第31話 本来の発生源
本末転倒な囮役を務め、わざと魔獣の集団を突っ切る様にして森の奥へと進んだ藍里達は、完全に日光が届かなくなり、周囲が暗闇に包まれる前には何とか魔獣達を振り切った。
当然このまま移動を続けて体力を消耗するわけにはいかず、多少開けて周囲を警戒しやすい場所で夜営をする事に決め、火を焚いて各自の馬に積んでいた非常食で、簡単な食事を済ませる。そして人心地ついてから、藍里が何気なく尋ねた。
「取り敢えず、あの有象無象を何とか撃退する事はできたけど、ここがどこら辺なのかは分かっている?」
それに対して、如何にも申し訳無さそうに、ジークとウィルが答える。
「申し訳ありません。正確な所は不明です。先程から色々試してみましたが、変に魔力が漲っている辺境のせいか、探査魔術の類が殆ど役に立たないので」
「あくまでも以前付近に来た時の記憶と勘によると、辺境域の森には元々境界線は有りませんが、デスナール子爵領より隣接するハールド子爵領の方に近い位置に居るのでは無いかと思います」
「そう……。厄介な事になったわね」
藍里が難しい顔になって頷くと、ルーカスも真顔で述べる。
「無闇に強力な魔術を使うと、忽ち魔獣が寄って来そうだから、なるべく魔術を行使せずに森を抜けたい所だが……。そうするとやはりデスナール領に戻るよりも、ハールド領側に抜ける方が楽みたいだな」
「そうですね。ハールド子爵家は義姉上の実家ですから、常に行き来は有りますし、ライド達が兄に報告すれば、そちら側からも捜索の人員を出して貰えると思います」
「手持ちの非常食は二日分だし、あまりぐずぐずしてはいられないな。夜が明け次第、道を探そう」
ウィルとジークがそう言いながら、セレナに目線で訴えると、彼女は一瞬怪訝な顔をしたものの、すぐに相手の言いたい事を悟って藍里とルーカスに向き直った。
「そうと決まれば、交代で早く休みましょう。アイリ様と殿下はお先にどうぞ」
「ええと……」
「いや、それは……」
その提案を咄嗟に受け入れられなかった二人だが、セレナは戸惑う二人に笑顔で言い聞かせた。
「お二人には、早めに起きて頂きますから。私達はこれから少し、今後の方針について、打ち合わせておかなければいけませんし」
そこまで言われてこれ以上変な抵抗はできず、二人は好意に甘える事にした。
「分かった。じゃあそちらで休ませて貰う」
「お先に失礼します」
「はい、どうぞお休み下さい」
そして二人がそれぞれ馬から敷布を外し、少し離れた所で横になって休んだのを確認してから、セレナはジーク達に声をかけた。
「これで良かったかしら?」
それに対し、ジークは五月蝿くならない様に小声で防音魔術の呪文を唱え、自分達の話し声がルーカス達に聞こえない様にしてから、礼を述べた。
「ああ。助かった。俺達が言うよりセレナから言った方が、二人が聞き入れてくれそうだったからな」
「それで?」
セレナが話を促してみると、ジークが渋面になりながら推測を述べ始めた。
「改めて魔獣達と遭遇した時の事を、思い返してみたんだが……。その直前に、付近で大きな魔力を感じた気がするんだ」
「そうでしたか?」
思わず首を傾げたセレナに、彼が冷静に付け加える。
「とは言っても、攻撃魔術の類では無かったから、意識的に探査魔術を張り巡らせていても、気に留めなかったと思う」
「確かに言われてみれば、少し離れた所で、かなり激しく雨を降らせていた様な気がする。それに地面を広範囲に掘り返したか抉ったか、微かに振動が伝わっていた様な……」
ウィルがその前後の事を、慎重に思い返しながら口にすると、ジークが頷いて話を続けた。
「その時は俺も殆ど進行方向に注意を払っていたから、デスナール領の端で開墾作業をしているか、干上がっている所に雨を降らせているのかと、大して気にも留めなかったんだ。今現在森の入口付近で、そういう場所が有るか分かるか?」
そう問われたウィルは、若干表情を険しくして首を振った。
「いや、そもそもそういう場所を、開墾したりはしない」
「だろうな……」
「そうなると、どういう事ですか?」
難しい顔をして黙り込んだ男達に、なんとなく察しを付けながらセレナが尋ねると、全くありがたくない答えが返ってきた。
「ある程度強力な魔力を放出すると、そこに魔獣が寄ってくると分かっている人間が俺達の背後に回り込んでから、わざとそれなりに大きな魔力を放出したとしたら?」
「その場合、森の中に散開していた魔獣が入口付近に集まって、俺達の退路を塞ぐ事になるよな」
「……やはり、そうなりますか。その場合、森を抜けた直後に、刺客に襲われる可能性もありますね」
「確かにな」
「ライド達が、無事にザルベスに帰還できれば良いんだが」
そこで沈鬱な表情になって三人は黙り込んだが、このまま黙っていても仕方がないと言った感じで、ジークが口を開いた。
「あと一つ。解せない事が有るんだが」
「何だ?」
「ライド達から魔獣を引き離す為に、わざと密集している所を突っ切って来ただろう?」
「そうだな。それが?」
「その結果、デスナール子爵領から離れた、ハールド子爵領寄りの場所まで来てしまった。つまりそもそもの魔獣の発生源は、ハールド子爵領側じゃないのか? 被害が出ていたのが、デスナール領と言うだけで」
そうジークが疑問を呈した途端、その場に沈黙が漂った。
「ちょっと待ってくれ、ジーク。そうなると、まさか今回の黒幕は、ハールド子爵なのか?」
狼狽気味にウィルが尋ねたが、ジークは難しい顔のまま言葉を継いだ。
「現時点では確証は持てないが、その可能性もあると言う事だ」
「今後はそれも踏まえて、動かなければいけないと言う事ですね。最悪、ハールド子爵領側に森を抜けた途端、襲撃される恐れもあると」
「ああ。益々誰が味方で誰が敵か、判別が付かなくなってきたからな」
うんざりとした顔で確認を入れてきたセレナに、ジークが表情を消しながら頷く。それを聞きながら、ウィルは黙って目の前で小さく爆ぜる焚き火を見つめていた。
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