大伴竹良

 桓武天皇は、二坪あるかどうかの狭い地面に建てられた粗末な小屋に案内された。小屋は造営に使う道具を納めておくもので、地面から出ている四本の柱に、枯れ草を乗せただけの屋根に、壁代わりの筵が垂れていた。

 筵を上げると埃が舞い、暗い小屋の中から黴と土が混じった臭いが漂ってくる。

 小屋の中には、縄で縛られ体をくの字に曲げて横たわる男がいた。男は気を失っているのか、目を閉じて動かない。

「捕らえたのは大伴竹良おおとものたけらといいます」

「こいつが種継を殺したのか」

 種継はかけがえのない友であり自分の半身だ。

 桓武天皇は近くにいた兵からじようを奪い取ると、竹良に振り下ろした。

 杖が体にめり込む鈍い音と共に、竹良はうめき声を上げ、体を反らせて仰向けになった。

「なぜ種継を殺した!」

 天皇の大声が小屋の筵を揺らす。

「天皇様が罪人に声をかけてはなりません。取り調べは我々にお任せ下さい」

 天皇は清麻呂の制止を聞かずに杖で竹良の腹を突く。

「なぜ種継を殺した」

 桓武天皇が突いたり叩いたりするたびに、鈍い音と竹良のうめき声が響く。竹良は口から胃液をはき出して白目を剥いた。

 竹良の頭に杖を振り下ろそうとしたとき、天皇は腕を強く握られた。

「これ以上責めたら、自白する前に死んでしまいます。なにとぞお気を鎮めて下さい」

「種継が死んだんだぞ! こいつを生かしておくことはできない」

 天皇の額からは汗が流れ落ち、杖を持つ手は赤くなっていた。

「死人からは動機や背後で操っていた者たちを聞き出すことができません」

 竹良は体をくの字に曲げて、芋虫のように小刻みに痙攣している。

「竹良が一人で種継を襲ったのではないというのか」

 天皇が杖を手放すと、清麻呂は天皇の前に回り、立て膝になって頭を下げた。

「種継殿を襲ったのは大伴竹良ですが、種継殿とは面識がなく個人的な恨みによる犯行とは思えません。造宮職を襲うからにはそれなりの理由があるはずです」

「分かっているならば、すぐに探索を始めよ」

 竹良は気を失ったのか、ピクリとも動かなくなっていた。

 清麻呂が「畏まりました」と頭を下げるのをみて、天皇は踵を返して小屋の外に出た。

 小屋の外は小雨が降っていた。

 雨によって舞い上げられた土の匂いが鼻を突いてくる。

 顔を濡らす雨が気に入らない。雨に濡れて生き生きとしている草も気に入らない。雨蛙の楽しそうな合唱も気に入らなければ、種継の死に際に間に合わなかった自分も気に入らない。

「清麻呂は捜査の状況を細大漏らさず朕に報告せよ。竹良は取り調べが終わりしだい斬首。種継の暗殺は朕への反抗であり謀反である。暗殺に関係した者は全て死罪だ。種継の仇を取ってやる」

 清麻呂は「はっ」と短く答えて、小雨の中を走り出していった。

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