第39話 彼女達の計略

〔くそっ! ふざけるな!!〕

 彼女達の姿が完全に見えなくなってから、ルーカスが憤怒の形相で立ち上がり、牢の柵を力任せに蹴りつけると、藍里が改めてジークに詳細を尋ねた。


「結局、どういう事?」

「私達をおびき寄せて殺害するのと引き換えに、央都でオランデュー伯爵に裏工作して貰って、レイチェル殿が子爵と離縁した上で、彼女と再婚した子爵の異母弟が新しい子爵に就任するそうです。そしてハールド子爵家が、これまで以上のデスナール領への影響力を保持する腹積もりですね」

「あらまあ……。随分と思い切った計略ね。成功率が十分高いと思ったんでしょうけど……」

 呆れ顔になって藍里が肩を竦めたところで、ジークが顔付きを険しくしながら断言した。


「勿論、このままあっさり殺されるつもりはありません」

「何か作戦があるの?」

「……今の所は、手詰まりですが」

 もの凄く悔しそうにジークが呻いた為、藍里が慰める様に声をかける。


「私にもはっきりとした策なんて無いけど、上手くいけば今夜中にこの屋敷内で、騒ぎが起きると思うの」

「騒ぎ? どんな事がいつ起こると?」

 それが分かっているなら、できるだけの対策と対応を考えておきたいと彼が問い返したが、藍里は申し訳無さそうに言葉を継いだ。


「ごめんなさい、はっきり確約できないの。何も起きないかもしれないし、これに関しては完全に他力本願だから」

「一体、何の事ですか?」

 益々わけが分からなくなったジークに、藍里が淡々と説明を始めた。


「白虹。あれ、袋ごと全部、取り上げられたじゃない?」

「そうですね」

「実はあれ、一つ一つ魔術で連動させてあって、袋から全部出したら一斉に爆発する様になっているらしいの」

「何ですって!? そんな危ない物を、今まで大量に持ち歩いて来たんですか!?」

〔ジーク?〕

〔おい、どうした?〕

 思わず腰を浮かせて通路越しに叱りつけたジークに、ルーカスとウィルが驚いた顔になる。しかしそんな驚愕を無視して、藍里は冷静に話を続けた。


「だから、袋から全部出さない限りは、大丈夫な筈だから」

 そこまで聞いたジークは、日中の藍里の行為の意味を悟って、盛大に溜め息を吐いた。


「それで取り上げられる時に、わざと珍しい東域の御守りだとか言ったんですか。余計に連中の興味を引く様に」

「そういう事。これまで央都から後を付けてきた連中にも分かる様に、わざと街道に置いて来たし。全く危険性は無い物と思ってるか、下手すれば回収して来てると思うわ。それに戦利品みたいな物だし、上手くいけば景気良く山分けしそうじゃない?」

「確かにそう事が運べば、騒ぎは起きそうですが、その前に連中が殺しに来た場合は?」

「場当たり的に対応するしか無いわね」

「……分かりました」

 これ以上の議論は無駄だと悟ったジークは、(彼女に何て物を渡すんだ)と来住家の人間に内心で恨み言を漏らしながらも、苦言は口にしなかった。そんな彼に今度はルーカス達が、目の前で交わされていた会話の内容を尋ねてくる。


〔おい、ジーク。どういう事だ?〕

〔それが……〕

 渋面になりながら、彼が白虹の事を説明し始めた頃。ハールド子爵邸の正面玄関ホールでは、ルーカス達の様子を確認して上機嫌のアメーリアが、トマスとレイチェルに別れの挨拶をしていた。


「それではハールド子爵。思いがけなくあの連中を捕らえた場に居合わせる事になりましたが、これで目的は果たしましたので、おいとまさせて頂きます。ただし、確実にあの者達を処分して下さいね?」

 最後に釘を刺してきた自分の娘よりも若い彼女に、笑顔のトマスは卑屈に頭を下げながら申し出た。


「それは勿論です。お任せ下さい。ですが、あの……、もうじき暗くなってきましたし、我が家にお泊まりになりませんか?」

 しかしその申し出を、アメーリアは笑顔で跳ねつける。


「大変ありがたいお申し出ですが、結構です。私、自分に相応しくないベッドだと、安眠できない質なもので。今から馬車で向かえばオランデュー伯爵家の屋敷まで、深夜になる前には着けますから。先程先触れも出しましたし、ご心配無く」

「はぁ……、そうでございますか」

 言外に、こんな田舎では自分に合ったもてなしなど期待できないと言い放った彼女に、トマスの笑顔が微妙に引き攣った。そこで一歩後ろにいたレイチェルが、静かに声をかけてくる。


「アメーリア様。以前お約束頂いた事については、きちんと履行して頂けますね?」

 僅かに不信感を滲ませたその物言いに、アメーリアは僅かに不快そうに顔を顰めたものの、鷹揚に笑ってみせた。


「勿論、あなた方の意向に沿う様に取り計らいます。それから伯父上から預かってきた者達は、このままもう暫くあなた方が使って構いません。それではごきげんよう」

 そして気分良く馬車に乗り込み、さっさと出立したアメーリアを見送った親子は、その馬車が見えなくなった途端に悪態を吐いた。


「何だ、あの高慢ちきな小娘は! あれだから公爵閣下に愛想を尽かされたんだろうが!」

 央都からこっそりと封魔師達を連れてやってきたアメーリアを極力人目に晒さない為、使用人達にも極力知らせずに対応し、この時玄関付近も人払いをしていた為、トマスは誰に憚る事無くホールで彼女を罵った。そんな父親をレイチェルが宥める。


「落ち着いて下さい、お父様。だからこそ、付け込む隙があると言う事ですわ。今回我が家の便宜を図る為に計画したこれですが、逆に言えば公子殿下殺害依頼の証拠を、我が家が握る事ができたのです。今後はそれを使って、オランデュー伯爵家に働きかける事だってできますもの」

 そう彼女が宥めると、トマスはすぐ機嫌を取り戻した。


「それはそうだ。これでデスナール領に限らず、この西部地方の我が家の影響力も拡大できると言うもの。でかしたぞ、レイチェル。正直、お前がここまでやるとは、思っていなかった」

 満面の笑みで褒め称える父に、レイチェルが苦笑しながら応じる。


「この家ではお兄様の、デスナール家ではジェラールより前に出たり目立つ事はできませんもの。ですが手をこまねいていては、両家とも衰退するばかり。微力ながら、全力を尽くしてみようと思っただけですわ」

「本当に、お前からこの話を持ちかけられた時は驚愕したが、ここまで上手く事が運ぶとは。もっと早くお前がこの才を見せてくれたら、ランスでは無くお前に家督を譲って、婿を取らせたものを」

「まあ、お父様。それはお兄様に失礼ですわ」

 そして上機嫌に笑いながら、屋敷の奥に向かって並んで歩きだした二人だったが、その表情とは裏腹に、レイチェルは内心で激しい怒りと焦燥に駆られていた。


(困ったわ。まさかオランデュー伯爵が封魔師なんかを派遣してくるなんて、予想だにしていなかったもの。封魔師を個人で抱え込むだけで立派な造反行為だと言うのに、伯爵がそんな事までしているなんて。私の考えが甘かったわ……)

 詰めの甘さを後悔しながら、彼女は先程の光景を脳裏に思い描く。


(封魔師がいなければ、ウィラードや殿下達が遅れを取る事なんて無かったでしょうに……。本当に、なんて事かしら)

 悔しさのあまり無意識に唇を噛むと、娘が険しい表情で黙り込んでいるのに気づいたトマスが、不思議そうに声をかけてきた。


「レイチェル? 急に難しい顔をして黙り込んでどうした? 何か心配事でもあるのか?」

 それを聞いて我に返った彼女は、慌てて先程までと同様の笑顔を取り繕う。


「いえ、何でもありませんわ、お父様」

「そうか」

 それからは適当にトマスの話に相槌を打ちながら、笑顔を保っていたレイチェルだったが、密かに事態の打開策を考え始めた。


(とにかく、何とか時間稼ぎをして、その間にあの封魔師を何とかしないと。でも殿下達の術を解除する様に言っても、聞く耳持たないでしょうし。何とか酔い潰すか、薬でも盛って前後不覚にして殺すしか無いわね。さすがに死ねば、術は解除できるでしょうから。でも……、私に殺せるかしら?)

 そこで弱気になったのを自覚した彼女は、自分自身を叱咤して言い聞かせた。


(今更、何を言っているのよ。馬鹿馬鹿しい。最後までやり通すしか無いわ)

 そうして腹を括ったレイチェルは、トマスと一緒に応接室の扉を開けて室内に入った。

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