前に足が震えてしょうがない。

 一度竜騎士が乗るっていう翼竜(ワイバーン)を見て驚いた事があったけど、コレに比べればあんなのは翼のあるトカゲのようなもんだ。

 巨大な口に巨大な翼、全身を覆う漆黒の硬い鱗、岩石を繋いだかのようにゴツゴツした尾と、全ての物質を物理的に破壊するだろう爪と牙。

 どう考えても対峙して良い存在じゃない。


「ドラゴンの種は総じて知能が高いんだ。黒龍は言語を理解する程では無いけど、元々頑強な鱗と全属性魔力耐性を持っているから自分たちが人間に狙われる可能性も理解していて、人家には近寄らないし滅多に住処の『南の孤島』を出る事は無いはずだけど……」

「……人間を怖がっているって事ですか?」


 日本にいる時に山で最強だという熊が人を襲うのは、熊も人間を恐れているからだと聞いた事があるけど、もしかしてドラゴンもなのか?

 しかしソフィさんは首を振って否定する。


「違う。どうも黒龍にとって人間は捕食するにはマズイらしく、殺す事が面倒だというのが一般認識だね。人が害虫を嫌うみたいに……」

「うわあ……」


 あの巨体に食われる事を想像して一瞬某恐竜映画を想像してしまったが、どちらかと言えば『獲物』ではなく『害虫』認識と言われると……それもそれで納得が行かないのはなんでだろうか?


「豊富な魔力を含む巨大な獲物しか奴等は好まないのさ。だからこそ人間のいる場所に姿を現す必要が本来ないんだけど……」


 そうこうしているうちに、絶えず警鐘を鳴らし続けていた一つの鐘楼に向かって黒龍が巨大な口を開くと眩い光が漏れ始めた。

 え……あれってもしかして……。


「ふせろおおおおおおお!!」

「う、うわあああああ!!」


ドガアアアアアアアアアアア!!


 慌ててソフィさんが俺の頭を抱えて伏せた瞬間、凄まじい爆音と爆風が辺り一面に響き渡った。

 ここからは数百メートルは距離があったはずなのにガラガラという破壊音がハッキリと聞こえ、破片がココまで飛んでくる。


「な、なんだあああ!?」


 慌てて黒龍の方へ視線をやると、さっきまではしっかりとそびえ立っていた鐘楼が跡形も無く消し飛び、変わりに土煙が立ち上っている。


「黒龍のブレス……とんでもない威力だわ」


 同じように埃に塗れた顔を拭いつつ上空を見上げるソフィさんの瞳は驚愕に見開かれていた。

 シャ、シャレになんねーぞ、この威力は……。

 しかしブレスの威力に誰もが驚愕し恐怖する中、黒龍は自分が破壊した後、何事も無かったかのように上空を旋廻し始める。

 まるで何かを探しているかのように。

 その姿を見てソフィさんの表情が更に険しくなる。


「まさか……ターゲットにされた冒険者がこの町にいる?」

「ターゲット?」

「魔獣には追跡(トレース)の習性を持つヤツがいるんだけど、下手に手を出して匂いや魔力を覚えられた者は何時までも追いかけられる時があるんだよ。先日の氷雪狼みたいに匂いに敏感な魔獣なんかは特にね」


 聞き返す俺にソフィさんは上空を見据えたまま説明してくれる。


「魔獣を仕留めそこなった冒険者がターゲットになる場合があるんだが、そういう場合派住民に被害が及ぶ危険があるから仕留めるまで居住区に入ってはいけないルールになっているんだよ」

「誰かが町まで連れて来たって事ですか?」

「……ドラゴンは基本的にどんな魔獣よりもプライドが高く執着心も強い。一度でも自分を害したターゲットは仕留めるまで追い続けるもんだが……」


 そこまで言ってからソフィさんは険しい表情のまま、背負っていた杖を取り出しつつ首を捻る。


「本来黒龍なんてSSS(トリプル)級の魔獣に手を出すのは御法度。命知らずのバカな初心者が手を出して手痛いしっぺ返しを食らうのは良く聞く話だけど……この町に“黒龍に手を出して生き残ったまま帰って来れる様な実力者”なんて、いたかな?」

「……どういう事ですか?」

「無知な初心者なら、一瞬でその場で殺される。あの黒龍の攻撃をかわせる上級者であるなら、そもそも手を出すワケが無い」


 彼女の見解を示すように、ここからだと少し距離がある別の鐘楼に辿り着いた黒龍がブレスを吐き出し破壊するのが見える……ソフィさんが言った通り、大きな音を出す物に反応しているようだ。

 なるほど……確かにその通り、俺だったら瞬殺される。

 そして商業都市に点在している鐘楼が一匹の黒龍に順次破壊されていく……都市部内でもそれぞれ結構離れているのに、何てスピードだ……。


「……加えてあの機動性とスピードだ。南の島からこの都市までの距離を考えると、どんな上級者でも“引き連れたまま生き残る”事自体がムリだ。無論、『炎の椋鳥(わたしら)』や『車輪の誓(ケルトたち)』パーティーや、店長自慢の配達員(リンレイ)であっても」


 彼女の見解を聞いてゾッとする。

 あんまり考えたくないけど……つまり、あの黒龍がこの都市を襲う理由として考えられる可能性は……。


「…………リンレイさんやソフィさんたち以上の実力者が、意図的にこの町を襲うように誘導しないとムリって事ですか?」

「…………そうじゃないと、説明が付かないね。知能が高いなら利用される、なんてのも見抜いて欲しいもんだけど」


 ソフィさんもその結論は想像したくなかったようで、冗談めかしながらも額から一筋の汗が流れ落ちる。

 つまり、狙われているの個人のターゲットでは無く、この商業都市トワイライト自体なのか!?

 


「うええええええ…………」



 その時、噴水広場付近から女の子の鳴き声が……ハッとしてそっちに目をやると、恐怖に身を竦ませてうずくまる一人の少女が号泣していた。

 悪いタイミングと言うのは重なるもの……町中でけたたましい音を鳴らしていた鐘楼が、全て破壊されたのか、あるいは警鐘を止めたのか、その時は全て止まっていた。

 そして最悪な事に一瞬の静寂の中、大きな音や声に反応する黒龍が噴水広場上空を通りがかった瞬間に、少女の鳴き声を捉えてしまった……。


 ギャアアアアアアアア!!


 黒龍は今度はブレスではなく、その雄叫びを上げつつ巨体を急降下させて噴水広場へと突っ込んで来た。


「ヤバイ! 女の子が!!」

「なに!?」


 俺は咄嗟に走り出すが、とても黒龍の速度に間に合いそうも無い!

 万事休すか!? と思ったその時、号泣しうずくまる少女の前に立ちはだかる存在があった。

 それはうずくまる少女と大して年齢に開きが無い、少しだけ上の、よく顔立ちが似ている少女だった。

 巨大な恐怖に震え、自分も怖いだろうに、涙目で必死に守ろうと小さな体で守ろうとしている……………その娘のお姉ちゃんだった。


「炎爆豪魔弾(フレア・バースト)!!」

「ガアアアア!?」


 その瞬間、急降下していた黒龍の側面に巨大な火球が高速でブチ当たった。

 突然の爆発に黒龍は反応出来なかったようで、落下コースを急に変えられて轟音と共に噴水へと突っ込んだ。 

 瓦礫と水と土煙……あらゆる物が飛び散るが、間一髪その隙に俺は動けずにいた姉妹を纏めて掻っ攫った。


「大丈夫か!?」

「あ……うあ……」

「………………」


 何が起こっているのか理解が追いつかないらしい。お姉ちゃんは未だに震えているし、妹に至っては絶句してしまっている。

 しかし“魔杖を構えたまま噴水に突っ込んだ黒龍を見据える”ソフィさんは震えるお姉ちゃんに笑いかけた。


「やるじゃない、あの黒龍に一歩も引かずに守るなんて……そうそう出来る事じゃないよ」

「え……あの……」

「誇って良い。君は妹を守った、立派なお姉ちゃんだ」


 その瞬間、ハッとした少女の目から戸惑いが消えた。

 ソフィさんに言われた事で自分のやるべき事、やらなくてはいけない事を思い出したように。


「でも、まだやる事は残っている……安全なところまでこの娘を連れて行かなくてはいけない……分かるね?」


 ソフィさんの言葉に頷いたお姉ちゃんは、まだ恐怖から立ち直っていない妹の手をしっかりと握った。


「よし! 早く逃げろ。ここは私に任せるんだ……この『炎の椋鳥』のソフィ姉さんにな」


 そう言ってソフィさんが少女たちの背中を押すと、お姉ちゃんに強引に手を引かれる形で少女たちは走り出した。

 小さな「ありがとう」の言葉を残しつつ。

 

「……やりますね。役目を与える事で彼女の恐怖を使命に転化してあげるとは」

「店長も、よくあの瞬間に駆け出せたね~。普通冒険者でもない市民だったら足がすくんで動けないもんだけど……」


 そんな軽口を叩きあっていると、噴水の瓦礫の方から巨大な存在がガラガラと音を立てて起き上がって来る。

 のっそりと起き上がるその巨大な体は瓦礫や土埃で汚れているのに、傷一つ付いていないように見えるのは錯覚だと思いたいんだが……。


「さ~~~ってと……ちょっとカッコ付け過ぎたかな?」

「や~確かにカッコ良かったですね~~~。あのまま仕留められればもっとカッコ良かったんですが……」


 咄嗟に襲われそうになった少女たちを魔法で救ったのは勿論ソフィさんだ。

 しかしあれ程ハデに吹っ飛ばしたにも関わらず、黒龍の動きに支障は無さそうで、実に機敏に動いている。

 それどころか辺りをキョロキョロと見渡すような動作を繰り返して、ソフィさんの姿を見つけた途端、明らかに威嚇するように唸り始めたのだ。


 グルルルル…………


「さあ~て……困った事になった。彼は私とのデートをご所望のようだね」


 油断なく魔杖を構え続けるソフィさんだが、冷汗は止まらず引きつった笑みを浮かべている。自分が相手をするには分が悪いという事だろう。

 大きな音や声に反応するし、下手に手を出せば自分がターゲットにされる……それはソフィさんから教えてもらった事だし、手を出せば確実にターゲットが自分に移る事は百も承知だったはずだ。

 ……にも関わらず彼女は目の前の少女を、姉妹を見捨てる事無く攻撃した……カッコ良いにも程があるだろう。


「店長……頼みがある」

「何でしょうか?」

「コイツの現在のターゲットは間違いなく私だ。私は何とかコイツを引き連れて都市から外に出る」

「な、なんですって!?」


 俺は彼女の言葉に驚愕する。自分自身を餌に都市から黒龍を引き離そうとするなんて、どれ程危険な事か……。

 しかし彼女は俺に思考する暇を与えずに一方的に作戦を告げる。


「いいかい? まず外に出やすいように門を開けておくよう頼む。そして飛行する黒龍には威力が高い魔法攻撃しか有効手段が無いから魔術師を片っ端から集めてくれ。黒龍を荒野におびき出せたら、全属性の魔法を一気にぶち込むんだ。全属性の耐性を持つ黒龍を仕留めるにはそれしか無い……」

「は……はあ!? そんな事をしたらソフィさんが!?」


 その作戦を実行するのはあらゆる面でソフィさんへの危険が高すぎる。

 黒龍からの逃走、誘き寄せは当然だが、最後に仕留める段階でも攻撃の中心部にいるのは間違いなく彼女って事になる。

 しかし俺の心配を他所にソフィさんはニヤッと笑って見せた。


「私を誰だと思っているの? 炎の椋鳥のソフィ……追い駆けっこは昔から大得意なんだからね」

「お、追い駆けっこって……」

「いいから…………頼んだよ!!」


 ドン!!

 尚も言い募る俺を他所に、ソフィさんは杖を持たない左手を下に向けると、赤い光りを集中して……一気に開放した。

 その瞬間、彼女は噴水広場を囲んでいた3階建ての建物の屋根まで一気に飛び上がった。


 グルアアアアアアアア!!


 その瞬間、ソフィさんに合わせて黒龍も上空へと飛び上がる。

 あの巨体でどうやって、と思う程機敏な動きで。

 そして始まる上空での魔法戦……聞こえ出した爆音と黒龍の雄叫びに軽く舌打ちしてしまった。

 

「…………くそ、こういう時に俺に出来るは無いのかよ」

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