変の処分

 打ち身が癒えてきた三日後、山部王は宿奈麻呂の屋敷を訪ねた。

 宿奈麻呂は奥の寝室で横になっていた。

「具合はいかがでしょうか。自分が無傷でいられるのは宿奈麻呂様が体を張って逃がして下さったおかげです。大変感謝しています」

 宿奈麻呂は「痛い」と言いながら上体を起こした。

「こちらこそ、乙牟漏を連れ出してくれて感謝している。生きて屋敷に寝ていられるのは、山部王殿が永手を連れてきてくれたおかげだ」

「永手様は明信が連れてきてくれまして…… 自分は結局何もできませんでした」

 自分は簡単にねじ伏せられ、あやうく殺されるところだった。結局、仲麻呂卿の力が強いことを再確認しただけだった。

「仲麻呂卿を倒す計画はどうなりましょうか」

「御破算になった。儂は官位官職、藤原の名前も没収されてしまった。屋敷の中に資人が一人もいなかったろう。もうじき、屋敷も取り上げられるから、田麻呂のところにやっかいになろうと思っている」

「屋敷も取り上げられるのですか」

没官もつかんという処分だ。命を取られなかっただけましかもしれない。山部王殿や儂に与してくれた人に累が及ばなくて良かった」

 宿奈麻呂様が一人で計画したと言い張ったから、自分や種継、大伴家持様などは不問になった。宿奈麻呂様は男気のある立派なお人だ。自分は宿奈麻呂様のような人に付いてゆきたい。

「体の方はいかがですか」

「もう動けるようになった。山部王殿には心配を掛けてすまない」

 宿奈麻呂は力こぶを作って見せたが、寝間着のはだけたところから、大きな青痣が見えた。

 仲麻呂卿は倒したいが、宿奈麻呂様の企てが事前に潰されたことは都中に知れ渡っている。仲麻呂卿の権力に恐れをなして誰も逆らおうとしなくなるだろう。

「いまでも仲麻呂卿を倒したいと思っていますが、仲麻呂卿の権勢は今回の騒ぎを退けたことで最高になっています」

「絶頂の時にこそ落とし穴があるものだ。永手に聞いたのだが、孝謙太上天皇様と仲麻呂は人を介さなければ話ができない状態になっているという。儂が殺されずに済んだのは、永手の力だけではなく太上天皇様の圧力のおかげだ。仲麻呂は太上天皇様を隠居させて、大炊天皇が国家の大権を掌握できるようにと画策しているらしい」

「太上天皇様を隠居させるなんて謀反じゃないですか。臣下が皇位を覆すことがあってはなりません」

「仲麻呂は恐ろしい男だ。自身の権力のためなら太上天皇様だって畏れない」

 山部王が肯いたとき、乙牟漏が部屋に入ってきて「お兄ちゃーん」と叫びながら抱きついてきた。乙牟漏は猫がじゃれつくように体をすりつけてくる。頭を撫でてやると可愛らしく笑う。

 小さな女の子に懐かれてしまった。

「お兄さんは怪我をしているから、抱きついてはだめですよ」

 乙牟漏は宿奈麻呂に「はーい」と返事するが、山部王の腕にすがりついて離れない。

「乙牟漏は山部王殿に惚れたようです。どうですか、嫁にもらってくれませんか」

「さすがに、三つ、四つの女の子では……」

「あと十年もすれば美人になりますぞ」

 山部王が声を上げて笑うと、乙牟漏と宿奈麻呂も笑い出した。

 山部王が乙麻呂の両脇に手をやって持ち上げ、「高い、高い」とあやしてやると、乙麻呂は手や足をばたつかせながら、「お兄ちゃん、大好き」と言ってくれた。

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