第30話 魔獣の習性

「グワァァァッ!」

「キシャアァァーッ!」

 周囲を取り囲み、威嚇しながら一行との距離を徐々に詰めてくる魔獣達を冷静に観察しながら、ジークは判断を下した。


「とにかく、これ以上奥に進むのは危険だ。できるだけ退路を開ける様に、各個撃破していくぞ」

「それしか無いだろうな」

「了解しました」

 ウィルとセレナが頷いた所で、群の先頭にいた魔獣達が複数襲いかかって来た。


「ガゥグァァッ!」

 その中の一頭で、元は猪辺りかと見当を付けた魔獣を見据え、藍里が右手を前方に差し出しながら呪文を唱える。


「直接的な魔術攻撃は効かない、と。これならどうだ! リュ、フィル、ダーン!」

 するとそれと藍里の間に炎の壁が出現し、突っ込んできた猪擬きが慌てて足を止めた。魔術の炎でその身体が焼ける事は無かったものの、獣の本能で脅威を感じたらしかったが、その隙を逃さず藍里が次の呪文を唱えながら、大地を蹴る。


「スィグ、ガイ、ニェ!」

「グギャアァッ!」

 魔術で跳躍し、軽々と魔術の頭上に舞い上がった藍里は、狼狽して振り仰いできた魔獣の眉間に、渾身の力を込めて藍華の刃先を叩き込んだ。すると眉間が割れたらしい魔獣が断末魔の叫び声を上げ、ドサリと地面に横倒しになる。

 その間、数秒の鮮やかな手並みに、セレナが感嘆の声を上げた。


「アイリ様、お見事です!」

「セレナさん! 来てる!」

 慌ててセレナの背後を指差しながら藍里が注意を促すと、彼女は落ち着き払って振り返りながら、元は鷹だか鷲だか判別できない、獰猛な鳥擬きの集団に向かって声を張り上げた。


「はい! グルーヴ、スン、チャーレ、ギェ、タス!」

「キシャアーーッ!」

「ギェエェェーッ!」

 セレナが呪文を唱えた直後、周囲からもの凄い勢いで何かの茎が伸びてきて、鳥達の進路を塞いだ。しかもうねうねと網目上に重なったそれには、よくよく見ると棘が付いており、鳥達の顔と言わず翼と言わず刺さってえぐっているのが分かる。

 しかも暴れて逃げようとする前に、網状のそれは鳥達をぐるりと球状に取り囲んでしまった為、それから逃れる術が無くなってしまった。その檻の中でバサバサと体当たりしては羽根を散らしている魔獣達を見て、藍里は思わず感心した声を上げた。


「うおぅ、さっすが! 直接捕まえる様な魔術は駄目だけど、勝手に入り込む分には効いちゃうんだ。痛そう~」

「のんびり他人を誉めてる場合か!! さっさと動け!」

 すかさず少し離れた所から、ルーカスが元は鹿らしい魔獣を切り捨てながら怒鳴りつけてきた為、藍里は次の行動に移った。


「一々怒鳴らないでよ。この場合、こっちの方が良いのかな? 開、起」

「おい、一体何をする気だ。直接的な魔術攻撃は効かないんだぞ?」

 右腕の紅蓮に左腕を当てながら呪文を唱え、いつぞやの御前試合の時の様に弦が張られていない紫苑を呼び出した藍里に、ルーカスは苛立たしげな声を出した。しかし彼女は落ち着き払って答える。


「分かってるわよ。魔力を直接ぶつけるんじゃなくて、魔術で放っても普通の矢なら刺さるんじゃない? 現、持、来、じゃあフォロー宜しく。確、的、射!」

 そう言って続けざまに紅蓮から本物の矢を取り出しては、周囲の魔獣達に向かって藍里は矢を放ち始めた。それは的確に魔獣達の目や眉間や喉元に突き刺さり、そのまま絶命したり、痛みで転げ回っる獣が続出し、ルーカスがしぶとい獣の息の根を止めながら叫ぶ。


「確かに効いてるな! とどめは刺す。どんどん射ろ! しかしどうして本物の矢を、そんなに大量に封じておいたんだ?」

「出発前に伯父さんが、念の為に一応持って行けってね。感謝の気持ちを込めて、今度の誕生日のお祝いは奮発する事にするわ!」

「本当にお前の身内は、得体が知れない者ばかりだな!」

「助かってるんだから、文句を言わなくても良いでしょう!?」

「一応、誉め言葉だ!」

「あら、そうでしたか!」

「これ以上アイリ様達には、一歩たりとも近付けさせません!」

 狙いにくいと一度降りた馬の背に再び飛び乗り、高さを確保した藍里が近付いてくる魔獣に次々と矢を打ち込み、討ち漏らした魔獣はルーカスが確実に仕留め、空からの攻撃はセレナがしっかりと防ぎ、怒鳴り合いながらも三人はしっかりと魔獣の攻撃を防いで撃退していた。

 その様子を、ジークと二人一組で魔獣達と相対していたウィルが確認し、安堵の溜め息を漏らす。


「あの調子なら、アイリ嬢達の当面の心配は要らないな。フェズ、ライ、キュール、ジェン!」

「ギャン! ……ギュエェェーッ!」

「その様だな。テルム、アエル、ユア、バム!」

「ガゥッ! ……グバァッ!」

 地面から大きな石を出現させて突進して狼擬きを転倒させ、または飛びかかってきた熊擬きの、背後の大木の枝を切り落として頭上に落下させ、その隙に互いに獲物を斬り捨てながら、ウィルは少し前から感じていた疑念を口にした。


「しかしさっきから思っていたんだが、魔術達の集まり方に偏りが無いか?」

 注意深く周囲の様子を窺いながらウィルが意見を求めると、ジークも面白くなさそうに頷く。


「それは俺も思っていた。確かにデスナール家の私兵達より、俺達の方に集まってるな。ムーラ、ウェド、ラ、ビェン!」

「ギィヤァァッ!」

 勢い良く突っ込んできた角が螺旋状に何回も曲がっている羊擬きの目の前で光球を炸裂させ、目がくらんだそれを仕留めたジークを見ながら、ウィルは僅かに顔色を変えた。


「まさか……、今回の一件を企んだ奴は、魔獣を自分の思い通りに操れるのか?」

 もしそうであれば由々しき事態であるが、ジークはその可能性をあっさりと否定した。


「いや、そうでは無いと思う。単に魔獣達は魔力が強い人間の方に、集まっているんじゃ無いだろうか」

「その根拠は?」

「デスナール子爵家の私兵達の中でも、ライド殿とキャスパー殿とバレル殿の周囲には、結構な数の魔獣が集まっている。本当にこの事件の黒幕が魔獣を操れるなら、彼らに向かっている魔獣達も全部、俺達に向かわせる筈じゃないのか?」

 そう指摘されて、改めて周囲の状況を確認したウィルは、ジークの主張を認めた。


「なるほど。確かにあの三人は、うちの領内でも指折りの実力者だ。色々事情があって央都に出向いて聖騎士になってはいないが、藍はともかく、白程度の能力があるのは確かだ」

「そうと決まれば……」

「ああ、仕方がないな。俺も余計な犠牲者は出したくない」

 余計な事は言わずに決断を促しながら、また一頭魔獣を切り捨てたジークに、ウィルは真剣な表情で頷いた。そして少し離れた所にいるライド達に向かって叫ぶ。


「ライド! キャスパー! バレル! おそらくこいつらは、魔力の強い人間に集まって来ている! 俺達はこいつらを引きつけながら奥に進むから、お前達は負傷者を保護しながら森を抜けろ!」

 そんな事を言われて、本来護衛として派遣されてきたライド達が、「はい、了解しました」と頷ける筈が無かった。


「ウィラード様!!」

「何を仰るんですか!?」

「我々は、皆様の護衛の任に就いているんですよ!?」

 それは彼らにしてみれば当然の主張だったが、冷静に魔獣をまた一頭斬り捨てながら、ウィルが怒鳴り返す。


「このまま負傷者を庇いつつ戦っていたら、全滅すると言っているんだ! 貴様等は足手まといだ。さっさと屋敷に戻って、兄上に状況を報告して増援を連れて来い!!」

 そんな風にわざとウィルがきつい言い方をしたのも、このまま負傷者を庇いながら中途半端に抵抗していたら、本当に全滅しかねない事も十分理解できていたライドは、悔しそうな顔をしながらも、ウィルの指示に従う事にした。


「分かりました。力不足で申し訳ありません。すぐに増援を連れて来ます」

「ライド殿!」

「バレル、キャスパー、喚くな。責任は俺が取る。この場はウィラード様達に任せて、俺達は撤退するぞ」

 部下に言い聞かせつつ、明確に指示を出したライドに、ウィルは再度声をかけた。


「ここから撤退するのも、容易じゃ無いと思うがな! 十分気をつけて行け!」

「はい! ウィラード様、くれぐれもお気をつけて!」

「話は済んだか、ウィル! 殿下達と合流するぞ! ヒューギス、プレ、リュイ、ミア!」

「了解! ケイ、リュ、バシュ!」

 いつの間にか混戦状態になりつつあったその場を、ジークとウィルは魔獣の集団を斬り開いて行きながら、藍里達の所へと向かった。

 それを見送ったライドはすぐに気持ちを切り替え、険しい表情で部下達に指示を出す。


「急げ! ウィラード様達の働きを無駄にするな! 負傷者は全員、背負ってでも安全な場所まで連れて行くぞ! 何としてでも森を抜けて、ご領主様に報告するんだ!」

「分かりました!」

「負傷者を全員、輪の中に入れろ!」

 そうして崩れかけていた隊列を何とか立て直したライド達は、慎重に負傷者を庇いながらじりじりと後退し、何とか森を抜ける事に成功した。その頃には襲撃してきた魔獣達は少しずつ数を減らし、いつの間にかどこかへと姿を消してしまった。

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