第17話 野営

 央都を無事に抜け出し、街道を問題の辺境域に向けて進んだ藍里達だったが、昼過ぎからは大きな街道を外れて、小さな集落を抜ける道を選択した。時折、馬車の窓にかかっているカーテンを開けて、外の景色を確認していた藍里にも、徐々に人気が無い道を通っているのが分かったが、これまでのあれこれで同行者についてそれなりに信用している藍里は、同乗しているセレナにわざわざ尋ねる様な事はせず、大人しく自分に決定的に不足している、リスベラントに関する常識についての話に耳を傾けていた。

 そしてまだ日が沈む前に、森の一角でジークとウィルが馬車を停め、地面に降り立った藍里に説明してきた。


「すみません、今日はここで野営します。宿場町にそって移動しても良かったのですが、そうすると片道七日近くかかりますから」

「合間に野営しながら進めば、二日は短縮できますので」

「なるほど。だから妙に荷物が多かったのね」

 幌馬車内の荷物の多さに、藍里が納得して了承すると、他の者達は一斉に野営の準備を始めた。


 聖騎士は地方への派遣業務なども念頭に置いておかなければいけない為、セレナも手際は良かったが、一同に取って予想外だったのは、藍里も一々説明などされなくとも何をするべきかちゃんと理解しており、水を探して近くの泉から組み上げて浄化し、薪になる枯枝を山ほど集め、食材もしっかり集めてくるに至って、他の四人は唖然としてしまった。

 そして夕食を作り終えた五人は、焚き火を囲んで食事を始めたが、殆ど馬車の中で退屈では無かったのかとのルーカスの問いかけに、藍里は憮然としながら、ずっとセレナに講義をして貰っていた事を述べた。


「そ、そうですか……。アイリ嬢は、飛行規制の事を知らなかったんですか。残念でしたね。箒や絨毯で空を飛びまくる魔女を見られなくて」

 薄く焼いたパンを香草とベーコンのスープに浸しながら食べていたウィルは、笑いを堪えながら感想を述べたが、藍里は溜め息を吐いて応じた。


「ウィルさん。笑いたかったら、思いっきり笑ってくれて構わないですよ?」

「すみません。でも意外過ぎて」

 まだおかしそうに笑っているウィルを見て、藍里が憮然としながら蒸し焼きにした鳥肉の香草焼きにかぶりついたが、ここでルーカスが先程から疑問に思っていた事を口にした。


「意外と言えば……、お前はどうしてそんなに、野営に慣れているんだ? 鳥を射落とすまでは分かるが、羽根をむしって血を抜いて、捌くまでが凄く手早かったが」

 その問いに、藍里は肩を竦めて答える。


「初めてじゃ無いし。界琉と悠理と一緒に、子供の頃リスベラントに来ていた時に、何度も野営していたもの。私は《サバイバルごっこ》だと認識していたけど」

「サバイバルごっこ?」

「そう。あくまで遊びの一環だから、親は付いて来なかったし。水、食料、全て現地調達で、一週間から二週間、森や山の中で生活。毛布一枚で地面で寝たりもしたし、ツリーハウスとかも作って楽しかったなぁ」

「…………」

 当時の事を思い出したのか、機嫌を直して笑いながら語った藍里だったが、他の者は全員、何とも言い難い顔で押し黙った。その反応に、藍里が首を傾げる。


「あれ? そういうのってリスベラントでは、普通の子供の遊びじゃないの?」

 その素朴な疑問に、ウィルが困った様に説明する。

「一般の子供は、そこまで本格的に森や山の中に滞在したりしませんし、貴族の場合、訓練以外では野営なんかしませんね」

「そうなんだ。うちって意外に、正統アウトドア派だったのね」

「……何か違うぞ、それ」

「え? 何がどう違うの?」

「いや、もう良い」

 本気で尋ね返してきた藍里に、ルーカスは疲れた様に首を振って、それに関しての話を終わらせた。

 それからは今後の旅程の確認をしながら、雑談をして食事を終わらせ、後片付けをして寝支度を始める。しかしセレナと藍里が幌馬車内で寝て、男達は外で交代で就寝と聞いた藍里が、「セレナさんとルーカスが幌馬車を使うなら納得できるけど」と言い出した事で、誰がどこで寝るかで揉める事になってしまった。


「だから! 私は地面の上だろうが木の上だろうが平気で寝られるし、久しぶりで懐かしいから外で寝るっていってるでしょ!? 公爵様のお坊ちゃまを寝袋で寝かせたら、後からどんな嫌味がてんこ盛りになるか分からないじゃない。さっさと幌馬車で寝なさいよ!!」

「冗談だろう!? 女を地面に寝させて、自分が馬車で寝られるか! ふざけるな!!」

「はぁ? 普段私を、まともに女扱いしていない癖に、何寝言言ってんのよ? ……あ、そうか、セレナさんと一緒に幌馬車で寝ると、お父様に怒られるわけね」

 妙に白けた表情で藍里が言い出した為、ルーカスは焦って言い返した。


「なっ!? お前、一体何を言い出すんだ!?」

「ああ、そうか。なるほど~。そんなにお父様の信用がないんだ~。大変~」

「お前なぁぁっ!!」

「ちょっと待って下さい、殿下」

「こんな事で揉めないで下さい。少し冷静に!」

 揶揄する口調の藍里に、ルーカスが激昂しかけているのを見て、ジークとウィルが慌てて抑えにかかった。その隙にセレナが藍里を宥める。


「あの、アイリ様? 野営の経験がおありなのも、久しぶりにやってみたい気持ちも分かりますが、これからもっと条件が悪い時と場所で野営をせざるを得ない可能性もありますし、今日の所はしっかり馬車の中で身体を休めて頂きたいのですが」

「まあ……、それはそうよね。移動中や就寝中に襲われる可能性だってあるんだし」

「はい。先は長いですし、辺境近くになったら宿泊施設も無くなって、否応なく野営になりますから」

 その尤もなセレナの言い分に、藍里はあっさりと頷いた。


「分かったわ。今日は大人しく、セレナさんと一緒に幌馬車を使うから」

「そうして頂けると、嬉しいです」

 そこで安堵した表情になったセレナだったが、男達は疲れた様に溜め息を吐き、これ以上揉める事が無いようにと、さっさと寝る事にした。


 そして幌馬車で女二人が休み、焚き火の傍で保温魔術を展開させながらルーカスが眠りに付くと、最後に軽く周囲の安全確認を済ませて来たウィルが、火の番をしていたジークの横に座った。そしてさり気なく自分達の周囲に防音障壁を張り、声が漏れない様にする。その一連の作業を見たジークが無言で顔を顰めると、ウィルは唐突に、真剣な顔で問いを発した。


「ジーク。来住家で生活していた頃、野営訓練をしていたか?」

「それが《サバイバルごっこ》を示しているなら、皆無だ」

「だろうな。彼女の話を聞いて、お前、素で驚いた表情をしていたし」

 そこで一旦話すのを止めて、勢いが弱くなった目の前の炎を眺めながら、ウィルは独り言の様に続けた。


「辺境伯は末端とは言え、れっきとした貴族階級だ。その子供に、どうして幼少期から野営をさせる必要がある? まるで……」

 そこで再び言葉を途切れさせた相手を、ジークは静かに促す。


「何が言いたい?」

「グレン辺境伯夫妻は、自分達の子供が将来野営をする事になると、予め分かっていた様に思える」

「……考え過ぎなんじゃないか?」

 自分に目を向けず、炎を見据えながら淡々と述べたジークに、ウィルは追究するのをすぐに諦めた。


「この場合、アイリ嬢が『虫なんか見るのも嫌い!』なんて騒ぎ立てるお嬢様では無かった事に、感謝すべきだな。じゃあ、先に寝てる。後で交代な」

「ああ。時間になったら起こす」

 そして先程の会話は無かった事にして、防音障壁を解除したウィルは、寝袋に包まってあっさりと眠りに付いた。その彼から再び焚き火に視線を戻したジークの顔からは、誰が見ても感情を読み取れはしなかった。

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