第44話 真相
「ちょっと悠理! どういう事なのか、説明して貰うわよ!?」
「おいおい、いきなりなんだ、藪から棒に」
その剣幕に、悠理は勿論、同じ部屋にいたジーク達も驚いた顔を向けたが、藍里はそんな事はお構いなしに次兄への追及を続けた。
「今回の事で、絶対、何か知ってるわよね? タイミング良くあんな所に湧いて出るなんて、あり得ないもの。適当な事を言って誤魔化そうとしても、そうは問屋が卸さないんだからね!?」
「分かった。分かったから、そう喚くな。今説明してやるから」
きつく睨みつけながら、何やら確信している風情の妹からの追及に、悠理は苦笑いの表情で両手を挙げた。そして一応廊下には声が漏れない様に、防音壁の魔術を行使させてから、藍里達に向き直った。
「一応、全員に言っておくが、幾ら本人が亡くなったと言っても守秘義務に反するから、他言無用という事で」
「守秘義務? 何の事よ?」
「とにかく、滅多な事では口外して欲しくないんだが」
「分かってるわよ、それ位。それで?」
その場全員の疑問を代表して藍里が尋ねると、悠理はここで予想外の内容を語り始めた。
「実はレイチェル夫人は、八ヶ月位前に体調不良でアルデイン国立総合病院を受診したんだが、そこでかなり進行した癌が発見されたんだ。分かった段階でもう手遅れで、外科手術も無理だった。あと半年早く判明していたら、何とかなった可能性もあったんだが……」
そこでいきなり沈鬱な表情で語られた内容に、藍里は勿論、他の三人も瞬時に顔色を変えた。
「ちょっと、悠理! それって!?」
「ユーリ殿!?」
その動揺を、悠理は無言のまま手振りで抑え、再び室内が静まり返ってから、説明を続ける。
「本当だったら、まず家族に告知する筈なんだが、主治医の話ではその前後にどうしてもご主人と連絡が取れなくて、本人に説明したとか。冷静に受け止めてくれて、助かったとか言っていたが」
それを聞いた藍里はちょっと考えてから、確認を入れた。
「それって、偶々デスナール子爵がリスベラントに出向いている時期で、アルデインに居なくて連絡が取れなかったとか?」
「恐らく、そうだったんだろう。リスベラントの貴族は、二国間を行き来して生活している者が殆どだからな。それでその時、彼女は無理な延命措置はせずに、軽度の放射線治療と鎮痛薬の内服で負担を和らげる処置を選んだ。そして主治医には『実家で静かに最期を迎えたい』と申し出たから、彼は地元で継続した治療を受けられる様に、紹介状や治療記録を渡したそうだ」
そこまで聞いて、藍里は難しい顔で唸る様に言い出した。
「確かに、故郷に帰ってはいるわね。恐らく大量の薬を抱えて。初めて顔を見た時、何か病的な白さだと思ったのよ。それで? アルデインの一般人の主治医とは違って、リスベラント事情も熟知している悠理に、こっそり病状の相談をしていたとか?」
その藍里の推測に、悠理は大きく頷いて見せた。
「ああ、彼女から懇願されてね。どうしてもリスベラントで死にたいからって」
「その気持ちは、分かるけど……」
「病状が進むにつれて鎮痛剤の服用量は増えるし、それに伴って副作用も酷くなる。内密にそのコントロールと、対症療法の相談に乗ってたんだ。実はそろそろ、また服用薬の調整をしないといけない時期だったんだが、彼女からの連絡が途切れてな。どうしようか困っていたら、お前達の捜索隊を派遣する話を耳にしたから、それにかこつけて西部地方へ行ける様に、公爵に同行をお願いしたんだ。普通ならリスベラント内の一人旅なんて、どうしても人目を惹いてしまうから」
そう白状した悠理を、藍里は微妙な表情で眺めやった。
「へえぇ? 妹の心配そっちのけで、患者の病状の心配をしていたわけか……。まあ、言いたいことは色々あるけど、医師としては間違っていないだろうから、何も言わないでおくわ」
「それはどうも。だがやはり死後の事もあるし、近いうちにご主人にも打ち明けると言っていたんだが……。まさか彼女がそんなに思い詰めてるとは思わなかったな。俺もまだまだ医師としては未熟だったって事だ」
「どういう意味?」
そこで急に自嘲気味な口調になり、重苦しい溜め息を吐いた悠理に、藍里は不思議そうに尋ねた。すると彼が真顔で言い出す。
「あの女性は、心底ご主人を愛してたんだよ。それと同じ位、自分も愛されている事を分かってたんだ」
「そうよね。子爵は貴族には珍しく、愛人の一人も居なかったみたいだもの。それで?」
「子爵には子供が居ない。彼女が死んだら、当然周囲はこぞって再婚を勧めるだろうな」
「そんなに彼女が好きな子爵が、あっさり再婚するかしら?」
眉根を寄せて、当然の疑問を口にした藍里だったが、悠理はあっさりそれを肯定した。
「お前の言う通り、十中八九しないだろうな。そうすると異母弟達が益々増長して、自分の子供を養子に押し付けようとしたり、当主の資格無しとして、引きずり下ろそうとするのが目に見えているんじゃないか?」
そこまで黙って二人の話を聞いていたウィルだったが、ここで勢い良く椅子から立ち上がり、血相を変えて悠理に問い質した。
「まさかあなたは、今後の憂いを断つ為に、義姉上があいつらを巻き添えにしたって言うのか!?」
「それが本当だったら、とんでもない女優よね。すっかり旦那を蹴落として、義弟と家の乗っ取りを図る、悪女そのものだったわよ」
思わず口を挟んだ藍里だったが、それに対して悠理は、思わせぶりに言い出した。
「ある意味では演技では無くて、本物の悪女だぞ?」
「どうして?」
「子爵は彼女の死後、再婚するかもしれないし、ひょっとしたら彼女以上に愛する女性ができるかもしれない。それでも手酷く裏切られた相手を、完全に忘れ去る事なんて無理じゃないのか? 本当に愛していた相手なら尚更だ」
それを聞いた藍里は、驚いて目を見張った。
「自分の存在をどういう形でも、好きな相手に最後まで忘れて欲しく無かったって? だからって、そこまでやるわけ?」
「これはあくまで推測だが。デスナール子爵に公爵へ応援の要請をさせてお前達をおびき寄せ、真相を暴露して関与を印象づけてから頃合いを見て逃がし、無事お前達が央都に駆け込んだら、邪魔な異母弟達と横槍を入れてくる実家を、公爵が一掃してくれる。何かとうるさいオランデュー伯爵家の威光も削げる。失敗しても自分が死ぬだけ。残り短い自分の人生をかけた、一度きりの大博打だ」
「正気の沙汰とは思えないわ」
藍里が呆れかえった顔付きで正直な感想を述べたが、ここでこれまで無言を保っていたセレナが、静かに呟く。
「結果を……、見届けられませんでしたね」
「それでも悔いは無いんじゃないですか? 白虹の話は伯父達から聞いていますが、あれの爆発に巻き込まれたなら、即死かそれに近い状態だった筈ですし、下手に苦しまなくて済んだ筈です。巻き込まれた周りの人間にとっては、迷惑極まりない事ですが」
冷静に悠理が評した内容を聞いて、室内全員が押し黙った。そんな気まずい沈黙が続く中、悠理がわざとらしく明るめの声で尋ねてくる。
「とにかく、魔獣は一掃できたんだろ?」
「多分……。魔獣を作り出していたと思われる変な出入り口は、どうしてか分からないけど消失したし。同じ物がまた出てこない限りは、大丈夫だと思うけど」
自信なさげに応じた藍里に、悠理は明るく笑った。
「それじゃあ一件落着って事で。任務達成ご苦労様。今日一日位は休んで、明日央都に戻るぞ」
「…………」
確かに任務は無事達成したものの、どう考えても手放しで喜べる状況では無い為、藍里を初めとしてその場全員が、何とも言えない顔付きで押し黙る事になった。
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