第47話 裏事情の暴露

 デスナール子爵領から央都に戻ってからも、藍里達は報告書の作成や詳細についての聞き取り調査に応じた為、そこで三日程を過ごしてから、扉で日本へと戻って来た。

 行きと同様、リスベラント日本支社長室を経由して、来住家へと戻って来た藍里とルーカスは、ジーク達と玄関先で別れて、取り敢えずリビングに落ち着く。


「ねえ、ルーカス。本当に今回の一件で、今年のディルとしての任務は終了したのよね?」

 何日か時差ボケが酷そうだと考えながら、藍里が確認を入れると、ルーカスが素っ気なくそれに応じた。


「ああ。少なくても来年までは、煩わされずに済むな」

「それは良かったけど……。もう、本当に酷い目に遭ったわ! それに、あと一週間しか休みが残って無いのに、夏休みの課題が殆ど手付かずなのよ? どうしてくれるのよ!?」

「そんな事、俺が知るか!!」

 急に色々怒りがこみ上げて来た藍里に、ルーカスが怒鳴り返す。そこでいきなり、この場に居ない筈の人物の声が割り込んだ。


「心配するな、藍里。今月中は暇だから、俺が面倒見てやるから」

「え? 悠理?」

「お前、どうしてここに?」

 声のした方に目を向けた二人は、揃って当惑した顔になった。すると悠理が、事も無げに事情を説明する。


「どうもこうも、ここは俺の実家ですから。病院を辞めてきたので、久しぶりに日本でのんびりしようかと思いまして」

「え?」

「なっ!」

 あっさりと報告された内容に、二人は驚いて目を見張ったが、彼は苦笑いしながら旅程についての感想を述べた。


「いや~、お前達より早く向こうを出たのに、アルデインから日本まで、地道に乗り継ぎで十七時間超のフライトをして来たから疲れたぞ。やっぱりあの扉は便利だな」

「ちょっと悠理! 辞めたって、まさかアルデイン国立総合病院を!?」

「そんな馬鹿な!! あの病院が、お前程有能な医者を、手放す筈は無いだろうが!!」

 しかし藍里達は悠理ほど平然とはしていられず、揃って彼を問い詰めたが、悠理は苦笑しながら肩を竦めるのみだった。


「それが、俺の治療方針について、某所からクレームが出まして。事態を重く見た院長から、辞職勧告が出されたんですよ」

 淡々と悠理がルーカスに説明した内容を聞いて、藍里は思わず眉間に皺を寄せた。


「クレームって……。悠理、医療ミスとかやらかしたの?」

「馬鹿言うな。俺がそんなヘマをするか。別件だ」

「本当に?」

「当たり前だ」

 まだ疑わしげに尋ねてきた藍里に、悠理は気分を害した様に言い返した。


「同僚や上司達には散々引き止められたが、自分の都合で現場を混乱させる訳にはいかないから、潔く辞める事にしただけだ。周囲に協力して貰って、担当患者の引継ぎも無事終える事ができたしな。と言うわけで藍里。来月から、俺は横浜市内の病院勤務になるから」

「そうなんだ。でも横浜だったら通勤も楽ね」

「ああ。久々の電車通勤だな」

 のんびりとした口調で和やかに話し出した兄妹をよそに、ルーカスは険しい顔付きで立ち上がり、無言のままリビングを出て行った。自分の部屋で、事の次第をアルデインの父親かその部下に確認しに行ったのだろうと容易に見当がついた藍里は、特に引き留めたりはせず、それと入れ替わる様に悠理がソファーに腰を下ろす。


「マール、ラーネ、クェイン。……それで? 本当の所はどうなの?」

 一応ルーカスが戻って来ても聞かれない様に、防音壁魔術を周囲に展開させてから、藍里が単刀直入に尋ねると、悠理は不敵な笑みを浮かべながら説明を始めた。


「聞いて驚け。なんと、アルデイン公国トップからのクレームだ」

「また公爵? 今度は何があったのよ?」

 少々うんざりしながら問いを重ねた彼女に、悠理がさり気なく確認を入れる。


「リスベラントに行く前に、俺が電話で界琉に関係する内容を言った事を覚えているか?」

「界琉に関係する事? ……ええと、実は界琉とクラリーサさんが不仲って言うか、界琉の側には恋愛感情が一切ないって事? でも結婚したんだし、そのうちどうにかなるんじゃない?」

 怪訝な顔になりながら意見を述べた藍里だったが、それを聞いた悠理は鼻で笑った。


「未だに指一本、触れて無い筈だがな。そんなのがどうにかなるのか?」

「げ……、それ本当? それならそもそも、どうして結婚なんかしたのよ」

「公爵が、界琉を怒らせたから」

「は? 何を、どんな風に?」

 益々わけが分からなくなってきた藍里に、悠理は苦笑いしながら説明を続けた。


「お前がディルになったとリスベラント中に知れ渡って、色々と妬んだり邪推する者が出て心配だろうが、公爵として身の安全は保障するとか言ったらしい」

「それのどこが拙いのよ?」

「実際にあの二人の間で、どんなやり取りがあったのかは正確な所は分からないが、裏を返せば公爵家が庇護しているうちは安全だが、そうでなくなったら保証はできないって事だろ?」

「……何よ、それ?」

 明らかに脅しの空気を感じた藍里は、盛大に顔を顰めた。そんな妹の表情を見ながら、悠理は淡々と話を続ける。


「公爵はそう言った上で、界琉にディル位を取る事と、クラリーサとの縁談を迫ったんだ。界琉がそれなりの能力を持ってる癖に、力を出し惜しみしている事を、薄々感づいていたみたいだからな」

「そんな事をする意味があるの? そんな脅迫まがいの事を言われて、界琉が大人しく了承する筈が無いじゃない」

「だからそれを逆手に取って、言われた通り大人しくディル位を取って、彼女とも婚約したんだろ? だってあいつ、最高にえげつないし」

「否定はしないけどね……」

 そこで藍里は盛大に溜め息を吐いてから、大きく頷いた。


「それが、父さんの話に繋がるのね。大人しく言う事を聞いて、身内として引きこまれたふりをして相手が油断しているうちに、自分と父さんの政治上の立場を強めない、人事異動を敢行したわけだ」

 それを聞いた悠理は、藍里がちゃんと理解した事が分かって満足げに笑った。


「正解。地位に固執しない父さんや界琉の判断と行動は、公爵にとっては誤算だったろうな。加えて最大の誤算は、自慢の娘に界琉が見向きもしなかった事だ。しかも外面は最高だから、周囲には不仲なんて微塵も悟らせてはいないし」

「クラリーサさんが気の毒ね」

「そう思うなら、界琉に意見しろとか言って来るぞ。あの親父」

「……言われたの?」

 悠理が言外に含んだ物を感じ取った藍里が尋ねると、彼は笑って答えた。


「言われた言われた。手術の合間の、貴重な休憩時間に呼びつけられてな。何事かと思えば、界琉に夫婦仲良くしろと言えとか。笑っちまうだろ?」

「あの界琉が、プライベートに関する事で、人の意見に耳を傾ける筈無いわよね……」

「全くだ。そんなのは夫婦間の問題なので、口出しは差し控えますと丁重に断ったら、二日後には院長から荒唐無稽な辞職勧告を受けたぞ。俺が考え無しにあらゆる症例の手術を執刀しているせいで、周囲の医師の技量向上の妨げになっているそうだ」

 そこまで聞いた藍里は、思わず白けきった目を兄に向けた。

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