第38話 黒幕登場

〔全く、ハールド子爵。この事態はどういう事ですか?〕

〔申し訳ありません、アメーリア様。私どももてっきり森の中で始末してくるとばかり。まさかこちらに連れて来るとは思いもよらず〕

〔言い訳は結構。本当に使えない者ばかりね〕

 聞こえてきた声と出てきた名前で、相手が誰かあっさりと判明した途端、ルーカスは顔を強張らせたが、口に出しては何も言わなかった。ジークはそんな彼の様子を慎重に窺っていたが、階段を下りてきた三人が通路に姿を見せた事で、ウィルにも警戒する視線を向ける。


〔アメーリア様、レイチェル殿まで……〕

〔義姉上……。どうしてここに?〕

 向かい側のセレナから漏れた呆然とした呟きに、ウィルの声が重なる。しかしレイチェルは落ち着き払っており、当然の如く言い返した。


〔この屋敷は、私の実家の所有物です。私が居ても、別におかしくは無いでしょう?〕

〔そういう意味ではありません!〕

〔ウィル! 落ち着け!〕

 思わず牢の柵を手で掴んで非難の叫びを上げたウィルを、慌ててジークが宥める。そんな騒ぎをアメーリアは綺麗に無視し、石造りの床に座り込んだまま、憎々しげに自分を見上げているルーカスに対し、優越感に溢れた笑みを向けた。


〔ルーカス、いつぞやアルデインで別れた以来ね。どう? こちらの居心地は。案外公宮の私室よりも、こういう所の方が落ち着くかもしれないけど〕

〔生憎、快適には程遠い環境ですね。あなたやハールド子爵の権限で、私達の処遇を改善して頂ければありがたいのですが〕

 しかしそれを聞いたアメーリアは、如何にも残念そうに微笑む。


〔ごめんなさい。それはできない相談ね。あなた方はリスベラントの安定の為に、すぐに死んで貰う予定になっているし〕

〔リスベラントの安定の為? オランデュー伯爵と、あなたの立場の安定の為では?〕

〔これだから視野が狭い短慮者は……。姉として様子を見に出向いてあげた時に、偶々あなたがそんな無様な姿になっているのに遭遇して、せめて恩情をかけてあげるつもりだったけど……。やはり理解して貰えなかったみたいね〕

 それを聞いたルーカスは貴公子の仮面をかなぐり捨て、常には使わない乱暴な口調で、他人には聞こえない声で悪態を吐いた。


〔『視野が狭い短慮者』だと? まんま自分の事じゃねぇか。第一、てめぇにかけてもらう恩情なんて、ろくでもない内容に決まってんだろ。誰が要るか〕

 その横でウィルが顔色を変えながら、レイチェル達を問い質した。


〔義姉上、ハールド子爵。これは兄も承知の事なのですか?〕

 しかしレイチェルの父であるハールド子爵トマスが、顔を顰めて吐き捨てる。


〔いや。ジェラールは杓子定規で、くそ真面目な奴だからな。伯爵家の意向に沿うのが自家の利益に繋がると、どうしても理解しないのだ〕

〔本当に、頭が固くては物分かりが悪くて、いい加減うんざりなのよ。幸い子供ができなかったし、この際あの人とは離婚して、当主を異母弟のどなたかにすげ替えた上で、その方と再婚しますから〕

 父に続いてレイチェルも、如何にもうんざりした口調で告げてきた為、その内容にウィルは勿論、他の者も目を見張った。


〔何ですって!? そんな事が認められる筈無いでしょう!〕

〔できますとも。アメーリア様達にとって目障りな、ルーカス殿下とアイリ嬢を殺して死体を持っていけば、オランデュー伯爵がその様に取り計らって下さると確約して下さいました。その旨の誓約書も取り交わしておりますし。そうでございますよね? アメーリア様〕

 そう言ってレイチェルがにこやかにアメーリアを振り返ると、彼女も一見優雅に笑ってみせた。


〔ええ、勿論ですわ。伯父上は誠実な方ですから、誓約を違える事はありません。ご安心なさって?〕

〔勿論、信頼しておりますとも〕

〔オランデュー伯爵……、あの腹黒野郎……〕

 アメーリアに向かって愛想笑いを振り撒くトマスを視界の片隅に入れながら、ルーカスは口の中で、オランデュー伯爵に対する呪いの言葉を呟く。その横でウィルが、慎重にレイチェルに向かって確認を入れた。


〔それなら一連の事件に直接関わっているのは、義姉上と異母兄達とハールド子爵家ですね?〕

〔ええ、そうよ。あなた達を捕らえた事を密かに連絡したら、レナード殿とジョイス殿が嬉々としてこちらに出向いて来たわ。丁度良いから再婚相手をどなたにするか、お父様とも相談の上、今日決めようかと思っているのだけど〕

〔あなたは……、そんな連中の口車に乗ってそんな事をしでかして、恥ずかしくは無いんですか!?〕

 思わず激昂して叫んだウィルだったが、彼女が負けず劣らずの剣幕で怒鳴り返す。


〔五月蠅いわね! 子供ができないのは私のせいじゃ無いのに、どうして私ばかり、矢面に立たされなくてはならないの!? もう、本当にうんざりなのよ!!〕

〔義姉上……〕

 彼女の迫力に圧されて思わずウィルが黙り込むと、これまで傍観を決め込んでいた藍里が、向かい側の牢から声をかけてきた。


「もしも~し! お取り込み中の所、申し訳ないんだけど。ちょっと良いですか?」

〔え?〕

〔何だ?〕

 反射的に三人が達が振り返ると、藍里は日本語のまま冷静に相手に言い聞かせた。


「悪い事は言わないから、ここら辺で止めておいたら? こういうのって言葉が通じなくても、雰囲気で伝わると思うんだけど」

 しかし藍里の説得は通じない上に微塵も感銘を与える事はできなかったらしく、トマスがせせら笑う。


〔はっ! この娘、改心しろとでも言っているのか? 自分の置かれている状況が、まだ分かっていないらしいな〕

〔本当に。アイリ嬢は遥か東方の文化レベルの低い土地柄のお育ちで、魔力はともかくディルとしての自覚や、年相応の分別をお持ちでは無いと見えますね。同情する余地はありますが、こんなのが大手を振ってリスベラントを闊歩しているなんて、何て嘆かわしい。聖リスベラがお嘆きだわ〕

〔アメーリア様! 今の発言は、失礼にも程がありますよ!?〕

 トマスに引き続き藍里を侮辱する発言をしたアメーリアに向かって、セレナが声高に非難したが、そんな彼女を藍里は苦笑いで宥めた。


「あぁ~、はいはい、セレナさん。何を言われたかは大体分かったけど、怒らなくて良いから」

〔ですが、アイリ様!〕

 言葉が通じないながらも、雰囲気で意志疎通できた藍里は、再びアメーリアに顔を向けて忠告を口にした。


「ちょっと、そこのアメーリアさん。そうそうそこの陰険姉貴、あんたの事よ」

〔何を言ってるの? この女〕

「俗に『色の白いは七難隠す』って言うけど、幾ら塗りたくっても性格の悪さは隠せないみたいだから、ナチュラルメイクの方が肌へのダメージが少なくて良いと思うわよ? そんな風に顔の皮膚を酷使してると、今はまだ良いけど、ある程度の年齢になったら一気に肌年齢が跳ね上がるから」

〔何をしたり顔で言ってるわけ? この馬鹿女は〕

〔ジーク?〕

〔…………〕

 真顔で告げた藍里をアメーリアは訝しげに見返し、ルーカスも説明を求めてジークに声をかけた。しかしまともに通訳する空気でも気分でも無い為、彼は盛大に溜め息を吐いて項垂れる。するとレイチェルが、どことなく苛ついた様に父親に囁く。


〔お父様。とにかくこの方達の扱いをどうするか、早急に決めませんと〕

〔そうだな。あの馬鹿ども。厄介事を増やしおって〕

 それを契機に、アメーリアは改めてルーカスに向き直り、満足げな顔で別れの言葉を口にする。


〔それではルーカス、ご機嫌よう。最後に顔が見られて良かったわ〕

 そう言い放った後は、彼女はハールド子爵親子を引き連れて階段を上がって行き、藍里達はそれを無言で見送った。

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