法華寺の対決

早良の急報

 法華寺の対決

 清麻呂が宇佐八幡宮から神託を持ち帰った翌年、神護景雲四年(七七〇年)八月四日、称徳天皇は後継を指名しないまま崩御した。

 公卿は台閣に招集され、朝廷は平城京に服喪を発すると共に、大宰府に早馬を送り警備を厳重にするように命じた。平城宮の正門である朱雀門には弔旗が揚げられ、十二の門は完全武装した兵士が警護に当たった。

 山部王と種継は小子部門ちいさこべもんを警護することを命じられた。

 二人が鎧甲に身を固め、大太刀を佩いて矢籠めを背負い、十名ほどの兵を連れて門の前に立っていると、法衣姿の早良王が息を切らせながら走ってきた。

「探したよ兄さん。一大事だ。道鏡禅師が兵を連れて宮中に入ろうとしている。法王として葬儀を取り仕切って、称徳天皇様の遺詔を発表するつもりだ」

「天皇様の遺詔とは何だ」

「中身を見た訳じゃないけど、きっと『道鏡禅師を天皇にせよ』だと思う。道鏡禅師は法王の名前で、平城の寺社や近郷の氏族に協力するように文を出している」

「道鏡は宇佐八幡宮の事件からおとなしくしていたのに、天皇様が崩御したから、最後の賭に出たのか。道鏡を宮中へ入れて後継者宣言させるわけにはいかない。自分たちで道鏡を阻止しよう」

「小子部門はどうするんだ。俺たちは警護を命じられているから動くわけにはいかない」

「日頃の種継らしくない。道鏡を宮中へ入れたらおしまいだ。悠長なことを言っている場合ではない。さっそく行こう。ところで早良。道鏡はどこにいる」

「法華寺だよ」

「法華寺!」

「早く言え!」

 山部王と種継の声が重なった。

「法華寺なら宮中と道一本隔てているだけじゃないか」

「護衛の兵を用意して車駕で出ようとしている。だから早くしてって言ってるんだ。道鏡禅師が集めた兵は五十人以上いる」

 法華寺の南門から県犬養門あがたいぬかいもんまでは目と鼻の先だ。中衛府へ行って兵を連れて来る余裕はない。かと言って手元の兵は十名もいない。五十対十では勝ち目はない。

 いや、法華寺の門を塞ぐだけならば十人もいらない。敵が五十人いようが、道鏡が寺の南門を出る前に閉じ込めてしまえばよい。

「自分はここにいる兵を連れて法華寺へ急行する。種継は中衛府に詰めている兵を法華寺の南門へ連れてきてくれ」

「十人足らずで大丈夫か」

「南門で時間稼ぎしている間に来てくれ」

「小子部門はどうする」

「早良が守れ」

 山部王は種継と早良の返事を聞かず、兵たちに「付いてこい」と叫んで走り出した。

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