第40話 起動

「ランス。ちゃんと皆様のお相手はしていたか?」

「お兄様、皆様、戻りました」

 アメーリアが「田舎者に纏わりつかれるのは御免だわ」などと傍若無人な事を言い放った為、オランデュー伯爵家の私兵を連れてやって来て以降、彼女の滞在の事実を注意深く隠していたトマスは、ルーカス達を捕らえたと報告を受けて、早速デスナール領から駆けつけてきたレナードとジョイス共々、バーンの相手を息子のランスに任せていた。

 確かにアメーリアを目にした瞬間、三人とも我先に自分を売り込みにかかるだろうと予想が付いていたトマスは、彼女の不興を買わずに無事送り出した事に胸を撫で下ろしたが、そんな事とは知らない三人は上機嫌に声をかけてくる。


「やあ、子爵、義姉上。連中の様子はどうでしたか?」

「悔しそうに、歯軋りしておりました」

「でしょうな」

「まあ、奴らにはあそこがお似合いだろう」

「日陰者の集まりだからな」

 馬鹿にしたように嘲笑った三人に軽く眉根を寄せたものの、レイチェルはすぐにいつもの表情になり、さりげなくバーンを問い質した。


「ところでバーン殿。あの方達を周辺の領民達に目撃される危険性を犯して、わざわざこちらまで連れて来た理由を、是非とも教えて頂きたいのですが」

「いや、ですからそれは、先程……」

 途端にしどろもどろに弁解しかけた彼の台詞を、彼女が容赦なく遮る。


「要するに、脅しに怖じ気づいてしまわれたのですよね? それなら結構。殺害は他の方にお願い致しましょう。その代わり次に子爵になるのは、あの方達を殺害した方になりますので、ご了解下さい」

「なっ!? レイチェル殿、どうしてそうなる!」

 慌てて立ち上がり、問い返したバーンだったが、レイチェルはそんな彼を冷たく見据えながら、淡々と主張した。


「当然でしょう? 子爵家の当主となったら何事も自分で判断し、率先して動いて家臣を率いなければいけません。その心構えがなく、一々誰かの判断を仰いだり、重要な事を人任せにして当主が務まる筈がありませんわ。お父様とお兄様も、そう思いませんか?」

 その問いかけにトマスとランスが、尤もらしく頷く。


「如何にもその通りだ。連中を始末した者とお前を再婚させ、デスナール子爵家を継承させる事にしよう」

「お三方とも、それで異存ございませんね? どなたもできないと言うのなら、妹の再婚相手を、デスナール家ゆかりの他の方に求めれば良いだけの話ですし」

「そんな! トマス殿!」

「話が違う!」

「勿論、皆様でお好きな様にご相談なさって下さって、結構ですわ。まだまだ時間はありますし」

「…………」

 余裕たっぷりの笑顔でレイチェルが微笑むと、レナード達は無言で顔を見合わせて黙り込んだ。しかし三人ともすぐに気を取り直し、見苦しいにも程がある言い争いを兄弟間で繰り広げ始める。


(本当に小者ばかりね。危ない橋を渡るのは嫌だし、汚名を着るのも嫌だけど、爵位と領地は欲しいなんて。好きなだけ揉めていれば良いわ。その分、時間稼ぎができるもの)

 醜い言い争いを始めた三人を見て、トマスとランスは呆気に取られてから苦々しい表情を隠そうともしなくなったが、レイチェルは最初から冷め切った表情で、議論のやり取りを眺めていた。

 呆れた事に、その場で軽食を取りながら何時間か議論しても全く決着がつかず、さすがに疲れたのか三人が同時に口を閉ざしたところで、レイチェルは少し前から気になっていた事について尋ねてみた。


「ところでバーン殿、その袋は何ですか?」

 彼の前のテーブルに置いてあった、見慣れない布袋を指さしながら彼女が尋ねると、バーンは思い出した様に言い出した。


「ああ、これですか? あの聖紋持ちの女が、持っていた物です」

「何だと? 危なくないのか?」

 途端に険しい表情になったトマスを、バーンは笑いながら宥める。


「中身は綺麗なガラス玉ですよ。何でもあの女の生国の、旅の御守りみたいな物だそうです」

「確かに央都からここに来るまでの道中にも、私の手の者が道端に放置していたのを回収しましたが、何の危険性もありませんでした」

「それならば良いが……」

 ジョイスも横から口を添えた為、トマスは取り敢えず納得した表情になったが、ここでレイチェルの表情を窺いながら、バーンが尋ねてきた。


「中身をご覧になりますか?」

「ええ。少し興味があるから」

 それを受けて、バーンがくくっていた紐を解いて袋を開け、中から白虹を一つ取り出した。それをレイチェルに差し出すと、受け取った彼女が感嘆の溜め息を漏らす。 


「あら、本当に珍しいし、凄く綺麗ね」

 その反応に気を良くしたバーンは、得意満面で口にした。


「そうでしょう? こういう手の込んだガラス細工は、リスベラント内では珍しいですから、欲しいならくれてやると言ったら、皆喜んで貰っていきましたよ」

「配下の者達に配ったのですか?」

「ええ。連中を捕らえた場に居合わせた者達だけですが。あいつらが抵抗したので、怪我人も結構出たので、詫び代わりも兼ねてです」

 意外に思った彼女が、自分の懐が痛まないのなら随分と気前の良い事だと、内心で結構失礼な事を考えていると、先程まで険悪な言い合いをしていた彼の兄達も、興味津々でバーンの手元を覗き込みながら頼んできた。


「へえ? 本当に綺麗だな。子供が喜びそうだから、俺にもくれないか?」

「俺も以前報告を受けた分は、そのまま部下に渡してしまったから、うちの子供にやる分を貰えないか?」

「ああ、半分以上配ったがまだ結構あるから、この際、全部分けるか」

 下手に出られて気分を良くしたのか、バーンは先程までの険悪さなど微塵も感じさせない笑顔で、テーブルの上に白虹を取り出し始めた。そして三人で仲良く分配し始めたのを見て、自嘲気味に笑う。


(子供か……。確かにこういうのは、喜びそうね。見苦しく利権争いをしていても、父親は父親という事らしいわ。私には理解できないけど)

 とうとう子供を持つ事ができなかった、自分達夫婦の事を自虐気味に考え始めた彼女だったが、バーンが白虹の最後の一個を袋から取り出し、テーブルの上に置いた瞬間、白虹が一斉に尋常ならざる輝き方を始めた。


「え?」

「何?」

 そして目が眩む閃光に室内が包まれた瞬間、レイチェルを含む、その場全員の意識が消失した。

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