第37話 封魔の効力

 すったもんだの末、どこかから幌付きの荷馬車を借り受けて来た連中は、それに藍里達と気絶したままのバーンを乗せて、隊列を組んで出発した。

 あまり馬車の外から顔を見られない様にしろと注意を受けていたものの、暫くして森を抜け、幌の出入り口にかかっている布の隙間から時折見える景色で、この地方の土地勘は十分にあるウィルには、容易にどこに向かっているかの見当が付いた。


〔てっきり、デスナール子爵領のどこかに連れ込まれると思っていたが……〕

〔ここは義姉上の実家の、ハールド子爵領内です。しかもその中心部に向かって移動しています〕

 この間に正気付いたバーンが、藍里の顔を見た途端恐慌状態になって幌馬車から飛び降りた為、藍里達は誰にも遠慮する事無く会話を交わしていた。そして暫くしてからのジークの意外そうな呟きに、ウィルが困惑と焦りを滲ませながら答えると、他の面々が怪訝な顔になる。


〔そうなると、やはりオランデュー伯爵とハールド子爵が繋がっていたと言う事か?〕

〔そこまで悪辣な事をする方だったとは、思いたくありませんが〕

〔しかしそれにバールが、どう絡んでくるんだ?〕

〔とにかくもう暫く、様子を見るしかありませんね〕

 相変わらずリスベラント語での会話は、固有名詞しか聞き取れない為、藍里は会話の合間にジークに尋ねた。


「どういう事?」

「デスナール子爵領内に戻ったわけではなく、隣接するハールド子爵領内に連れて来られたと思われます」

 それを聞いた藍里は、聞き覚えのある名前に首を傾げた。


「あれ? ハールド子爵家って、確かデスナール領の隣の領地を治めている家で、レイチェルさんの実家じゃなかったっけ?」

「はい、そうです」

「そうなると、レイチェルさんやジェラールさんも、この事を知ってるのかしら?」

 その問いに、ジークは慎重に答えた。


「それはまだ何とも言えません。不確定要素が多過ぎます」

「確かにそうね」

 そんなやり取りをしているうちに馬車が止まり、出入り口の布が跳ね上げられて、人数分のマントらしきものが投げ込まれた。


〔全員降りろ! その前に、これを頭から被れ〕

 言うだけ言って手伝う気配は皆無な為、藍里達は不自由な手でそれを引き寄せ、頭から被りながら軽く文句を口にした。


〔やれやれ、やっと到着か〕

〔周囲に俺達の顔を見せないつもりか? 犯罪者扱いとは恐れ入る〕

 文句を言いながらも全員それを頭から被ってから、注意深く馬車を降り、周囲をバーン達に囲まれながら、目の前の建物に向かって歩き始めた。そしてすぐに入口らしき所に到着し、扉を開けて中へ足を踏み入れる。


(裏口みたいな所から入ったわね。縁戚のウィルさんの顔を知っている人間に、見られない為? そうなると、この屋敷の人間全員がグルって事でも無いのかしら? でもこれだけの人間を動かしていれば、憶測を呼んだりすると思うんだけど……。良く分からないわね)

 藍里が周囲を注意深く観察しながら考えを巡らせている間に、どこかの小部屋に入ったと思ったら、更に壁に付いている扉の向こうにあった階段を下りる様に言われた。

 そこが薄暗く、結構急勾配なのを見て取ったジークが抗議すると、バーンは思い出した様に皆が被っていたマントを外させ、全員一列になって石造りの階段を下りた。


〔ほら、さっさと入れ! それから、妙な真似をするなよ!?〕

〔妙な真似って何だ。魔術を封じられている俺達が、一体何をすると?〕

〔……ちっ!〕

 どうやらそこは地下牢だったらしく、狭くて細長い床面に下り立つと、その通路を挟んで右側に男性陣が、左側に藍里とセレナが問答無用で入れられた。その後真顔で言い聞かせてきたバーンに、ルーカスが冷静に言い返したところで、藍里が馬鹿にした口調でバーンに向かって言い放つ。


「あぁら! 結局、ここに押し込めて終わりなの? 獲物にとどめを刺すこともできない、とんだ臆病者がいたものね。気の毒だけど、それはお医者様にも治しようが無いわねぇ~。ぎっくり腰だったら整体師に治して貰えるけど、さすがにへっぴり腰は治せないし~」

〔何を言ってるんだ。五月蠅いぞ! 耳障りだからそいつを静かにさせておけ!〕

 言われた内容は分からないまでも、馬鹿にされているのははっきりと理解できたバーンは、捨て台詞を口にしてから、足音荒く階段を上がって行った。そして通路の四隅で、ランプが周囲を薄明るく照らす中、ジークが向かい側の牢に入っている藍里に向かって、窘める様な視線を向けてくる。


「アイリ様……」

「どうせ何を言ってるかは分からないんでしょ?」

「それはそうですが、ニュアンスは確実に伝わっていました」

「そう? 底抜けの馬鹿じゃ無くて良かったわ。そうでなかったら、嫌味を言うのも時間と労力の無駄だもの」

 しれっとして言い切る藍里に、ジークは説得するのを諦めた。するとウィルが不思議そうに、会話に割り込んでくる。


〔ジーク、さっき彼女はなんて言ったんだ?〕

〔一々通訳するのは……。取り敢えず、非友好的な台詞だと思ってくれ〕

〔それはそうだろうな。ところで、今思ったんだが……。アイリ嬢は封魔師の術で言語変換魔術は使えていない状態なのに、どうして聖紋を出したり、紅蓮を解除できなくする事はできたんだ?〕

〔そう言えばそうだな……。特に聖紋の方は、魔力をコントロールする事で出したり消したりできる様になったと、例の披露宴の時に聞いた覚えがあるが〕

 立て続けに色々有りすぎて、矛盾点をうっかり見逃していた事に気付いたジークは、改めて藍里に声をかけた。


「アイリ様、封魔師の術下で、どうして自由に聖紋を浮かび上がらせる事や、紅蓮の解除を阻止する事ができたんですか?」

 しかしその疑問に、藍里はあっさりと答えた。


「ああ、その事? 聖紋は殆ど何も考えずに出したの。察するに封魔師の術って、要は外部に働きかける魔力を阻害するんじゃない? だから自分自身に行使する魔力に関しては、影響が無いんじゃ無いかと思ったんだけど」

 その藍里の仮定話を聞いて、ジークはすぐに納得した。


「なるほど……。逆に言語変換魔術は外部、つまり他者と自分に相互に働きかける事になりますから、効かなくなるというわけですね?」

「そういう事。あ、ちょうど良いわ。ウィルさんに試して貰えるかな? ジークさん、ウィルさんが二の腕を少し切られてるでしょう? 自分自身に回復魔術をかけてみる様に言ってみて?」

「分かりました」

 藍里の意図をすぐに悟ったジークは、すぐにウィルに向き直った。


〔ウィル。その左腕の切られた所に、回復魔術をかけてみてくれ〕

〔え? 魔術が封じられているんだから、無理じゃないのか?〕

〔彼女の予想通りなら、それは効く筈だ〕

〔そうなのか? 分かった。やってみる。ニェール、パル、ザン、エスタ〕

 半信半疑ながら自分の怪我の部位に回復魔術をかけてみたウィルは、いつもと同様の効果が出た事に驚いた。


〔本当に効いた……〕

〔どう言う事だ?〕

 すぐ側で目撃したルーカスも目を丸くした為、ジークは藍里から聞いた推察を述べる。


〔つまり封魔師の能力は、対象者の魔力の外部への働きかけを阻害する物であって、自分自身に効果を及ぼす魔術に関しては、阻害されないのではないかと〕

〔なるほどな〕

 ルーカス達が納得して頷き合う中、ジークは次の疑問について問い質した。

「それで紅蓮の方については、どういう理由で外れなかったんですか?」

 そう尋ねられた途端、藍里が渋い顔になった。


「それが……。実は出発直前に、紅蓮を私の腕と脚に装着したのは悠理なの。その時何か変な魔術をかけたみたいで、ずっと外れなかったのよ」

「そうだったんですか? てっきり休む時とかは、外していると思っていましたが」

「そうじゃなかったのよ。だからあの時は、外せるなら外してみろってはったりをかましたつもりだったんだけど。やっぱり私の魔術は封じられても、この場に居ない他者が施した魔術は、封じる事ができないみたいね」

「少なくとも丸腰にはならなかったので、不幸中の幸いとも言えますが……。まさか悠理は、この様な事態まで、予測していたんじゃ無いだろうな?」

 呆れるばかりのこの顛末にジークは本気で頭痛を覚えたが、ゆっくりと悩む暇も無く、新たな災厄がその場に近付いて来た。


〔どうした、ジーク〕

〔それが……、彼女の紅蓮に関してなんだが〕

〔おい、上から誰か来るぞ!〕

 鋭くルーカスが警告の言葉を発した通り、通路脇にある階段の上部から、何やら物音と複数の人間の話し声が反響しながら聞こえてきた為、皆黙り込んで慎重に様子を窺った。

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