第22話 妥当なお仕置き
「さて、お前達には幾つか聞きたい事がある。火傷は喋れる程度に軽くしてあるから、快く協力してくれると嬉しいんだが」
床に転がったままの二人を、ジークが眼光鋭く睨み付けながら凄んだが、たった今口内を軽く焼かれた恨みか、またはそれなりに根性が据わっている人間だったのか、二人は恐れ気も無く彼を睨み返しながら叫んだ。
「誰が、貴様らなんぞに協力するか!」
「ふざけるな!」
怒鳴りつつ何やら不穏な気配を見せたらしい男達に、ここですかさずセレナが釘を刺す。
「一応、言っておきますが、その毛糸は一見容易く千切れそうに見えるけど、拘束する為の複数の魔術が錬成してあります。力任せや魔術で切ってみても切ってみても構いませんが、私達ってあまり優しくないから、全身火だるまになる覚悟でやって下さいね?」
「…………」
淡々とした彼女の口調に、真実を語っていると悟ったのか、途端に二人が大人しくなる。するとジークが最後通牒らしき台詞を口にした。
「もう一度だけ聞く。誰の命でここに忍び込んだ?」
「誰が喋るか!」
「お前達みたいな下賤の輩の前で、あの方の名前を出す事すらはばかられるわ!」
途端に盛大に吠えた二人を見て、藍里は隣に立っていたルーカスを指差しつつ、皮肉気な眼差しを二人に送る。
「へえぇ~? 下賤ねぇ~? 私はともかく、こっちはれっきとしたお坊ちゃんなんだけど? 顔、知らないの?」
「はっ!! 幾らあの方と血が繋がっていようが、そんな下品な女に肩入れ」
「おい!!」
勢いに任せて若い方の男が喚き立て、その失言を慌てて年配の男が遮る。しかししっかり耳にしてしまった面々は、呆れながら苦笑いするしかできなかった。
「あらあら、女性の寝室に断りもなく侵入する無礼で恥知らずの連中に、顔を知られているみたいよ? ひょっとしたら、お家の家臣とか?」
茶化す様に藍里がルーカスに尋ねると、彼は渋面になって断言した。
「……嬉しくも何とも無いし、家の家臣ならうっかり黒幕を口走る様な間抜けはいない。あまり見くびるな」
「それは悪かったわ。それで、これの始末はどうする?」
「隣でこの二人の様子を窺っていましたら、どうやら殺すまでは考えていなかったらしく、取り敢えず私達の身元の確認を命じられていた様ですが」
一応、セレナも分かっている範囲の情報を伝えたが、ルーカスは素っ気なく応じた。
「どうせ連中に突き出しても、こいつらとの関係性を証明できなくて突っぱねるだろうし、身元を探るだけのつもりだったのなら、取り敢えず報告出来ない様に朝まで拘束して、出立直前に解放すれば良いだろう」
その処置内容を聞いた藍里は、僅かに驚いた様に軽く目を見開いた。
「随分優しいわね。意外」
「こんな使いっぱしりの小者に、わざわざ仕置きする労力が惜しいだけだ」
心底うんざりして男二人を見下ろしたルーカスに、藍里は人の悪い笑顔を見せながら、ある提案をした。
「それなら、この人達のお仕置きについて、ちょっと考えがあるんだけど」
「何だ?」
そして藍里は手招きして、四人を近くに来させると、ボソボソとその内容を説明した。そして聞き終えた全員が揃って、微妙な顔になる。
「お前……」
「どう? 女性の寝室への無断進入への罰としては妥当じゃない? 血は流さないし、後遺症も出ないわよ?」
「……好きにしろ。俺は先に戻って寝ている」
ルーカスが諦めた様に首を振り、一人で先に自分の部屋に戻るべく歩き出した。そして他の三人は、手早く分担を決めて動き出す。
「セレナ、毛糸は残ってるか?」
「ええ、あと一玉は。急いで切ります。百本位に切れば良いですか?」
「え~っと、二人の両足だから、二百本位かな? 四等分すれば妥当でしょ」
セレナの問いに、藍里が少し考えてから答えると、セレナは寝室に向かって歩き出しながら指示を出した。
「魔術で切ってきます。ジーク、ウィル、その間に、朝までしっかり拘束するのと、二人の周りだけに消音防壁を」
「分かった。クェラ、ジーン、マルテ……」
「了解。バーテル、グゥ、インス、デラ……」
「おっ、おいっ!」
「何をする気だ! どんな事をされても、俺達は喋らんぞ!」
途端に身じろぎもできない位、動きが制限された事に、男達は狼狽しながらも虚勢を張ったが、藍里は転がっている男達の両足から革のブーツを脱がせながら、呆れ気味の口調で言い聞かせた。
「あんた達、相当頭が悪いみたいね。別に何も喋らなくて良いってば。こっちはぐっすり寝たいだけだし」
「え?」
「どういう事だ」
藍里によって、両足が素足状態になった事が感覚で分かったが、その意味がまだ分からない男達は戸惑った声を上げた。すると両手で何かをすくい上げる様にして持ってきたセレナが、藍里に声をかける。
「お待たせしました。早速取りかかります。ユーモ、レスケア、ランディー、デル、ア、ティン」
そしてセレナが呪文を唱え始めると同時に、彼女の手のひらに積み重なっていた十センチ程の毛糸の切れ端が一斉に宙を舞い、綺麗に四等分されて、男達の足の裏で生きている虫の様に蠢き始めた。
「な、何を……、ぶへぇっ! ちょ、ちょっとやめ」
「おい! 一体……、うひゃあははは」
男達は足裏の刺激に、最初驚愕してから、すぐに悲鳴じみた笑い声を上げたが、それはすぐに不自然に消え去る。
しかし変わらず口を開閉している二人に向かって、藍里はわざとらしく右耳に右手を添えながら聞いてみた。
「え? 何? 悪いけど、何を言ってるのか、全然分からないんだけど~?」
完全に面白がっている藍里に、セレナが冷静に声をかける。
「それでは、また休む事にしましょうか」
その提案に、ジークが頷く。
「そうだな。こいつらが戻らないのを仲間が不審に思うかもしれないが、捕まっていると考えるのが自然で、そんな所にいきなり突っ込まずに様子を見ると思うし。念の為、今夜は俺がここで寝るから」
「連中、体力は消耗するだろうが、命に別状はないし、全く問題無いな。お前達、アイリ嬢がお優しい方だった事に感謝しろよ?」
殆ど嫌味の台詞をウィルが口にしたが、微動だにできないまま悶えている男達の耳には、その台詞は届かなかった。
結局その二人は、藍里達がしっかり睡眠を取り、食事も食べ終えて宿を出発した直後に漸く術から解放され、笑い過ぎて息も絶え絶えの状態になって、宿の人間に発見される事となった。
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