第22話 プロの俗物
「……ありがとうございます」
俺の励ましにもなっていない、いい加減極まる言葉にそう言ってくれたシスターに見送られて、俺は宿の一室を後にした。
俺には聖職者のように人々の為に、神の名の下に……なんて立派な思想は欠片も無い俗物だからな。
そんな輩の言葉でも彼女の一助にでもなれば良いとは思うが。
「どうだった?」
宿の入り口に背を預けて待っていたリンレイさんが声を掛けてきた。
何と言うか、こんなさりげない仕草が様になる。
やっぱり元冒険者はカッコいいね。
「経過良好だそうですよ。後は目を覚ませば……」
「そう、なら良かった」
俺の言葉にリンレイさんは安心したとばかりに表情を和らげる。
彼女も“弟を持つ身”としてシスターの事を気にかけていたようだ。
出会い頭では色々あったものの心配してしまう辺り、やっぱり彼女も優しい女性なのだ。
「さて、それじゃあ行きますか。冒険者ギルドへ」
「そうね……もう連中も集まっている頃かしら」
本日本業の『ハヤト・ドライブサービス』は開店休業、前から受けている予約は割り振った従業員たちに任せて新たな依頼の受け付けは明日からにしている。
理由は店長の俺とリンレイさんが冒険者ギルドから呼び出しを受けているからだ。
昨日の事件『試しの洞窟での氷雪狼の大量発生』に伴う諸々の話し合いがあるのだが、それは報酬などの話も含むけれど、それ以上に厄介な情報の交換が目的だ。
「氷雪狼の大量発生……それって自然現象ではありえないんですよね?」
昨日の事件以降、魔法に詳しい上級冒険者パーティの『炎の椋鳥』から触り程度聞いた話。氷雪狼は本来気温の低い山岳地帯から氷原地帯を縄張りにする知能の高い魔獣で、こんな温暖な気候の場所で積極的に人を襲う事はまずありえないそうだ。
“人為的に魔力溜まりを使用した禁呪で強制的に発言させた知能の低い魔獣”でもない限りは……。
リンレイさんはチラリと肩から下げたカバンに視線を移す。
「コレが、何か厄介な前触れじゃなければ良いけど」
そんな事を話しているうちに、俺たちは商業都市の中心部にある冒険者ギルドへと到着した。
3階建ての建物の一階部分は受付になっていて様々な依頼が受けられるようになっている。しかし、いつもなら結構混雑して力自慢の野郎から、実力者の魔導師などで騒がしい場所のはずなのに、今日はまばらにしかいない。
……まあ昨日の今日だ。
新人は怪我人も多いし、何より犠牲になった人数も少なくは無い。色々と後始末もあるのだろうし、なんなら昨日で冒険者を辞めた人だっているだろう。
死と隣り合わせの職場……それだけで俺なんかは絶対に無理。
異世界召喚の勇者なんてテンプレ……俺には絶対に無理だな。
シスターの弟さんを助ける時は必死で余り考える余裕がなかったけど、今冷静に考えると俺は昨日戦場に、正真正銘の修羅場にいたのだ。
そう考えると、今更ながらに背筋が寒くなってくる。
「あ、ハヤトさんにリンレイ、待ってたわよ」
俺がそんな事を考えていると、受付の受付嬢ルーザさん(スタイル大分良し)が持ち前のキラキラスマイルでお出迎えしてくれた。
殺伐とした冒険者ギルドであっても、彼女のお陰でここで争いを行う愚か者はいないとか言われているが、分かる気はするね。
ルーザさんに嫌われる……これはこの冒険者ギルドでは男性のみならず女性冒険者にとっても死の宣告と同義なんだとかなんとか。
「リーダー二人も既に集まってるわよ」
そう言うと彼女はギルドの3階、ギルド長が重要な案件を会議する時に使うらしい応接室へと案内してくれた。
応接用のソファーに対面上に座っているのは『車輪の誓』のリーダー『剣士』のケルトさんと、『炎の椋鳥』のリーダー『魔法使い』のソフィさんである。
二人とも荒くれ者が多い冒険者とは思えない程優雅に紅茶を飲んで待っていた。
「いよ~おつかれ、昨日は大変だったな」
「お先に頂いてるよ」
冒険者として魔獣に立ち向かう昨日の姿からは想像も付かないほど、気さくに軽い口調で笑う二人に自然と肩の力が抜ける。
「お二人とも早いですね~。寄り道はしましたけど俺たちも早く出たつもりだったんですが」
シスターの弟を見舞いに行く事を考慮して早めに出たと言うのに、俺たちが一番最後であるとは思っていなかった。
別に約束の時間に遅れた訳では無いのだけれど、日本人としては『待たせた』という事実に罪悪感を感じてしまう。
そう思うと三角帽をクルクル回しながらソフィさんが柔らかく笑った。
「別に私らが早く到着したワケでも無いし、貴方たちが遅れたワケでもないわよ? 私たちは昨日から後処理でギルドに泊り込んでいただけだから」
「泊り込んでいた? 後処理って一体……」
昨日の事件の後、俺たち『ハヤト・ドライブサービス』の主だった仕事は冒険者たちの運搬だった。
怪我人が最優先だった事は当然として、無事だった連中だって体力も魔力も底を付いていて、自力で町まで帰るにはキツイ状態だったのだ。
なのでそこから以降の仕事に付いては知らなかったのだが……。
「な~に、討伐した氷雪狼の毛皮がそこかしこにゴロゴロ転がっていただろ? 解体作業だけで徹夜になっちまってな~」
俺の疑問にケルトさんがあっけらかんと答えてくれた。
な、なるほどそういう事か。昨日散々こちらの害悪、脅威として猛威を振るった氷雪狼も彼等にしてみれば飯の種、金づるの一つってワケな。
やはりこの世界の人々は逞しい……。
それを聞いてリンレイさんも“しまった”とばかりに指を弾いている。
「そうだ、『雪の毛皮』は高級素材だったんだわ。討伐に気を取られて忘れるとは……不覚」
「ははは、まあアンタが倒した氷雪狼は殆ど原型が残ってなかったから、討伐後に金になったとは思えないけどな」
「……ぐ」
ケルトさんの指摘にリンレイさんも自覚はあるのか口を噤んだ。
確かに、昨日リンレイさんが倒した魔獣は全て潰れる感じに絶命していた。
いかにリンレイさんが強くても、打撃による戦闘スタイルである彼女には“毛皮を残す為に綺麗に倒す”のは難しいって事だろうか?
「あはは落ち込まない落ち込まない。まあ私なんて得意の炎を多用したから、結構な量の毛皮を台無しにしちゃったからね」
「……それでもパーティーとしては結構な稼ぎだったんじゃないの? 仲間には風や水を得意にしているのもいたようだし」
「そこはそれ、分業って事で……ね」
う~ん……なんと言うかまさにザ・冒険者って感じの会話だな。
ついこの前まで冒険者だったリンレイさんも自然と会話に入っている辺り、やはり熟練者なんだな~と変な感心をしてしまう。
「皆揃ったようだな……」
そんな殺伐とした話を和やかにする俺たちだったが、後ろから部屋に入ってきた初老の男性、ギルド長の声に言葉を止める。
「まずは『車輪の誓』と『炎の椋鳥』、それに『ハヤト・ドライブサービス』には今回の救出劇に協力してもらった事、ギルドを代表して感謝する……本当にかたじけない」
深々と頭を下げて礼の言葉を述べるギルド長に含む所は無い様で、彼のギルドを纏める者としての真摯さがうかがい知れる。
考えてみれば彼は昨日の事件が勃発した時、状況を知ってすぐに上級者パーティの『車輪の誓』と『炎の椋鳥』の派遣に踏み切っている。
新人冒険者を誰よりも心配していたのがギルド長だった事は誰の目にも明らかだった。
昨日から碌に休んでいないであろう疲労の色合いが濃い彼の表情に、各冒険者パーティーのリーダー二人も苦笑していた。
無論俺たちも。
「言いっこ無しだぜオヤッさん。俺たちゃ依頼された仕事をこなす冒険者だ。ギルドからの緊急要請に乗らねえってワケにも行くめぇよ」
「将来有望な新人が今回いるなら、これで恩も売れたって事にもなるしね」
軽くそんな事を言うケルトさんとソフィさんだが、実は冒険者として彼等の発言は一般的では無い。
『危険である』『金にならない』『割に合わない』……様々な理由で依頼を受け付けない、そんなのがこの世界における“普通の冒険者”なのだ。
彼等の発言は冒険者として『実力者』あり、しかも相当な『矜持』を持ち合わせた者でしか言えない言葉なのだ。
しかし、彼等の発言を聞いてギルド長の眉が更に申し訳無さそうに歪んでいく。
「そう言って貰えるとありがたいのだが……すまないが今回は少々支払いの方が遅れそうなんだよ」
「支払い? 今回の依頼料って事ですか?」
俺の質問にギルド長は溜息混じりに手にしていたリストをテーブルに広げて見せた。
そこには討伐依頼に即した魔獣の報奨金が乗っていた。
「今回の救出依頼だが、新人共の救助の他に氷雪狼の討伐が加わっただろ? しかもSS級魔獣認定の『氷雪の群狼』が起こっていた。正直な所、額が額だから商業都市の支部の金庫じゃ賄い切れそうに無くてな……」
言われて俺たちはテーブルのリストの『氷雪狼』の欄を見てみる。
……『氷雪狼』、A級指定魔獣・討伐時の報奨金一頭1000G。なお『氷雪の群狼』が発生していた場合国家指定SS級魔獣に相当、鎮圧時には1000万Gの報奨金、討伐の頭数は別個支払い。
「うわあ……」
「これは……さすがに……」
俺とリンレイさんはその値段に思わず声が漏れる。
他人事とは言え、そして貰う側にいるとは言え、この金額は凄まじいものがある。
鎮圧の報奨金で1万G、これは今回討伐に参加した冒険者たちで分けるとして、問題なのが討伐した氷雪狼の数だ。
別個支払いと書いてあるけど……。
「すまない、即金が礼儀である冒険者(おまえら)にこんな事を頼むのは無礼なのは百も承知だが生憎持ち合わせが足りない」
そう言いつつギルド長は別紙に記入していたリストを俺たちに見えるように広げた。
「『車輪の誓』は救出の依頼料100万G、氷雪狼98匹で98万Gの計198万G。『炎の椋鳥』同じく100万Gに102匹で202万G……すまんが今回はこれだけしか支払えそうに無い……」
渋い顔でそう言ったギルド長はテーブルに二つの布袋をジャラリと置いた。
これだけ、とか言っているけどそれでも十分に大金で、俺は無造作に置かれた金貨に変なテンションが上がる思いであるが……。
しかしギルド長が言う通り、確かに全額の支払いとしては不足。
そして冒険者という常に命の危機と背中合わせである彼等にとって、全額即金での支払いと言うのは大事な事でもある。
それはある意味ギルドと冒険者の信用にも関わる事でもあるのだ。
しかし重々しく言うギルド長を他所に、二人のリーダーは軽い感じにテーブルの袋を手に取った。
「ま、今回に限っちゃしょうがねーやな。SS級の報奨金を全額~なんつったら、ここのギルドが潰れっちまうだろうし……」
「この際分割は仕方ないでしょ。利息は付くんでしょうね?」
「あ、ああ勿論だ。王都の本部から入金があったらすぐにでも支払うさ」
ケルトさんたちの言葉にギルド長はホッとしたようで、更に頭が低く下がって行く。
う~ん……責任感のある中間管理職……そんな言葉が不意に頭を過ぎった。
そんな事を考えていると、低くなったギルド長の頭が俺の方へと向いた。
……こうなると最早別の生物なんじゃないかと疑いたくなってくるな……。
「そしてハヤトさん、君らには今回の救出料金と冒険者たちの運搬料で200万Gを用意している。勿論今後の分配もあるからそこは問題ないのだが……」
俺は更に低くなりそうなギルド長の頭が心配になり、彼が言おうとしているだろう言葉を遮った。
「ギルド長、俺たちは冒険者じゃなく商業都市の住人です。無理に払わんでも支払ってくれるのなら幾らでも分割払いで構わないですから……」
「利息はしっかり貰えるんでしょ?」
リンレイさんがソフィさんの言葉を真似てクスリと笑った。
ギルド長は払わないとは言っていない、時間が掛かると言ったのだ。
前の冒険者二人が了承しているのにココでごねるのはプロとしてイカンでしょう。俺としてはむしろ『長く利息を払ってくれる』と言うなら言う事ないしね~。
……大金を急に手に入れて管理するのも面倒だし。
「すまない、本当に助かるよ」
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