第41話 陰謀が瓦解する時
レナード達が見苦しく言い争いをしている間、地下牢で放置されていた藍里達だったが、憤懣やるかたないルーカスはともかく、これから何が起こっても、ある程度対応できるようにしておこうと相談したジークとウィルは、早々に座ったまま壁にもたれて仮眠を取っていた。
しかし何時間か過ぎた半覚醒状態の中、背中が接している壁から伝わって来た微かな振動に、ジークの警戒心が揺り起こされる。
(何だ? 今何か、壁から変な振動が伝わった様な……。これはまさか、ひょっとして!?)
途端に目を見開いて覚醒したジークは、反射的にある呪文を大声で唱えた。
「シェズ、アード、ラグ!」
そう叫び終えた瞬間、彼の両手首を縛っていた紐に切れ目が入り、無数の短い残骸になりながら床に落ちた。突然のジークの叫びに眠気が吹き飛んで彼に目を向けた他の者達は、それを見て驚愕の声を上げる。
「切れた!?」
「封魔師の術の効力が、消失したのか!?」
その疑問に、ジークは他の二人の手首の紐も魔術で同様に切り捨ててから、冷静に指摘した。
「もう魔術の使用に制限は無い筈です。恐らく白虹の爆発に、例の封魔師が巻き込まれて死亡しているのではないかと思われます」
「多分、そうでしょうね。さあ、長居は無用よ。逃げましょう!」
ジークが魔術で紐を切ったのを目にした瞬間、藍里も同様に魔術で拘束を外し、更に日中武装解除して取り上げられた筈の藍華まで呼び寄せていた。更にそれで牢の出入り口の鍵を破壊し、通路にまで出ていた彼女に、ルーカスが本気で呆れる。
「お前、素早過ぎるぞ! それにお前の親族とお前の武器の両方に、きちんと常識を身に付けさせろ!!」
「ガタガタ言ってる暇は無さそうよ! 何だか上の方が危なそうなんだけど!」
焦った口調で藍里が叫んだ瞬間、階段付近の天井が広い範囲で一気に崩落した。
「うわっ!」
「危ない!!」
慌てて落下物を避けた藍里達だったが、階段に繋がる空間が完全に瓦礫で埋まり、セレナが険しい表情で呟く。
「階段からは駄目ですね。それに早くしないと全体が崩れてきそうですし、その前に酸欠になりそうです」
しかしすぐさまジークは決断を下し、相棒に声をかけた。
「壁を崩す。ウィル、通り抜ける間だけで良い。崩した所から順に周囲を固めてくれ」
「了解、任せろ!」
「バルフ、レーン、グェルド、シェス、ティーン!」
「アエル、ドラ、キーム、レガ!」
何やら強引に、ジークは階段とは反対側の壁に穴を開け始め、放置すれば崩れてくる壁面をウィルがフォローする。辛うじて人が歩くスピードと同程度の速さで通路ができていくのを見て、セレナが藍里とルーカスを促した。
「殿下、アイリ様、さあ、今のうちに!」
「ああ」
「分かったわ」
二人のかなりの荒業に唖然としていた藍里だったが、気を取り直して藍華を紅蓮に収納し、穴の奥へと進んだ。
内部を照らすのはセレナが担当し、臨時の穴掘り技師と化している二人の後に付いて慎重に足を進めると、二十メートル程進んだ所で、ジークが魔術を行使させる方向を変える。
「ダステ、ジン、ウラ!」
その呪文で、彼の目の前で上部に瓦礫や大量の土が勢い良く噴出していき、綺麗に穴が開いた後は暗い空が見えた。しかしそこから地表に行くには、壁面が殆ど直角に切り立っており、藍里は思わず当惑する。
「えっと……、飛ぶのって駄目なんじゃ無かったっけ? そもそも、まだその手の呪文を覚えてないけど」
「空を飛ぶのでは無くて、地上に跳ね上がるだけですから。捕まって下さい。ギュラー、デス、ラ、ユーナ!」
「うわっ! きゃあっ!!」
早口で説明したセレナが、それ以上は問答無用とばかりに藍里を抱え込み、呪文を唱えて地上へと舞い上がる。慌てて藍里が彼女に抱き付いたが、気が付くと地面にぽっかりと空いた大きな穴の横に座り込んでいた。
「大丈夫ですね」
「ああ。どうやら付近に、俺達を襲撃してくる奴らは居ないな」
「屋敷の大部分の者は、私達が居た事にも気が付いていない筈ですし、知っている連中も、あの惨状では何もできないでしょう」
「あの惨状って……」
傍らで真剣に話し合っているジーク達の視線を何気なく追った藍里は、振り返ったその先で、無残に崩壊した上、激しく炎上している屋敷を認めた。
「うわ……、建物全体が派手に崩壊して燃え上がっている上に、ここだけじゃなくて、周辺のあちこちからも火の手が上がって、凄い事になってる……」
藍里が改めて周囲の様子を確認すると、何人もの人間達の悲鳴や怒号が飛び交い、慌ただしく行き来しているのを見て、盛大に顔を引き攣らせた。そして確実にこの騒動の原因の一つである藍里が、茫然自失状態で他人事の様なコメントを漏らした事で、ルーカスが我慢できずに叱りつける。
「これだけ大事になっているのは当たり前だろうが!? お前の推察通りなら、連中が手下達に平気でばら撒いた白虹が、あの勢いで一斉に爆発炎上したんだぞ?」
「とにかく消火活動と救助活動をしないと! ハールド子爵邸がほぼ全壊で、中に居た子爵家の人間に無傷な人間が居るとは思えません! 領主の姿も指示も無くて、領民や家臣達が右往左往して、余計に収拾が付かなくなっていると思われます!」
かなり焦った声でのセレナの訴えに、ウィルが弾かれた様に反応した。
「取り敢えずこの付近に、降らせるだけ雨を降らせる! ル、ジェール、マイン、キュレス、ティーア!!」
「セレナ、地下水脈を探せ! 俺は主に燃えている箇所を把握して、そこに川や井戸の水を誘導する。お前はその流れに合わせて、地下水を汲み上げて放出させろ」
「分かったわ!」
ジークもすかさず方針を決め、被害を最小限に抑えるために動き出す。そこでふと不安要素に気が付いたルーカスが、真顔で藍里に確認を入れた。
「おい、まさかとは思うが、白虹に施された魔術で生じた火は、普通の水では消せないないて、ふざけた事は言わないだろうな?」
「そんな事を言われても知らないわよ。私が準備したわけじゃ無いんだから」
困りながら藍里が正直に告げると、忽ちルーカスが怒りを爆発させる。
「お前! 無責任過ぎるぞ!!」
「殿下! アイリ嬢! 無駄話をしていないで、二人一組で近隣の住人の避難誘導をして下さい! こっちは手が離せません!! 落ち着いたら戻ってきて、消火と生存者の救助を手伝って下さい!!」
「分かった、すまん」
「行ってきます!」
少し離れた所から、ウィルにかなり切羽詰まった口調で懇願口調の叱責をされた二人は、素直に謝ってから慌てて近隣の集落に向かって駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます