第43話 あっけない幕切れ

 デスナール子爵ジェラールは、その日、いつも通り朝食を済ませてから書斎で寛いでいたが、そろそろ書類仕事に取りかかろうとした時、屋敷の周辺が急に騒々しくなったのに気が付いた。


「何だ?」

 不審に思って窓から外を眺めると、屋敷の正門から玄関に続く通路に何頭もの馬が駆け込んで来ており、すぐに何らかの緊急事態が勃発したのだと判断する。その為、彼は迷わず書斎を出て、階下の玄関ホールへと向かった。


「旦那様! 大変でございます!」

 途中、階段を駆け上がってくる執事と行き会った為、ジェラールは落ち着き払って尋ねた。

「どうした、ロベール。今到着した一団は、何者だ?」

「それが、公爵閣下直属の親衛騎士団だと仰られて。直ちに旦那様にお目にかかりたいと申されております」

「そうか、分かった。このまま玄関でお出迎えするから、心配するな」

「ですが、旦那様!!」

 急な訪問に狼狽著しい執事を宥めながら、彼は玄関へと向かった。


(当然、ルーカス殿下とアイリ嬢が行方不明になった件を、糾弾しにきた連中か。我が家の不手際を指摘されても、反論や弁解をする気はないが、まずお二人の捜索の方に尽力して下さる方が、指揮官だと良いのだが)

 自然と険しい表情になりながら、ジェラールが玄関ホールに到達すると、多くの使用人が遠巻きにする中、揃いの制服を身に着けたその一団が、彼に些か険しい視線を送って来た。しかしジェラールはその視線に臆する事無く進み、彼らの前に立つ。


「お待たせ致しました。デスナール子爵ジェラールと申します。この度の不始末で、公爵閣下や皆様には、ご心痛とご迷惑をおかけ」

「失礼、子爵。私は公爵家直属親衛騎士団のアランと申します。朝から押し掛けて真に申し訳ありませんが、レオチェル夫人の部屋、及び屋敷内を検めさせて頂きます。お前達はまず夫人の私室、お前達は寝室の捜索を。全員、始めろ」

「はっ!」

 ジェラールの丁重な挨拶を遮ったアランは、無表情のまま背後の部下達に指示を出した。それを受けて騎士団の者達が、一斉に屋敷内に突入していき、使用人達から驚きと当惑の声が上がる。そんな傍若無人な振る舞いにしか見えない行為を目の当たりにしたジェラールは、一瞬茫然としてから、怒りもあらわにアランに抗議しようとした。


「アラン殿、お待ち下さい! 一体、何の権限があって」

 そこで何気なく視界に入って来た人物を認めて彼は目を丸くし、次いでその顔に喜びの表情を浮かべた。


「ルーカス殿下!? それにアイリ嬢も!! ご無事でしたか、良かった! 行方知れずになられたと聞いて、心配しておりました。我が家からも、森に捜索隊を出していたのですが」

 その表情を見て、本心から自分達の無事を願ってくれていたと分かったルーカスは、これからこの人物に告げる内容が内容だけに、若干申し訳なさそうに視線を逸らしながら応じた。


「それは無駄足だったな。早く知らせを出して、捜索隊を戻らせた方が良い。二次遭難は避けたいからな」

「そうします。しかし、殿下達は今までどちらに……。それにどうして公爵閣下直属の方が、森ではなくて我が屋敷の捜索をする必要があるのですか?」

 喜びから一転、再び困惑顔になりながらの問いかけに、アランを筆頭とする一同は慎重に問い返した。


「子爵殿は、まだハールド子爵領での騒ぎを、ご存じ無いのか?」

「騒ぎとは……。確かに今、妻が実家に滞在中ですが、何かそちらで騒動が起こったのですか?」

 怪訝な顔になったジェラールを見て、アランの周囲から囁きが漏れる。


「やはり誰も、こちらには連絡していないらしいな」

「あの混乱ぶりから見て、致し方ないと思われます」

「どういう事です! あちらで何かあったんですか? 妻は無事ですか!?」

 ここに至ってはっきりと異常を察知したジェラールは、顔色を変えてアランに詰め寄った。しかし彼は全く表情を変えないまま、事実を告げる。


「レイチェル夫人は、殿下とアイリ嬢殺害計画の共犯者です。今回私共は、その調査に参りました」

「何だと!? そんな馬鹿な!! 言いがかりだ!」

「とにかく、夫人の私物を改めさせて貰います」

「お待ち下さい!! 殿下やアイリ嬢の殺害を計画するなど、そんな大それた事を妻が企む筈がありません! 何かの間違いです!!」

 怒りで顔を紅潮させたジェラールは、淡々と告げてくるアランに抗議したが、そこで彼の背後に佇んでいる弟を認めて叱りつけた。


「ウィラード!! 貴様、何を突っ立っている! さっさとこの暴挙を止めさせないか!!」

「……兄上」

 その叱責で、その場全員の視線がウィルに集まった。彼は沈痛な表情で何か言いかけてから口を噤み、少ししてから極めて事務的な口調で告げた。


「兄上。義姉上はおそらく、お亡くなりになりました」

「……何だと?」

 唐突に言われた内容が理解できないらしく、ジェラールは怒りを消して当惑した表情になった。そんな兄に、ウィルが詳細を説明する。


「昨晩、私達が囚われていたハールド子爵邸が、突如爆発炎上しました。そこに義姉上と、異母兄達が揃っていた筈ですが、私達が把握している限り、生存者の中に見知った顔が一人もおりません。ですから……」

「どうしてあいつらが、子爵家に顔を揃えている! それにどうして屋敷が爆発炎上したりするんだ!?」

「それは……、あいつらは私達が捕まった事を聞いて、集まったのですが……」

 ジェラールは目の前のアランを完全に無視し、ウィルに駆け寄って組み付きながら怒鳴りつけた。それに対して、何をどう説明すれば良いかとウィルが口ごもっていると、先程指示を受けて階段を駆け上がって言った騎士が二人、アランの所に駆け戻って来る。


「隊長、殿下、例の物が有りました。子爵、申し訳ありませんが寝室の金庫を破壊して、中を検めさせて頂きました」

「何だと!? 無礼にも程があるぞ!!」

 本当に申し訳程度に謝罪した二人は、ジェラールの怒りなど全く気に留めないまま、手にしている書類をアランに差し出し、報告を続けた。


「それで金庫に保管してあったのが、こちらの誓約書です」

「ご苦労だった。それでは他の者を呼び戻してくれ」

 受け取ったアランは内容にざっと目を通してから、それをジェラールに差し出して意見を求める。


「デスナール子爵。このサインは、確かにご夫人の筆跡でしょうか? ハールド子爵や異母弟殿の筆跡もご存じだと、こちらは非常に助かるのですが」

「…………っ!!」

「間違いなさそうですね」

 ルーカスと藍里の殺害とそれに伴う裏工作の見返りに、自身から子爵位を剥奪した上で、レイチェルと再婚した異母弟を新しい子爵に据えるとオランデュー伯爵とアメーリアが確約してある内容に加えて、関係者全員のサインが揃っているそれを見て、ジェラールは絶句して顔色を変えた。それを見たアランは、直ちに次の行動に移る。


「それでは殿下。私共は至急これを持って央都に戻り、公爵閣下の指示を仰ぎます」

 その申し出に、ルーカスが即座に応じる。


「私もこのまま行く。事はオランデュー伯爵家が裏で糸を引いていた、明らかな公爵家に対する離反行為だ。私から直に報告する。これ以上は無い生き証人だからな」

「分かりました。お願いします。これからすぐに出立し、一度ハールド子爵邸に寄って、生存者の中からオランデュー伯爵の配下を何人か連行して行きます」

「そうだな」

 そんな風に二人が話を纏めていると、これまで最後尾で傍観していた悠理が進み出た。


「アラン殿、すみません、私は妹達と一緒に戻る事にしますので」

「分かりました。公爵には、そうお伝えしておきます」

 もとより悠理は部外者の為、アランは素っ気なく頷き、ジェラールに向き直って要求を繰り出す。


「それでは子爵。皆様は不当に拘束されて、大変お疲れのご様子。こちらで少しお休み頂いてから、央都に帰還して頂くのが妥当でしょう。お世話を宜しくお願いします」

 色々言いたい事があった筈だが、ジェラールは見苦しく狼狽えたり罵倒する様な真似はせず、側に控えていた使用人に向かって、低い声で指示を出した。


「……了解しました。ミルバ、急いで皆様の部屋を用意してくれ」

「畏まりました」

 ミルバと呼ばれた年配の女性は、気遣わしげな視線を主に送ってから頭を下げ、藍里達に向かって「こちらにどうぞ」と促しながら先導して歩き出した。その間に、早くもアランはルーカスと部下を引き連れて屋敷の外に出て行き、馬で今来た道を駆け戻って行く。

 結局、藍里達は「お部屋の支度が整うまで、こちらでお待ち下さい」とミルバに応接室に案内されたが、彼女の姿が消えて室内に自分達だけが残された瞬間、悠理に噛み付いた。

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