第33話 急転直下

 藍里達が少し離れた木立の陰から、こっそりと様子を窺っていると、どうやら広場らしき所で待ち構えていたらしいバーンの所に、家畜達を引き連れてきた男達の中でも、まとめ役らしき男が挨拶の為か歩み寄った。


「やあ、今回も随分連れて来たな。馬に牛に猪に狼か? ご苦労な事だ」

 腕組みした上、尊大な物言いで出迎えたバーンだったが、相手はそれを気にした素振りは見せず、素っ気なく応じる。


「まあ、連れて来るだけなら、大した手間じゃありませんから。そっちの猪や狼を生け捕りにする時には、何人か酷い怪我人が出たみたいですがね」

「大事の前だ。それ位、仕方がないだろう。寧ろ陰ながら偉業に関われた事を、感謝するべきだな」

 しかしここで相手がはっきりと不愉快そうに顔をしかめたにも関わらず、ふんぞり返っていたバーンはそれに気が付かないまま、作業の進み具合を見守った。

 バーンが同行して来た者が五人程居るらしく、獣達を引き連れてきた来たほぼ同数の者達と一緒になって、不思議な空間の方へと家畜達を追いやっていた。木製の檻に入れてあった猪や狼などは、扉を開けた瞬間突かれたり噛まれたりしそうになってさすがに難儀していたが、ごく小さな魔術を使って炎を出して誘導する様子を眺めながら、バーンがふと思い出した様に目の前の男に尋ねた。


「ところでここに来る道すがら、殿下達の消息について、何か聞き込んで来なかったか?」

 その問いに彼は少し驚いた様に目を見張り、次いで静かに首を振った。


「いえ、領内から森に入るまでは、そんな話は少しも。もし殿下が森を脱出していたら、かなりの騒ぎになっていると思いますが」

 しかしその答えは予想の範疇の物であり、バーンは怒り出したりはせずに真剣な表情で考え込んだ。


「そうなるとやはりウィル共々、魔獣にきれいさっぱりやられちまったのか? それはそれで手間が省けて嬉しいが、ちゃんと死体を持って行かないと、後でオランデュー伯爵に何を言われるか分からないからな」

「少し魔獣の状態が落ち着いたら、捜索に出ますか?」

「そうだな。あっさりと入口付近でくたばってくれたら、手間がかからなかったものを……。どこまで忌々しい奴」

 そんなろくでもない相談をして、無意識に舌打ちしたバーンの背後から、突如として鋭い声が響き渡った。


「それは悪かったな! だが、バーン! 仮にも子爵家の一員だと言うつもりなら、他人に頼らず自分自身の手で俺の息の根を止めた上で、死体を引きずって行く位の気概を見せろ!」

「なっ! ウィラード!?」

「それに殿下まで……」

 既に長剣を抜き去った状態で怒りも露わに広場に足を踏み入れてきたウィルの背後から、ぞろぞろと同行者達が現れた為、その場に居合わせた者は揃って蒼白になった。しかしそんな彼らに向かって、ルーカスがお愛想笑いを振り撒く。


「どうした? 幽霊にでも出くわした様な顔をして。行方不明になった俺達を、皆で探してくれていたんじゃないのか?」

「あ、は、はい、それはもう!」

「皆で心配しておりました」

「皆様、良くご無事で!」

 このままごまかせるかもと思ったのか、つい何人かが釣られた様に愛想笑いを浮かべつつ心にも無い事を口走った為、忽ちルーカスは憤怒の形相になって、こめかみに青筋を浮かべた。


「世迷い言はそれ位にしておけ。この状況下で妄言を吐けるとはある意味天晴れだが、もう言い逃れはできないぞ」

 その宣言に後が無いと漸く悟った面々は瞬時に殺気を漲らせ、それを煽る様にバーンが叫んだ。


「ちいっ!! こうなったら手っ取り早く、全員殺してしまえ! 下手に強い魔術を使ったら忽ち魔獣が寄って来るから、こいつらは大して魔術を使えないぞ! 数はこっちの人数がはるかに上だ!」

「おう!」

「やっちまおうぜ!」

「死体を探す手間が省けたぞ!」

 そう口々に叫ぶなり、得物を手にして自分達に突進してきた男達を見て、ルーカスは心底呆れ返った呟きを漏らした。


「こいつら、馬鹿か?」

「人並みの判断力があるなら、こんな馬鹿な事はしませんから」

「それもそうか」

 律儀に応じたジークにルーカスが真顔で頷いているうちに、藍里は彼らの一歩前に出て、勢い良い藍華を振りかざした。


「同感! 聖騎士が魔術に頼るばかりの代物だと思ってたら、痛い目見るわよ!? 少なくとも、私は魔術抜きでもやる気満々だからね! はぁあぁぁ-ーっ!! っと、うりゃあぁぁ-ーっ!!」

「ぐわぁっ!!」

「げえぇぇっ!!」

 突進してきた男の一人が振り下ろした刃先で肩をざっくり切り裂かれ、振り回した勢いそのままに、反対側の石突きで眉間を強打された男は、そのまま仰向け地面に倒れて沈黙した。


「魔術が使えなくて不利なのって、寧ろ向こうの方じゃありませんか?」

 セレナの素朴な疑問に、ジークは生真面目に指示を出す。

「無駄話は、全員叩きのめしてからだ」

「確かにな。さっさと制圧するぞ」

「了解」

 そして淡々と向かってくる男達を、大した魔術を使わずに武力だけで制圧し始めた所で、バーンが暴走した。


「くっ、こいつら散々馬鹿にしやがって! 食らえ! ディクス、バン、レ、リーグァ!」

 彼が呪文を唱えると同時に巨大な炎の壁が出現し、為す術がない家畜達を飲み込みながら、素早い動きでルーカス達に迫った。それを見た瞬間ジークが、普段だったら間違っても口にしない悪態を吐き出す。


「何しやがる! この穀潰しの低脳野郎が!」

 正直、この魔術がどうこうと言うより、普段謹厳実直を絵に描いた様なジークの暴言に、藍里は勿論、ルーカス達も揃って度肝を抜かれた。そんな面々の前でジークが難無くその炎を無力化させると、バーンが忌々しげに喚いてくる。


「ちっ、外したか。だが俺だって、これ位はできるんだぞ!!」

「これ位防ぐなど造作も無い! それより、さっきの魔術の行使でそれなりの魔力を放出したから、ここに魔獣が寄って来るぞ!」

 バーンの台詞に感銘を受けるどころか怒りの形相で怒鳴り返したジークだったが、途端にバーンはせせら笑った。


「はっ! あいつらはお前達を襲わせる為に、殆どをデスナール領の方に誘導しておいたんだ。今の魔術を察知して来るにしても、暫く時間がかかる。その前にお前達を始末してトンズラすれば良いだけの話だ。そんな事も分からないのか!?」

「ちっ! 貴様ら本当に、どこまで頭が足りないんだ! それは、これまでに発生させた魔獣の話だろう。少し前からそこに入って行った、獣達に関してはどうなんだ?」

「え?」

 まだ分かっていないバーン達に、ジークが盛大に舌打ちしてから指摘すると、それを聞いた男達は漸くその危険性に気付いたらしく、瞬時に青ざめた。しかしそれと同時に、先程まで次々と獣達が飲み込まれて行った不思議な空間から、異形な物が唸り声を上げながら、次々飛び出して来る。


「グルゥッッ!」

「ブシャァ-ーッ!」

「ギェエアァ-ッ!」

「う、うわぁっ!! 魔獣がっ!!」

「こっちに来るなぁぁーっ!!」

「誰か! 助けてくれぇぇっ!!」

 当然魔獣達は手当たり次第に目についた人間や家畜、同様の魔獣に襲いかかり、その場の収拾が付かなくなった。

 予め予想していた為、いち早く獣が出入りしている空間から距離を取っていた藍里達だったが、バーン達のあまりの無様ぶりに、襲いかかってくる魔獣を避けながら、呆れ果てた叫びを上げる。


「こいつら、本当に馬鹿だな!」

「もの凄く同感!」

「二人とも、昨日と同様、必要なら魔術を使って対応して下さい!」

「分かった」

「任せて!」

 本音を言えば、保護する立場の二人を伴って、さっさとこの場を離脱したかったジークだったが、そうも言っていられずに続けざまに指示を出した。


「セレナは二人に付いて、討ち漏らした時のフォローを」

「分かりました」

「ウィル、生き証人が全員居なくなったら拙い。腹が立つが、連中を死なせない程度に助けるぞ」

「本当に腹が立つな!」

「気持ちは分かるが、ここは抑えろ! 俺はお前以上に不本意なんだ!」

 互いに腹を立てて怒鳴り合いながらも、ジークとウィルは逃げ惑っている男達を救出、及び身柄を確保するべく動き出した。そんな一気に混沌としてきた現場でも、藍里は嬉々として小手先の魔術で魔獣の動きを抑えつつ、藍華でとどめを刺していく。 


「アム、シェス、タ、ニューム」

「グアッ!?」

 また一頭突進してきた猪もどきに向かって、木の根元に転がっていた大きめの石を魔術で転がすと、それをものの見事にひずめで踏みつけた魔獣がバランスを崩す。そこにすかさず藍里は藍華を突き出した。


「とりぁあぁぁっ!!」

「ギェェッ!」

「また一丁上がり、っと!!」

 そこで他に向かって来ている魔獣は居ないかと、周囲を見回した藍里に向かって、セレナとルーカスから焦り気味の口調で警告された。


「アイリ様!避けて下さい!」

「行ったぞ!!」

「え?」

 慌てて声のした方に視線を向けると、少し離れた所で熊もどきに襲われてパニックになったらしい男の、流れ弾ならぬ魔術による見当外れの衝撃波が、ほぼ一直線に藍里目掛けて向かって来る所だった。


「うわっ! ちょっとタンマ!! 圧、障、解!」

 殆ど条件反射で藍華を放り出し、目の前で腕を交差させた上で、紅蓮の防御魔術を起動させた藍里だったが、身体への衝撃は綺麗に相殺する事ができたものの、さすがに衝撃波そのものを弾き返したり周囲に受け流す事はできず、そのまま後方に弾き飛ばされる。


(取り敢えず紅蓮で防御はできたけど、拙い! 防ぎ切れない!)

 結構距離はあるものの、このまま一直線に後方に飛ばされた場合、そこに存在する物を思い出して、飛ばされながら藍里は青ざめた。同様に藍里が弾き飛ばされたのを見て、セレナとルーカスが悲鳴交じりの叫び声を上げる。


「アイリ、回避しろ! 飛び込むぞ!?」

「アイリ様!!」

 ルーカスが指摘するまでもなく、自分の背後に存在している物を認識していた藍里だったが、そのまま為す術なく一直線に、先程複数の魔獣が飛び出して来た、不思議な揺らぎを見せる空間に向かって飛んで行き、その姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る