第32話 思いがけない遭遇
しっかり魔獣を振り切った為か、予想外の野営でも夜襲を受ける事は無く、藍里達は交代で休憩を取りながら一晩を過ごした。その翌朝、藍里達は明るくなると同時に野営の痕跡を消し、再度森の中の探索を始めた。
「今のところ順調ね。朝っぱらから、魔獣に襲われる羽目にならなくて良かったわ」
道無き道を進んでいる為、木の根が地面から盛り上がり、絡み合って歩きにくい中を、一行は慎重に馬の手綱を引きながら歩いていた。その合間に藍里が自分自身を慰める様に呟くと、すかさずルーカスが口を挟んでくる。
「それはそうだが、確実にここを抜ける経路が確認できないうちは、まだまだ安心できないぞ?」
「それは分かってるわよ」
僅かに腹を立てながら言い返したところで、前方を進んでいるジークとセレナが、押し殺した声で警戒の言葉を発した。
「お二人とも、静かに」
「止まって下さい」
「え? 何?」
「どうした?」
藍里とルーカスが手早く手綱を手近な木の幹に結び付け、急いで二人の下に駆け寄ると、ジークが険しい顔付きで、木立の向こうに見え隠れしている物を指差した。
「少し離れていますが、あれを見て下さい」
言われて目を凝らしてみた藍里とルーカスは、目にした物を見て疑念に満ちた表情になる。
「あれって……」
「家畜を連れて一列になって移動している? あそこに道が有るのか?」
「じゃあ、あそこに行けば、森の外に出られるわよね?」
解決策を見いだした藍里は明るい声を上げたが、ジークは難しい顔で応じた。
「おそらくそうでしょうが……、問題はあの一団の行き先です」
「こんな辺境の森の中に、わざわざ家畜をあれだけ連れて来るなんて、尋常ではありません」
セレナも難しい顔で言い添えた為、藍里は以前話に聞いていた、とある可能性に思い至った。
「……え? まさか更に騒ぎを大きくする為に、あの牛や馬達を魔獣化する為に、連れて来たとか?」
「そう考えるのが、自然では無いでしょうか」
重々しく頷いたジークだったが、それを聞いた藍里は不敵に微笑んだ。
「なんだ。道に迷った時はどうしようかと思ったけど、却ってラッキーだったわね。こっそりあの後に付いて行けば、現場を押さえられるって事でしょう?」
「そうだな。今回の騒動の、根本的な原因も解明できそうだ」
珍しくルーカスも茶々を入れず、藍里の意見に賛同したが、ジークは慌てて二人を宥めようとした。
「待って下さい。確かにそうかもしれませんが、不確定要素が多過ぎます。外へ抜けるルートが分かったのですから、一旦森から出て装備を整えたり情報収集をした上で、再度出向くべきかと思いますが」
そんな風に慎重論を述べた彼に、忽ち藍里達が反論してきた。
「確かに安全第一かもしれないけど、そうこうしているうちに取り逃がして、しらばっくれるかもしれないわ」
「藍里の意見に賛成だ。見た感じ、あの動物達を連れている人間の中に、それほど腕の立つ者は居ない様だ。それに襲撃するならともかく、取り敢えず連中が何をする気なのか見届ける分には、大して危険は無いだろう?」
「あんたと全面的に意見が一致するなんて、ひょっとしたら初めてじゃない?」
「できるなら、これきりにしたいものだな」
「それはこっちの台詞よ!」
そしてお約束の様に小声で揉め始めた二人の前で、ジークフが溜め息を吐いていると、最後尾にいたウィルも馬を置いて、皆の所にやって来た。
「ジーク、どうした?」
その問いに、ジークは再度木立の向こうを指差しながら、端的に説明する。
「あれだ。このまま後をつけるか、一度森の外に出るか決めかねていてな」
「こんな所まで、ご苦労な事だ」
「それでジーク。どうする気だ?」
すぐに事情を察したウィルが、ぞろぞろと移動している一団を眺めながら忌々しげに呟くと、ルーカスが判断を求めてきた。そこでジークは、当面の方針を決める。
「分かりました。取り敢えず連中に気付かれない様に、暫く後をつけてみましょう。馬を鳴かせ無いように、これまで以上に気を付けて下さい」
「分かったわ」
「じゃあ移動するぞ」
素早く全員で意思統一し、藍里達は再び馬を引いて、ゆっくりと歩き出した。離されたら拙いと思ったものの、向こうの列の歩みが遅々として進まない為、足場が悪くても見失う心配が無い事が分かり、藍里は内心で安堵した。
「だけど、随分奥まで移動するのね」
「ご丁寧に、細いながらも一応道を作ったらしいな。一体どういう事だ?」
疑問を感じながら足を進めていた一行だったが、不意に前方にかなり開けた空間が存在し、そこに連れて来られた家畜達が集められているのを見て、慎重に様子を窺う為に足を止めた。
「こんな木が生い茂った所に、随分広い場所がありましたね」
「いや……、ここはわざわざ木を切り倒して作った広場の様だな。なんの為に作ったんだ?」
直径二十メートル程の、ほぼ円形の空間を見て眉を寄せたウィルだったが、ここで更に不愉快になる事実を指摘された。
「おい、ウィル」
ジークに目線で示された先を目で追った彼は、そこに自分の異母兄の姿を認め、忽ち顔を強張らせる。
「あいつ……」
「取り敢えず、黒幕の一味、決定?」
「弁解のしようが無いだろうな」
藍里達も家畜をここまで連れてきた連中と、何やら親しげに話し込んでいるバーンの姿を認め、辛辣な言葉を口にした。しかしジークはそれよりも、彼らの背後に存在している、得体の知れない存在に対しての疑問の声を上げる。
「それより、あれは何だ? どう見ても異常にしか見えないが、誰か似た様な物を実際に見たか、文献を読んだ事があるか?」
彼らの背後に見える、地面から高さと幅が共に三メートル程の空間が、蜃気楼の様に不自然に揺らめき、しかし背後は全く透けて見えない現象についてジークが尋ねたが、その場全員が難しい顔で首を振った。
「いや、無いな」
「私もです」
「あんな物、初めてだが……」
「う~ん、これは、記録媒体を持ち込むべきだったわね。リスベラントとアルデインの文化レベルが違い過ぎるから、精密機器の持ち込みは原則不可だけど、こういう調査の時とかは特例を認めた方が良いと思うわ」
藍里が悔しげに感想を述べた上で、例の現象について確認を入れた。
「そうなると、今回の魔獣発生の根本的な原因はあれで、やってたのはあいつで、間違い無いわね」
「それはそうですが、バーンが単独でやったとは思えません。身柄を確保した上で、裏に居る筈の人間の名前を吐かせる必要があります」
どう転んでも身内の恥を曝す事が決定となったウィルが、徹底的な糾弾を念頭に今後の方針を口にすると、藍里はどことなく機嫌良く笑いながら頷いた。
「そうなると、命に別状は無い程度にか。よし、頑張ろうっと」
それを聞いたルーカスは、安堵ではなく不安しか覚えなかった為、慌てて釘を刺す。
「お前は変に気合いを入れるな。ただでさえ物騒な話なのに、これ以上収拾がつかなくなったらどうする!?」
「人聞き悪いわね。なるべく穏便に事態を収拾できる様に、心がけているわよ」
「取り敢えず連中を捕まえに行く前に、馬を少し離れた所に繋いでおきましょう。ここで騎乗して戦ったり、逃走したりと言う事は無さそうですから」
ジークは、またいがみ合い始めた藍里とルーカスを宥めながら指示を出し、全員の馬を木に繋いでから極力物音を立てず、慎重に広場へと近付いて行った。
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